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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
間章 追憶〜冒険者篇〜

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第154話 偉業ージャイアントキリングー


 さて、状況を整理しよう。

 今俺達が対面しているヒュドラは、亀のような胴体から十八本の首が生えた合成獣キメラのような見た目をした怪物だ。融合迷宮の主はキメラが多いというボールの話は、眉唾ではないらしい。

 白銀の鱗はそんじょそこらの武器では擦り傷すら負わせることはできない。再生能力も持っているし、知能も高く首同士で連携を取る。

 そして極め付けは毒だ。俺とシュバリエ、そしてフードの魔術師さんには効いていないようだが、魔剣で毒に耐性を得ているはずのルセウス爺がジワジワとダメージを受けてきている。


 これらを踏まえれば、当然ながら長期戦は不利。シュバリエという優秀な前衛が加わったとしても、こっちの手口を理解したヒュドラ相手にちまちま攻撃するのは得策じゃない。

 やはり短期決戦を狙うしかないのだ。


 ——と、ヒュドラが俺の張った煙幕で動きを止めている間、三人とそんな結論に至ったわけだが……


「あのヒュドラは火に耐性がありますからね……それが無ければ……」


 四人の中で暫定最高火力の攻撃手段を持っているフードの魔術師さんは、そう言って力無く俯いた。

 そうか、あのヒュドラの鱗は炎を弾くんだった。

 じゃあ一気に焼き払うってのも出来ないな。


 ルセウス爺は毒で弱り気味だし、そもそもこの人は広範囲に及ぶ攻撃手段を持っていない。

 となると残るは……


「シュバリエさん、有事ですのでお尋ねしますが貴方の魔剣の能力ってなんですか?」


 最後の希望、唐突に現れた流浪の剣士シュバリエ大明神様だ。

 ルセウスとも旧知らしいし、実力は折り紙つき。きっと魔剣の能力もやばいんだろう。

 そりゃあもう、『エクス……◯リバァァァァ!!!!』なんて叫んで、剣からビームを出しながらヒュドラを消し飛ばしたりさ、『天地灰燼ッ!』なんて言って視界に映るもの全てを消し飛ばしたりとか……そんな大火力を秘めたロマン砲に違いない。


「あっしの魔剣『神気之船頭ダンダリオン』の能力はですねぇ〜」


 シュバリエは背中から抜いた青龍刀をそっと指で撫でながら、勿体ぶるような視線をこちらに送ってきた。

 正直ウザいが、こんな状況なら否が応でも乗せられてしまう。


「はい……」


「なんと、他人の感情をコントロール出来てしまうんでさぁ!!!」


「へぇ〜」


 今、俺は目の前のエルフを殴ろうと思った。

 俺が破壊力のある魔剣を期待しているのに気付いていながら、こいつはわざと勿体ぶったのだ。そのくせ肝心の破壊力は無い。

 ヒュドラがいつ霧を払うかもわからない状況で……一秒でも惜しいというこの時にそんなおふざけをしやがったのだ。

 ぶん殴ったところで避けられるだろうか、せめて心からの罵声を浴びせようと思っていたのに……途端に怒りが収まってしまった。

 まさかこれが……なのか?


「グリムの旦那は今身をもって体験したでしょう? これがあっしの魔剣の力でさぁ。最近は酒場で喧嘩が起きそうになったら唆して大事にするのが——」


「ごほん、先程ヒュドラの動きを止めてくださったのも、シュバリエ殿なのですよ? グリム君」


 なんか聞き捨てならないことを言っていた気がしたがひとまず置いておこう。

 なるほどな、変わった能力だがなんとなく理解できた。他人の感情……恐怖、怒り、安らぎ、悲しみ、興奮、喜び、それらを対象から無理やり引き出すのか。

 で、俺は今無理やり怒りを鎮められたと。


「相手の動きを止めたり、注意を惹きつけたり、一瞬だけ警戒を緩めたり……今使えそうなやり口はこんなものですか?」


 中々応用できそうだが……懸念がある。

 その能力が仮に脳に作用するものだとしたら、幾つもの頭、脳を持つヒュドラには果たして有効なのか……いや、実際さっきヒュドラの動きを止めたのだから、効果は見込めるっぽいな。


「ご明察、さっすがグリムの旦那ぁ〜」


「有用だけど……今回は役に立ちそうにありませんね……」


 そう呟くと、シュバリエは少しショボンと口を尖らせた。


「……そういうグリムの旦那こそ、なんか良い案ないんですかい〜?」


「……あるには、あります」


「おお! それはどんな——」


「「「!!!」」」


 シュバリエが嬉々とした表情で俺の肩を揺さぶろうとしたその時、俺達の輪の中にヒュドラの頭が突っ込んできた。


「すみません、ありがとうございます!」


 一人だけ反応が遅れた俺は、情けなくもシュバリエに助けてもらい、お姫様抱っこをされていた。


「霧が払われちまいやしたねぇ……」


 再度活動したヒュドラがこちらを睨む中、シュバリエは呑気に口笛を鳴らした。


「そうですね」


 俺の氷をすぐ溶かすくらいには体温が高いからな、完全に蒸発せずによく保った方だ。


「時間がありません、グリム少年の案でいきましょう!」


 先程突っ込んできたヒュドラの頭を小爆発で弾き飛ばしながら、退却してきたフードの魔術師がそう叫んだ。


「え!? そんな——」

 

「承知! 私は何をすれば良いでしょうか!」


 もはや俺の返事を聞く様子もなく、全員が構えた。


「あっしも指示を仰がせていただきやすよ〜グリム司令官」


 自信が無い。けれどやはり、俺の策が一番コイツを倒せる可能性が高いんだ。やろう。


「……僕を守ってください!」


 そんな後ろ向きとも取れる俺の発言に、全員が首を傾げた。

 と言っても、別に今更腰が引けたわけじゃ無い。


 今回の勝利条件は一つ。とにかく一撃必殺だ。

 俺には目の前の巨大な……しかも硬い化け物を一撃で消し飛ばすほどの魔力は無い。せいぜい奴の鱗を全て剥がしてそこでガス欠だ。

 だがそれで良い。


「アイツの鱗は僕が剥がします! その隙にフードの……えっと……」


「ゴルドォ、そう呼んでください」


「ゴルドーさんの魔術で一撃で消し炭にしてもらいます!」


「なるほどぉ、ほいじゃああっしらはグリムの旦那の盾となればいいんでさね?」


「いいえ、ただの盾じゃありません。俺はヒュドラの周りを自分の足で歩いて、布石を打たなきゃいけません」


「その間、ヒュドラからグリム君を守れば良いのですな?」


「はい。布石は全部で四つ、ヒュドラを囲うように設置します。その後も発動までは最低でも15秒は欲しいです」


「あいわかった! 久しぶりに腕がなりやすなぁ〜!」


 一瞬静まりかけた空気を、シュバリエの強引な返事で濁した。

 やはり、歴戦の猛者が揃っていても厳しい条件なのだろうか。


「あっしが囮になりやすんで、その間ルセウスの旦那はグリムの旦那の護衛。ゴルドーの旦那もそれに同行していつでも魔術を撃てるように。これでようござんすか?」


「ええ」

「わかりましたとも」


 全員の承諾を皮切りに、俺達は間も置かずに走り出した。


ーーー


「さあさあ蛇っころ! 二代目瞞着王(ルシファー)がお相手願おうかァッ!」


 ヒュドラに向けて走り出してすぐ、打ち合わせ通りシュバリエだけが分かれて一人ヒュドラに突っ込んだ。

 煙幕とかでサポートできれば良いのだが、これから使う奥の手は何せ俺も初めて使うのだ。どれだけ魔力を消費するかもわからないから、迂闊に手出し出来ない。

 それどころか、こちらが彼のサポートを受けている始末だ。


 シュバリエは大敵と同時にすぐさま魔剣の能力を発動、ヒュドラの恐怖感情を最大限引き出して十を超える首の注意を一手に引きうけた。

 しかも俺らの焦りや緊張を抑えてくれている。

 

「一つ目の布石を打ちます!」


「「承知」」


 シュバリエと別れてすぐに、俺はしゃがみ込んで血文字で刻印を描いた。

 刻むのは結界を司る『E』の文字、これをあと三つだ。

 

「ん?」


 仕込みを終え、立ち上がって再び走り出そうとした俺の足元に影が刺した。


「投石!?」


 顔を上げればそこには、ヒュドラの頭ほどの大きさの大岩が降り注いできていた。


「ふんっ!」


 そんな大岩を、戦鎚に変形させたバルバトスを使ってルセウスが打ち砕き、その破片をゴルドーの魔術で吹き飛ばす。


 恐ろしい魔物だ。

 こちらに傷を焼いて再生阻害をしてくる俺とゴルドーがいるから、直接攻撃をやめたのか……


「大丈夫ですかルセウスさん?」


「ほほ、なんとか」


 口ではそう言っているが、彼は歳の上に毒が効いている。あとどれだけ動けるのかわからない。

 一人欠けただけで作戦は瓦解する。ダラダラやってはいられないんだ、状況は一国を争う。


 その後も投石の雨をなんとか掻い潜りながら、次のポイントへ辿り着く。野球で言えば一塁目の位置だ。


「よし!」


 マーキングはさっきやって慣れたから、さほど時間は掛からなかった。

 次に行こう。


ーーー


 二塁目……ではなく、三つ目のポイントまで辿り着いた。

 ルセウスの動きが段々悪くなってきてしまった。それも仕方ない、一塁目からここに至るでに投石の数が圧倒的に増えたのだ。しかも直接攻撃もたまに交えてくるから、捌くのも容易ではなくなってきた。

 とは言っても、まだまだ一流の域を保っている。

 残るポイントはあと一つなんだ。なんとか耐えてくれ……


ーーー


 降り注ぐ岩の雨、それらが俺に当たらぬように凌ぐルセウスとゴルドー。

 しかし、学習を続けるヒュドラの攻撃は最初の頃とは密度が桁違いに上がっていた。


 そんなこともあってか、ルセウスはとうとう限界を迎えた。


「あ」


 彼が撃ち漏らした大岩が、真っ直ぐ俺に向かって飛んで来ている。

 マーキングを終えた直後の無防備な俺では、避けるのは間に合わない。

 魔術で迎撃すればなんとかなる。だけど、あんな3メートル近くある岩を即砕くには相応の魔力を使う。

 最悪のケースだ。でも仕方ないか……


 本来なら酷く焦る場面だが、シュバリエの魔剣のおかげで俺は極めて冷静だ。


 内心でため息を吐きながら、大岩に素早く掌を向け、魔力を込め——


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!」


 諦めて魔術を放ちかけた瞬間、目の前に飛び込んで来た何か……いや誰かがその大岩を両断した。


『ボールさん!?』


 そう、俺の目の前に飛び込んで来たのは、毒で死にかけていたはずの筋肉マンことボールだった。


「大丈夫かしらグリムちゃん!?」


『どうしてここに!? 毒は——』


『そんなことは後よ! ほら、やる事があるんでしょう!? アタシも守ってあげるから走りなさい!』


 シュバリエの魔剣で冷静になっているはずなのに、俺は胸の高鳴りが抑えられず、鼻の奥にツンとくるものを覚えた。


『はい!』


ーーー


 ルセウスがなんとか持ち直し、ボールが加わってくれたことにより、俺は無事に最後のマーキングを終わらせることに成功した。


「出来ました! シュバリエさん!!!!」


 俺達から少し離れた、最初のマーキングポイントの辺りで戦っていたシュバリエに、そう叫ぶ。


『どうやら、最低限の仕事は……出来たようね』


 シュバリエが戦闘を切り上げて全速力でこちらに走ってくるのを見たボールが、弱々しい息を漏らしながら、ヨロヨロとその場にへたり込んでしまった。


『ボールさん!? 大丈夫ですか!?』


『ふふ、体力だけ……回復しても、ダメだったようね……でも、こうしてグリムちゃんを助けられたから、ポーションを回してくれたドルムル達には……感謝ね……』


 地面に力無く背をつけたボールの顔色は、みるみるうちに真っ青……いや、それを通り越して紫になっていった。

 そうか、毒を受けたまま無理やり動いたのか……そんなことした、全身に毒が回るのが早まるに決まってる。

 これじゃあもう、助からないじゃないか……


「グリム少年! 気持ちはわかりますが魔術の準備をお願いします! 私達だけではあまり長く抑えきれません!」


 俺がボールの容態を見る傍らで、今なお続くヒュドラの猛攻を防いでくれていたゴルドーが音を上げた。


「……すみませんボールさん。俺、嘘をついてました」


「なんの、こと……かしら?」


 息が荒くなって、意識も朦朧としているであろう彼は搾り出すように、けれど優しい声音で問いかけてきた。俺の手をそっと握りながら。


「僕の……いや、俺の本当の名前はディン。ディン・オードです」


 そう伝えると、ボールはふっと笑った。

 俺の手を握る彼の力が少しだけ強まった。


「ふふ、素敵な名前……ね。さあ、かましてきなさい」


 彼の言葉を聴き終えた俺はすぐさまヒュドラの方に向き直った。


「始めます!!」


 俺はそう叫ぶと同時に目を閉じて、持ちうる全ての力をこれから行使する魔術に割いた。


 真っ暗な視界の中で、事前にヒュドラの巨大を囲うようにして洞窟の各地に打ち込んでおいた刻印の気配を探る。


 見えた。鍛えた魔力感知のお陰で、すぐに見つかった。

 あとはそれらを俯瞰するように、刻んだ四つの点を平面で結ぶのだ。


 よし、イメージはできた。

 やるぞ。


「……担い手は四辻に、其が築くは四天の檻——」


 形成するのは、ヒュドラをすっぽりと覆う立方体の結界。


「是は招かれざる者を阻まず——」


 発生速度を上げるのと、消費魔力を減らすために、外部からの防御性能は取り除く。


「そして隠さず、閉じ込めず——」


 同じく、隠蔽のための視覚効果も破棄。内部からの防御性能も捨てる。


あらゆるえにしを障たげず」


 呪詛も毒も、全てを通す結界だ。

 もはや結界と言って良いのかすらわからない。

 でも、これで良い。


立方結界クリエイトキューブッッ!!」


 俺がそう叫ぶと、魔力由来の青白い光が事前に打ち込んでおいた刻印から溢れ出し、瞬く間にしてヒュドラを囲う立方体の結界が形成された。


 ヒュドラも俺が何かを始めたことに気づいたのか動きを止めて、備えている全ての眼で俺を凝視している。

 数秒と経たぬうちに、アイツらは死に物狂いで俺に突進を仕掛けてくるだろう。


「遅い!!!」


 だが俺の方が早い。それに、俺の隙は前衛達が埋めてくれる。


 結界はただの前準備だ。これから行う魔術を『X+Y=Z』という数式で例えるならば、今のはXという数字を仮定したに過ぎない。


死神之砲哮デスキャノン、待機!」


 ここからはYに当たる術式を組む。

 それはいつしかの迷宮での戦いで目にした、過去の天才魔術師の技。上級魔術を使えなかった彼女は、結界とそれを併用することで、攻撃範囲を格段に広げていた。

 俺はその応用をやる。


 俺は上級魔術が出来ない。何もない三次元的な空間に、いきなり一から魔法陣を構築するという原理がイマイチわからないからだ。

 でも、結界を構築する際の過程で、その術式が空間認識を手伝ってくれる。俺はその流れに乗って上級魔術を組み上げるのだ。


 だから、ヒュドラの全方位を結界で覆った。その内側の表面全てに俺の魔法陣を展開するために。


 まずは膨大な数の魔法陣を展開。

 始めは薬莢の形成。威力を高めるために大きくする。ある程度大雑把に。

 次に火薬の生成。複数の鉱石を混ぜるから手早くだ。

 そして弾頭の形成。これは下手に弄れないから、いつも通り鉛を使う。

 これらの動作を千にも届かんとする魔法陣の中で同時に行う。


 まだ……


 まだ終わらない……


 急げ……


 もっと速く……

 

 魔導具の補助がないうえ、これほどの数を同時に作るとなると脳に負荷がかかるのか、酷い頭痛に襲われた。だが手を止めることはない。

 

 あとちょっと……よし、準備はできた。あとは——


 前衛の守りを越えてこちらに溢れ出して来たヒュドラの頭が、俺の視界を埋め尽くしていた。まるで、餌に群がる池の鯉だ。

 そんな光景を前に、俺は臆さず声が裏返るほどに叫んだ。


着火ファイア!!!!」


 ヒュドラを取り囲むようにして空間を埋め尽くしていた千にも届く砲弾が、俺の号令で一斉に放たれた。


 地を揺らすほどの大気の振動、止まぬ耳鳴り。

 砲弾が爆ぜた際の光が幾百も重なったことにより、俺の視界は白に塗り潰された。

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