第160話 金の魔術師・銀の魔術師
オス! オラ、ディン!
オラ、戦ぇの途中でラトーナのスカート捲っちまったんだけど、そしたらラトーナのやつ、いきなりデスビーム撃ってきやがったんだ!
でもでぇじょうぶ、いざとなったらドラゴン○ールで生きけぇれるからな!!!
次回、『ディン死す!』ぜってぇ観てくれよな!
「次は当てるわ……この変態ッ!!!」
額に青筋を浮かべて目を細めているラトーナを前に、オラ……いや俺の脳内にはおかしなナレーションが流れていた。
「いや、アレは事故で——」
「私に嘘が通用するわけないでしょ!!!」
ラトーナがそう叫ぶと同時に、周囲には俺を取り囲むようにして幾つもの魔法陣が出現した。
やばい。ガチギレだ。
大量の魔法陣を前に回避が困難だと悟った俺は、予め体に刻んでおいた血文字に魔力を流し込んだ。
ーー身体強化×魔術強化ーー
急激に高めた身体能力で魔法陣の包囲網を抜けようと試みる。
しかし、途中で『反魔の呪詛』を受けて身体強化を解除された。
強引に強化を解除されたので、体の感覚がズレて動きのキレがどうしても悪くなる。
ラトーナはそれを知っていたのか、その隙を待ち侘びていたかのように、次々と俺に呪詛をかけてきた。
『鈍化』、『減魔』、『暗化』、『遮感』……あとは何をかけられたのだろう。
大量の呪詛を受けて膝をついた俺の先では、ラトーナが今まさにこちらに向けて指を突き出していた。
悪寒が走るとはこのことだろうか。まずい、またデスビームが来る。
「ッ……!」
ーー解呪×魔術強化ーー
慌てて、予め体に刻んでおいた血文字に魔力を流し込み、呪詛を解いてサイドステップを踏む。
そしてその直後、コンマ数秒前まで俺が膝を突いていた場所をレーザーが駆け抜けた。
「ひっ……」
あと少し反応が遅れていれば、本当に胴体に風穴が空くところだった。
だが、そう安堵したのも束の間。
なぜか背後からレーザーが飛んできて、俺の右腕を貫いたのだ。
「いっ!?」
右腕を抱え、再びサイドステップを踏んでラトーナから距離を取りつつ、後ろに振り返る。するとそこには、紫色の魔法陣が空中に浮かんでいた。
「どうかしら、貴方の真似をしてみたの」
そう言って、悪魔のような笑みを浮かべるラトーナ。
なるほど、仕組みはわからないが撃ったレーザーを反射させて再び俺に当てたのか。
さっき俺がランドルフにやった岩礫の反射コンボを、即興でコピられたわけだ。
いやいや、なんだよそれ。無法にも程があるだろ。
ていうかそもそも、あのデスビームもどきは何なんだよ。
「すまないラトーナ君! 怪我はないかい!?」
と、ようやくここでランドルフが復帰か。
正確に言えばさっきから居たわけだが、ラトーナの弾幕のせいで中々戦闘に割って入れていなかったのだ。
糞野郎め。ラトーナにべたべたくっついてるんじゃねえよ。ぶっ殺すぞボンボンが。
「戦局は振り出し……いえ、怪我を負った貴方がやや不利かしら?」
ランドルフを前衛に据えて、後退するラトーナ。
RPGとかによくいる、同時に倒さなきゃいけないボスみたいで厄介だ。
ーー自己治癒×魔術強化ーー
相手が陣形を整えている隙に、俺も刻印魔術で体を回復する。
少し魔力を喰うが、ランドルフが戻ったとなると近接は避けられない。右腕がダメになったままでは危険だからな。
「すみませんランドルフ王子、ただでさえ国からハブられてるのに、戦闘でも意図せずハブってしまいました」
俺にガン無視されて眉を顰めているラトーナを横目に、再びランドルフへの挑発を始める。
ともかく、ラトーナのエンジンが掛かってきた以上は早期決着が望ましいからな。洞窟の外から聴こえる爆発音も激しさを増しているし、尚更急がねば。
「ははっ、気にしなくていいとも。羽虫が痛ぶられているのを観るのも中々の余興だったからね」
「チッ……」
残念なことに、ランドルフには既に挑発耐性を身につけてしまったようだ。
そうやってポンポン耐性を得るのは何処ぞの最強スライムだけにしてくれ。
「お喋りはこれくらいで良いだろう。君の不敬もここまでだ!」
陣形も整った所で、再び俺の元へと走り出すランドルフ。
正面から相手するのは面倒なので距離を取りたいところだが、俺の周囲にはラトーナの魔法陣が大量に展開されている。
逃げ場は無しだ。
「ちっ……」
残る奥の手は三つ。
ここで使いたくは無かったが……身体強化は強制解除された時の隙を狙われるから使えない。
ラトーナは近接戦意外じゃ倒しようがないし、でもランドルフが邪魔だし、そのランドルフはラトーナに守られているわで八方塞がりだ。
殺すだけなら簡単だが……やっぱり〝倒す〟っていうのが大変なのだ。本格的な魔術戦も初めてだしな。
熟考の末、素直にランドルフを迎え撃つことにした。
ランドルフとゼロ距離での打ち合いをすれば、巻き込みを懸念してラトーナは安易に呪詛を放てないしな。
「攻め込んでくるのか!? 愚かだね!!」
両手斧を中段で構えてかかってくるランドルフに対し、双剣を抜かずに素手で挑む俺。
確かに愚かに見えるだろうが、これで良い。
色々と初めてだが……今までの鍛錬を思い出せ。きっと大丈夫。
ーー身体強化×魔術強化ーー
再び体を強化して、ランドルフの懐へと飛び込む。
「何の!!!」
目の前まで距離を詰めてきた俺に反応し、横薙ぎの一撃を放つランドルフ。
ーー瞞着流柔術×獣王流•無刀取りーー
対する俺は、両手に魔力の鉤爪を纏ってその刃を受け止めた。
「受けたな!? 君の負けだ!!!」
ランドルフの一撃は基本的に防御不可能。普通なら纏った魔力ごと手を切り裂かれて終わりだ。
「あれ!?」
しかし、奴の斧を受け止めた俺の手は健在。これが一つ目の奥の手だ。
「振動なんだろ? その魔術!」
ランドルフの攻撃を防御無視の一撃へと昇華しているのは、彼固有の振動を操る魔術だ。
アインを殴って吐かせたときは振動を纏った拳で内臓を揺らし、その強力な一撃は刃に振動を付加して高周波ブレードのようなものを再現しているのだろう。
アインの証言や、クロハの諜報活動のおかげで、こいつの種はとっくに割れているわけだ。
ーー音波信号×魔術強化ーー
俺の両手には今、極限まで出力を上げた音波魔術の刻印が刻まれている。
音とはつまり空気の振動。めちゃくちゃ魔力を使うが、俺の拳からも高周波を放つことで、無理やり相手の魔術を相殺したのだ。
高周波を作り出すのに一週間も徹夜したけどな。
「な、貴様!!!」
取っ組み合いにも近い形で、超至近距離での斧の取り合いが始まる。
年齢は相手が三歳近く上で、体格的にも不利。もたもたしていてはラトーナの援護が入ってしまう。
「右見た方がいいぞ」
取り合いの中、ランドルフの顔の横にある空間に意識を集中し、そこにある魔素を操作して圧縮する。
俺の体に流れる長耳族の力を利用して、空中に一つの文字を形成するのだ。
「は! 誰がそんなのに引っかかる——」
ーー獣払いーー
そう吐き捨てたランドルフの耳元で、大気を裂くような金切り音が鳴り響く。
「うぐっ!?!?」
刻印魔術とは本来、己の血で刻んだ文字に魔力を流して発動するものだ。
だが、出力が下がるのを引き換えに、こうして大気の魔素を集めて描いた文字でも発動は出来る。
「耳がぁぁぁ!!!」
思わず握っていた斧から片手を離して右耳を押さえるランドルフ。
本来は連絡や探知の用途で使う魔術だが、魔力消費を度外視して出力を上げて至近距離で使えば、相手の鼓膜を破ることも可能ということだ。
悶えるランドルフから斧を奪い取って投げ捨て、空いた彼の両腕を氷で固める。
「なっ——」
両手を塞がれて慌てふためくランドルフの腹に、すかさず膝蹴りをぶち込む。
それによって前傾姿勢になったランドルフの顎に、さらに全力のアッパーを叩き込む。振動を纏わせたまま殴ったから、脳震盪は確実だ。
そして最後に、奴の側頭部に回し蹴りをシュゥゥゥゥゥッツ!!!
明らかにオーバキルだが、今までの腹いせだ。超、エキサイティング!!
「ふぅ、スッキリ……」
膝から崩れ落ちたランドルフを足蹴にして、ラトーナの方に向き直る。
「容赦なしね。少しは手加減して上げれば良いのに」
「……」
ランドルフを失ってもなお、表情を崩さないラトーナ。
声音は震えてこそいるが、それは多分俺のセクハラに対する苛立ちを抑えているからだろう。
こういう底の見えないタイプが一番怖い。
「……降参は——」
「しないわよ。ふざけないでちょうだい」
まあそうだよな。
前衛が消えたとは言え、それでも俺とラトーナの実力は拮抗しているのだ。
降参などするわけない。
思い通りにいかない現状に内心ため息を吐いていると、洞窟の外から一際大きな爆発音が聴こえてきた。
「!……」
ひょっとして今のは、砦が爆発した音だろうか。
だとすると、もう俺の本陣は陥落寸前ということか。
「お互い、もう後がないようね」
俺の表情から何かを読み取ったのか、そう言って笑うラトーナ。
対する俺は無言で双剣を構え、そして間も置かずに走り出した。
突っ込んだ先の空間には、次々とラトーナの魔法陣が浮かび上がっていく。
ワンパターンな迎撃だが、圧倒的な手数で押してくるというのは、中々の脅威だ。
ーー抵抗魔術ーー
流石に身体強化だけでは躱しきれないので、ラトーナが空中に魔法陣を出したそばから、同じ箇所に刻印魔術を発動させて呪詛を相殺していく。
さっきはランドルフの対応もあって意識を割く余裕がなかったが、今ならできる。これが二つ目の奥の手というわけだ。
「まだそんな手を隠し持ってたのね」
ラトーナが呪詛魔法陣を展開しては、すぐさま俺がそれを打ち消す。
そんな攻防が周囲の空間で行われている中、俺達は俺達で、さらに魔術の撃ち合いを始めた。
刻印の強化を解いて純粋な魔装のみで接近を試みる俺に、ラトーナが迎撃としてレーザーを放つ。
俺はレーザーの反射に警戒しつつそれを回避して『岩礫』を撃ち返す。
反射の呪詛を利用して高速移動しながら俺との距離を保っているラトーナも、また岩礫を躱して撃ち返す。そんなやり取りが続く。
ここまで大量の魔術を併用して戦うのは初めてだ。
正直、一瞬でも集中を欠けば俺の負けが確定するだろう。
そしてそのミスは、いつ起こってもおかしくない。いくら練習したとはいえ、刻印魔術の遠隔発動、しかも複数同時は相当な集中が必要だ。
かといってそちらばかりに意識を割けば、ラトーナ本体との撃ち合いで遅れをとってしまう。
こうなればクリスタルを直接狙いたいが、見た感じ結界が張られているようだしなぁ……結局、先にラトーナを倒さないと結界を解除する余裕もなさそうだ。
よし、もういっそ三つ目の奥の手を使おう。成功するかはわからないがな。
「!?……」
ラトーナがここにきて、初めて驚愕の表情を見せた。
それもそうだ。何せ俺は、彼女の上級魔術を相殺していた刻印の遠隔発動を全て中断して、俺自身も足を止めたからな。
たった一つの魔術に意識を割く為だけに。
「ッ……」
当然隙だらけになった俺には、間髪入れずラトーナの上級魔術による大量の呪詛が浴びせられた。
殆どの五感が遮断され、立つことすら困難になって膝をつくも、合わせていた両手だけは崩さない。
「ラトーナ!!!」
真っ暗になった視界の中で俺は、ラトーナが立っているであろう方向に合わせていた両手を突き出し、そして叫ぶ。
「『神槍』!!!」
『神槍』、それはフィノース•リニヤットが極めた水魔術であり、圧倒的な水の圧縮で全てを貫く必殺技だ。
仮にも対立する家の必殺技をラトーナが知らないはずもなく、俺がそれを放つとなれば彼女は絶対に俺に注目する。
たとえ、それが嘘でもな。
「しまっ——!」
ーー閃光弾ーー
ラトーナが『神槍』の裏に隠された真意を読み取って声を漏らすのと同時に、彼女に向けられた俺の両手からは、凄まじい破裂音が発生していた。
そしておそらく、今この空間は全てが白に帰すほどの光に包まれているはずだ。受けた呪詛のせいで何も見えないが……きっとそのはず。
ーー解呪×魔術強化ーー
すぐさま刻印を体に刻んで、かけられた大量の呪詛を一斉に解除する。
「うっ……目が……!」
視力が戻ったところで顔を上げると、そこには目を押さえて千鳥足でよろめいているラトーナの姿があった。
成功だ。嘘の『神槍』で視線を引いて、『閃光弾』で目を潰す。即興だったが中々に良い出来だ。
俺はラトーナの目が潰れている内にと、間髪入れず彼女の元へ走り出す。
「担い手は心棒に、其が築くは静寂を孕む天目。
是は招かれざる者を拒まず、そして隠さず、閉じ込めず……」
早口で詠唱を始めながら、ひたすらに走る。
ラトーナが反撃してくる気配はない。
勝てる……!
「——ここに誓いを、これより一切の奇跡を禁ず」
詠唱を終えるのとほぼ同時に、ラトーナの元にたどり着いた。
「ラトーナ、降参してください」
よろついていたラトーナの背後に周り、双剣を軽く押し当てる。
ボコボコに殴って気絶させるのもありだったが、それはちょっとやりたくないのでな。
だって、今彼女を容赦なく殴ったら、まるで俺がフラれた腹いせにやってるみたいじゃないか。
それはなんか、負けたみたいで嫌だ。
「……ふふ」
シンと静まり返った空間に二人だけの時間が流れる中、彼女は俺に背を向けたまま突然、肩を震わせて笑い出した。
「そういう所が甘いのよ。ディン」
彼女は優美な仕草で振り向きながら、人差し指を突き出してきた。
彼女の目はなぜかしっかりと見開かれて、俺の姿を捉えているのだ。
「な!?」
騙された。目眩しは回避していたのか。
そう思って、慌てて彼女を取り押さえようと一歩踏み出すと、踏み込んだ足元から紫色の魔法陣が姿を現した。
恐らくは『鈍化の呪詛』。今の一瞬で、ラトーナはそれを設置したようだ。しかも魔法陣がデカいので、効力はかなり強い。
今までは手を抜いていたのか……
「私のお芝居はどうだったかしら? さあ、これでアナタの負け——」
『鈍化の呪詛』によって俺の動きを奪ったことで勝利を確信したのか、頰を釣り上げて笑みをこぼすラトーナ。その表情は『愉悦』と『油断』で埋め尽くされていた。
だが、何も芝居をしていたのはラトーナなだけではない。
俺はドヤ顔の彼女が突き出している腕を素早く掴み、そのままこちらに引き寄せて組み伏せた。
「え!? なんで!?」
地面に押さえつけられたラトーナが、間抜けな声を出した。
「俺のお芝居はどうでしたか? あ、お捻りはいらないですよ」
「質問に答えなさい! どうして足元の鈍化の呪詛が効いてないのよ!」
「その前に降参と言ってください。話はそれからゆっくりお茶でも飲んで——」
「まだだ! グリム•バルジーナ!!!」
ようやく戦いが終わるのかというところで、今度は鬱陶しい声が洞窟に響き渡って俺の言葉を遮った。
見れば、端っこで気絶してたランドルフが起き上がっているではないか。
「おはようございます王子。見ての通り、試合はコレでおしまいです。お疲れ様でした」
ラトーナを抑えたまま、ボロ雑巾のようなランドルフに優しく笑いかける。
ここで刺激したら襲ってきかねないからな。
「いいやまだだ! クリスタルが無事な限り、試合は終わらない!!!」
「なるほど確かにそうですね。ですが、二対一で挑んで返り討ちにあったにも関わらず、それでも尚負けてないとおっしゃるのは殿下の武勇に傷が——」
「黙れ! お前のその取り繕った上部だけの態度にはもうんざりなんだ!!!」
焦点の合ってない血走った目でそう喚き散らしながら、ランドルフは懐から一枚のスクロールを取り出した。
「?……」
「ダメよ! やめなさいランドルフ!!!」
ラトーナの慌てようからして、なにかヤバいものなのだろうか。
一見、ただの炎魔術の魔法陣が描かれているだけに見えるが……
「断る! クリスタルさえ無事ならいいんだ! この際洞窟ごと崩してやる!!!」
ランドルフがそう吠えるのと同時に、彼の持つスクロールに刻まれた魔法陣が強い光を帯び出した。
そしてようやく気づいた。
あのスクロールから放たれる魔術は、ハッタリではなくマジで危険なのだと。
「あはははははは!!! 死ね! グリム•バルジーナ!!!」
ランドルフから凄まじい破壊のエネルギーが放たれ、俺は咄嗟に土魔術……それも重金属を使用した壁を形成して身を守った。
「なんだこの威力……あ、やば!!!」
放たれた魔術を防ぐことは出来たが、それはあくまで俺の周りだけ。
ランドルフの自爆紛いの攻撃は洞窟の空洞全体にダメージを与え、地面と天井両方の崩落を引き起こしてしまった。
「ラトーナ捕まって!!!!」
地面が崩れて落下が始まる中、俺は押さえていたラトーナを抱き抱えて、そのまま地の底へと落ちていった。




