第159話 新たな強敵!宇宙の帝王ラトーナ
「はぁぁぁぁぁ!!!」
持ち得る全ての力を振り絞り、息継ぎさえも忘れながらひたすらに連撃を殿下に叩き込む。
「ガハハハ! 少し痒いな!」
わかってる。僕の熟練度じゃ疾風流で殿下に有効打を作れないって。
でも、剣聖流による重い一撃を放つ隙なんてない。仮に出来たとしても、半端な傷では再生されてしまう。
だから少しでも良い、浅くても良いから兎に角攻撃を続けて相手の体力を奪うんだ。
右手の大振りを避け、その手を切り裂く。
追撃の左手は受け流して、ガラ空きになった胴体を切る。
残った両腕による掴み技が来そうになったら、全速力で背後に回る。
決して距離は取らない。虫のように相手に張り付いて、全力を出させない。
これを永遠と繰り返す。
何度かそんな攻防を繰り返す内に、殿下が僕の動きを捉えて攻撃をしてくる。
「そこ!!!」
「ッ!!!」
突然の回し蹴りが来て対応が遅れるたが、殿下はそこまで俊敏ではないので、リオン君の援護によるフォローが間に合った。
炸裂する矢を殿下の体に撃ち込んで体勢を崩させ、蹴り技の軌道を逸らしてくれるのだ。
「ぬぅ、厄介な弓兵だ……」
リオン君は遠く離れた森の木の上から、こうして僕がピンチになった時に援護をしてくれる。
彼自身が作った魔力製の炸裂する矢は殿下に効いていないが、ディンが作った炸裂する矢は少しだけ傷をつけられるので、それらをランダムに打ち分けて殿下の集中を少しだけ乱してくれている。
「どうした、動きが雑になってきているぞ?」
さらに数分が経過。
彼これ10分ほど戦いが続いているのだろうか。
心臓は今にも破裂しそうで、体の先端から脱力していくような感覚がある。息をいくら吸っても空気が入ってこない。こんな長期戦は人生で初めてだ。
決着を示す鐘はまだ鳴っていない。ディンも苦戦しているんだろうな。
あと、どれくらいかかるのだろうか。そんな疑問で頭が埋め尽くされた。
正直、僕の体は限界に近い。
段々殿下に与える傷が浅くなっている。今まで与えてきた傷も殆ど治ってしまったし、やられてしまったギーガさんが起きる様子もない。
もう、殿下を抑えられない……
「隙ありだぞ!!!」
疲労が溜まったことで斬り合い中に足をほつれさせてしまった僕に、殿下の全力の大振りが4方向から迫った。
今までは攻撃を絶やさないように1本ずつ順に剣を振っていたが、ここにきて4本同時の攻撃。これで終わりにするつもりなんだろう。
「ッ……」
実際、殿下の読みは正しい。
僕は崩れたこの体勢から、急な回避行動を取る体力が残っていない。
つまりは負けだ。
どうやら、僕の役目はここで終わりの——
「なぬ!?」
目の前の巨漢が4本の剣を僕に向けて振り下ろす光景がスローモーションで流れていく中、突然視界の端から現れた黒くて大きい何かが、その巨漢を体当たりで押し飛ばした。
「アインさん!」
黒い何かが現れた方向から、アセリアさんが叫んでいた。
そうか、今のはアセリアさんとディンが作っていた大型の鎧人形か。
いつの間にかアセリアさんが居なくなっているとは思っていたが、森の奥まで投げ飛ばされたそれを回収しに行っていたようだ。
「先程の人形か! しぶといものよ!」
そんな大鎧との掴み合いになった殿下は、数秒と経たずしてそれを投げ飛ばし、再びこちらへ迫ろうと一歩踏み出すが……
「ぬおぁ!?」
続け様に殿下の元に、森の方から飛んできた炸裂する矢の雨が降り注ぐ。
リオン君が本気を出したのだ。
リオン君とアセリアさんが僕から殿下を引き離して、その上殿下の足を止めてくれた。
この意味がわからないほど、僕は馬鹿じゃない。
「……」
今までとは比にならない強襲に苦々しい顔をしながらも、それらを振り切って再びこちらに迫ってくる殿下を前に、僕はほんの一瞬だけ目を閉じ、深呼吸した。
「ッ!」
心を落ち着かせ、すぐさま剣を大上段に構える。
剣聖流超級の位を得る尺度となる奥義『牙裂き』、この一撃をぶつける。
ディンの成長に当てられて冒険者ギルドに顔を出したのが一ヶ月ほど前、そこで出会った剣聖流超級剣士の人にお願いして教わった技だ。
習得までには時間がかかった。なにせこの技は魔力の操作が大事なようで、刃に纏わせた魔力を斬撃に合わせて炸裂させるのものなのだ。
今まで型ばかり重視して魔力なんて気にしていなかった僕にとって、これほど難しいことはなかったので中々習得には至れなかった。
だからこの一ヶ月感、寝る間も惜しんで剣を振り、リオン君やディンに魔力操作のコツを教わり、ギーガさん相手に何度も練習した。それでようやく、それも4日ほど前に完成したのだ。
「いきますよ殿下!!!」
こちらに突進してくる殿下に剣先を向け、力一杯叫ぶ。体力的に、これが最後の一撃だ。
だから、僕の少ない魔力を全て込めた。
「ガハハハ! 当ててみろ!」
「はぁぁぁぁぁ!!!」
殿下が僕の眼前まで至るのを待たずに、僕の方から走り出した。
殿下の手前で跳躍しその巨体の胸目掛け、剣先で天を衝くような体勢で飛びかかる。
「ふん!」
視界に映るのは殿下の広い胸元と、僕に覆い被さるようにして迫る4本の青銅色の腕。
反撃なんて気にするものか。『牙裂き』は一撃で全てを出し切ってしまうから、狙うのは胸のみだ。このさい、相討ちだっていいんだ。
「ガァァァァァァァァ!!!!」
「うぐっ!?」
僕が吠えながら剣を振り下ろすと、殿下の腕が2本千切れ飛んだ。
驚いたことに、殿下が伸ばした4本の腕は反撃ではなく、その全てが防御に回されたのだ。
「あぁ……」
殿下の残った2本の腕を見て、そんな声が漏れ出た。
勝てなかった。重ねられた4本の腕による守りを突破できなかった。
理由は考えればいくらでも出てくるけど、そんなことはどうだっていい。
僕はジャランダラ殿下の足止めに失敗したのだ。
「降参か?」
全てを出し切って、地面に落下し這いつくばる僕を見下ろしながら、殿下は冷ややかな声でそう問いかけてきた。
僕はそれに応えずに、倒れたままもう一度剣を振り上げようとした。
「いっっ……!!!」
振り上げた腕を殿下に掴まれ、そのまま枝でも折るかのように腕の骨を握り潰された。
「物忘れが激しいことで有名なアスラ族であるが、吾輩の記憶に永劫残るであろう闘いであったぞ」
視界が霞むほどの息苦しさ、右腕の激痛。
それらばかりが僕の脳を支配していたのにも関わらず、殿下の威厳を纏った声は一言も漏らさず僕に届いた。
聞いているだけで背筋が硬直してしまうような、息をするのも忘れてしまうような覇気を宿したその声音で賞賛され、僕はほんの少しの嬉しさと、それすらも上書きする悔しさに溺れながら意識を失った。
ーーー
【アセリア視点】
「さて、今度こそ残すところは其方だけだな。眼鏡の人形使いよ」
腕を2本失い、体中に痣や切り傷を残していて尚も威厳を損なわない堂々たる王子の立ち姿を前に、私が撤退の判断を下すのはそう時間を要さなかった。
「降参です……クリスタルは砦の奥にあります……」
「ふむ、諦めるのか。まあ良い、吾輩は降伏したものには手を上げぬ。
良き戦いをありがとう、純人の若き少女よ」
「み、身に余る光栄です、ジャランダラ王子」
深々と頭を下げる私の横を、傷だらけの巨漢が通り過ぎていく。
負けだ。結局止められなかった。
「リオンさん、退却します」
《おう、案内するからこっち来い!》
王子が砦の門を開くのと同時に、私は壊されずに残っていたいくつかのお人形を操ってアインさんとギーガさんを運びながら、リオン君の元へと全力で走った。
そして、死に物狂いで森に駆け込んでから30秒ほど経った時だ。
私達の砦があった地点からは戦場全土に渡るほどの爆発音が響き渡り、さらにそこから2秒ほどして訪れた爆風が私の髪をさらった。
最後の最後にディン君が用意していた奥の手。それは砦を巻き込んだ大爆発だった。
ターゲットのクリスタルオブジェは砦よりさらに先に進んだところにひっそりと隠されていて、砦はそれを悟らせないかつ、大量の爆薬を仕込むためのものであった。
「ッ……ごめんなさい、王子……」
空高く登っているであろう黒煙に振り返ることなく、私は必死にリオン君の元へと走る。
大丈夫、ディン君はあの程度じゃ王子は死なないと言っていた。
これはただの足止め、本物の本陣が見つかるのは時間の問題なのだ。
そう、私のお役目はここでおしまい。あとはディン君に全てがかかっている。
今の爆発で王子がどれだけのダメージを負ったかはわからない。あとどのくらい彼を留めていられるかも予測不可能だ。
だから……だから早く、決着をつけてください。ディン君!
ーーー
【ディン視点】
ランドルフ。
ミーミル王国属国のヴェイリル王国第四王子である彼は、側室の子というのもあって政治的な力は弱く、権力闘争に負けて留学と称した亡命を行なった。
容姿端麗かつ特級魔術を扱えて、若くしてその才能を期待されている彼は、他の王位継承者にとって目の上のたんこぶであると同時に、即位後の不安定な政権を支える上で武人としては非常に有用なカードだ。
そういう折行った事情から彼は亡命を見逃されており、しかも国からそこそこの支援を受けているとはリディの談だ。
つまるところ、ボンボン野郎だ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
両手斧を掲げて猛突進してくるランドルフ。
国からの補助によって手に入れた移動補助の靴型魔導具と、ラトーナの強化支援を加えたその速度は中々のものだ。
ーー岩礫ーー
速度は確かに速いが、その分軌道が真っ直ぐで読みやすい。
なので射撃で応戦して、うまいこと距離を保つ。
だが困ったことに、決勝進出者ほどの実力は無いとはいえ、ラトーナによって身体能力を強化されたコイツはそれなりに攻撃を避けてくる。
ラトーナの上級呪詛魔術による攻撃も避けながら狙わなきゃいけないので、尚更当てにくい。
「もう見切ったぞ!」
逃げ回りながら何度かそんなやり取りを繰り返しているが、たった今放った岩礫も避けられた。
聞くに、このボンボンは俺の攻撃を見切ったそうだ。
そう、アイツはもう岩礫を警戒していないのだ。そこに付け入る隙があることにも気づかずに。
「ランドルフ!!!」
ラトーナが俺の意図に気づいて叫んだものの、もう遅い。
ランドルフの背後では、風上級の発動を表すエメラルド色の魔法陣が、俺が先程放った岩礫を風で空中に留めていた。
そしてランドルフが振り向く間も無く、風の放出によって岩礫は彼の背中めがけ再発射。
「ぐふっ!?」
鎧越しとは言え、無防備な背中に強力な一撃を受けたランドルフ。思わずその動きが止まる。
隙ありだ。
ーー反射の呪詛ーー
と、本来なら意気揚々とランドルフに殴りかかるのだが……そうも行かないようだ。
動きの止まったランドルフの脇あたりに紫色の魔法陣が浮かび上がり、それが彼を弾き飛ばして、俺が接近する前に遠ざけてしまった。
後衛で俺の隙を伺っていたラトーナが、咄嗟にランドルフを庇いやがったのだ。
「惜しいわね」
俺の即死コンボを阻止してドヤ顔のラトーナ。
「いいや、読み通り」
だが、ランドルフに使った即死コンボはあくまで囮。本命は彼女の意識を逸らすことだ。
そしてその結果は無事成功。
ランドルフを援護することばかりに気を取られていた彼女は、足元に魔法陣が設置されたことに気づくのが一歩遅れたのだ。
「!?」
慌ててバックステップを踏んだラトーナだったが、これまた時既にお寿司。
俺が指を鳴らすと同時に彼女の足元の魔法陣からは強風が発生し、そのロングスカートを盛大に捲り上げたのだ。
「ひゃ!?」
「よぉし!」
ラトーナは強い。
俺がやられたら嫌なことを理解して、詰め将棋でもやるかの様に先読みして戦況を操っている。
そういう、予め練った策やコンボで嵌め殺しにしようとするという点では、ラトーナと俺の戦闘スタイルは似ていると言えるな。
だがそれはつまり、戦いにおける弱点も俺と同じということ。
例えば、『一撃目を防いで二撃目の隙に攻撃』なんて作戦を立てているのだとしたら、一撃目の攻撃が想定外の威力で防御に失敗した時、彼女の対応力は著しく落ちる。
事前に考えていた動きしかできないタイプの彼女は、当たり前の前提を崩された途端にテンパって思考を止めるのだ。
戦闘中に無意味なセクハラなんて、想定外も良いところだろう。
現に今、俺の前でパンツを大っぴらに晒した彼女はいつものポーカーフェイスを崩し、スカートを押さえながら赤面しているのだ。
そして俺も、彼女の下着が黒だったことに激しく動揺している。いつぞやと同じ黒だ。素晴らしい。
ブラックホールとはまさにこのこと。差し詰めラトーナのスカートの中は宇宙だろうか。ブラックホールの両脇に並ぶ生足は天の川と言っても良い。
ーー土槍ーー
いやいや下着はさておき、ラトーナのスカートを捲ったのとほぼ同時に壁から土魔術を発動。
ラトーナの右方向にある岩壁から飛び出した岩の柱が、彼女へと迫る。
このままビリヤードみたいに彼女を弾き飛ばして、一撃で意識を刈り取ることを狙うのだ。
「ちっ、まじか……」
しかし世の中そう上手くはいかないようで、彼女を押し飛ばさんと突き出した岩の柱は、彼女に触れた途端に接触面から崩れ去ってしまった。
「自分に仕込んだのか……」
考えられる原因はただ一つだ。
予め自分に設置型の呪詛、『反魔の呪詛』を刻んだに違いない。
随分とリスキーなことをやるものだ。自分に罠を仕込むということは、『反射の呪詛』を利用した高速移動も出来ないし、その他の加護も自分に付与できない。なぜなら罠が誤作動して効果が打ち消しあってしまうからな。
仮に咄嗟にやったにしても、不意打ちを受けてから仕込むのは間に合わないだろうから、やはり彼女は万が一に備えて予め仕込んでいたことになる。
『反魔の呪詛』が効果を発揮する魔術は限られているというのに……まるで俺が何をするかわかっていたみたいだな。
「……なぃ」
土槍を防いだかと思えばその場で俯いたまま足を止めていた彼女が、何やらぶつぶつと喋り出した。
「あ?」
「許さないわ!!!」
ワナワナと震えながら、ラトーナが叫び出した。
スカート捲りが彼女の逆鱗に触れたらしい。なんだよな、昭和ピリオドならこんなのよくあったぞ。昭和なら。
でも何だか懐かしいな。初めて会った時も、俺が彼女の下着を見てしまって、それで半殺しにされかけ——
鬼の形相でこちらを指差すラトーナを前に、そんな懐かしい思い出が頭をよぎっていたその時だ。
俺の頬を一筋のレーザーが掠めた。
「……はえ?」
レーザーの出所は何処かなんて、そんな疑問は浮かばない。
なぜならそれは、目の前の美少女の指先から放たれたモノだったからだ。
「絶対殺すわ変態!!!」
そう、彼女は俺が知らないうちに、宇宙の帝王様の十八番を習得していたのだ。
「魔力障害者のリディアン」
アーベスの一言でリディは目を細め、客間には緊張が走った。
「ラルドにでも聞いたのか?」
「さあどうだろう。忘れたよ」
「……早く本題に戻ってくれ。俺がお前に肩入れするメリットは何だ?」
「私の父は、マルテ王子派の筆頭だからね。王女派の君にとっては中々に煙たい存在だろう」
「実の父親を謀ろうってか?」
「おや、そんな物騒な話に聞こえたかい? 私のような若輩にはそんなこととてもできないよ」
「俺がいれば出来るって言いたいのか」
「好きにとってもらって構わないよ。それとも、そういうやり方はお嫌いかな?」
「いや、目的のためなら誰が死のうとどうでもいい」
「へぇ、その『誰か』の中にはディンや不死鳥も入っているのかい?」
「……話を逸らすなよ。そもそも、俺はお前の父親を大して脅威として見てない。四大貴族の一角をいきなり潰す方がそれこそリスクがある」
「たしかに、遺産を失っていてかつ、落ちぶれつつあるディフォーゼ家はそれほど危険な存在じゃないかもしれない」
「そうだ」
「だがそれはあくまで、今の話だ。そんな状況はラトーナという名の札によってすぐに終わる」
「たかだか呪詛魔術師風情でか?」
リディアンの問いに対し、アーベスは一呼吸おいてから指を立て、再び口を開いた。
「ラトーナはね、近いうちにヴェイリル王国王子と結婚するんだよ」




