第158話 英雄願望
【アイン視点】
「こうして相まみえるのは久方ぶりであるな、純人の若き剣士よ!」
いくつもの城壁、それもディンが設置した強力な兵器を搭載したそれら全てをあっという間に突破してきた巨漢の魔族は、立ち塞がった僕を前に高らかに笑った。
「お、お久しぶりです……ジャランダラ殿下」
「うむ、そう畏まらんでも良い! 吾輩と其方は今、戦場に立つ只の武人だ!」
「いえ、なればこそ、我々は貴方のような豪傑に敬意を示すのです」
畏まるなと言われても、どういう態度で接すれば良いのか分からずに口籠もっていた僕に変わって、隣のギーガさんがそう言い切った。
「ふははは! 相変わらず堅いな! うむ、獣族は肩肘を張りすぎだぞ、族長の子よ」
「強き者に従うは我らの道理にございます殿下。無論、次の族長となる兄次第で私は如何様にでも変わりますとも」
「それが堅いというのだ。まるで『傀儡王』ではないか?」
「?」
傀儡王、知らない人の名前だ。
ディンの話では、この人はとても長生きらしいから、無名の英雄の名だろうか。
「浅学で申し訳ありませんが、私は『傀儡王』なるお方を存じておりません」
「何を言うか! 其方らで言う『英雄王』の別称だぞ!」
「なんと……そうでしたか」
「どういう……意味ですか?」
思わず、2人の会話に割り込んでしまった。
僕が憧れてやまない『英雄王』が、傀儡なんて蔑称で呼ばれているなんて、驚きを隠せなかった。
「彼は……かの王は誰からも理想の王であったと聞きます! それがなぜそんな——」
「たしかに、イェン殿は崇高なる志を宿した英雄であり、王に即位した後も民の希望であり続けた。
しかし、其方はそんな英雄の最後を知っているか?」
「……幼少に助けてもらった魔術師を探して、王様はどこかに消えてしまったと本にはありました」
「それは童話か? なんとも美化しているな。
教えてしんぜよう、ずばり王の最後は自殺だ」
「は!?」
「いくつもの謀略によって友を、最愛の人を失って怨讐に飲まれながらも、それでも民の理想であり続けた王はある時、友好国の我が父の元へ訪れた。
その時のイェン殿の顔は今でも覚えているぞ。見るに耐えなかったな、あれ程までにすり減った英傑の姿は」
「そんなはずは……」
「我が父との対談を終えた数年後に、イェン王は自ら命を絶った。その死因は彼と旧知である魔術王ラーマや我が父のみぞ知るものだ」
「……」
「誰かの理想であり続けた男の生涯。彼は他人の人生の中で生きてしまっていたのだ。
そんな聖人を快く思わない者達は呼ぶのだ、まるで劇の『人形』のような王だとな」
知らなかった。
僕の目標は、影の一つもない輝かしい人物であると思っていた。
「故に、吾輩はこう言うのだ。〝我がまま〟であれと。誰かのための其方ではない、其方があってこその誰かなのだ」
「なるほど……」
ギーガさんはなんだか納得しているようだけど、僕には全くわからない。
だって、我が儘なだけの僕を誰が認めてくれるのだろう。常に周りの理想に応えなければ、誰も僕を認めてはくれないのだ。
弟ばかり可愛がる父様も、女らしくしろと言う母様も、道場のみんなも、学園のみんなも、そんなようでは誰1人として僕を見てくれないのだ。
「僕は! 誰かにとっての僕でなきゃいけない!」
だからそうさけんだ。
「ほほう?」
「弱い僕は一人ぼっちだ。だからたとえ人形であったとしても、多くの人間に愛された『彼』を目指すことが僕にとっての唯一の道だ!」
「英雄王を目指すか! それは大層な心がけだ純人の少女よ!
だが、王位を受け継ぐ者の前でのその発言は重いぞ?」
「この言葉を曲げるつもりはありません。でなければ、僕は今までの自分を裏切ることになる!」
「ガハハハッ! 良かろう! ならば加減はいるまいな? 剣術に拘るのもしばし辞めだ!!」
ジャランダラ殿下はそう言って、4本の腕を目一杯に広げて僕の視界を埋め尽くした。
「吾輩はジャランダラ•アスラ! 魔大国連盟南西部を統治せしガルダ王が一子! 其方に決闘を申し込む!!!」
「我が名はアイン•エルロード! エルロード子爵家の長女の名の下に、その申し入れ受諾しよう!」
殿下の放つ威圧感に押し潰されそうになりながらも、負けじと僕は剣を構えた。
「お待ちをアイン殿! 我々の使命はあくまで殿下の足止めであり、決闘では——」
「ギーガよ、話したであろう。決闘に加わるも静観するも其方が決めることだ。吾輩は二対一でも構わんのだぞ」
「しかし……」
『決闘は一対一』という常識が獣人にはある。
だからきっとギーガさんは動けない。
「僕はもとより一人で闘うつもりだからね!」
《おいやめてくれよ! そんなことしたら俺がディンに怒られるんだ!》
リオン君の悲痛な叫びが、僕に憑いていた精霊を通して周囲に響く。
そんなことを言われても、僕は決闘を挑まれて受けただけなんだけどな……
《俺は勝手に援護するからな!》
「任せるよ。さあ殿下、いざ尋常に勝負です!」
そう叫ぶと同時に剣を振り上げて、目の前の殿下に斬撃を飛ばした。
「効かん!!!」
僕が飛ばした斬撃をガードもせずに受け止めた殿下。
けれどそんなの百も承知。『空斬り』は牽制のために使う技だと師匠は言っていた。
斬撃を飛ばしてすぐにバックステップを踏んで殿下と距離を取ると、殿下にはいくつもの炸裂する矢が森の方から撃ち込まれた。
「ぬぅ!?」
リオン君がディンから貰った矢を使ったんだ。
「今のは中々……腕利きの弓兵がいるとはな!」
矢の爆発によって広がった黒煙の中からは、紫色の痣を浮かばせた殿下が姿を見せた。
リオン君の矢は大木にも風穴を開ける破壊力があるのに……痣程度しか作れないのか。しかもその痣も、既に治りつつある。
武闘会の時はどれだけ弱っていたんだ……
「ガハハ! 今度はこちらからいくぞ!」
反撃に転じて急接近してきた殿下による横薙ぎの一撃。
速い。前に戦った時と二倍は違う。
攻撃が来るとわかっていた分に反応は出来たが、予想外の攻撃速度で咄嗟にジャンプで避けてしまった。
「ッ……!!」
やってしまった。
飛ぶのはまずい。
殿下には腕が4本ある……攻撃はまだ止まらない。
「ぬん!!!」
空中で無防備となった僕に、3本の剣が襲いかかる。
ーー瞞着流•落葉ーー
「それも効かぬ!」
「あぐっ……!?」
空中で咄嗟に迫り来る剣を受け流そうとするも、殿下は直前で剣を捨てて、その大きな手で僕の体をすっぽりと掴んできた。
「ふはは! 油断したな! それ投げるぞぉぉぉぉぉ!!!」
「アイン殿!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
景色がぐるぐる移り変わって、僕を投げた殿下がどんどん遠のいていく。
そしてそのまま、僕はもの凄い速さで森の深くまで飛ばされて、その先にあった大木に体を叩きつけられた。
「かはっ!!!」
肺の空気を全て吐き出すのと同時に、圧縮された時間の中にいたような感覚が解けた。
「うぅ……」
体がジンと熱くて、内臓が縮むような感覚がある。
目も回るし、上手く息が出来ない。体の筋肉が硬直して起き上がれない……
なんなんだ、さっきの殿下の攻撃は。あんなの剣術でもなんでもないじゃないか。
……いや、でも殿下は武人としてではなく、王として剣を振ると言っていた。あれが本来の戦い方なのだろう。
「おい! しっかりしろ!」
霞む視界には、いつの間にか一人のエルフが映っていた。
「なんで……リオン君がここに……?」
リオン君は砦の前に広がる広大な森の中心地点で見張りや援護を行っていた。
僕達とは少なくとも200メートル以上離れているはず。
「バカ、お前がここまで吹っ飛ばされてきたんだよ!」
「あぁ……そうなんだ……」
「あーあー! 腕と足が折れてんじゃんか! 待ってろ、今治すから」
「治す……?」
確か、リオン君は中級の治癒魔術しか使えないはずだ。
それをどうやって——
「あれ!?」
突然、ボヤけていた視界が定まって、体中の倦怠感が消えた。
驚いて飛び起きると、僕を治療していたリオン君の手に、一枚のスクロールが握られていることに気づいた。
「それって……!!!」
「超級治癒魔術のスクロールさ! 骨折程度ならあっという間に治るぜ!」
「でもそれ、凄く高価なやつだろ!? どうして君が……」
「ディンが今日のためにいくつか用意してくれたんだ!」
「そ、そうか……ディンが……」
半年分の学費にも届くかというほどの額は下らないスクロール、それを僕等のために用意してくれていたのか……
「っ、それより殿下は!?」
「今はギーガとアセリアが抑えてる。でもあんまり長く持たないかもな……」
「っ……」
まずい、このままじゃ守りを突破されて、そのままクリスタルを壊されて負けてしまう。
どうしよう、ディンはもう相手のクリスタルを壊せただろうか。
いや、そんなはずない。いくらディンでも、こんな短時間じゃ無理だ。
これじゃあ時間稼ぎすら出来てないじゃないか。
ディンに並ぶどころか、僕はディンの力にもなれてない……
「おい早く戻れよ! そろそろ皆んなやばいぞ!」
「……全然歯が立たなかった」
ディンからなんとなく聞いてはいたけど、やっぱり武闘会の時は色々と仕込まれていただけで、本来ならば僕が勝てるような相手じゃなかったんだな……
「そんなの知るかよ! 勝てって言ってるんじゃない! ディンは止めろって言ったんだ! あのデカいオッサンをな!」
一ヶ月前、ディンに本気の決闘に付き合ってもらったことで、初めて自分の立ち位置を知った。
僕の隣で汗を流しながら、必死に僕に追いつこうと剣を振っていた弟のような少年は、いつの間にか遥か遠くの存在になってしまっていた。
多彩な魔術と、堅実な太刀筋、そして持ち前のずる賢い戦術。
決闘の時は途中で手加減されてることに気づいて、悔しさと怒りで叫びそうになった。
この時点でもう、僕は未熟だった。
決闘の後に、どうして自分と彼の間にここまでの差が開いたのかがわからなくて、僕と離れていた間の話を聞いた。
僕は自分が恥ずかしくなった。彼の過ごしてきた二年間は、壮絶という他になかった。何度も死にかけて、仲間も死んで……そんな中を生き抜いてきた彼が弱いはずがなかった。
だというのに、むしろ彼は全然成長出来ていないと嘆いていた。
その言葉は彼自身に向けての言葉だったが、それは誰よりも僕の胸に突き刺さって今も残り続けている。
「……わかってる、今度こそ止めてみせるよ」
彼と別れてからの二年間、僕は師範の教え通りに剣を振り、体を鍛えてきた。
でも足りない。僕は全然強く成れていない。
きっと疾風流や剣聖流の総本山に行けば、笑われるレベルだ。
「リオン君も、もう一度援護を頼むよ」
「おう! まかせろ!」
僕にはまだ足りない。
何がって、それは経験だ。
ディンは自分より遥かに強い人になんども命懸けの稽古をつけてもらっていた。
僕も、格上に挑まなきゃならない。
勝てる勝てないじゃなくて、必死に喰らい付いて、そこで得た全てをモノにするんだ。
そうやって強くなって、ディンに追いつ……いや、追い抜いて、今度こそ伝えるんだ。
君のことが好きだって。
ーーー
【アセリア視点】
「残すところは其方だけであるな、人形使いの少女よ」
ボロボロになって地面に横たわるギーガさんに目もくれず、エメラルド色の肌を持つ目の前の巨漢は、鋭い眼光で私を見下ろした。
「ひっ……」
城壁が全て破られて、砦を背にした防衛が始まった。
アインちゃんもギーガさんも武闘会で決勝に上がるほどの人物なのだから、城壁五つ分以上の時間を稼げると思っていた。
だが現実はどうだろう、アインちゃんは戦闘が始まってすぐに砦の前に広がる森の奥深くに投げ飛ばされ、残ったギーガさんも善戦はしたがすぐにやられてしまった。
リオンさんの援護もいつの間にか止んでしまったし、残すところは私だけだ。
「こっ、来ないで……!」
目の前の暴力の化身のような男を近くで目の当たりにして、おそろしくて腰が抜けた。
「む、其方は非戦闘員か? ならば安心するが良い、吾輩は手を出さん」
そんな王子の言葉に、私は今も震えが止まらない手を抱いて安堵のため息を漏らした。
「して、クリスタルはこの見事な砦の中か?」
「あっ、その……」
いいや、私は何を安心しているんだ。
なんのために、砦からわざわざ出てきたのだ。
守るためだ。この砦を、クリスタルを。
後輩に託されたのだ。ドジで陰気な私を先輩と慕ってくれる、唯一の後輩に。
ここで立てなきゃ、きっと私は今までと同じ落ちこぼれなのだ。
「ッ……通しま……せん!」
震える脚に鞭を打って立ち上がり、男の前で両手を広げた。
「ほほう、其方もまた戦士か」
「……そそ、そうです!」
「震えているが?」
「せ、戦場を恐れない戦士などいましょうか……」
「ガハハハ! まさにその通りであるな!」
アインさんはあと、どれくらいでこちらに戻ってくるのだろう。
いや、そもそもそれは彼女が無事であるという前提の希望的観測に過ぎない。
頼っては行けない。私一人でやるんだ。
「では、押し通らせてもらうぞ!」
「させません!」
地を揺らすような足音と共に前進してきた王子に、私は背後の砦の門に待機させていたお人形達を襲いかからせた。
「ふん!!」
腕一本、それも一振りで飛びかかった私の武装人形達を薙ぎ払う王子。
「これで終わりか!?」
有象無象では敵わない。そんなことはわかっていた。
「ならこの子で!!」
砦の門を突き破って現れた2メートルほどの鎧人形が、王子へと飛びかかる。
「ぬぅ!?」
この大鎧は対ジャランダラ王子用にディン君と用意した奥の手。
ディン君が魔術で生み出した『カーボンなんとか』という鉄で作った特注人形。
いかに怪力の王子でも簡単には壊せない。
近くでしか操作できないし、これを使っている間は他の人形を動かせない。正真正銘の奥の手だ。
「こんなものっ!!!」
鎧との取っ組み合いの中で、王子が空いている2本の腕で何度もそれを殴りつけるも、びくともしない。
当然だ。耐久テストはとっくにクリアしている。
「通しません!」
「ガハハハ! 素晴らしい硬さだ! だが……」
「あっ……」
王子が空いていた2本の腕で鎧の胴体を抱きしめ、持ち上げた。
「力が弱い!! そして軽いぞ!!!」
王子はそう叫びながら、鎧を森の方へ軽々と投げ飛ばしてしまった。
想定外。
完全に予想外だ。
動きを素早くするために、軽い素材で作ったのが仇になってしまったようだ。
「ああ……」
気づけば、地面に膝をついていた。
あれだけ遠くに飛ばされてしまっては、私の操作が届かない。
ダメだ、詰みだ……
「降参か?」
「……は——」
地面にへたり込んで俯いたまま、降参を受け入れようとしたその時、王子の肩が爆発した。
「ぐおっ!?」
「ハァァァァァ!!!」
よろめいた王子に、森から凄まじい速度で飛び出してきた青い何かが斬りかかった。
「アインちゃん!!!」
「待たせてごめん! アセリアさん!」
《俺もいるぞ!》
良かった、二人が間に合った。
そう思うと、あらゆる緊張が切れて涙が溢れ出していた。
「遅かったな! アインエルロード!」
さぞ愉快そうに笑いながら、王子は目の前の少女に剣を構えた。
「何度でも……挑みます!」
「ガハハハ、死ぬまで来い!」
長いようで一瞬。
そんな戦いの火蓋が切って落とされた。
「リニヤットを滅ぼすだってぇ?」
あまりにも規模の大きいアーベスの提案に、リディアンは思わず間抜けな声でオオム返しした。
「そうだとも。リニヤット……ひいてはこの間抜けな貴族制度を滅ぼすんだ」
「滅ぼしてどうするのさ、新たな国の運営形態は?」
「それは勿論、ムスペル王国やミガルズ王……いや共和国に倣うべきだと思うね。時代の最先端とでも言おうかな」
つらつらと身振り手振りで語るアーベスを前に、リディは口元を抑えて笑みをこぼした。
「フッ……」
「なにか、おかしな事でも言ったかな?」
「ああ、言ったよ。共和性だなんて、随分とジョークが上手いじゃないか」
「……」
「いいか? 個の力がモノを言う世界で共和性は成り立たない。意見の対立が戦争に直結するからね。
結局はわかりやすい記号、意思の統治者がいるんだよ。その点で言えば、アホのアスガルズ神聖国の方がまだマシだ」
「個による国の運営は望ましくない。
少し国語の勉強をしよう。世の中には適材適所という言葉があってだね、力ばかりをひけらかす魔術師上がりの無能が国の根幹を運営しているのはおかしいと思うんだ。
奴らよりも有用な人材など、探せばいくらでもいるだろうに」
「ならこっちも哲学の授業をしてやるよ。
正論っつーのは宝石と一緒でな、そこらの石ころのように投げるんじゃなくて、丁寧に場を整えて人に見せるもんなんだよ。
アンタみたいに、レジスタンスを唆して武闘会を襲撃させるなんてもってのほかだ」
「レジスタンス? 何のことだい? 君こそ憶測でモノを語るのはやめたらどうだ」
「やり方がきな臭ぇんだよ。そこまで個の力に固執すんのは、アンタが魔力障害者として虐げられてきた復讐のためか?」
「さあどうだろう。そういうのはわざわざ聞かなくてもわかるんじゃないかな、魔力障害者のリディアン」




