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第151話 喧嘩と前夜


『おいボール、久しぶりだなぁ!!』


 広間から伸びる廊下の一つから、ゴツい格好の男達が現れた。

 例えるなら……そう、文明の荒廃した世界で、バイクを乗り回して弱者を虐げてそうな容姿の奴らだ。

 いかにも危なそうな奴らだが、久しぶりと言っているから、ボールの知り合いなのか。


『……』


 下卑た笑みを浮かべてこちらに近づいてくる集団に対し、ボールはバツの悪そうな顔をしていた。


『なぁなぁ、俺らのパーティから逃げた腰抜けがこんなところでなにしてんだぁ?』


 そう言ってボールの前に立ったスキンヘッドの男が、その後ろにいる俺たちを見て顔を顰めた。


『へぇ、何かと思えば家族ごっこか。見ろよお前ら、こいつパーティなんて作ってやがるぜ』


 ゲラゲラと男達が笑い出す中、ボールはただ嵐が過ぎるのを待つように口をつぐんでいる。


『おい、うちのリーダーになんか文句でもあんのかよ!』


『あ、ちょっとカールさん!』


 そんなお通夜のような空気に耐えかねたのか、カールが男達とボールの間に割り込んだ。


『ああ? んだよ、三下は引っ込んでろ!』


『絡んできたのはてめぇらだろ! 俺らは忙しいんだ!』


『ッ……てめぇ!!!』


 男がカールの言葉に青筋を立て、拳を振り上げたその時。


『そこまでにしてもらいやしょうか、つるっぱげの旦那ぁ』


 いつの間にかスキンヘッドのリーダーらしき男の横に立っていたシュバリエが、彼の喉元に剣を突き立てていた。


『ッッ!?!?!?』


 その速さと振りまかれた凄まじい殺気に、リーダーを含めた男達の表情がみるみるうちに真っ青になっていく。

 そして俺も真っ青だ。

 あれだ、学校で先生が誰かを皆んなの前で叱る時、自分まで叱られている気分になる感覚に似ている。

 もっとも、俺は怒られる主犯側だったけど。


『今宵はいい酒が飲めそうでなぁ〜 それに茶々を入れようってんなら……その首、この魔剣の鯖にしやしょうか』


『……チッ、お前ら引き上げるぞ!』


 飄々とした態度から一転、冷たい声音を向けるシュバリエに対し、男はすぐさま仲間を引き連れて去っていった。

 俺ならもっと漏らしながら情けなく逃げるだろうに、悪態をつきながら踵を返すこの人達の去り様は凄い肝の座りようだ。


『いやいや〜 とんだ邪魔が入ったもんでぇ。それじゃ、さっさと地上に戻りましょうか!』


 男達が去るのを見届けたシュバリエが、そう言って手を叩いた。

 彼の凄まじい殺気は既に引っ込んでいて、そんな切り替えの速さにこっちの調子が狂いそうだった。


『え、ええ、そうね。戻りましょうか』


 ボールも俺と同じなのか、苦笑していた。

 そして他のみんなは何が何だか分からずにポカンとしていた。


ーーー


 『行きは良い良い帰りは怖い』なんて歌詞があるが、この世界においてそんな常識は通用しないらしく、俺達はスムーズに地上へと戻ってきた。


『いやぁ悪いですねぇ、本当に奢って貰っちゃってぇ』


『良いのよ良いのよ、良い男に酒を奢れるなら大歓迎だわ!』


『あはは、そりゃあどうも〜』


 そして現在、俺達は迷宮近くの酒場で打ち上げを行っていた。


『カールさん、僕の手当した傷は大丈夫でしたか?』


『お、ああ、平気だよ』


『本当ですか? 痩せ我慢とかは……』


『おい顔が近い近い! なんだよ平気だよ!』


『そうですか……』


『それよりも、グリムお前凄いなぁ! 魔術師なのに前衛みたいな戦い方してよ!』


 カールが俺を庇って負った傷が気になって仕方なく、問い詰めまくっていたところで魔術オタクことバーバリアンが目を輝かせながら割り込んできた。


『まぁ……怒られちゃいましたけどね』


『ボールはちっと頭が硬いからよ! あんま気にすんな!』


『聴こえてるわよ〜!』


 迷宮内じゃ色々とあったが、とりあえず今は和やかな雰囲気だ。

 強いて文句をつける部分があるならば、俺だけシラフのままだということかな。


『あれ、ボールさんシュバリエはどうしたんですか?』


『彼、お酒に弱かったみたいでもう潰れちゃったわ』


 そう言ってボールが残念そうに指差す先には、卓に突っ伏しているシュバリエの姿があった。

 だいたい彼みたいな強者は酒に強いイメージがあったが、どうやらそれは俺の偏見だったようだ。


『おいおい、また会ったなぁボール!!!』


 酒場のドアを蹴り開く音と共に酒場に響き渡ったのは、どこか聞き覚えのある……


『またあの人達ですか、知り合いなんですか?』


 そう、迷宮で俺達に絡んできたむさ苦しいマッチョパーティーだ。


『昔、私が所属していたパーティーよ』


 こちらの卓に向けてズンズンと歩いてくる男達、酒場の客は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 そこかしこで『マスクルズだ……』だの、『A級だ……』なんて震え声が聞こえてくる。

 どうやら有名人らしい。とてもそんな風には見えないモブフェイスだが。


 それにしてもまずいな……今絡まれても、頼みの用心棒のシュバリエが泥酔してしまっている。

 せっかくの酒の席で喧嘩とかはごめんなのだが……


『ようボール、昼間はよくも無視してくれたじゃねえか』


 とうとう俺達の前に立った男が、バンと卓に手を乗せてボールを睨め付けた。


『ごめんなさいね、私は不器用だから迷宮のことで手一杯だったのよ』


 対するボールは、酒に酔っているとは思えないほど冷静な返答をしていた。

 助け舟を出したいところだが、個人の因縁に首を刺すのもなぁ……よし、大人しくしてよう。


『散々俺達のやり方が気にくわねぇって言ってたくせによ、あんな虫ケラに苦戦したんだろ?』 


『……見てたのね』


『おっと文句は言わせねぇぜ? 先にあの獲物を見つけたのはお前達だ。俺らが助ける義理もねえ』


『……』


 いつの間にか酒場は静まり返っており、まさに一触即発といった空気だ。


『だいたいなんだよお前のパーティーは、こんなガキまで入れて人手不足なのか?』


『失礼ね、若いけど腕利きよ』


 そう言ってボールが俺にチラリと目線をやったことで、ようやく自分のことを言っているのだと理解した。

 そうか、そういえば俺は子供か。

 困ったことにこちらに矛先が向いたようだ。


『ハッ、んな嘘で誤魔化せると思うのか? どうせ良いとこの坊ちゃんの冒険ごっこにでも付き合ってるんだろ? 良い金貰ってよ』


 そういえば、それなりに格の高い家の子供が遊び半分に冒険者に護衛を頼むことはあると、トリトンが前に言っていたな。


『ガキのくせに良い装備つけてよ、どうだ? さぞかし人生楽で楽しいだろうな、え?』


 スキンヘッドのリーダーがそんなことを言い、後ろのメンバー達が俺を睨んでいる。

 どうやら俺はこいつらに嫌われたようだ。

 全く失礼なやつだ。それなりに高価な装備を着けているのは事実だが、全部自腹だ。王女の護衛として働いた給金はたいて買ったんだよ。


『良いんですかそんな悪口を言って。僕が本当にお坊ちゃんだったらまずいことになるんじゃないですか、マスクルズの皆さん?』


 流石に俺にまで流れ弾が飛んでくるのは嫌なので、威嚇としてそんなことを言ったのだが、男達はそれを聞いてヘラヘラと笑い出してしまった。逆効果だったようだ。


『ご多忙な御貴族様が、下民の俺たちにそんなことで動くかよ。まったくボンボンは他力本願で困るねぇ』


『確かにそうですね、下民とは言えそれなりに考えてるじゃないですか。

 その頭なら商人になれますよ。どうです? そのボンボンが読み書きでも教えてあげましょうか?』


 しまった。

 なんで余計なことを言った。

 いや仕方ない、こいつが悪いんだ。俺はこういう程度の低そうなやつが嫌いなんだ。

 どうせ、相手は俺を貴族かなんかだと勘違いして手を出せないだろうしな。

 ボールの仇だ。このまま安全圏からボロクソ言ってやる。


『んだとてめぇ? あんまり調子こいてるとどうなるかわかってんのか?』


『へー、どうなるか教えてくださいよ』


『たとえ貴族でもな、ここは俺らのテリトリーだ。やり方なんかいくらでもあんだよ』


『僕はどうなるのかを聞いたんであって、どうやるかの話なんか聞いてませんけど。

 ムスペル語すらわからないんですか?』


 それはもう全力で煽る。

 人を苦労してないみたいに良いやがっ——


『てめぇッッッ!!!』


『!?』


 額に青筋を浮かべた男に、俺は椅子から吹っ飛ぶ勢いで殴り飛ばされた。

 

『こっちが手ぇ出さねでと思って好き放題しやがって!!!』


『おいやめろリーダー!』

『よせよバートン!!』


 慌ててパーティーメンバーがスキンヘッドの男を抑えている。


『放せお前ら! 俺はな、こういう人生舐めたボンボンのガキが大きら——』


ーー風破ウィンドバーストーー


『ぬぉぉおっ!?!?』


 俺はジンジンと痛む頬を抑えて立ち上がり、仲間達に腕を掴まれている男を店の入り口まで吹き飛ばしてやった。


「言わせておけばそっちこそ……表へ出ろ!」


 そう怒鳴りつけたが、吹き飛ばされた本人も含めた周囲の人々はキョトンとしていた。

 しまった、咄嗟にミーミル語を出してしまった。


『……続きは外でやりましょうよ、ボンボンかどうか試させてあげます』


『野郎……』


 M字開脚のような情けない体勢で、男は唸るような声を漏らした。


ーーー


 その後、俺は吹っ飛ばした男に間髪入れずに飛び掛かり、本気の殺し合いへと発展した。

 硬いことで有名な黒狼すらも沈め得る魔術を連発しながら近接戦を持ちかける俺に、剣聖流上級剣士と噂のその男は翻弄された。

 我ながら情けないとは思うが、相手が対人が苦手な剣聖流じゃなきゃ負けてたと思う。

 逆に言えば、コイツの流派を知っていたから喧嘩を買った訳なのだがな。


 しばらくすると、一方的な状況を見かねた男の仲間が乱入して一時は6対1の状況に陥るも、今度はカールを含めた俺の仲間が助けに来たことで、それはもう店を巻き込んだ大乱闘へと変貌した。

 勿論、俺はそいつらをことごとく叩きのめしてやり、無事に店主から出禁の一言と賠償請求をいただいた。


 そして現在、俺はパーティーのみんなが泊まる宿のバルコニーで、ボールと二人で街を眺めていた。


『アレだけ殴り合ってたのに傷一つないのね』


『ふっふっふ、流した血で刻印を書いて即座に回復、殴り合いながら治癒魔術を詠唱して回復の二段構え……アンデット戦法です!』


『大人気ないわね……』


『だって僕は子供ですから』


 そう、俺は前世でも親や知り合いから見た目は大人、心は子供のコナン君だと言われていた。

 馬鹿どもめ、童心を忘れれば後は老いるのを待つばかりだというのに……


『ふふ、まあそうね』


 もっと正当性を持たせるならば、ライオンがウサギを狩るのにも全力を出すように、俺もパンピーが相手だろうと容赦はしない。どこぞの首飾りで戦う剣士のように、露骨な手抜きなどしないのだ。


『で、なんでいきなり暴れたの?』


 物思いに沈むように街を眺めていたボールが、ようやく俺に視線を向けて口を開いた。

 少し声音が変わった。ここからはお説教タイムか。説教は嫌いなので、ティ◯カーベルの粉でネバーランドに逃げたい気分だ。


『うちのリーダーに喧嘩売ったらどうなるかを教えてやったんです』


『あら嬉しい。でも悲しいわ、本当のことは話してくれないのねぇ』


 ボールはフフフと乾いた笑いを溢した。

 なんだろう、違和感がすごい。

 もっと頭ごなしに怒られると思ったが、酒場から帰る時の彼は異様に大人しかったし、今もすごく穏やかだ。

 この人はアレだろうか、ガチギレする時は静かになるタイプだろうか、余計に怖い。


 だからだろうか、つい本音を口走った。


『……ムカついたんですよ。俺のことをボンボンだの、苦労してないだの』


『ふぅん? 続けて』


 続けてと言われても、ここからはプライバシーというか企業秘密というか……まあいいか。


『貴族の血が流れてるのは認めますけど、俺の家は一般家庭だし、贅沢したことなんてないんですよ。

 それどころか、俺はトラブルに巻き込まれて親や大事な人と離れ離れになって……それで必死に帰ろうと頑張って、頑張ってるのに何度も死にかけて……』


 思い出すとまたイライラしてきた。

 まあ俺のバックボーンを知らないからああ言うのも無理はないが、それでもムカつくもんはムカつく。

 だって今まで誰に弱音を吐けたよ、誰に八つ当たりが出来たよ。いないよそんな奴。


『グリムちゃん、別に彼の肩を持つ気じゃないけどね? アナタを最初に殴ったバートンはね、貴族のせいで行き場を失った人なのよ』


 だからなんだ。

 俺だって貴族のいざこざに巻き込まれて、その果てにここにいる。


『……頭の悪い奴は、視野が狭いから自分が一番不幸だって言うんですよ』


『結構昔に聞いた話だから、詳細には覚えてないけど……たしか彼の家はね、住んでいた街の領主が新しい商売を始める時の障害になるからって、酷い嫌がらせを受けたのよ』


 俺のそんな相槌を無視して、ボールはそう続けた。


『……それで、どうなったんですか?』


『どうもなにも、彼の家の商売は潰れて家庭は崩壊。彼は身一つで生きるためにアナタぐらいの歳の時から冒険者として金を稼ぐようになったのよ』


『だから貴族を目の敵にしてるわけですか』


『いつもなら絡んだりはしないのだけど、今日は私もいたからねぇ……

 ごめんなさいね、巻き込んじゃって』


『あの人達と何があったのか聞いてもいいですか?』


 許す気はないが、別にボールに怒ってるわけじゃない。

 返答に困ったので、少し話題を逸らすことにした。


『うふ、そんな大層なもんじゃないのよ。喧嘩よ喧嘩。方向性の違い?ってやつね』


『方向性?』


『彼は成果のためなら仲間すら切り捨てるの。私はそれが嫌で、もっと暖かい家族のようなパーティーを作りたくいと思ったのよ』


『そういうことですか』


『そうよ。だからもし、成果を優勢したいなら彼のパーティーに入るのもありね。

 彼、実力さえあれば誰でも受け入れるから』


『嫌ですよあんな汗臭そうな馬鹿サウナ。行くならもっと綺麗なお姉さんが沢山いるところがいいです』


『あら、そんなに飢えてるならカールと娼館にでも行けば良いじゃない』


 子供相手に何を勧めてるんだこのオッサンは。


『ふっ、僕の聖剣は相応しき相手にしか使いませんので』


『ふうん、好きな人がいるのね。お年頃ぉ〜』


『……』


 ダメだダメだ。ラトーナの話は不安になるからしちゃダメだ。

 そうだ、ルーデルのおっぱいの感触を思い出そう。もしくは素数を数えるのもアリだ。


『……まぁ話はこれくらいで、アタシもそろそろ寝ようかしらね』


 黙り込んだ俺をチラッと見たボールは何やらため息をついて、バルコニーの手すりから手を離した。


『あれ、怒らないんですか?』


『そんなことしないわよ?』


『?……』


『腑に落ちないって顔ね。別に、グリムちゃんが急に暴れてびっくりしたから話を聞きたかっただけなのよ』


『それはご迷惑を……』


『んふ、いいのよ。失敗も成功も、自分の過去を大事に出来る人はカッコいいのよ。

 アナタがこれからも、誰かに誇れる過去を持つことを祈っているわ。それじゃおやすみ』


『あ、はい。おやすみなさい』


 ボールはヒラヒラと手を振りながら室内へ続く扉を開けて、


『探索の再会は明後日から、明日はゆっくり休みなさい』


 最後にそう言って部屋へと戻っていった。


 喧嘩の興奮が残っていてまだ眠れそうにもないので、静かになったバルコニーに一人残ることにした俺は、手すりに頬杖を着いてぼんやりと星を眺めだした。


 そしてそこからどれくらい経った頃か。


『おやぁ? 先客ですか』


 室内とバルコニーを繋ぐ扉には、一人の長耳族の剣士が酒瓶片手に立っていた。


『潰れたのにまた飲んでるんですか?』


『いやぁ、月を見ていたらいつの間にか酒瓶を握っていたもんで』


 剣士……シュバリエはそう言って恥ずかしそうに頭をかきながら、俺の隣まで歩いてきた。


『隣、よろしいですかい?』


『もう立ってるじゃないですか』


『あはは、それもそうでやしたな!』


 シュバリエはヘナヘナと笑いながら、俺に酒瓶を突き出してきた。


『若旦那もご一緒にどうですかい?』


『構いませんが、俺は酔いませんよ?』


『おっと、酒豪自慢ですけ?』


『いえ、酔えないんです。種族柄ね』


『若旦那の……』


『ディ……グリムで良いですよ』


『グリムの旦那、失礼承知で種族をお尋ねしてもかまいやせんか? あっしの見立てじゃ龍族と長耳族の混血に見えやすが』


『だいたい合ってますよ。長耳の血はそんなに濃くない筈なんですが、ここ一年くらいで急に特徴が出始めちゃって……先祖帰りってやつかもしれませんね』


『ははぁん、そういや龍人は小人族より酒に強いんでやしたね』


『それは知りませんが、まあそういうことです』


『そういやグリムの旦那、昼間は魔術師なのに良い身のこなしでやしたね』


『え、本当ですか? シュバリエさんみたいな強い剣士にそう言ってもらえるなら、努力の甲斐があったものですよ』


『動きを見るに、疾風流を齧っていやすね?』


『はい。最近は師匠(?)の勧めで瞞着流を使うようにしてますが……そういえばシュバリエさんは瞞着流をですよね?』


『おうとも、こちとら瞞着流一筋五百年ってところでやすかねぇ』


『ご、ごひゃ……おほん! も、もし良ければ僕に剣を教えては貰えませんか?』


 ダメ元でそう尋ねてみると、下戸のくせして酒瓶を豪快に煽っていたシュバリエは、その糸目を開いて首を傾げた。


『どうしてあっしが剣を教えにゃならんのですか?』


『す、すいません……厚かましかったですね』


『いんや、そういうことじゃなくて……なぜ剣にこだわるんで?』


『え、いや、近接でも戦えればなって……』


『瞞着流の真髄は常に相手を手玉にとること。なにも剣で戦う必要はござあせん』


『え?』


『剣士ではなく、魔術師としての瞞着流を修めやしょうってことでさ。先程ぁ見応えのある喧嘩を見してもらいやしたからね、そのおひねりということで、一つあっしが稽古をつけやしょう』


『え、良いんですか!? ありがとうございます!』


 最後にボソッと、『まああれを焚き付けたのはあっしなんですが』と言っていたが……よくわからないし、酔っ払いの戯言として流しておこう。


 ——それにしても魔術師としての近接戦闘か。なんだかカッコいいな。


 俺は溢れる期待を胸に、その後はシュバリエの旅の話を聴き、とうとう飲み過ぎてゲロを吐き出したシュバリエの介抱をして眠りについた。

 色んな迷宮や魔物の話は凄く面白かった。

 稽古は早速明日からつけてもらえるらしい。


【???視点】


 迷宮に潜ってしばらくが経った。

 変わった迷宮だが、私一人で制覇することは可能なようだ。

 

 久方ぶりの迷宮探索。中々面白い夢になってきたなと思っていたのも束の間。下に進めば進むほど、私の中の何かが鼓動を強めるのだ。

 殺せ、止めろ、救えと。

 なんだ。なんなのだ……この脅迫感情は。

 それに、私の体もおかしい。魔力が減らないのだ。どれだけ魔術を使っても、どこかから自然と魔力が充填されていく。

 そしてその充填のたびに、頭の中のモヤが晴れていくような気がする。

 まだ微かなものではあるが、少なくともここがミーミル王国ではなくヨトヘイム王国だということはわかった。

 

 ヨトヘイム……聞いたことのない名前の国だ。通りで言語もよくわからないわけだ。

 しかし、街で聞いたミーミル語を扱う人々の会話にはミーミル王国という単語があった。そしてこのヨトヘイムがミーミル王国から馬車で半年以内の距離にあることもわかった。


 どいうことだ、私は夢の中で勝手に新たな国を創造したのか? 

 いやそもそも……これは夢なのか……?

 この余りにも鮮明な世界は、研究の間に居眠りした私が生み出した空想なのか……?


 謎が尽きない。

 だが一つわかっていることもある。

 この迷宮の主が、ミーミルの古い言い伝えにある国蛇と似た、世界を滅ぼし得る厄災であることだ。

 迷宮に満ちている魔力の量、魔物の強さ、そして私の勘がそう言っている。


 そうか、もしかしたら私の中で渦巻くこの脅迫感情は、そいつを殺すことで治るのかもしれない。

 いやそれしかあるまい、まあこれも勘だがな。

 

 さて、そろそろ最下層も近い。

 老いた私なら勝てるわけもない相手だろうが、若い肉体を得て、魔力が無尽蔵に溢れる今の私なら、幾らかやりようはあるだろう。

 そうすればこの夢も終わりか……少し寂しいな。

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