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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
間章 追憶〜冒険者篇〜

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第153話 立志



 3頭のヒュドラに睨まれて、もう全て諦めて目を閉じた。


 その時だ。何か巨大なものが地面に落下する音と、その際の風圧らしいものが俺の全身にぶつかってきた。


 恐る恐る瞼を上げると、俺とボールの前には一人の老人が立っていた。


『大丈夫ですかな、グリム君』


『あら……どなた……?』


 一太刀にてヒュドラの頭を三つも落としたその緑髪の老人は、6メートルばかりの大刀を軽々と肩に預けながら、俺に振り返って笑顔を見せてきた。

 その笑顔は、誰かに似ていた。


『レキウス……』


『ほほ、私はルセウス。英雄ラーマ王の右腕にしてレキウスの父にございます』


『どうしてここに……?』


『シータ姫の未来予知に従い、この迷宮の調査を行いに馳せ参じた次第にございます』


 お世辞にも煌びやかとは言えない無骨な鎧を纏った初老の男は、その姿に似つかわない紳士の様な態度で俺に頭を下げた。

 ゆったりとした動きにも関わらず、隙がない。たとえ頭を下げている今飛びかかったとしても、俺は返り討ちに合うのだろう。


『な、なるほど……助けていただきありがとうございます』


『ほほ、例には及びません。これから貴方も一緒に戦うのですから』


『……え?』


 ルセウスは穏やかに笑ったまま、ヒュドラの方に向き直った。



『あの化け物と戦えって言うんですか!?』


『左様、どのみちその魔物を倒さねば逃げられそうにもありませんからな』


『……でも、俺の魔術は全く効きませんでした』


『ほっほ、十で駄目なら百、それでまだ足りぬなら千手を持って臨みましょうぞ』


 そんなこと言われても、俺は百式観音を使えないし、そもそも効かないものは効かないのだ。


『なにも、貴方一人で倒すわけではございません。援護も立派な戦闘です』


『……わかりました』


 どうやら、この人は何がなんでも俺を戦わせるつもりのようだ。

 正直、心から無理だと思う。ヒュドラの頭一つや二つならなんとかなるが、数が多すぎて魔力が足りない。ルセウスという強力な前衛が加わったところで、どうにかなる気はしないのだ。


 でもまあ、それでも、何もしないで死ぬよりかはいいか。そんな軽い考えで、俺はルセウスが差し伸べてきた手を取った。


『そちらの魔術師のお方! 加勢致します!』


 20を超えるヒュドラの頭を一人で抑えているフードの男に、ルセウス爺が声を上げた。

 俺達がこうして話している間にも、一人で戦い続けているのだ。

 一頭でも凄まじいパワーのヒュドラと渡り合う魔力出力、それを長期的に維持する魔力量、そしてなにより、洞窟にも関わらず一酸化炭素中毒を起こさない繊細な魔力コントロール……やはり、あのフードの男はとんでもない魔術師だったのだ。

 

『私は何をすれば良いかしら』


 フードの魔術師から連携の承諾を得て、ルセウスが大刀をヒュドラに向けると、ボールが不安そうにそう言った。


『うーむ、失礼ながらあなたでは役に立ちそうもございません』


『そう……よね、わかったわ』


『ルセウスさん、それはあまりにも——』


『いえ、事実にございます。どうやらあの獣は呪詛か加護か、はたまたただの特性か、生半可な得物を通さぬ鱗を持っておりますようで……』


『そう……なんですか……』


 なるほど、通りでカールの剣が砕けたわけか……

 弘法筆を選ばずという言葉があるが、それが通じない魔物ってことか。


『ええ。ですのでそちらのお方のは、後方で気絶しているお二人の護衛を』


『わかったわ。あ、戦う前にちょっと待ってグリムちゃん!』


 ボールは突然何かを思い出したかのように気絶していた二人の荷物を漁り出し、一つの小瓶を俺に投げてきた。

 紫色の、いかにもって感じな液体だ。


『これは?』


『魔力回復薬よ、カールがアナタのために買っておいてくれたやつ。結構いい値のだから、使ってあげなさい』


 ボールはそう言って俺にウインクした。

 そうか、カールはこんなものを用意してくれていたのか。


『仇……とってきます』


 胸の内で確かに、何かが燃えるのを感じる。

 勝てるかはわからないけど、やってやろう。この蛇野郎を蒲焼きにしてやろう。そんな気持ちが湧き上がってくる。


『うん、行ってきなさい!!』


 ボールにドンと背を叩かれ、俺は魔力回復薬を一気に飲み干した。


『おお……』


 魔力回復剤は飲んですぐに魔力を補填出来るようなものじゃない。あくまで魔力の回復力を底上げするものだ。

 だというのに、これは飲んだ瞬間からその効果を感じた。

 やはり高級品は違うのか。


『さて、参りましょうか。まずは私が軽く動きますので』


 先ほど切断された三つのヒュドラの首が、俺達の前で再生を終えかけているところで、ルセウスはそう言って飛び出した。


 速い。

 老体だろうに、ルーデルやリディにも劣らぬスピードだ。


『いきますよバルバトス!!!』


『!!!』


 ルセウス翁がそう叫ぶと同時に、彼の持っていた大刀が大弓に変化した。

 そうか、アレはレキウスが持っていたソロモン魔剣『力天使之狩具バルバトス』だったのか。

 たしかに、不壊の特性を持つソロモン魔剣なら、クソ硬い鱗相手にも戦える。


 ルセウス翁が引いた大弓の弦には、いつの間にか青白く輝く光の矢がつがえられていた。

 ルセウスはヒュドラに接近する間の牽制として、それをいくつもヒュドラの眼に目掛けて連射した。


 数十にも及ぶ光の矢が、凄まじい速度でヒュドラの眼を抉り飛ばしていく。


〈ギャァァァッ!!!!!!〉


 矢を受けたヒュドラは叫びを上げながら、その場で首を荒れ狂わせた。

 首を切断されても平気で突っ込んでくるヒュドラだが、どうやらあの矢は苦手なようだ。

 そうか……そういえば、バルバトスで行う攻撃には毒が付与されるとか言ってたっけ。


『フンッッッ!!!』


 目潰しをした隙にヒュドラの足元へと辿り着いた爺、今度はその大弓を大木のように太いヒュドラの足へと横薙ぎに振り……


〈ギ!?〉


 インパクトの瞬間に変形を行い、巨大なハンマーでだるま落としの様にヒュドラの足を払った。


 そういえば意識してなかったが、ヒュドラって足あるんだな。てっきり、胴体も蛇で首の辺りから枝分かれしてるのかと思ったが……現実は亀のような胴体から、いくつも首が枝分かれしているキメラみたいな出立ちだ。

 あ、でも融合迷宮の主だからキメラの可能性もあるのか。

 

「エクスプロードボール!」


 ——と、ルセウス翁の足払いによって体勢を崩したヒュドラに、フードの魔術師が間髪入れず巨大な火球を撃ち込み炸裂させた。


 周囲は激しい爆風に包まれたが、俺の前に立ったルセウスが大楯を使ってそれから守ってくれた。


「さて、肩慣らしは終わりましたが……どうでしょうかね」


 盾の影から、ルセウス翁と共に爆発を直に受けたヒュドラを覗く。


〈ギシィィィィィィィィィィィィ!!!〉


 洞窟の端まで飛ばされたヒュドラだったが、特に目立った外傷はないままこちらをしっかりと睨んで怒気の篭った叫びを上げている。

 マジか、今の火魔術は俺の最大出力に近かったぞ。ケロッとしてるじゃねえか。


「どうやらあの獣、鱗には火の耐性があるようです」


 ヒュドラが吹っ飛んだ隙にこちらに合流してきたフードの魔術師は、苦々しい声でそう語る。

 相性不利なのに互角に渡り合ってるこいつとヒュドラ、いったい化け物はどっちなのだろう。


「おっとミーミル語ですか。グリム君、ここからの連携はミーミル語でいきますよ」


「はい」


「さて、『鱗は』ということは、内部には火が通るということであっていますかな?」


 情報整理は大事だが、ヒュドラがこっちに戻って来つつある。こんな悠長に話していで良いのだろうか。


「ええ、眼には火が効いていたので恐らくそうでしょう。再生も阻害できるので、アナタが順に首を落としていき、私が焼くと言うのはどうでしょう」


「よし、ではそれでいきましょうぞ」


 と思ったら、作戦会議はあっという間に終わってしまった。やはり年季の差か、会話がスムーズだな。

 問題があるとすれば……


「ぼくは何をすれば……?」


「私は防御を捨てて攻撃を優先しますので、グリム君はそのフォローを。動きは先ほど見せたので問題な——」


〈ギシャァァァァァァァッッッ!!!!〉


 洞窟中に雄叫びが響き、揃ってヒュドラに視線を戻すと、既に俺達の視界一面には10を超えるヒュドラの頭が迫ってきていた。

 首は全部で18本。半分ほどの首で様子見か。


 それにしてもこいつ……賢いな。隣のフードの魔術師がいるから、炎を警戒して口を開かないんだ。

 だが同時に、その行動は内部は火に弱いと言う仮説の裏付けにもなった。


「グリム君!」


「はい!」


ーー土槍アースランサーーー


 すぐさま地面に手をついて、俺たち3人を岩の柱でヒュドラの頭上に押し上げる。


 上を取った。あとは……


「ほっ!」


 ルセウスがそこから飛び降りて、ヒュドラの頭上目掛けて大刀を振り上げた。

 

 当然、ヒュドラも馬鹿ではない。空中で無防備なルセウスを仕留めようと、いくつもの頭を迎撃に回す。


「ストーンキャノン!」

「ファイヤーボール!」


 そんなヒュドラの頭に、俺とフードの男が上からバカスカ攻撃を打ち込み、ルセウスの隙をカバーする。


「ハァァァァ!!!」


 そしてその間にルセウス翁は、ヒュドラの頭を足場にして昨日に宙を舞いながら、奴らの首をばっさばっさと切っていく。


「「ファイヤーボール!!!」」


 切られた首は片っ端から俺とフードの男がファイヤーボールで焼いていく。

 俺も結構頑張ってるつもりだが、フードの男の放つファイヤーボールは一度に発射する数も、連射速度も威力も全て格上だ。


 俺達が使っているのは、フィノース家みたいな特殊な術式を用いないシンプルな中級魔術。だのいうのに、ここまで差が出るものか。

 初めて魔術師としての差を感じた気がする。だが、悔しさよりも向上心が勝るな。非常にやる気が出てくる。


「若いのに中々の腕前ですね、少年」


「それはどうも……アースランサー!」


 そんな会話を交わしながら、ルセウスのサポートのために、ヒュドラを取り囲むように幾つもの岩の柱を作り出す。イメージは建設現場の足場だ。


 俺の足場を得て更に動きのキレが増したルセウス。彼が切って、俺達が焼く。そんな作業は順調に繰り返されていき、ついにはヒュドラの首も残すところ5本程度になった。


 そんな時だった。


「む!?」


 ヒュドラは斬られた首を利用してルセウスの攻撃を防ぎ始めたのだ。

 当然、ルセウスならそんなガード容易く突破できる。だがそれが問題なのだ。


「あいつわざと斬らせたのか!」


 焼かれた部分をわざとルセウスに切らせて、新たな傷口から素早い再生を行なったのだ。

 しかもご丁寧に、首の再生を1本に集中させて速度を上げている。


「それだけではないようですよ、少年」


「!」


 変化した行動パターンはそれだけではないようで、ヒュドラは斬られた首でガードを固めながら、いくつか待機させた焼けた首をわざと自身で食いちぎって、再生を始めたのだ。


「どうやら、無駄に脳みそが多いわけじゃないようですね……」


 フードの男はさぞ面白そうにヒュドラが回復していく様を眺めているが、俺としては何も面白くない。

 どうするんだよこれ……倒せないじゃん。


 一見順調に見えていた戦況だが、事態の悪化はさらに畳み掛けるように起こった。


「ルセウスさん!?」


「吐血……?」


 再生のために守りに入ったヒュドラを、させまいとばかりに切り刻んでいたルセウス翁が、突然外傷も負っていないのに血を吐いたのだ。


「まずい!」


 一瞬とはいえ、幾多ものヒュドラがの頭がひしめくその中で動きを止めたルセウス翁。

 幾つもの目を持つヒュドラは、当然その隙を見逃さなかった。


 全方位からルセウスに向けて喰ってかかるヒュドラ。

 あの数はサポートし切れない。範囲攻撃では巻き込んでしまう……ていうか間に合わない! このままじゃ——


 無理とわかっていながらも、とにかく行動を起こそうとしたその瞬間。


「!?」


 ヒュドラが何かに怯えるように、その身をこわばらせた。


「全員目を閉じて!」


 ヒュドラが動きを止めたのはほんの3秒程度だったろう、けれどそれだけあれば充分。


 俺は咄嗟に組み上げた魔術を、ルセウスを取り囲むヒュドラ達の眼前に撃ち込んだ。


ーー閃光弾ーー


 薄暗い洞窟での、マグネシウムを大量に含んだ炸裂弾。

 硬い鱗のヒュドラをスタンさせるには充分な手札だ。

 正直ギリギリだった。魔導具の補助がなければこの魔術の使用には最速でも3秒は必要だからな。


「助かりましたグリム君」


「いえ!」


 ついでに撹乱として霧を撒きながら足場の土槍を解除して地面に降り、退却してきたルセウスと合流。そのままボール達のほうまで退がった。


「!?」


 退却した洞窟の端では、ボール達が倒れていた。

 

「あらグリムちゃん……終わったの?」


 壁にもたれかかってボールが、薄らと目を開いてこちらを向いた。

 顔が真っ青だ。目の焦点も合っていないし、生気が感じられない……

 どういうことだ、気絶しているリリスとドルムルはともかく、なんで無傷のはずのボールがこんなに弱ってるんだ。


「う〜ん、こりゃあ毒じゃありやせんかね」


「うわっ……て、シュバリエさん!?」


 突然俺の肩に手をかけてずいっと視界の端に出てきたのは、三十代程の見た目のイケオジ長耳族だった。

 こんな激しい戦闘の中、一体どこから現れたのだろうか。


「ほほ、シュバリエ殿ではありませんか!」


「おんやぁ? そちらのご老人は……あれ、もしかしてルセウスの旦那で!?」


「いやはや懐かしい。全くお変わりのないようで」


「そういうルセウスの旦那はだいぶ老けやしたなぁ」


「ちょっと二人とも! 今はお喋りしてる時じゃないでしょ!」


「おっと、こりゃ失礼」

「いやいや、年寄りはいけませんな」


「シュバリエさんがなんでここにいるのかは後で聞きますが……毒ってどういうことですか?」


「そのまんまの意味でさぁ、多分ヒュドラが毒でも出してたんでしょうよ。グリムの旦那やあっしは毒への耐性があるんで気づけなかったようですが」


「私も、バルバトスの加護である程度毒が効きませんからな。恥ずかしながら、さきほど吐血してようやく気づくほどで……」


「私も毒に強い魔族なので……」


 なるほど、俺を含めた四人はともかく、ボール達はその毒にやられたのか。


「時間がありません、ヒュドラももうじき霧を払うでしょうし……誰か解毒は使えませんか?」


 そう尋ねるも、3人とも揃って首を横に振った。

 まずい、俺も解毒は初級しか使えない。このままじゃボール達が……


「……気にしないでグリムちゃん」


「!」


 良い策が見つからず、刻々と迫る時間に焦りながら頭を悩ませていると、か細い声でボールが口を開いた。


「私達は、自分でなんとかする……わ。だから、アナタは……いま、アナタがやれることをやりなさい」


 息絶え絶えになりながらも、ボールは定まらない焦点のまま俺を見てそう言い切った。

 

「少年、間に合うかどうかは、我々があのヒュドラを倒す速度にかかっています。ご助力を」


「……わかってます」


ーー土塞アースドームーー


 ボール達を土のドームで囲い、俺は3人に振り返って頷いた。

 きっと……ボール達はもう助からない。

 けれど、だからといって諦めることもできない。


「こちらこそ、ご助力願います」


 俺達は再び、ヒュドラの前に立った。


 ルセウス爺が放った光の矢は、バルバトスの能力の一つである『弓矢作成』です。

 持ち主の魔力で矢を作るっていうシンプルなやつ。レキウスも使ってましたね。

 ちなみにバルバトスは他にも、『毒耐性』『毒属性付与』『気配遮断』『五感向上』などの加護があります。メインの能力がシンプルな分、リソースが他に割かれた感じです。

 上記の加護は大抵、レキウスが作中で軽く言及していた気もしますね。

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