第149話 迷宮探索のいろは
やあみんな俺だ! ディンだ!
現在俺は、パーティのみんなと迷宮一階層に足を運んでいるんだ!
探索を行えるのは最低でもD級からなので、F級の俺がこういう場所に足を運ぶのはもっと先かと思っていたが……パーティというのはありがたいものだな。
陣形は、斥候としてドルムルが先行し、その後ろに前衛の戦士と剣士、中衛に盾持ちの戦士と弓兵、そして後衛に俺だ。
今更気づいたのだが、このパーティは本職の魔術師がいない。回復などは弓兵のリリスか斥候のドルムルが行っていたそうだが……少々火力不足に見える。これで良くもまあA級パーティとして回っていたなとは思う。
『ふむ、一階層に罠はないようじゃ!』
探索が開始されて30分ほど、慎重に床を杖で突きながら先行していたドルムルが、こちらに振り向いた。
『そんなことがわかるんですか?』
『うーん……こればかりは難しいのだけれど、ドルムルがそう言った時は大抵罠には当たらないわねぇ』
少し口を尖らせながら、俺と並んで歩いていたリリスがそう言った。
誰も原理がわからずにドルムルの言うことを信じているらしいが、大丈夫なのだろうか……
『なんか彼曰く、ゴツゴツした洞窟みたいな地形に罠は無いらしいわ』
そう言われて、周囲を見回してみる。
たしかに、俺達が今進んでいる通路は迷宮というよりかは、鍾乳洞みたいなものだ。
魔物の気配もないので、つい目玉焼きをパンに乗せて食べたくなってしまう。
まあ、俺はこの世界の卵はあまり好きじゃないのだがな。ごめんよパズー。
『少しペースを上げて、二階層へ通じる道を見つけ次第休憩にしましょう』
『『『『『了解』』』』』
ボールの号令に、みんなが勢いよく返事した。
ーーー
さて、探索とマッピングは順調に進み、俺達は下の階層へと向かう階段を見つけることができた。
今のところの迷宮に対する感想だが、つまらないの一言だ。
こう……なんだろうな、もっとモンスターがドバーって出てきて、ブワーっと倒して、パズルみたいな罠を解いて、たまに失敗して廊下の背後から大岩が転がって来たりしてそれから逃げたりさ、そんな感じの冒険を期待していたんだよ俺は。
なんだよこれ、ずっとおっかなびっくり罠を手探りで探しながら、ゆっくりと進むって……お化け屋敷に入る感覚とあんま変わらねえじゃねえか。
せめてもの救いは、二階層はちゃんと人口的……遺跡のような作りになっていたことだろうか。
ドルムル曰く、ここからは罠があるらしいし、リリスの魔力感知には魔物の気配が引っかかっている。
そうだ、諦めるのはまだ早い。もしかしたら、ここから俺の望んでいた冒険が始まるのかもしれないんだ。
『魔物じゃ!!!』
と、そんなことを言っていたら早速お出ましか。
叫ぶと同時に、俺達の陣形に戻ってくるドルムルの後方には、スケルトンソルジャーの隊が見える。
スケルトンソルジャー、その名の通り人型の骨の魔物だ。
そのランクは意外にも上から3番目のB級。
こいつらにはまず、火魔術と水魔術が効かない。曰く精霊に似た存在が核となって骨を動かしているそうで、ある程度斬ったりバラバラにしてもそのまま襲いかかってくる。
それが隊列を組んで襲いかかって来るのだ。危険度はかなりのものらしい。
対策は四つ。襲いかかってきても問題ないレベルにまで粉々にするか、超級以上の格の剣士が直接核を斬るか、なにかしらの方法で拘束するか、それか反魔の呪詛をぶつけるかだ。
どれも絶妙な難易度だ。生半可なパーティでは奮闘こそするが、ジワジワと削られて最終的には全滅するだろう。
『グリムちゃん! 頼むわ!』
ボールの合図で、全員が俺の背後に下がる。
ーー氷層ーー
魔物達への射線が通ったところで魔術を発動し、スケルトン達の足を氷で固定する。
「——今、原初の運び手を語らん! 『風刃』!!
氷結に続いて、俺の後ろで詠唱を進めていたドルムルが前に出てきて風の斬撃を放ち、骸骨達は腰骨を切断されて上半身から崩れていった。
『んふ、連携はまずまずね』
『グリムがワシに合わせてくれとるからじゃな』
『ベテランに合わせるのは当然ですよ』
そんな会話をしながら、パーティは再び迷宮を進む。
道中、何度かカラクリ式の罠がドルムルに発見された。
ムチを持った考古学者が活躍する冒険映画に出て来そうな、床から槍が出てくるやつとかだ。
そっちはまだいいのだが、怖いのは設置型の魔法陣系の罠だ。
設置型の罠魔法陣というのは物理的な破壊が難しい。一般的な解除方法は反魔の呪詛ぐらいしかないらしいからな。
そしてその呪詛魔術は、消耗が激しい上に魔力操作がピーキー。 しかも、ある程度身分の高い奴じゃないければそもそも詠唱すら知らないときた。
つまるところ、対策が面倒なのだ。
『分かれ道か……』
そしてまたしばらく進んだところで、斥候のドルムルが足を止めた。
今度は三叉路に差し掛かったようだ。
『ッ……』
俺はゴクリと唾を飲んだ。
これはあれだ……どのみちに進むかで揉める鉄板ネタだ。
それともあれだろうか、多数決で決めるのだろうか。
しかし、それだとまずい。多数決は宜しくない。多数決は最終決定に関する責任の所在が不明になる上、少数の意見を抹殺することになる。そしてその抹殺された意見は次第に不満となって蓄積し、パーティの不和へと繋がる。
うん。たしかそんなことが、かの長期休載漫画に書いてあった気がする。
ああ、こんな時セコウがいれば、迷宮の構造ごとトレースして即時攻略出来たかもしれないのに……
『んんー、困ったわねぇ……』
『くそっ、さっきのスケルトンソルジャーとここで遭遇できてればなぁ……』
悔しそうに頭を抱えるバーバリアン。
『ここで遭遇できたら良かったんですか?』
『ん? ああ、スケルトンが通って来たってことは罠が無いってことだからよ、その道は候補から外れるだろ?』
なるほど確かに。迷宮の罠はそこに生息している魔物にもちゃんと発動するもんな。
『こうなっちゃうと、しらみつぶしに探索するしかないのよねぇ』
そうか、忘れていたが今回の任務は迷宮内のマッピングだ。
結局は道は全部通らなくてはならないか。
『じゃあまずは左からじゃな。染魔剤を撒くからさがっとれ』
ドルムルがリュックから瓶を取り出して、中身の粉を掌に小さな山が出来るほど盛った。
『ふぅーッ!』
これから進む一番左の通路に手を向けて、その上に乗っている粉をひと吹きで撒き散らした。
カールから聞いた話では、染魔剤は光魔石という魔力に触れると発光する石を削り出したものであり、主に迷宮探索に使われるものらしい。
『グリムよ、風魔術でワシの手前に散らばった粉をもう少し先に飛ばしてくれ』
『あ、はい』
ーー発風ーー
言われた通り、彼の前方の床に風を送り、散らばった粉を少し先に押し出す。
『あ! 光りましたね!』
風に煽られて五メートルほど先に粉末が着地したところで、それが発光し出した。
『グリム、もうちょい先に動かせ』
ドルムルに七メートルほど先の位置を指さされて、その地点に粉を届けるためにさらに風を強める。
『あ、見えました! 魔法陣です!』
指定の位置まで粉を押し出すと徐々に発光反応が増えていき、それは魔法陣の形として現れた。
肉眼では見えないように偽装されていた魔法陣トラップの上に光魔石が被さったことで、その輪郭がハッキリと写し出されたのだ。
『ふぅ、とりあえず無駄使いはせずに済んだのう……』
安堵のため息と共に額の汗を拭ったドルムル。
そうだよな、この粉1キロで日本で言う数万円くらいするもんな。
一回撒き散らしちゃうと集め直すこともできないから、めちゃくちゃ高い消耗品だ。札束で尻を拭くようなものだ。
『よし、直径二メートルの魔法陣だな』
横で掌サイズの板にナイフで何かを彫っていたカールが、その板を魔法陣の中心に投げ入れた。
『染魔剤はね、5分もすれば光が収まっちゃうから、ああして魔法陣があるという注意を後続に残しておくのよ』
好奇心が顔に出ていたのか、隣で一連の作業を見守っていたボールがそう教えてくれた。
なるへそ、奥が深いな冒険者業というものは。
そんな作業を何度も繰り返し、俺達は通路の終点へと至った。
そこには、地下へと通ずる階段がある部屋だった。
『ここが当たりね。一旦分かれ道まで戻って、残りの二つも見ておきましょ』
ボールの号令に従って、俺たちは三叉路へと引き返した。
その後、残り二つの通路を探索したが、真ん中が洞窟蜘蛛の巣で、右側はガラクタだらけの武器庫のような部屋だった。
『旧時代の要塞が埋もれたものかしらねぇ……バーバリアンかドルムル、この要塞に心当たりはある?』
ガラクタばかりが散らばった部屋を前に、ボールはケツアゴを撫でながら、我らがご長寿二人組に尋ねた。
『ないな』
『ワシもない。じゃがスケルトンソルジャーがいるということは、それしかあるまい』
二人の即答に、ボールがさらに眉根を寄せた。
『要塞が元なら、転移系の罠はないだろうぜ』
そんなボールの隣で、カールが気楽そうに欠伸をした。
『たしかに、少し安心ね』
少し険しい顔をしていたボールも、微笑みながらカールに同意した。
迷宮や洞窟探索でやってはいけないこと、それ即ち単独行動。
転移系の罠は一瞬にして人を分断してしまうので、最も危険な罠なのだ。
それが無いとなれば、攻略の難易度はグッと下がる。
是非ともそうであってくれ。
『よし、とりあえず下の階にいきましょ!』
ーーー
ということで、俺達は一旦休憩を挟み、3回層へと足を踏み入れた。
この3階層の探索が終われば、一度補給などを兼ねて地上に戻るんだそう。
もう一踏ん張りだ。
『妙だな……』
『そうね……』
『ええ』
三階層に降りてからは、やけに綺麗な石畳の一本道が続いている。
長い。
ずっと先に出口らしき光が見える、それだけだ。
そんな状況に、素人の俺でさえもが違和感を覚えていた。
だってこれ、ボス戦の気配じゃん。
なんだよこの長い廊下。進んでいったら火の玉でも飛んでくるのか? そんで奥に甲羅を背負った大王様が待ってるのか?
『まだ3階層だから強い魔物はいないと思うけど、警戒は怠らないようにね』
『『『『『了解』』』』』
和気藹々……とまではいかないが、程よく和んだ空気が流れていたパーティは、いつの間にか緊迫した雰囲気を纏っていた。
しばらく歩き続けたが、結局一本道にはなんの罠もなく、その先の大広間に辿り着いた。
正方形の大広間、その四方には俺達が出てきたのと似たような通路がある。
またもや分岐路か。しかし、どうしてこうも広くする必要があるのだ——
『グリム避けろッッ!!!』
突然。
広間の中央まで歩いて来たところで、みんなが急に散開し出して、出遅れた俺は前にいたバーバリアンに蹴り飛ばされた。
『うぐっ』
そして蹴り飛ばされたそのコンマ数秒後、俺が立っていた場所には天井から何かがもの凄い速度で降ってきて、轟音と土煙を上げた。
『!!!』
土煙を纏いながら、そいつは尻餅をついた俺を爛々と見つめていた。
茶色くて、デカくて、硬そうで、電球のような目玉を持ったそいつはまるで……
『インビジブルマンティスじゃ!!!』
ドルムルが叫び、全員が武器を構えた。
俺の前には、巨大なカマキリがその複眼を光らせて佇んでいた。
ムスペル王国における冒険者の街、ブライジル領。その中心にある一際大きな建物、冒険者ギルドに一人の初老の男が足を踏み入れた。
「ふむ、ここも綺麗になりましたなぁ、懐かしい」
朗らかな表情で辺りを感慨深そうに眺める男。
荒くれ者の多いこの街で、本来ならば彼のような優男にはまず真っ先に『おいおい、女にカッコでもつけにきたのか?』なんて冷やかしの声が飛ぶ。
「……」
しかし、その男が訪れてからというもの、ギルドには異様な静けさが訪れていた。
それはひとえに、その男が放つ異質な威圧感にその場の誰もが気圧されていたからである。
額で輝く第三の眼、穏やかそうな顔に似合わぬ威風堂々たる立ち姿と鍛え上げられた肉体、そして顔に刻まれた傷の数々。
それなりに腕の立つ冒険者や戦士であれば、その男が歴戦の猛者であることは一目瞭然であったのだ。
「すみませぬが、お尋ねしてもよろしいかな?」
そしてそんな男は現在、ギルドの受付嬢の前に立っていた。
「はっ、はい……なんでしょうか」
鉄柱でも背中に入れているのかと言うほどに真っ直ぐな姿勢と、2,5メートルほどのその巨体が放つ存在感か、思わず受付嬢もその顔を引き攣らせた。
「私はこういうものなのですが……」
そんな男が懐から取り出したのは、ラーマ王の紋章が刻まれた手形。
王の腹心である証そのものであった。
「あ、これは失礼をいたしました! 改めまして、いかがな御用でしょうか?」
「グリムという少年を探していましてな、その所在を確かめたく」
「グリム少年なら、現在はヨトヘイム王国のイツァー領に任務で訪れています」
慌てて手元の書類をパラパラとめくりながら、受付嬢は早口でそう言った。
「ふむ、ありがとう、苦労をかけましたな。では私はこれで……」
男は受付嬢に軽く頭を下げると、そそくさとギルドを後にした。
男が出て行った直後、その場にいた全員がほっとため息をついた。
誰も男が暴れ出したりするわけがないとは思っていた。しかし、屈強な冒険者である彼らが息も忘れるほどに、その男の放つ覇気は強かったのだ。
男の名は『ルセウス』。
二百年ほど前に大陸全土を巻き込んで勃発した第二次中央大戦において、最速の英雄と呼ばれた男。
ソロモン魔剣『力天使之仮具』の初代覚醒者その人であった。