表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

165/235

第164話 雨降って



 目が覚めたら、見知らぬ天井が視界に広がっていた。


「!?」


 飛ぶように起き上がって、両手で顔を撫で、体を触り、頬をつねる。

 

「いだっ……!」


 さっきまで、私は洞窟を歩いていたはずだ。だというのに、どうしてベッドで寝ているのだろう。

 そんな疑問が、喉のところまで出かかった。


「あっ! お目覚めになられたのですね!?」


 突然聞こえた声の方に顔を向ければ、そこには部屋の扉に手をかけた医療班の女性がいた。

 歳の頃は40ばかりの中年女性。学園には魔術科の教授と医療班を除いて女性の職員はいない。

 魔術科の顔ぶれは知っているので、目の前の女性はおそらく後者だ。


「ここは……?」


「学園内の医務室ですよ、ラトーナ様」


 なんとなくそんな気はしていたが、となると最初の疑問に立ち戻る。


「私はどうしてここに?」


 私の服装が変わっていないあたり、洞窟から出てそれほど経っていないのだろうか。

 そんな考察を巡らせながら、ベッドを降りて寄ってきた女性に尋ねる。


 流石に私も迷宮のジョン……ディンが教えてくれた物語で言うなら、うらしまたろう(?)の様な状況とあっては現状の把握にも限界がある。

 記憶も混濁しているので尚更だ。


「そうですね、どこからお話し致しましょうか……」



【ディン視点】


「マルス•ペレアス=ミーミルの名の下に、汝に冠位の称号を賜わす」


 歌劇場を思わせるような絢爛さを誇る巨大建築、それこそミーミル寄宿士官学校、またの名をミーミル王立学園が持つ大講堂。

 仰々しい台詞を吐いているのは、そこに集められた大衆の視線を一手に浴びる壮年の男だ。90年代を思わせるようなテッカテカのバブリーマントを羽織って、体中にアクセサリーを着けた激安の殿堂を彷徨くDQNのような目の前のおっさんこそが、現ミーミル国王様なのだとか。

 格好が派手な割に王冠が地味なのは、先祖代々受け継がれてきた伝統の証だそう。そして服装が派手なのはあくまで本人の趣味とのことで、本来の王族は式典に出る際でももう少し主張を抑えるそうな。


「ハッ、見に余る光栄、恐悦至極にございます」


 演説台から俺を見下ろすオッサンに跪いたまま、通例とされるセリフを暗唱する。

 これでようやく授与式も終わりか。良い加減、膝立ちのまま話を聴くのも疲れてきたので助かった。


「グリム•バルジーナは速やかに退壇を」


 司会の任を預かった軍のお偉いさんが張り上げた声に従い、衆目の的に晒されながら優雅な挙動で席へと戻る。


 さて、まずはどうしてこんな事になったのかを説明しよう。

 時は、地底洞窟から脱出を試みて行動していた際に、ラトーナが倒れた所まで遡ろうか。


 正直、俺は気の効く人間だと思っていた。

 そりゃ、生前じゃあ余計な一言とか傲慢な態度が原因で人間関係を拗らせていたが……あくまで意図して空気を読んでいなかっただけなんだと自分で豪語していた。

 しかし実際はどうだろう、当たり前のことに気づけなかったのだ。

 洞窟探索を行う上では、休憩はマメにとっていたし、戦闘……特に毒のある魔物と対面した際は率先して俺が戦っていた。

 丸一日ほどの活動とはいえ、そこまでハードなものじゃないはずだったんだ。

 でもそれは、あくまで身体を鍛えている人間にとっての話。

 ただでさえ濡れたままの下着で肌寒い洞窟を過ごしていたというのに、長距離移動や戦闘も加わるとなれば、年相応の少女の肉体はすぐに限界に達してしまった。

 そう、ラトーナは戦士でも剣士でもない。魔術師とは言っても、あくまでアセリアパイセンのような研究者寄りの人間であり、身体はそこら辺の十二歳の少女と同じ。

 それを考慮せずに行動スケジュールを立てておいて、なにが気の効く男だ。全く笑えてくる。

 

 リオンの精霊通信とリディの超広範囲魔力感知によるナビゲートによる助け舟が途中から加わらなければ、スムーズな脱出は愚か、あのまま洞窟でみんな揃って仲良く死んでいたかもしれない。

 本当に完璧なタイミングだった。ランドルフどころか俺まで体力が尽きかけたところで、リオンが俺につけていた精霊から本人の声が流れ出したのだからな。

 あの時は思わずリオン様なんて言ってしまった。最悪だ。


 まあともあれ、そんな経緯の果てに俺達は無事に生還。俺以外の二人は即刻医務室送りとなったわけだ。


 そして、ここからが今の状況に繋がる話。

 なにから話せば良いのやらだが……そうだな、まずは攻城戦の勝敗だ。

 勿体ぶる気もないのでさっさと言うが、試合は俺達の負け〝だった〟。


 俺達のいた洞窟が崩壊したその10分ほど後、こちらの奥の手に嵌まって気絶していたジャランダラが活動を再開して俺達のクリスタルを破壊したとのこと。

 だがこれで終わりじゃ無い。試合を終えた翌日にラトーナが目を覚まし、優勝を辞退したのだ。

 ランドルフが暴走した経緯は多少ぼかされたが、運営の発表では『ラトーナ陣営の敗北直前、ランドルフの持っていたスクロールに不具合が起きて洞窟が崩落した』ということになっており、さらにその翌日……つまりー昨日に改めて俺の優勝が決まったわけ。


 あれだけ俺と喧嘩したラトーナが自ら敗北を宣言するなんて……一体何を考えているのだろうか。

 ともあれ、目的自体は達成できたからまあいいだろう。何かしらの陰謀があるにしても、そこはリディと相談するしかないしな。


「続いて、大司教様よりお言葉を頂戴します」


 まずは目下の問題として、この長ったらしい式典を寝ずに乗り切らねば……


ーーー


 面倒な式典を終えてすぐ、俺は生徒会室に向かった。式典後の祝宴パーティーもすっぽかしてすぐにだ。

 理由は単純で、他ならぬ王子からのお呼び出しがあったからだ。

 このタイミングで面会を要求してくるとなると内容は一つ、武闘会優勝者の俺を王子の陣営……つまり生徒会に引き込みたいがための要求だろう。


「グリム•バルジーナ、お呼び出しに応じ参上致しました」


「入って下さい」


 小洒落た生徒会室の扉を潜ると、見知らぬ人間が五人ほど応接用のソファの後ろに立っており……


「ッ……どうしてディフォーゼ•リニヤットのご令嬢もいらっしゃるので?」


 そしてそのソファにはラトーナが腰掛けてお茶を啜っていた。


「ラトーナ様もマルテ会長がご招待なさったのです」


 ソファの後ろに立つ女性の従者がそう答えた。

 いや、従者というより生徒会の役員か。

 

「なるほど。で、その王子は何処へ?」


「現在は先ほどの式典に御出席されていた方々へのご挨拶回りに出られておりますので、まだ少々かかりますかと」


 女性はツラツラとそう述べた後、『肝心の主役おれがそそくさと消えてしまったせいで』と小声で嫌味を言った。

 悪かったなさっさと帰って。俺は社交の場は作法とかめんどくさいから嫌いなんだよ。


「はぁ、主役が居ないのでは面目が立ちませんもんね。困った人もいるものです」


 感じの悪い対応をされたので、俺も俺でやり返しておいたが、一層キツい目で睨まれてしまった。

 というか、他の従者まで眉根を寄せている。ちょっとオイタが過ぎた様だ。


「……まあ、立ち話も難ですのでどうぞおかけ下さい。お茶も淹れますので」


 空気がピリついてきたところで、別の従者が強引に話題を変えた。

 流石はエリート揃い、ムード管理が上手いな。見習いたいものだ。


「隣、失礼します」


「ええ、どうぞ」


 とりあえずラトーナの隣のに座ることにした。本当は気まずいから嫌なのだが、向かいのソファにはマナー的に王子が座るので仕方なくだ。

 しばらくするとお茶を出されたので、気を紛らわすために急いでカップを手に取った。


「ヴェイリル産の茶葉ですか、今年は当たりが多かったと聞きますが……中々ですね」


 誰一人して口を開かぬままひりついた緊張感が漂っていたので、俺は無理矢理にでも喋る事にした。

 そしてこの場の共通話題といえばお茶一つ。セコウやクロエ王女に散々知識を叩き込まれたのがここで活きる。


 こうした場において、従者が無言なんて普通は失礼に当たるものなのだが……そうしたマナーは国によっても多少異なるし、各国から人が集うこの学園となればそこまでおかしなことではない。

 要は向こうのスタンスとしては、客人が喋らないのなら従者も無言で構わないわけなのだ。

 だがしかし、俺は喋る。レイシアと同じで俺はこういう無言の気まずい空気は嫌いだからな。


「……確かに、ヴェイリルのお茶は初めていただいたけれど、香りがとても良いわね。アスガルズとはまた違った風味だわ」


 そんなわけで、最初に俺の言葉に応えたのはラトーナ。

 立場としては王子、ラトーナ、俺、従者の順なので、ラトーナが先に喋るのが暗黙の了解というわけだ。


「はい、そのお茶はポットにヴェイリルの花を入れて時間を置くことで香りを引き立てるのです」


 そう説明を加えたのは、横並びの従者達の真ん中に立つ眼鏡の青年。胸に見覚えのある紋章がついているので、おそらくミーミルの上級貴族……侯爵か伯爵辺りだろう。


「花といいますと、生花ですか?」


「いえ、最近では乾燥させた花を使うのが主流です。元は輸出の際に保存を効かせるためでしたが、その方が茶に香りが移りやすいとのことで、生花は使われなくなりました」


「ほう、逆輸入というやつですね」


 話題を潰さないために、あくまで初耳を装って話しているのだが、内心結構驚いている部分がある。

 ヴェイリル王国産の茶葉は南東部の山岳地帯でしか取れないため希少価値が高く、近年じゃその香りの良さが広く知られる様になって、大陸での需要は鰻登り。

 そしてその茶葉は、事実上ヴェイリル王国を従属国としているミーミル王国が独占している状態で、市場では一杯あたり日本円で一万円くらいの価値がするほどの嗜好品だ。

 そんな高価な茶葉を出してきた時点で、王子がどれだけ俺とラトーナを重要視しているかがわかる。悪くいえば、どんな手を使ってでもあちらの陣営に取り込もうとしているというわけだ。


「おや、お代わりが必要ですかな?」


「すみません、いただけますか?」


 おっと、警戒心ばかりが勝って、ついお茶を飲み干してしまった。

 図々しいかに思えるが、出されたお茶を飲み干すというのは『早く帰りたい』とも取られかねないので、この場合はおかわりを貰うことで訂正の意になるのだ。

 本当に回りくどくて面倒だよな。


「うん、お茶が気に入ってもらえたようで良かったよ」


 新たにお茶を注いで貰ったところで、ようやく王子が部屋に入ってきた。

 精一杯爽やかな笑顔を作ってはいるが、どことなく疲労した雰囲気が漂っている。


「ああ、そのままにしていてくれ。待たせていたのは僕の方だからね」


 ラトーナと二人揃って立ち上がって挨拶をしようとしたところで、王子がそれを止めた。


「さて、まずは多忙な中の急な呼び出しに応じてくれて感謝するよ」


 ソファに腰掛けてすぐ、まどろっこしい社交辞令の暗唱大会が始まった。

 以前は俺と王子だけの邂逅だったので余計な挨拶はすっ飛ばされたが、今日はラトーナという公爵家の令嬢やその他の生徒会メンバーもいるのでそうもいかないのだ。


「殿下の召集とあらば、杖を放り投げてでも参上するのが臣下の務めたるものです」


 ラトーナは自然な笑顔を作ってそう答えた。

 一応、俺に用意された『グリム•バルジーナ』という身分は、ムスペル王国における大規模商会であるバルジーナ商会会長の四男坊……側室の子というわけで、貴族制度のないムスペル王国では子爵家くらいの立場。

 そんなわけで、喋る順番はラトーナが先なのだ。


「私のような木端に殿下直々のお声がかかるなど、むしろ光栄の限りでございます」


 そして俺もラトーナに倣って笑顔を作り、わかりやすいおべっか使う。

 そんな俺の低頭姿勢を見たマルテ王子は、苦笑を浮かべた。


「はは、並み居る強者をほぼ一人で蹂躙した人間を木端と言うなら、僕は残飯当たりだろうか」


「何をおっしゃいますか。失礼ながら私と殿下の立つ戦場は全くの別物ゆえ、空の青さと森の広さを比較するようなものではないでしょうか」


 過ぎた謙遜は失礼に当たるぞと釘を刺されたので、そもそも戦闘のこと知らねえだろ、黙ってろと返した。

 実際、俺は謙遜なんかする柄じゃない。世の中には本当に、片手で人の腹をぶち抜いてくるようなルーデルが星の数ほどいるのだ。


「ははは、随分と社交場慣れした冒険者がいたものだね! 僕もまだまだ精進が足りないようだ」


 そんなやり取りが交わされている間に、役員の一人が焼き菓子をテーブルの前に置いた。

 どうやら、話はそれなりに長引くようだ。


「王都で最近流行の菓子だそうだ。僕はこの手の物にあまり知見が深くないが、味は保証するよ」


 そう言ってクッキーを一つとって、自ら毒味をして見せる王子。

 それを確認したラトーナが菓子を手に取り、俺もそれに続く。


 そこからは互いに菓子をつまみながらの雑談が始まった。

 やれ王都では貴族間のトラブルで騒がしいだの、他国の情勢がどうだの、ジャランダラの貫禄が凄いだの、学園の治安維持がなんだのと。

 そして学園の治安維持の話題を話し終えたタイミングで、王子は本題を切り出してきた。


「さて、二人にこうして出向いて貰ったのは他でもない、以前話したことについてだ」


 以前話したこと、それ即ち生徒会勧誘に関してだ。

 優秀な人材を手元に置きたいという魂胆もあるのだろうが、それ以前に武闘会に優勝するほど力を持った人間を野放しにしておくと面子が保てないというのが本音だろう。


「多くの人種が集うこの学園では、差別や文化の違いによる衝突が絶えず発生しているというのが現状だ。武闘会という衆目の場にて好成績を示した君達の顔を、是非とも生徒会に貸して欲しいんだ」


 他の役員達に止められながらも軽く頭を下げた王子。

 ラトーナは眉を顰めて答えを出しかねているようだったので、俺から先に答えた。


「私で良ければ、是非ともお力にならせていただきたく存じます」


 元より、俺が望んでいたのはこの状況。王子に接近して彼の身辺を調査するのが本来の目的だからな。断る理由なぞない。


「見に余る光栄と存じておりますが、私は此度のお話を見送らせていただきます」


 俺に続いてラトーナが放った言葉に、場の空気が凍りつく中、いち早く冷静さを取り戻した王子が理由を尋ねた。


「理由はお二つほど。一つ、私はそもそも武人ではない為、殿下のご期待には添えぬこと。二つ、殿下の懸念が払拭された以上は私が力を貸す必要もないからです」


「なっ、ラトーナ様! 詳細な説明を求めます! 殿下のお誘いを断るなど普通——」


 役員の一人が喚き散らしたところで王子がそれを止め、再び充分な説明を求めた。


「僕の懸念という部分を、みんなに説明してもらえるかな?」


「はい。殿下は、そちらにおられるグリム•バルジーナ殿が殿下のご勧誘を受けなかった際の保険として私にお声をかけたことと推測いたしました」


 なるほどな。俺が生徒会に入らないとなると、いざとなった時に俺を制御できる人材が必要だったわけか……そしてそのストッパーがラトーナね。


「なるほど、確かにそう受けることも出来てしまうのか…… わかった。誠に残念だが、君が心変わりするのを待っているよ」


 なにか物言いたげな役員達を抑えるために、王子は少し悔い気味にそう言って手を叩いた。


「では、グリム殿は晴れて生徒会へ加入ということで、みんな異論ないかな?」


「は!!!」


 誰も異論なぞ挟めるはずもなく、この会合はお開きとなった。


ーーー


「失礼しました!」


 ラトーナのと共に廊下に出た。

 役員新規加入を発表する必要があるとかで、詳しい業務の説明は明日以降になるそう。だから今日はとっとと帰れと言われたわけだ。


「それではラトーナ嬢、私はこれで失礼いたしま——」


 帰り道は別なのでマナーとしてラトーナに挨拶してから去ろうとしたその時だった。


「待って……」


 ラトーナが俺の手を後ろから掴んだのだ。


「はい?」


「いいから!」


「お、おわ……ちょっと!? なになに!?」


 ラトーナは俺の質問に答えることなく、グイグイと俺を引っ張って歩き出すのだった。


悪口を言われた際のそれぞそれの対応①


ディン  口よりも先に手が出る

リディ  口よりも先に手が出る

ラルド  口よりも先に手が出る

ロジー  口よりも先に手が出る

クロハ  後でこっそり呪う

アイン  わかりやすくへこむ

ラトーナ ドギツイ悪口を言い返す


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ