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第167話 はじめてのハーレム



 ミーミル王国の気候は日本に近い。

 王都は国土最北端のユグドラシルの少し下に位置しているので、ユグドラシルが秋田とかで王都は栃木か福島辺りだろうか。

 となれば言わずもがな、冬は寒い。

 こうした文明の遅れた世界における冬がなぜそこまで恐れられるのか、それは単にストーブやこたつのない世界だからだと思っていた。

 だが実際違って、それは食料なのだ。食料保存のやり方が塩漬けか発酵くらいしかないこの世界にとって、食料の供給を絶たれるというのは致命的。もちろん冬に採れるモノもあるが、便利な流通システムがなければ、そんな産地の限られたものは意味をなさない。

 となればやはり、冬も近い秋の時期は保存食を求める人間達で、市場は一層の賑わいを見せるのだ。


「あわわわ……なんだか周りの視線を集めてる気がしますぅ……」


 王都のとある商業通りに位置するカフェ、俺の向かいで縮こまってカップを握るアセリアがそんな声を漏らした。

 俺達が訪れている商業通りもまた、先ほどの例に漏れず冬越しに備えた買い出しに来た人々でごった返しているわけだが、とりわけここのカフェは人口密度が異常に高い。なんなら、店の外から店内を覗こうと窓に張り付いている者までいる。

 勿論、王都じゃ5本の指に入る人気カフェだからというのもあるが、今日に限っては別だろう。


「視線があるからなんなのよ。子爵家の次女なら、衆目の的になることぐらい慣れてるでしょう?」


「わっ、私はそういった場が苦手なので、家を出てこうして——」


「あ、クロハクロハ。このスイーツ美味しそうじゃない? 追加で頼んじゃいましょう?」


「うん。グリムの奢りで食べる」


「うぅ、最後まで聞いてください……」


 そう、客でもない行きずりの野次馬が大量に引き寄せられているのはひとえに、カフェの卓に陣取った絶世の美少女三人が誘蛾灯となっているからだろう。

 

 終始居心地が悪そうに手元のカップを弄るアセリアパイセン、そんなアセリアも意に返さずベラベラ喋るラトーナ、俺の懐をシベリア並みに冷やす勢いでスイーツをバクバクと食べ続けるクロハ。

女三人寄れば姦しいなんて言うが、俺の座っている卓はそんなものを越して混沌を極めている。

 まったく、武闘会を終えて凪いでいた俺の日常が、どうしてこんなことになってしまったのだろう。


【数時間前】


 青春といえば、屋上で弁当を食って昼寝したり、突然美少女が転向してきたり、文化祭でギターを掻き鳴らしたり、教科書を忘れたクラスのマドンナと机を寄せ合って、その息遣いにドギマギしたりと……そんな華やかな生活を送るもの。そういう認識だった。

 歳を取るにつれそれがフィクションなのだ気づいた時の絶望たるや、今でも記憶に残っている。


「へぇ〜 この魔導具、あなたが作ったの?」


 そんな辛い思い出に浸る俺の傍で、研究資料がどさどさと積み重なっている作業机に置かれた籠手状の魔導具を、ラトーナは指で突いた。


「アイデアは俺だけど、細かい魔法陣の刻印とかは職人さんに任せたよ」


 たしかに俺は青春に絶望した。

 だが人生というのはわからないもので、俺の中で泡沫となって消えたはずのフィクションが、どうやら今ここにあるようなのだ。

 美少女と机を並べる……正確には座ってないが、二人並んで一つの机を使うという点は同じ。これを青春と呼ばずしてなんと呼ぶか。学園で、美少女と、何かに打ち込む。これはまごうことなきアオハルだ。

 嘘つきなんて言ってごめんよ父さん。やっぱりラピ◯タはあったんだね。俺の心はバルスせずに済んだよ。


「籠手の中央に基盤となる魔法陣を置いて、各指ごとに作った魔法陣を繋げて機能を増やしてるのね」


 とまあ、熱きアオハル語りもほどほどにして仕事をせねば。

 現在俺は、学園に入ってからはめっきり使わなくなった補助魔導具の『奇術師之腕』が研究に役立ちそうだったので、ラトーナだけにという条件をつけ、研究室に情報を提供したのだ。

 つまり俺とラトーナが研究室を貸し切っているわけなのだが……数人で長らく試行錯誤の上辿り着いた魔導具のシステムをラトーナに一眼で看破されたことのショックで、二人きりで室内デートだなんて甘い発想が吹き飛んでしまった。


「よ、よくわかったね……」


「やってることは初級魔術の組み合わせだから、簡単にわかるわ。でもこれって未完成よね? 魔導具単体では魔術が完成しないようになってる……」


「強力な魔術だからね。万が一仕組みが漏れて普及したら、それこそ戦争が覆る。だから術式の肝心な部分は俺自身が担うわけ」


 魔導具は持ち主が魔力を込めるだけで術が発動するという便利なものだが、その分最大威力が低く、燃費が悪い。

 だが、俺の魔導具は弾丸を作って着火するだけの魔術なので、魔導具特有の出力の低さはあまり関係無いし、それどころか魔力消費も少ない。

 つまりはコスパどころか、魔導具の根底が覆るような代物ということだ。こんなものが普及したら、俺はこの世界のノーベルになってしまう。数学者に女を寝取られるなんて嫌だ。

 

「だけど、随分術式が汚いわね。整理すればさらに機能が増やせるわよ?」


 術式が汚い……というのはよくわからないが、おそらくは数学でいう因数分解をしろとか、括弧を使えとかそういうことだろうか。


「増やせると言ったって、俺は魔術式あんまり詳しくないからどうにも……」


「それは私がやってあげるわ。同類のよしみでね」


「同類?」


「アナタの魔導具に込められた魔術と、私が使ってる魔術が似ているのよ。考えることは同じなのね」


「ラトーナの魔術……あ、あのレーザーのことね。あれって結局どういう仕組みなの?」


 そう尋ねると、ラトーナは俺をジト目で見つめながらニヤケ面を浮かばせた。

 なんでも、俺に何かを教える立場になったのが少し嬉しかったらしい。

 なんだよこいつ、可愛いな。


「あれはね、『硬化の加護』をかけた私の魔力を、『封魔の呪詛』で指先に極限まで圧縮して、開放と同時に『反射の呪詛』で真っ直ぐ押し出すのよ」


「ふ、ふーん……?」


 半分何を言ってるのかわからなかったが、要するにフィノース家の『神槍』と仕組みは同じということだろうか。水を圧縮して撃つ的な。

 

「ん? 魔力に加護をかけるって言った?」


「ええ」


「そんなことできるの?」


「ダメで元々、出来たらおんのじ(?)って教えてくれたのはアナタでしょ?」


「……よくそんな昔のこと覚えてるね」


「む、アナタが忘れっぽいだけでしょ」


「はは、まあそれは良いとして……って、あっ、ごめん!」


 魔導具に手を伸ばして不意にラトーナの手に触れてしまったので、反射でおかしな声をあげてしまった。


「……流石にそんな魔物みたいな扱いされると、私だって——」


「あ、いや誤解だ! なんというか、照れと言いますか、緊張と言いますか……」


「そ、そう……なのね」


 テンパってモロに好意を伝えてしまったせいか、お互いの間におかしな空気が生まれてしまった。

 照れ隠しなのか、ラトーナは俯いて魔導具を弄っているし、俺も俺で次の言葉が見つからない。


「二人とも楽しそう」


「きゃあ!?」


「うわっ!? って、あれクロハ?」


 そんな甘酸っぱい空気が俺達の間に漂い出したところで、突然どこからともなく現れて背後に立っていたクロハによってそれは払われた。


「え、なんでここにクロハがいるの……?」


 俺達のいる研究室は現在、契約の都合で俺とラトーナしかいない密室と化していたはず。

 クロハはいつの間に瞬間移動まで身につけたんだ……


「骸骨みたいなおじさんに鍵をもらった」


 と思ったら、普通に侵入しただけか。


「室長に? なんで?」


「それは私が許可を出してるのよ」


 基本的に研究室は部外者立ち入り禁止だというのに、さも当然のように鍵を渡されたクロハに驚く俺に対し、ラトーナが平然と答えた。


「え、重ねてなんで?」


「男ばっかで退屈だからよ」


「あ、へぇ〜」


 言い訳一つないシンプルな我欲。それを曇なき眼で告げられた俺は、ただ相槌を打つしかなかった。

 少し自信家になったなと思ってはいたが、どうやらそれを超えて豪胆な自由人になってしまっていたようだ。いや、元から自由奔放ではあったな……それをより表に出すようになったと言うべきか。なんとも感慨深い。


「なんで私をジロジロ見るのよ」


「いや、少し感動して」


「?…… まあいいわ。ところでクロハ、何のようかしら。まだオヤツの時間でもないでしょう?」


「ん、乳眼鏡のおつかい。グリムを呼んできてって」


「乳眼鏡……? 誰のことかしら」


「ああ、アセリア先輩ね。彼女がどうかした?」


「団体戦のお礼をして欲しいって」


 なるほど。そういえば、助太刀を要請した際にお礼は弾むなんて大口を叩いた記憶がある。

 まずいな。なんでもするとか言ったけど、ラトーナとの戦いのために金を使い過ぎて、貯金がかなり減ったんだよな……超級治癒魔術のスクロールとかめっちゃ高かったし。


「それとなクロハ、乳眼鏡はやめなさい。先輩が聞いたら泣くぞ」


「乳眼鏡で伝わったアナタも大概よ、ディン」


 そんなラトーナのツッコミはさておき、実験も区切りが良かったので、俺はそのままアセリアの研究室に向かうことにした。


ーーー


 そして現在に至る。

 アセリアが告げた要求は、人混みが苦手なので買い物に付き合って欲しいとのことだった。

 それなりに危険な戦闘に力を貸してもらったわけだから、もっと吹っ掛けられるとも思っていたが……安いお願いでめちゃくちゃホッとしたのは俺だけの秘密。


 まあそれは良いとして、問題は何故だかラトーナまで着いてきたことだ。

 最初からさも当然のようにアセリアの研究室まで着いてきて、話を聞くなり自分も行くと言い出した。

 中級貴族のアセリアとしては四大貴族長女のラトーナの同行を拒めるはずもなく、というかそもそも他人にNOと言えない彼女には最初から逃げ道なんて無い。

 そういうわけで、俺達四人は大盛況の市場に顔を出しているわけだ。


「アセリア先輩、何か食べたらどうです? 奢りますから好きなのどうぞ?」


「そうよ、ディ……グリムの奢りなんだから好きなだけ食べなさい」


「ラトーナは自腹ね」


「えっ……」


 ラトーナの口からぼそりと『お金ない』と聞こえたが、彼女は勝手に着いてきたのだから、俺が飯代を負担する義理はない。ラトーナに甘いと思ったら大間違いなのだ。

 まあ仮に本当に金がないなら、皿洗いでもすればなんとかなりそうだしな。良いじゃないか、美人ウェイトレスって評判になりそうで。


 それはひとまず、野次馬の視線で挙動不審になってしまったアセリアにメニュー板を押し付けた。

 流石に状況が気の毒なので、メニューの表には彼女にだけ見える角度で『後日またちゃんとお礼をします』と、魔力の文字を刻んでおいた。


 それを見た先輩は、なぜだかクスリと笑ってケーキを注文するのだった。

 

ーーー


 さてさて、多少は腹も膨れたところで、今度は魔術ギルドに足を運んだ。


「治癒魔術のスクロール?」


 受け付けにてなにやら大量の治癒魔術スクロールを買い込んできたアセリアを見て、ラトーナは欠伸混じりに眉を顰めた。


 魔術ギルドは責任がどうたらで、〝一般的〟に中級までの魔術しかスクロールとして販売していない。よって、魔術オタクのラトーナにとっては退屈な場所なのだ。

 クロハなんて、店に入ってから2分と待たされていないのに、俺の隣で立ったまま寝る始末だ。崖の上の半魚人を思い出すよ。


「は、はい。ここで定期的に買っているんです……」


 怪訝そうなラトーナに、アセリアはそう説明した。

 腐ってもラトーナは名家のお嬢様ということか、彼女のがめつさもとい社交性のおかげで、アセリアもかなり臆さずに喋るようになった。

 あのコミュ症のアセリアパイセンがラトーナの目を見て話せている時点で、その凄さがわかろう。俺ですらあまり合わせてもらえないのに……


「なんでそんなものがいるのよ?」


「あ、その……私肩こりが酷くて……」


 引きこもってばかりだからですかね。なんて苦笑するアセリアを前に、ラトーナの目は笑っていなかった。アセリアの胸部に聳える双丘いや、ヒマラヤ山脈を無言でガン見していたのだ。

 まるで呪いでもかけているかのような眼力は、その場を通りかかった部外者を震え上がらせるほどの覇気だ。どうやら彼女には王の資質があるらしい。


「ふーん、じゃあ肩こりの治し方を教えてあげるわ」


「え、ほ、本当ですか……!?」


「ええ、簡単よ。ディン、剣を貸しなさい。この場でその胸の駄肉を切り落とすわ」


「いや、ちょっ、ダメだよラトーナ!?」


 抵抗する俺から剣を奪おうとするラトーナを見て、アセリアは声にならない悲鳴を上げながらギルドを飛び出してしまった。


ーーー


「悪かったわよ。冗談だって……」


 商業通りの中心地である噴水広場、そこで俺の背に隠れて怯えているアセリアを前に、ラトーナが頬を膨らませた。

 なんか勝手にムクれているが、少なくともあの場ではラトーナが冗談を言ってると思った奴は一人もいない。だって目がマジだったし、治癒魔術があるから切り落としても死にはしないとか口走ってたし。そりゃ逃げるよ。

 幸い、アセリアが鈍足だったので見失ってもすぐに追いついて合流できたが。


「ラトーナさ、冗談っていうのはお互いにある程度の信頼がある上で成り立つんだよ?」


「うっ……たった今アセリアに胸を押し付けられて鼻の下を伸ばしてるくせに、よくもまあ信頼なんて言葉が出るわね」


 バツの悪そうな顔をしたラトーナから放たれた、不意の強烈なカウンター。

 これには返す言葉もなく、アセリアパイセンも小さな悲鳴を漏らして俺から距離を取ってしまった。

 ああ、さらばヒマラヤ。あの嵩張った布の感触は忘れまい。


「ま、まあそれはともかく、アセリアパイセン、次はどこに行くんでしたっけ?」


「あ、はいっ、えっと——」


 アセリアが記憶を探り始めたところで、俺達にお客さんが訪れた。


「よぉっ! 随分と良い思いしてるじゃねえか色男ぉ!」


 俺たちの前に現れたのは、一言で言えばチンピラ三人組。長く言えば、某大貴族の一柱の後ろ盾があると噂の傭兵団……に成りすました貧困層の若者達だ。 

 某リニヤット家と裏で取引をしているとか噂の傭兵団を利用して、最近じゃ王都の貧民街の奴らが成りすましをして好き放題やっていると治安問題になっているその元凶だろう。


 まあそんなことはどうでもいいな。

 要するに、ハーレム状態の俺に嫉妬して絡んできたわけだ。

 だがなに、こんなベタなイベントに焦ることも身構えることもない。

 

 だって……


「良けりゃ俺らも混ぜてデート……いや、魔族のガキはいらねぇな。ってなわけでそこの銀髪優男も消して5人で——うごっ!?」


 ケラケラと笑いながら女子三人に詰め寄ったチンピラのリーダーが、突然上から押し潰されたようにして地に伏した。

 

「あら、金貨でも落ちてたかしら?」


 うめき声を上げながら地面と接吻するチンピラAを前に、女王様のような笑い声を響き渡らせるラトーナ。

 そう、彼女が一瞬にしてチンピラに『鈍化の呪詛』をかけたのだ。

 長年血統を重視して魔力を増やしてきた大貴族の魔術だ。たとえ最大出力でなくとも、魔力で体を強化できない素人にとってはいきなり自動車を背負わされたようなものだろう。ラトーナ先生、容赦無しだ。スト様もビックリ。


「おいおいっ!?」


「こいつ魔術師かよぉぉぉ!」


 今にも自重に耐えきれずにペシャンコになりそうなAを前に、即刻見切りをつけて逃げ出したチンピラBとC。

 そんな二人の足元を、俺の生み出した氷が飲み込んで固定した。


「おいお前ら、ウチのクロハのどこが気にくわねぇんだよ」


 足を奪われて倒れ込んだ男二人の胸ぐらを掴み上げて、腹に膝蹴りを入れる。


「あの、グリム君乱暴は……!」


「アセリアパイセン、下がっていてください。このままじゃ俺の気が済みません」


 俺の肩に添えられたアセリアの手をそっと払い、倒れた二人の前にしゃがみ込む。


「まったく、お前らみたいなのは今日で五組目だ」


 そう、焦らなかったのは今日だけで既に何度かこんな状況に陥っているためだ。

 移動の度に絡まれるのだから、誰か呪われているんじゃなかろうか。


「忙しいから4組とも見逃してやってたけど……お前らは言っちゃぁいけねぇことを言った」


「……は?」

 

 腹を抱えて蹲るチンピラBの髪を引っ張って、顔を覗き込む。


「馬鹿下民にもわかるようもう一度聞いてやる。ラトーナとアセリアは連れてこうとしたのに、クロハはなんでいらねぇんだ?」


 せっかく気分が良かったから、ちょっと痛めつけてイジメを楽しもうと思っていたが……クロハを差別したこいつらに慈悲はない。

 身体の皮を剥いで天日干しでもしてやろうか。


「ひっ、そ、それはまぞ……くが……」


「あぁッ!? 魔族がどうした! 魔族でも愛せ!」


「す、すみません!!!」


「ダメだ。お前らはこのまま冒険者ギルドに連行して俺の小遣いにする。持ち金が心許ないからな」


「お許しをぉぉぉぉ!!!」


ーーー


 チンピラ共をギルドに引き渡して小銭を手に入れた後も商業通りの漫遊は続き、魔導書のある本屋や魔術用の杖の専門店、そして王都で評判の菓子屋を回った。

 女の子っぽいのが菓子屋しかないが、どれも本人達が望んだモノなので何も言うまい。


「アセリア先輩、今日はなんだかすみません……」


 帰り道、学園へと向かう馬車の中で隣に座るアセリアに謝罪した。

 ラトーナの同行に始まり、二桁にのぼるチンピラとのエンカウント。お礼をするための外出だったのに、アセリアには窮屈な思いをさせてしまった。

 そんな俺達の気苦労も知らずに、ラトーナもクロハも今は向かいで気持ち良さそうに眠っているよ。


「あ、いえ……そんな謝らないでくださいグリム君」


「いえ、それじゃあ俺の気が済まないんで、これを」


 俺の渡した小さな木箱、小学生が使うような筆箱のようなモノに首を傾げるアセリア。

 そんな彼女に中身を見るように促した。


「これは……」


「はい、眼鏡型の魔導具です。冒険者ギルドにチンピラを突き出した際に噂を聞いて、三人がお菓子選びをしてる時に急いで買ってきました」


 この魔導具の持っている能力は、簡単に言えば魔力を込めると視点をズームできるという虫眼鏡のようなもの。

 人形制作や細かい魔法陣の刻印には大変役立つようで、職人なんかは喉から手が出るほど欲しかっただろう。

 ちょうど手元に金があって、一番乗りで買えたのは幸運だったな。

 

「こ、これ凄く高かったんじゃないですか……?」


「さて、俺は買ったモノの値段はあまり覚えないタチでして」


 高かったです。チンピラを換金した金はたちまちに蒸発して、貯金もまたかなり減りました。

 懐はまさに氷河期真っ只中。でも俺は美少女の前ではカッコつけたい小物なので、あくまでそんな叫びは内に秘めますとも。


「全然ちゃんとしたお礼が出来なかったので、今日のところはこれで何とか……」


「そんなことないですよ!」


 宥めるように苦笑した俺に、アセリアは一際大きな否定の声を上げた。

 普段からどもり口調で、目線も合わせず声も小さかった彼女が声を張ったことに驚いて、俺は口をつぐんだ。


「わ、私……! 昔から人と話すのが苦手で、会話も碌にできなくて、貴族としての仕事が満足にこなせないから両親にも愛想を尽かされて、追い出されるように学園に来たんです……」


 強い目線を向けてきたと思えば、再び顔を逸らして話を途切れされるアセリア。

 突然静かになった馬車の中で、何か気の利いた言葉でも返そうと思ったが、彼女が膝の上で眼鏡の入った箱を強く握っているのに気づいて、やめた。俺は彼女が続きを喋り出すのを待つことにした。

 一瞬、過去を振り返るのを恐れているのかと思ったが、これは違う。きっと言葉を、気持ちを整理しているのだろう。


「……はじめてだったんです」


 そこから程なくして、アセリアは再び言の葉を紡ぎ出した。

 

「こうして同世代の子達と肩を並べて歩いたり、笑ったり……」


 肩を寄せ合ってスヤスヤと眠るラトーナとクロハに穏やかな笑みを向けながら、アセリアは続ける。


「ラトーナ様……いえ、ラトーナちゃんはまるで私の心を読んでるかのように、グズな私の意思を汲んで引っ張ってくれる。クロハちゃんは、円滑に気持ちを表せない私を面倒臭がらずに待ってくれました」


 友達という最高の贈り物。俺とのよすががそれを引き寄せてくれたのだと、彼女は嬉しそうに語った。

 優秀な姉兄に対する劣等感、自分の社交性の低さ、それらを気に病まずに生きていける普通を求めた彼女にとって、ただ笑い合える友達との空間は何にも変え難いのだそうだ。


「だから、私は貰いすぎてしまったほどです……」


「そうですか、なら良かったです」


 結局俺は何もしてあげられていない気がするが、本人が良いなら良しとしよう。お礼はまたいつでも出来るしな。


「だ、だから、これからも仲良くしてくれると……嬉しいです……」


「勿論ですよ」


 こうして、最悪の雰囲気だった外出は最高の幕引きとなった。

 あ、いや、馬車が学園に着いたのに一向に目を覚さないラトーナとクロハを起こそうとしたら、寝ぼけたクロハに顔面パンチを貰ったので、俺だけはバッドエンドだろうか。


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