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第163話 衝突


「少し、アナタと話したかったの」


 広大な洞窟の暗闇に転々と茂る光苔が、まるで地上の星空を思わせる幻想的な景色。

 それを俺の隣でぼんやりと眺めていたラトーナが、呟くように言った。


 洞窟での彼女は、基本的に自分から喋り出すことはなく、あくまで相槌を打つ側に回って俺から距離を取っていた。

 思い出す限りでも、多少の雑談は混じりつつも事務的な会話が殆どだった。

 そんな中での、突然の彼女からのコンタクトに、俺は驚いて頭が真っ白になった。


 天井の岩肌から滲み出た水が滴る反響音が、俺達の間に流れている沈黙を刻んでいた。


「それとも、お邪魔かしら」


 続くラトーナの言葉でようやく現実に引き戻され、俺咄嗟に首を振った。


「あ、いや……暇だからちょうど良かった」


「そう、『不眠の加護』の方はどう? ちゃんと機能している?」


「うん。そっちこそ魔力は大丈夫……って、『遺産』持ちには要らぬ心配か」


 そう言った途端、ラトーナが声音を変えた。


「『遺産』のこと誰から聞いた? 父様?」


 聞いているこちらの心が冷え切るような、ともすればラトーナ自身が怯えているのを隠しているような、そんな声音で俺の顔を覗き込んできた。

 彼女の瞳は紫色。元は紅色なので、読心の権能を持つ『英雄王の遺産』を行使しているサインだ。

 『遺産』は基本的に持ち主を殺すことで奪える。持ち主……主に四大貴族による徹底的な情報統制が引かれていながら、『遺産』に魔力回復機能がある事を知っている人物が、そうした奪い方を知らない方が不自然。ラトーナの警戒は当然とも言える。


「いいや、アーベスさんにじゃない。その……俺の上司というか、恩人みたいな人から色々聞いたんだ」


 コレばかりは嘘をついても無駄なので、正直に答えた。どのみち、バレても問題のないことだしな。


 しかし、話しても問題がないのはここまでなので、俺は読心対策として空中の魔素を使って文字を描き、ミーミル語の文を綴った。


[ごめん、それ以上のことを話すわけにはいかない。当然口外するつもりはないし、君を害する気もない]


 次代王を決める派閥争いにおける、いわゆる第二王女側に属していることを隠して学園に潜入している俺は、政治的に非常に重要な立場にある。

 スパイ程度なら俺の他にもいるだろうが、明確な違いは『遺産』について知っている点や、バックの強さだ。ミーミル最強と名高い騎士と、魔術王。下手すれば四大貴族を軽く凌駕する権威の持ち主の手先だということだ。

 ラトーナの所属は不明だが、少なくともディフォーゼ家は王子側。フィノース家との争いも、同じ王子派内での発言力を得ようとしているために起きた衝突だ。

 王子側の解釈によっては侵略……国家反逆罪の片棒を担いでいる俺なのだ。こんなところで目的を見抜かれれば、即刻密告されて楽園送り……じゃなくて死刑だろう。


「ふん、わかったわよ」


 ラトーナはしばらく俺を睨んだ後、瞳の色を紅に戻す様子を見せて、再びそっぽを向いてしまった。

 いつの間にか読心のオンオフまで調整できるようになっていて、少し感慨深い。


「それじゃあ話を変えるけど、まず私との約束を果たしてちょうだい?」


「へ?」


 約束、彼女と何か約束をしただろうか。

 思い当たる節はない。

 ということは、彼女と別れる二年前の出来事だろうか。


「ごめん、ちょっと二年前のことは思い出せないかな……」


「なに言ってるの? さっきアナタが戦闘中にした約束よ?」


「ん〜?」


 首を傾げたままの俺にラトーナはため息を吐いて、人差し指をツンと立てて言った。


「『その前に降参と言って下さい。話はその後お茶でも飲んで〜』だったかしらね」


 低い声を作って、スカしたような口調で彼女はそう言った。

 今のはひょっとして俺の真似だろうか。だとすると、彼女に目に俺は相当なイキリ野郎として映っていたことになる。

 めちゃくちゃ恥ずかしいので、今後は気をつけよう。


「えっと、ああ……呪詛魔術のトラップを無効化してラトーナを組み伏せた時のか」


 先程の決闘の最終局面で俺が『閃光弾』でラトーナの動きを止めて接近。

 対して目を潰されていた芝居を打って俺を誘い込んだ彼女は、咄嗟にトラップ魔法陣を接して反撃……しようとしたらそれを俺が無効化したことに関してだな。


「そうそう、何であの時ラトーナの目は無事だったの?」


「質問しているのは私の方よ」


「う、ごめん……えっと、アレは『禁魔領域アンチマジックエリア』を使ったんだよ」


「アンチマジック……?」


「500年以上前は上級魔術師も多かったからさ、それの対抗策として生み出された欠陥魔術だよ」


「……欠陥というのはどういうこと? アナタはちゃんと私の魔術を無効化していたじゃない」


「『禁魔領域』は結界と呪詛の混合魔術でね、名前の通り自分を中心に張った小さな結界の中では、〝誰も〟魔術を発動出来なくなるんだ」


「〝誰も〟ってことは、つまり術者のアナタも?」


「ご明察。結界の維持中は攻撃は愚か、刻印による身体強化も不可能になるわけ」


 そう、俺はこの術を維持している間は結界内で如何なる魔術も使えない。

 例外は結界の外に上級魔法陣を展開するか、複雑な工程を踏まない純粋な魔力による身体強化のみだ。

 

「となると、欠点はそれだけじゃないわね。結界外から飛んでくる魔術は防げないのでしょう?」


「おっしゃる通りで」


 これもまたラトーナの推測が当たっている。

 この術が防げるのはあくまで結界内での〝術の発動〟、もしくは外から向けられた〝発動中〟の術のみだ。

 簡単に言えば、俺を中心にした半径1〜2メートル以内の空間に、『岩礫』を放つ魔法陣を展開しようとしても不可能だが、その結界外から俺に向けて放たれた『岩礫』は無効化出来ない。


「条件からして、術式に『反魔の呪詛』を組み込んだのね」


 ラトーナの多用する『反魔の呪詛』を語る上で欠かせないのが、魔術の発動判定だ。

 先程から『発動中』やら『発動済み』などの条件が挙げられているが、コレがまたややこしい。


 これも噛み砕いて話すために、『岩礫』と『土槍』を例にしよう。

 『岩礫』の術式は、岩の生成と発射の2工程。つまり、相手に向けて弾を放った時点でこの魔術は『発動済み』。俺の操作から外れたことになる。

 対して『土槍』の術式は、俺が魔力を込め続ける限りは発生した岩の柱が伸び続けるというもの。つまり、俺が魔力を込めるのを辞めない限り術式は中断されず、『発動中』扱いになる。


 まとめると、『反魔の呪詛』はあくまで、術者の魔力操作を妨害して魔術を無効化するものだから、既に操作を終えた魔術は無効化の対象外。つまり、殆どの攻撃魔術から身を守れないということだ。

 今回使った『禁魔領域』が欠陥と言われる理由はこうした部分にある。


「でも、私には効果覿面(てきめん)だったわけね……」


「そういうこと。もはやラトーナ専用」


 呪詛魔術は対象が魔法陣の面から2メートル以上離れていると、効果が発揮されない。

 そしてその射程は俺の結界の半径とほぼ同じなので、彼女の呪詛は当たらない。トラップなんて言わずもがなだ。


「よくもまあ、そんな埃臭い魔術を知っていたわね……まったく完敗よ、完敗」


 少し悔しそうに、ラトーナは口を尖らせた。

 意外にも、彼女は潔く敗北を認めたのだ。


「伊達に、魔術王の弟子やってませんからね」


「それって、中央大戦の魔術王のこと?」


「そうそう、他にも色んな凄い人達に教わったよ」


「…………それは、私を置いて行った後に出会った人達なのよね?」


「!!……」


 表情を崩さぬまま、彼女は声音を低くして問いかけてきた。


「……そ、その、ごめん……」


 来るか来るかとは思っていた〝本題〟。しかし、前置きもないあまりの唐突さに、俺は言葉を詰まらせてしまった。

 いや、そもそも言葉なんて準備していなかった。だって俺自身何から話せば良いのかすらわかっていないんだ。


「ずっと聞きたかった。どうしてあの時、私を置いて居なくなったの?」


「……それは——」


「どうしてラルド叔父様の迎えを拒んだの?」


「いや、その——」


「どうして、今になって私の元に現れたの?」


 ラトーナは声を震わせながら俺を捲し立て、一呼吸間を置いてからこちらに目を向け、再び口を開いた。


「……私が悪いの?」


 彼女は目元に涙を溜めながら、そう絞り出した。


「そうじゃない!」


 俺は即答した。 

 言葉を纏めることも、選ぶこともまだ出来ていない。

 だけど、彼女を待たせたくなかったのだ。もうこれ以上。


「……全部、俺が悪いんだよ。弱い癖に勝手な俺が悪いんだ」


 口を開いても、上手く言葉を並べるどころか、息継ぎもろくに出来なくて終始早口だった。

 全然上手く喋れない。

 というか、俺はそもそも彼女に何を伝えれば良いのだろう。何を伝えたいのだろう。

 彼女は今、何を求めているのだろう。


「……逃げないでよ」


 全く想像と違うラトーナの返答に、俺はガンと頭を殴られた気分になった。


「……え?」


「全部そうやってアナタ一人で完結させて、私の気持ちはどうなるのよ……」


「いや、そんなつもりじゃ——」


 そう言いかけたところで、ラトーナに胸ぐらを掴んで引き寄せられた。

 俺の目と鼻の先には今、彼女の顔がある。一歩間違えれば唇が重なるのではという距離だ。


「なら私の目を見て」


 彼女の瞳を見た。

 綺麗な紅の円の中には、俺のシルエットが写っていた。


「ちゃんと答えて。アナタはどうして、私を置いて消えたの……?」


「……奴隷の子を助けたんだ。だからそれで——」


「それはラルド叔父様の話から何となく推測しているわ。

 私が聞きたいのは、どうしてその子を助けてそのまま消えてしまったの? 私を巻き込みたくなかったから?」


「……うん。だってそれが元でまた社交会の時みたいにラトーナが危険な目に遭ったら、守れる自信がなかったから」


「どうして奴隷の子を連れ出したの?」


「前に顔を見たことがあったし、目の前でその子の親が殺されるのを見て、寝覚めが悪くなりそうだったから」


「ラルド叔父様の迎えを拒んだのは……私よりその子の方が大事だったから?」


「違う。あの頃のクロハは不安定だったし、俺を助けてくれたら恩人との契約もあって、君の元には戻れなかった。

 それに多分、君なら大丈夫だと——」


「大丈夫なわけないでしょ!!!」


 咆哮とも言えるラトーナの声が、洞窟中にこだました。

 今の今まで限り無表情を貫いていた彼女が見せた感情の爆発。

 俺は思わず口をつぐんだ。


「大丈夫だと思うから手紙の一つも出してくれなかったの!?

 大丈夫だと思うから、学園で他の女の子とも平気でベタベタしてたの!?」


「ッ……そうじゃな——」


「ふざけないで!!!

 私がどれだけアナタを心配して、一人で耐えてたと思ってるの!!!

 何が大丈夫なの!? 教えてよ!!! アナタがいなきゃ何も出来なかった私の何が大丈夫なのよ!!!」


 見誤っていた。ラトーナの中で燻っていた鬱憤を。

 いや、見誤っていたなんて傲慢だ。俺は自分のことしか見ていなかったんだ。

 元々人間不信気味で、周囲との関係を断つことで自分の身を守っていたラトーナを半端に外に引き摺り出して、無責任にも俺はそのまま放置したんだ。

 いくら父親と和解したとはいえ、ラトーナにとってディフォーゼ家は居心地の悪い場所に変わりはないのにだ。


 確かに俺に非がある。

 でも、だとしても他に道があっただろうか。


「じゃあどうすれば良かったんだよ……!」


 肩で息をしているラトーナを横目に、俺は心境をそのまま声に出した。

 ラトーナの勢いに当てられて、喋り出したらもう自分でも止められない。


「あのままクロハを連れ帰って、大商会と揉めて心中すればよかったのか!?

 いいや、どのみち当主が俺を切り捨てて、俺だけ殺されるなりしてたさ!!! 

 それとも、お前はクロハを助けなれば良いなんて言うのか!? どの口でそんなこと言えるんだ!!!」


「そこまで言ってないじゃない!!!」


「大体、俺はお前のとこに戻るための最善策を選んだんだ! 結果的に再開出来たのに何でキレるんだよ!!!」


「周りに美少女を侍らせて帰ってくるのが最善と言い張るなら、アナタは頭に治癒魔術でもかけた方が良いわ! 

 学園でも色んな女の子を口説いてるって噂を、私が知らないとでも思ったの!? 

 それなのに顔を合わせて早々抱きついてくるなんて恥を知りなさい!!!」


「それは誤解だっつってんだろ! 釈明しようとしたら門前払いしやがって!!」


「鼻の下伸ばしてたことに変わりはないでしょ!!!」


「向こうから寄ってきたんだよ!!!」


「なら拒むことだって出来たでしょ!? アナタの不埒な性格の問題よ!!!」


「どの口が言ってんだ! 婚約者がいるのを知ってて俺に言い寄ったのはそっちも同じだろ!!!

 本当に不埒なのは——」


 『本当に不埒なのはお前だろ』、そう言いかけたところで、俺は彼女に頬を引っ叩かれた。


 手を出した彼女自身も少し驚いたように自分の掌を見つめていたが、それから間も無くしてボロボロと涙を溢し始めた。


 洞窟中にこだました破裂音と、彼女の涙を見て、俺はようやく自分が何をしてしまったのか理解した。

 俺は今、彼女を裏切ったんだ。


「あ、その……ラト——」


「最低……」


 慌てて言葉を探すも弁明の余地は無く、彼女はそう吐き捨てて寝床に戻っていってしまった。

 途端に静かになった空間。まるで、洞窟が俺の発言を嗜めているかのようだ。


「はぁ…………」


 やってしまったとばかりに、長いため息が俺の口から漏れ出した。

 どうしてこうなったのだろう。この会話で仲直りしたかったのに、いつの間にか彼女を傷つけていた。

 俺だって色々あったのに、ラトーナが分からず屋だからだ……


 あれからずっと考え込んで、気づけば俺の隣にあった水溜りは雨漏りによって倍の大きさになっていた。どうやら、かなりの時間が経っていたらしい。


 そろそろ行動を再開しなければなと思い、俺は寝ている二人を起こしに行くのだった。


ーーー


 大体2時間ほどだったのだろうか、それくらいの休息を得た後、俺達は再び行動を再開した。

 

「な、なぁ、本当に地上を目指しているのかね?」


 俺の背後を歩くランドルフが、そんな不満を漏らすのも無理はない。

 行動を再開してから2時間ほど歩きっぱなしな上に、行き止まりに当たっては引き返してを繰り返しているからな。誰だって不満にはなる。


「目指してはいますけど、なにせ地図も何もないですから、こればかりは根気良く道を探していくしかありません」


 正直、俺自身も不安なのだ。

 洞窟というのは迷宮と違って、必ずしも地上に出口があるとは限らない。

 残された進路はあまり多くない。崩落を懸念してやらなかった、洞窟をぶち抜いて無理やり外に出るという選択も、視野に入れなくてはならない。


「……なあ、ところで君とラトーナ君は喧嘩でもしたのかい?」


 言いにくそうに問いかけてくるランドルフ。口ぶりからして、先ほどの俺達の口論は聞いていなかったようだが、流石に雰囲気の悪さに違和感を持ったようだ。


「ははは、どうしてまた急に?」


 触れたくない話題だ。

 本来ならばここで上手く話題を逸らすのだが、疲労でそこまで頭が回らずに、ただ惚ける事しかできなかった。

 全く、普段は空気も読まずに猪突猛進なくせに、どうしてこういう時ばかり勘がいいのだろう。非常に厄介だ。やはりここで魔物の餌にしようか。


「どうもなにも、ラトーナ君も君も不自然なほどに喋らないじゃないか」


「私は脱出の手立てを考えてるから集中しているのよ。話しかけないでちょうだい」


 食い気味に口を開いたのは、最後尾を歩いていたラトーナ。

 彼女は行動を再開してからは、今の今までずっと黙り込んでいたのだ。

 

「とのことですよ、殿下」


「そ、そうかね。まあ良かろう」


 俺も俺で、そんな彼女を無視している。

 少し意地になっているのもあるが、結局彼女に謝罪しようにも、言葉が浮かばないというのが現状だ。

 そもそも、彼女が『話しかけるなオーラ』を出しているので、無理に話しかけてもまた喧嘩になるのがオチだろうしな。


 気を取り直して、そこからさらに探索は続を続ける。

 その中で三度目の魔物との戦闘を終えた時だった。ラトーナが倒れてしまったのだ。



【どうでもいい補足】

禁魔領域アンチマジックエリア』は古式魔法都市篇でディンと魔術王が対面した際に、ルーデルが使用していました。

 魔術王ラーマの重力魔術は基本的に『発動中』にのみ効果を発揮するので、『禁魔』を使ったルーデルは重力場を無効化して平気で立っていられたのです。


 

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