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第14話 共犯


「この度は、私の軽率な行動により、ラトーナ様の心に傷を与えることとなってしまい、誠に申し訳ありませんでした」


 朝日に照らされた書庫の机で、静かに本を読んでいた彼女の前に立ち、深々と頭を下げる。


 彼女の聖域……もう面倒くさいのではっきりパンツと言おう。

 事故とはいえ、それをガッツリ見てしまった俺は、彼女の判断次第でアーベスに報告が行き、大変なことになっていた可能性がある。

 

 幸い、アーベスは昨日俺と書庫で話してすぐに、他所の家に出かけてしまっていたのでお咎めは無かったが……本来ならすぐにでも彼女に謝罪しにいくべきだった。


「見てわからない? 私は本を読んでいるの。うるさいし、邪魔だし、不快だから今すぐ消えてちょうだい」


 しかし当のラトーナはこの態度。俺に見向きもしない。

 好感度が最低レベルにまで落ちている。このままじゃまずい。報酬的に色々というのもあるが、なによりアーベスの信用を損ねるのが一番まずい。


「はぁ煩い煩い。ずっとベラベラ、あなた本当に気持ち悪いわね。そこどいてちょうだい」


 でかいため息を吐きながら、音が出るほどの勢いで本を閉じたラトーナが俺の真横を通り過ぎていく。


 流石にこの態度には腹が立つが、今回に至っては俺に非があるのも事実。

 我慢だディン。相手は九歳の子供。バイト時代のクソ客よりずっとマシだ。


ーーー

 

 何をして良いかもわからずに、彼女の背を追って、庭園の花壇までやってきた。


「ついてこないでちょうだい。不快よ」


 花に水をやる片手間に、彼女はこちらを睨む。


「すみません」


「謝罪ばかりで一辺倒ね。少しでも負い目を感じているなら、今すぐ目の前から消えてちょうだい」


「それは出来ません……」


「チッ」


 舌打ちと共に、彼女は花に向き直った。 


「あの……」


「聞こえなかったの!? 消えてって——」


「水は葉っぱにかけるんじゃなくて、根元にかけないとダメですよ。水分過多になって枯れちゃいます」


「……わかってるわよそんなこと! 貴方のせいで気が逸れていたの!」


ーーー


 彼女が次に向かったのは馬小屋。

 そう、事故物件と言っても良い。例の馬小屋だ。


「貴方……ここにまで着いてくるって、頭おかしいの?」


「……おかしいとは思ってる。けど、俺は君に謝罪した上で、自分の仕事をこなさなきゃならない」


「ねぇ、私一度言ったわよね、貴方に協力するつもりも、お父様の言いなりになるつもりもないわ」


「……どうしてそこまで反発——」


「消えてって言ってるでしょ! しつこいのよ貴方!!!」


 突然彼女が怒声を上げたことで、馬達が騒ぎ出す。


 尋常ではない激しさの感情の隆起。思春期特有のソレ……と言って仕舞えばそれまでだが、これほど限定的なトリガーとなればそれだけではない様な気がする。


「貴方こそ『消えろ』ばかりの一辺倒!! 理由も教えずに俺に暴言ばかり吐いて! まるでガキじゃないですか!!!」


「ッ……」


 俺の反発に驚いてか、彼女は口をつぐんで顔を落としてしまった。


「……どっか行けって言ったのに……う、うぅ……」


「!?」


 更なる怒声で塗り潰してくるかと思えば、俺の予想は大きく外れ、彼女は泣き出してしまった。


「何見てるのよ……どっか行って!」


「……」


「もう最悪……大っ嫌——」

 

ーー土壁ーー


 彼女にブラシやら石鹸を投げつけられながら、俺は小屋の入り口や窓、そしてありとあらゆる穴を内側から塞ぐ。

 そしてそれにより、この空間は完全に外から遮断された密室となった。


「……何する気? 弱った私を犯しでもするの?」


 犯すって……この子俺と同い年だよな? どういう感性してんだか。


「俺にそういう嗜虐思考はない。やるなら双方合意の上でラブラブなのが良い」


「どうでも良いわよそんなこと!!!」


「そうですか、でも貴方は時たま俺の心を読んでいるかのような発言をする。だから隠し事はしません」


「!!!」


 引き攣った彼女の表情が一瞬緩んだ。

 まさか本当に俺の心を読んでるのか? 魔術がある世界だ。無いとは断言できない。


「ここを密室にしたのは、他の誰にも会話を聞かれたくないからです」


「……いったい何の話よ。何度も言うけど——」


「貴方のことを、教えて下さい」


「!」


「なぜ、アーベスさんから逃げるんですか? なぜ魔術から逃げるんですか? なぜ、その歳で黒色のパンツ——」


「殺すわよ」


「……すみません。ふと浮かんできたので口にしました。

 で、今言った僕の頼みは聞いてもらえますか? 勿論できる限りの対価は払いますよ」


「……」


 再び俯く彼女。

 仕事とか関係なく、俺は俺なりの誠意を示したつもりだ。


「勿論強制はしません、貴方は俺が嫌いだろうしね。けれど、この事は決して他言するつもりはありませんし、可能なら貴方の力になるつもりです。

 そして、この問いを最後にこの話は二度としないと誓います」


「……」


 返答はない。


「……わかりました。もうこの話は終わりにし——」


「合ってるわよ」


 小屋の魔術を解こうとしたその時、彼女は口を開いた。


「……はい?」


 何のことだ? ひょっとしてパ——


「『何のことだ? ひょっとしてパンツのことか?』って思ったわよね、今」


「!?」


 全くその通りだ。ということはやはり、彼女は人の心を読んでいる……


「どうやって……何かの魔術ですか?」


「知らないわ。二年前から勝手にこうなったのよ」


 特異体質……後天性の呪いか何かか。


「私ね、親友がいたの」


「……」


「犬だったけど、とっても頭の良い子でね? アミーっていう名前だったの。まあ二年前に死んじゃったのだけど」


「そうですか……」


「歳だったし、その時が近いのはわかってた。埋葬の時、父様が私に言ったのよ。『またアミーに会っても恥ずかしくないように沢山勉強して立派になっておきなさい』ってね」


「それは〝口で〟言った言葉ですか?」


「フッ、そうよ。本音は『これで遊びもやめて勉強に身を入れてくれるだろう、全く魔法名門の長女ともあろう者が……ちょうど良かったよ』だそうよ」


 なるほど、それで父親に反発しているわけか。

 くそ、付け入る隙がないほどもっともな理由じゃないか。


「うーん……確かにラトーナのやってることは理解できますけど……それ、不便過ぎません?」


「はぁ? 貴方に私の何が——きゃっ!」


 眉間に皺を寄せて声を荒立たせる彼女の腕を強引に引き、壁に彼女の体を押し付ける。


「ッ……! あなた何のつもりよ!」


「たとえばこんなふうに誰かに襲われた時、ラトーナはどうするつもりですか?」


「助けを呼ぶに……決まってるで痛いっ!」


 抑えていた彼女の腕をさらに強く握り、股間に膝を押し当てる。


「相手が玉砕覚悟なら、ラトーナは助けが来る間に殺されるなり犯されるなりしますよ?」


「ッ!」


 彼女の拘束を解き、初級の治癒魔術を施す。


「すみません乱暴しちゃって。まあ要するに、家のしがらみとか抜きしても、護身のために魔術くらいやっておいたらどうです?」


「……でもそれじゃあ父様の思惑通りよ」


 彼女は膝をつき、片腕を抱えながらボソボソとそう言った。


「はぁ……ほんとガキですね」


「なっ……何がよ!!!」


「父に逆らうためだけに自分の芽を摘み取り、己の価値を下げていくんですか?」


「……それは——」


 彼女の目が泳ぎ出した。


「真なる叛逆とは、己を磨き上げ父を越えた上で、彼を否定することではないんですか?」


「!」


「せっかくラトーナは美人で頭も良いんです。もう少しモノの見方を変えてみては?」


 伝えることは伝えた。

 自分を棚上げした事しか言っていないが、心からの言葉だし、間違ってはいないと思う。


「で、でも私……魔術はやってみたけどあんまり上手くできなくて……」


「あらびっくり! こんなところに算術もわからない馬鹿に魔術を身につけさせた天才教師がいるゾォ〜???」


 キョトンとしている彼女の手を取り、今度はそっと引っ張り上げる。


「これは契約です。俺はラトーナにアーベスさんを追い抜くための力を与えます。だから君も、俺に力を貸してください」


 彼女の手を握り、真っ直ぐ瞳を見つめる。


「で、でも私……本当に魔術出来なくて」


「大丈夫。出来るまで付き合いますよ」


 実際俺も、まともに魔術を使えるようになるまで時間かかったしな。

 多少センスが欠けていようが、恥じることはない。


「……わかった。契約成立よ」


 彼女は少し考える仕草をした後に、俺の手を強く握り返してきた。


ーーー


 土の防壁を解き、ラトーナと共に小屋を出て庭園を歩く。

 

「いやぁ、馬の餌やりやってみたかったんですよ〜」


「そう、ならよかったわ」


 先程まで泣いたり怒ったり、激しく自分を曝け出していた彼女はどこへやら。凛とした表情で彼女は笑った。


「……あの、さっきはすみませんでした」


「色々やられ過ぎて、どの非礼を詫びてるのかわからないわよ」


 ツンケンとした態度で、隣を歩く彼女は俺を睨んだ。


「いや、黒いパンツのこと——」


「もうその事忘れなさい!」


 こうして、俺とラトーナは共犯者になった。


呪詛魔法の殆どはミーミル王国と隣国のアスガルズ王国で急速な発達を遂げていて、その技術は国の上層部によって管理されています。

理由としてはやはり、王宮内の派閥争いにて、残存魔力や、痕跡を残しにくい暗殺向きな魔法であるからでしょう。

毒の呪いを付与すれば、普通の毒を使うのに比べて検死的なものにも引っかかる事はないですし。


一般に魔法書などで公開されている呪詛の魔法式は強化付与(バフ)効果のものが7割です。


ーーー


この世界には版画の印刷技術がありますが、本の材料として使える質の良い紙が少なく。魔法書や教科書などは学校や王宮、その他有力貴族や豪商の手元に多くあります。


以前ヘイラがディンにあげた魔法書はかなり古いバージョンなので、本来のが一冊15万〜30万だとすると、その半額以下といった感じですね。お得ぅ!


あと一般にはわら半紙に似たものが定着してます。


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