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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第7章 机上の下剋上篇

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第168話 (青)春の兆し


「これでご納得いただけましたか?」


「あ、あぁ……」


 ミーミル学園騎士科棟の中庭で、俺は自分の白い吐息越しに芝生に横たわる男子生徒二人を見下ろしていた。

 顔に痣をつくって腹を抱えて縮こまる生徒達に対し、無傷のまま肩で息をする俺。

 一方的ないじめの場に見えるかもしれないが、これは正当防衛だ。


 経緯は簡単なモノで、中庭で男子生徒同士の喧嘩が始まったと通報を受け、生徒会の一員として仲裁に入ったのだ。

 だがいざ割って入ってみれば、どちらも俺のことはガン無視で、少しキツめに注意したら逆上される始末。いくら武闘会優勝者とはいえ、見てくれはまだ中坊程度のガキだし、魔術師という肩書きがそれに拍車をかけて舐められていたようだ。


 とはいえまあ、圧倒的な差を見せつけて二人をのしたわけだから、ギャラリーも含めてみな態度を改めてくれるだろう。

 さすがに剣を抜いて一斉に来られたやばかったが、学園内じゃ正式な手続きを踏まない抜剣は御法度中の御法度。喧嘩で頭に血が昇っていたとは言え、二人とも良家の人間だ。律儀に素手でかかってくるとなれば、そこはもう俺の土俵よ。

 毎日10キロのランニング、腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回をこなし、加えてアインやギーガ、レイシアとの組み手も欠かしていない。もはやこの学園最強のグラップラーを名乗っても……いや、腕が四本ある某偉丈夫のせいでそれは無理か。


「冬はどんな生き物であれ短期になりがちです。今回はお互い目立った負傷(俺がつけたもの以外)はありませんし抜剣も無かったので、季節のせいということにして上への報告は見送ります」


「面目ない。ご配慮痛み入ります……」


 片膝をついて、情けなくも頭を下げる二人。

 一方的にボコボコにしてそのまま上にチクる要じゃ、いくら正しい行いとは言え圧政にも見える。それじゃあ周囲からの顰蹙を買うのは火を見るより明らかだ。

 別にそれでも構わない。生前はそう思っていたが、そうやってエリート気取って高圧的な支配を敷く奴は、没落した時に弱者の良い餌になる。

 中学時代に散々イキったくせに高校受験に失敗して、その後もズルズルと堕落して、周囲の目が怖くなって同窓会になんて顔を出せなかった俺が言うのだから、その説得力たるや。被害妄想甚だしいかもしれないが、きっとアイツらは内心でほくそ笑んでいたに違いない。

 まあ要するに、実力だけでは人は寄ってこない。いざという時に頼りになるのは人望だ。それを身をもって体験したからこそ、俺は少し茶目っけのある優等生を演じる。それこそが権謀術数渦巻くこの学園での最適解というわけだ。やはり友情、努力、勝利を謳うあの少年漫画雑誌は人生の教科書だな。


「で、喧嘩の原因はなんだったんですか?」


 一応、事情聴取ということで尋ねたが、男二人は目を合わせてなにやら言い淀んでいた。


「別に上に報告するわけじゃないですから。今後に活かすだけで」


「いやぁ、その、何と言いますか……」


「……ラトーナ嬢はご存知ですよね、グリム殿」


「彼女がどうかしましたか?」


「こいつがラトーナ嬢に言い寄ろうとしたので、止めたまでです」


「な、お前!」


 再び二人が揉み合いを始めようとしたので、制止して詳しく話を聞くことにした。

 なんでも、この学園には密かにラトーナファンクラブ的なものが存在しているらしい。


「要はラトーナ嬢を狙っている人間の集いということですか?」


「聞こえは悪いですが、つまるところはそんなモノです」


「失礼かもしれませんが、みなラトーナ嬢のどこに惹かれたのですか?」


「そうですね、理由は人によりけりでしょうが、私はあのミステリアスな細い目つきでしょうか。一年ほど前に朝方見かけまして、その全てを見透かしたような瞳に吸い込まれてしまいました」


 それは彼女が朝に弱いから、低血圧で鋭い目つきになっていただけだ。


「私はその見目麗しさもそうですが、やはり部屋に誰も招き入れない清廉さといいますか、潔白さといいますか」


 それは研究室が散らかっているから、極力人を入れないようにしているだけだ。


「……こほん、なるほど大体わかりました。先の争いは抜け駆けしようとした彼を止めようとしたがために起きたものと推測しましたが?」


「違いありません」


 思わずため息を吐きそうになった。

 ズボラで図太い彼女も、見てくれの良さでここまで美化されていたとはな。

 呆れたという感情と同時に、少し優越感が湧いた。そんな引く手数多のラトーナとそこそこ距離が近いのだから、俺はかなり美味しい立ち位置にいる。まるでラブコメ主人公じゃないか。


「まあ事情は理解したので、次から喧嘩は控えるようにお願いします」


 そう伝えると、生徒二人は少し顔を赤くして頷いた。


ーーー


「はっはっは! そんなことがあったのかい!」


 場所は移って生徒会室。

 会長机に腰掛けたマルテ王子は、先ほどの事件の報告を受けて抱腹絶倒……とまではいかないが、快活な笑い声を上げていた。

 当事者二名には上に報告しないとは言ったが、どのみち学園内に情報網を敷いている王子の耳に入るのは避けられない。だからこうして包み隠さず詳細を伝え、罰則の必要は無いと進言するのだ。


「まさかここまでお笑いになるとは思いもよりませんでした」


「ははっ、なに、君のことを考えたら面白くてね」


「はい?」


「ラトーナ嬢と君が好き合っている事を知らない彼らは道化じゃないか」


「!!」


「少し性格が悪かったかな? いけないね、事務仕事ばかりで少し卑屈になっていたようだ。たまには見回りにでも——」


「あ、いやその、俺とラトーナ嬢はそういった仲では……」


「おや、違うのかい? 女子生徒に片っ端から声をかけていた君が、最近は研究室に籠って真面目に成果を出していると聞いたから、てっきり執心なのかと思ったよ」


「あはは……俺が遊び人かどうかはともかく、成果との方はなんともお耳が早いことです」


 二週間ほど前の外出を通してアセリアとラトーナが仲良くなったことで、ラトーナの勧誘によりウチの現代魔術研究室にはフリーだったアセリアが加入した。

 彼女は所有している特級魔術のおかげで魔法陣には造形が深かったので、研究は大幅に飛躍することになったのだ。


「君の氷魔術を魔導具にしたんだって? これは流通に革命が起きるよ」


 現代魔術研究室のコンセプトは、あくまで今あるものから新しいモノを作り出すというもの。混合魔術なんかはまさにその対象で、今回は試験的に俺の氷結魔術を再現してみたのだ。

 最初は霧の魔術を使える魔導具を作ったのだが、いかんせん魔導具というものは低出力で、ラトーナみたいな魔力お化けが使わない限りは手品くらいにしか使い道がないくらいの煙しか出せない。

 要するに実用性がないということで、低出力でも需要が高い氷の魔術を再現することになったのだ。


「苦労した甲斐があると良いのですが」


 氷は霧の魔術と同じで水と炎の混合魔術なのだが、炎の方に特殊な操作がいるためか、再現の難易度は段違いに高かった。

 術式の中に温度操作の項目的なのがあるんだが、そこにマイナスの数値を入れるイメージと言おうか。

 まあとにかく、こうして上手く言語化出来ない要素を魔法陣として再現するのは更に難しく、一週間以上に及ぶトライアンドエラーの末にようやく形になったのだ。

 徹夜5日目ぐらいに差し掛かった時のラトーナとアセリアの顔は、普段の美貌からはかけ離れていたよ。ピカソのゲルニカを思い出したぐらいだ。


「今や魔術科の中じゃ、君達は期待の超新星というわけだね。数ヶ月前まで底辺研究室だったのが信じられないよ。僕の見識眼はまだ未熟なようだ」


 現代魔術研究室は、古式魔術研究室に属していたジョージ氏がそこの室長兼魔術科学長と揉めて独立したことを発端としているので、魔術科内でのヒエラルキーは最底辺で、研究費の減額や嫌味、圧力などの嫌がらせも多発していた。

 それに加えて、そもそも現代魔術研究室のコンセプトは『魔力量に頼らず、最小限の力で最高の結果を生む』ことなので、長年に渡る血統主義によって魔力量という圧倒的なアドバンテージを確立してきた四大貴族からすれば面白いものではない。なのでこの研究室に出資するということは、四大貴族に喧嘩を売るようなものなので、スポンサーもつかない始末。

 こうした状況が忌避されて、研究生も落ちこぼれやあまりものしか集まらず、裏ではゴミ捨て場なんて呼ばれていたわけだが……今や殆どの人間が手のひらを返して、研究室への来客は増える一方なのだ。


「魔術科内で昨日発表されたばかりの情報を既に掴まれていらしておいて、よくもまあそうおっしゃいますね」


「上昇志向は大事だからさ」


 そう言って爽やかに微笑む王子。

 食えない人だとはつくづく思うが、やはりどうにもこの人が悪い人間には思えない。内部から監視するようにとリディから指示を受けているが、見ている限り怪しい行動はないし、そもそも俺自身がクズだからだろうか、同族の臭いというものはわかるものなのだ。腹にイチモツ抱えているやつというのは、ゲロ以下の匂いがぷんぷんするもんだよ。

 この人からは汗と石鹸と美人メイドの匂いしかしない。逆に腹立つな。

 

 まだ断定は出来ないが、彼自身が白で、黒幕が裏で奴隷市場への金銭的援助や賊の扇動を行っているのなら、極力王子は助けてやりたいものだが……いけないな、らしくもなく絆されている。こういう甘い考えが失敗を呼ぶんだ。何度も学習したろ、俺は機械的に王子の揚げ足取りをする材料を探って、王女の勝利に導けば良いんだ。

 

「まあ、これから色々大変だと思うから、何かあれば僕を頼ってくれ。微力ながら力になろう」


 そんな王子の言葉で、報告の場は締め括られた。


ーーー


 鍛錬、生徒会、研究と多忙な日々が続き、ラトーナファンクラブの起こした喧嘩を仲裁した日は既に一週間ほど前のこととなった。

 

 そして俺は現在、ラトーナファンクラブの奴らが木綿のハンカチーフを噛んで涙を流すようなおいしい状況にある。

 

「この『かき氷』とかいうお菓子、安っぽいけど良いものね」


「季節外れも良いとこだけど、夏ならもっと人気出ると思うよ」


 そう、俺は今、数週間ほど前に訪れた高級カフェで、ラトーナと二人きり談笑をしていた。つまりデートだ。

 まあ、試験的に設置した氷魔導具の視察という名目がついているがな。


「この魔導具をカフェに提供しようってアナタが言い出した時は驚いたわ」


 氷魔術……特級魔術を汎用化したことを発表したことにより、我ら現代魔術研究室にはその魔導具を支援もとい独占したいと主張する人が大量に雪崩れ込んだ。

 国軍に始まり、貴族家、大商会の頭、隣国の商人に至るまで、それはもう十人十色のお客さんが押しかけてきた。

 万年資金不足のウチにとっては願ってもない申し出だが、ここで問題が発覚した。開発したものを全員に提供出来るほどの数がないのだ。

 なら作れば良いじゃないかという話だが、そう簡単な事でもない。

 冷凍技術というものは、食文化だけでなく、医療、そして特に軍事にも大きく影響を与えるものだ。例えば魔力を込めるだけで長期的かつ新鮮な食料保存が叶うとなれば、軍隊の侵攻可能距離は延びるため、隣国の脅威も増す。

 まあ何を言いたいのかといえば、易々と他所に流出させていい技術ではないということだ。


「少ない数でも充分に使えて、警備も安全かつ俺の方にアドバンテージがあるとなれば、こういうカフェが一番だからね」


 研究室のみんなでどのようにして魔導具を普及させていくかにあたって会議をした結果、量産は当分見送ることになった。

 とにかく研究費を確保するために外部の商会に生産を委託して量産し、短期的な利益獲得を望むジョージ室長やカルロス先輩と、この研究室だけの独自性を大事にするべきだと言うアセリアとラトーナ。

 この二勢力の主張はどちらも正論だっただけに、どこまで行っても平行線。議論は2日間拮抗し続けたので、俺が第三の案を提言した。


「サブスクリプションとか言ったかしら? 要は魔導具の貸し出しでしょう?」


「そうだね」


 室長達の言うとおり、資金が必要なのは事実だったので、ひとまずは王家とこのカフェに貸出を行うことにした。

 理由は単純、行商人とかは万が一略奪にでも遭われたら技術が流出する恐れがあるからだ。その点、今上げた2件はどちらも所在が王都なので、安全性はかなり高い。流出するようなことがあればそれはもう治安維持を怠った国の責任だ。


「魔導具に自爆装置を付けたのはこのためだったのね……」


「当たり前じゃん」


 今回俺たちが作った魔導具……もとい冷蔵庫は魔石を使った電池式。大体一週間くらいで内部の魔石を取り替えなければ電池切れになるように作った。

 そしてその電池交換は、素人が間違った手順で行えば内部の仕掛けが作動して機関部の魔法陣を破壊するように作ってある。

 

「技術の模倣を不可能にすれば、それなりに金をふっかけても払ってくれるだろうからね」


「そんな安全装置を付けるなら、行商人にも売ればよかったのに」


「魔石は高いからなぁ、大量の商品を維持するための魔石を確保するとなれば赤字だ。どのみち今は欲しがらないだろうね」


「ははーん、アナタ、ワザと魔導具の技術を隠匿してるわね?」


「お、気づいた?」


 そう、この冷蔵庫は本来なら魔石なぞ使わなくても魔力を込めれば効果を発揮できる。

 だがそうしてしまうと、自爆機構を組み込む理由がなくなってしまう。『電池が暴発するから』ならわかるが、動力の通っていない機械が分解した途端に暴発するのはおかしいからな。

 というわけで、今はあえて魔石でしか運用できないということにして、ゆっくりと利便性の向上を図っていくつもりだ。


「とりあえず次の研究に回せる金が入るまではこのままで、改良はその後かな」


「で、それまでは王家とこの店に宣伝をしてもらうわけね?」


「ご名答。まあ数が揃えば、二、三ヶ月後くらいには有力な貴族や商人にもこの自爆型冷蔵庫を送りつけるけどね。あくまで嗜好品として」


「王家や貴族はわかるけど、このカフェはよくこの魔導具を買ったわね。いくら高級店とはいえ維持費もバカにならないでしょうに」


「あー、このカフェからは使用料取ってないから」


「あら、そうなの?」


「代わりに、俺が教えたスイーツで上がった利益の四割をよこせって言った」


「商魂逞しいわね」


 収入の安定しない飲食店業から固定費を取らないだけ優しいと思うがな。スイーツが売れなけれりゃ俺達にも利益が入らないわけだし。


「話題性にあやかったブランド力があるから売れるだろうし、それを考えれば適正額だよ」


 商売なんてやったことないから、半分はただの感だがな。

 この世界には知的財産権なんてないのだから、これくらい強気な方が良いとは思うが。


「なににせよ、アナタのおかげで面白くなってきたわ。このまま上手くいけば古式魔術研究室も退けて、魔術科のトップも狙えちゃうかもね」


「はは、そうなったらあそこの室長が悔しがる顔を肴に酒でも飲もうかな」


「アナタお酒に酔えないじゃない」


「おっとそうだった。ははは!」


「ふふふ……あ、そういえば話が変わるけど、この前紹介した伝記は読んだかしら?」


「読んだ読んだ。あんまり知名度が高くない英雄の話だったから、先が読めなくて面白かった!」


「文章も捻りがあって素敵よね」


「わかる〜」


 とまあ、仕事の話が終わったところで、恒例の読書談義が始まり、その日は幕を閉じた。

 なんだかんだ、こうしてラトーナと趣味の話をするのが一番楽しかったりする。


ーーー


 さてさて、魔導具の発表から三週間ほど経ち冬も本格化。学園内の噴水は凍りつき、芝生にも霜が降り出した。この時期ばかりは、俺達の作った魔導具なんて要らないんじゃないかと思うほどだ。ムスペル王国の冬は比較的暖かかったので、あの頃に戻りたい気持ちもある。


 そんな極寒の中で俺はというと、厚着に厚着を重ねたフルーアーマー状態で、アセリアやラトーナと共に学園の訓練場に立っていた。

 魔導具関連の仕事もだいぶ落ち着いてきたのでな、ここのところ忙しくて出来ていなかった、飛行用鎧型魔導具の実験である。


「アナタ、そんな厚着の上から鎧を着て暑くないの?」


 鎧を着込んでテスト用として引かれた白線の中に立つ俺に、ラトーナが問いかけてきた。そういう彼女だって、大量に服を着込んでガンタンクみたいな体型になっているくせに。


「龍族の血のせいなのかな、寒いのは苦手なんだよ」


「龍人がなにか関係あるの?」


「爬虫類は寒さに弱いからね。龍だって同じだろ」


「そういうものかしらね」


「そ、それよりもテストを始めませんかっ……?」


 外の寒さを見誤って、比較的薄着で外に出てきてしまったアセリアパイセン。

 両手で肩を抱いてぶるぶると震えながら、試運転を催促してきた。

 以前ならば黙って寒さに耐えていただろうに、ラトーナの影響か、それとも研究室での接待の経験からか、随分と意見を言うようになった。良いことだ。


「そうですね、じゃあ飛行試運転始めます。頼むぞ、リオン」


「おう」


 そう、今回はいつもの研究メンバーに加えて、脳筋エルフのリオンを呼んでいる。

 理由は単純で、飛行に失敗して落下する際に彼の上級風魔術で減速を図るためだ。

 毎度のように骨折してちゃ世話ないのでな、安全面を見直そうとアセリアが提案したことによりこうなったのだ。


「では、出力一割から始めます」


 踵を揃えて背筋を伸ばし、寸胴のような両腕を地面に向ける。どこぞのアイアンセレブと似たような体勢を取ってから、魔力操作に意識を回し始める。

 飛行方法は単純、両手両足にセットされた寸胴のようなアーマーの先端で火薬爆発を絶え間なく起こして、その推力を利用して飛ぶのだ。

 術式が複雑化したことに比例して手足のアーマーが増えたことで、ゾウみたいな不格好な手足を持った鎧になってしまったが、試作段階なので仕方ない。


「お! 浮いた! 次は二割の出力で行きます!」


 バチバチと爆竹のような音が強まるにつれて、俺の体はどんどん高く浮いていく。

 姿勢制御が少し独特で難しいが、今のところ滞空するだけなら大丈夫。


「五割!」


 半分の出力まで上げたところで、俺は10メートルほどの高さまで昇った。

 手足からスポーツカー並みの爆音が出ている。

 動作は問題ないが、めちゃくちゃうるさいので消音も考えなくては。


「次は八割……おわ!?」


 一気に八割まで高めたところで、両手足から一際高い轟音が発生し、それを界に爆発が止まった。


「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」


 やばい。そう思った頃には既に急速落下が始まっていた。

 どうやら、急激に爆発の威力を上げたせいで、爆風の指向操作を行う風魔術の制御機構が壊れたらしい。そしてそれによって抑えを失った推力が暴発して魔導具が壊れたのだ。


 でも大丈夫、今日は安全に配慮してリオンを連れてきているのだから。


ーーー


 結論から言うと、大丈夫じゃなかった。

 なぜかっていうと、リオンのせいだ。あの野郎、どういうわけだかボーッとしてやがって、それで魔術の発動が遅れて俺の落下の勢いを殺しきれなかったのだ。

 いつもならまあ、俺の風魔術だけで骨折程度には抑えられたろうが、何せ今日は今までより高く飛んでいる。ラトーナが咄嗟に魔導具で雪山を作ってくれていなかったら、俺は今頃見慣れた医務室の天井の下で目覚めていただろう。

 

「おい、なんでボーッとしてたんだよ」


 とりあえず訓練場の土に正座させて、話を聞く。

 そういえばこいつ、なんで真冬にノースリーブのシャツを着てるんだよ。アホなのか。余計に腹立ってきたわ。


「じ、実は……」


 目を泳がせながらモジモジと身じろぎするリオン、単細胞なこいつが何かを言い淀むなんて珍しい。よっぽどのことがあったのだろうか。

 そう思うと、いつの間にか怒りは収まって、俺の脳内は好奇心に埋め尽くされていた。


「どうした、早く言えよ」


「じっ、実は俺! 好きな人が出来たんだ!」


 それは、真冬に訪れた春の兆しだった。

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