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第147話 布石

【???】


 おかしい。

 この夢は明らかにおかしかった。

 

 目を覚ました森を抜けてしばらく歩き、見つけた街に足を運んだところまでは良かった。


 だがどうしてか、住民達は私を見るなり襲ってきたり、唾をかけられたり、睨まれたり、すれ違い様に舌打ちされたりと、散々な扱いなのだ。


 おそらく、私が嫌われている原因は魔族だからなのだろうが……

 この街の住人は英樹教の教皇派なのか? ということはここはアスガルズ王国なのか?

 いやいや、それにしてはおかしい。アスガルズの建築は白色が主だと聞いていたし、人々の服装もなんだか派手だ。

 言語もミーミル語ではないものに聞こえる。

 どうやら、ここはミーミルでもアスガルズでもないようだ。


 なぜ、記憶にない街の夢を見るのだ?

 それになんだ、なにかおかしな胸騒ぎがする。

 頭の中にモヤがかかっている。

 私は何かをしなければ……いや、この胸騒ぎの元凶たるものを排除しなければならない気がしてならないのだ。


 龍……そう、きっと龍だ。

 見つけ次第、殺してしまおう。

 ひとまず、歩くたびに襲われては仕方がないので、全身を隠すためにローブを見繕おう。

 行動を始めるのはそれからだ。

 私は快適な夢を見たいのだ。


 世が明けて移動は再開し、馬車はそこから半日ほどでヨトヘイムの国境に辿り着いた。

 直線距離ではギルドから国境までは大して離れていないのだが、国境に沿う様にどデカい山脈が聳え立っているので、かなりの回り道を余儀なくされている。

 山脈は魔物が多いので、それに足止めを喰らうこともしばしばだ。


 まあでも、さすがはA級冒険者。難なくそれらを潜り抜けて、現在俺達はヨトヘイム王国に到着した。


 ヨトヘイム王国、魔大陸の南部に位置する、ムスペル王国の隣国だ。

 ムスペルでの政治家パーティーを襲撃してきたのも、このクソ国家だ。

 

『ヨトヘイムは初めてかしら、グリムちゃん』


『そうですね。何と言いますか……オシャレ? ですね』


 俺達が今いるのは東のホング領という所だが、中々どうして良い街じゃないか。

 まず木造の家屋が多いことが珍しいな、この世界じゃ石造が基本なのに。

 

『んふ、面白いデザインよね』


 そう、やはり1番の特徴は景観だ。

 木造だけあってシルエットは中華や和風寄りなのだが、細かなデザインは……そうだな、マヤ文明みたいな模様が入ってたり、装飾も南米寄りだ。


『この国は迷宮や遺跡と共に生き、それと共に死ぬのじゃよ』


『おかしな彫り込みは魔物を模したものさ』


 馬車の跡を追って大通りを進む中、そう解説を入れたのはドルムルと、全身を甲冑で覆い隠したバーバリアンだった。


『ところで、何でそんな格好してるんですか?』


『グリムよ、魔物を特別扱いするこの国では、魔族の扱いはどの様なものだと思う?』


 そう尋ねたら、ドルムルが代わりに口を開いた。


『大歓迎でしょうね』


『逆じゃよ逆、この国で異形の魔族が出歩こうもんなら、住民総出で袋叩きにされてもおかしくないわい』


『え』


『その昔〜、魔大陸に住んでいた人間は、過酷な環境を生き抜くために、そこに住む魔物達を殺すことでその姿を奪い、生きながらえた〜』


 バーバリアンは両手をヒラヒラさせながら、大袈裟な芝居口調でそう言った。


『そんな神話が、この国には根付いちょる。魔物は迷宮の奥底に住まう〝神〟の使徒という立ち位置じゃからな、魔族はその反面である悪魔かなにかじゃろ』


『つーわけで、俺はこうして姿を隠してるわけ』


『逆に、魔族を魔物の進化先と見て崇拝する派閥もあるそうじゃが、人数で言ったら前者の方が圧倒的に多いからのう』


『なるほど、そういうことでしたか……』


 魔族が自由に歩き回れないのはアスガルズ神聖国だけかと思っていたが……なるほど、ここにもそんな風習があったか。


『あれ、それだと僕も顔を隠した方がいいですかね?』


 最近になるまで気づかなかったが、俺はこの顔つきからたまに魔族に間違えられる。

 どうにも、浮世離れした顔=魔族という認識が民衆にはあるそうで……

 ラトーナはかっこいい顔って言ってくれたんだけどなぁ。


『貴方は大丈夫よ』


『どうして?』


『ヨトヘイム南西部の山岳地帯には龍族の集落があるそうでね、その銀髪を見れば貴方が龍族の血だってことぐらい、この国の人間ならわかるわよ』


『そうですか、それは良かっ……あ痛!』


 大通りを進んでいたら、すれ違った人にぶつかられ、尻餅をついた。


「申し訳ない、余所見をしていました。怪我はありませんか?」


 ぶつかってきた人物は、流暢なミーミル語で俺に手を差し伸べてきた。

 茶色いローブを見に纏い、顔をフードで隠している男だった。外見の特徴は何一つ拾えないが、声の低さ的に男だろう。


「すみません、先を急ぎますので……」


 ローブの男は俺を引っ張り上げると、またフラフラと歩きだして、どこかへ行ってしまった。


『なんだったんだ?』


『さぁ……』


『二人とも、もうすぐ到着とはいえ気を抜くな! ほれ行くぞ!』


 気づくと、馬車はだいぶ先の方に進んでいた。

 俺はバーバリアンと慌ててそれを追いかけた。


ーーー


 さて、あれから一時間ほど歩いて、馬車は目的地へと辿り着いた。

 現在、それなりにデカい屋敷の前で、馬車の荷下ろしが始まっている。


『おっきー建物ですね、なんですかここ?』


『グリムちゃん、冒険者家業を長続きさせるコツって、何だと思う?』


『えっ、急になんですか?』


 隣で荷下ろしを共に眺めていたボールは、人差し指を口元に当ててウインクした。


『依頼人には深入りしないことよっ』


『は、はぁ……』


『私達はあくまで雇われ、言われたことだけやってれば良いのよ』


 ボールはそう言って俺の頭をワサワサと撫でた。

 何だかよくわからんが、要するにまあどうでも良いってことか。


『この荷下ろしが終われば任務は終了でしたっけ?』


『そうね』


『その後はどうするんですか? そのまま帰る流れですかね?』


『う〜ん、どうしましょうねぇ……観光するのも悪くないのだけど……』


『だけど?』


『ここはバーバリアンにとって居ずらい国だからねぇ』


『あー……そうでしたね、じゃあ——』


『敵襲! 敵襲ぅぅぅぅ!!!』


 突然だった。

 何の前触れもなく、カールの叫び声と共に周囲が白煙で満たされた。


『口を塞ぎないグリムちゃん! 毒かもしれないわ!』


 何が何だかわからなかったが、俺はボールの指示に従うよりも先に、反射的に風魔術で周囲の煙を払い除けた。


『あら凄いわね……じゃなくて、カール! 何があったの!』


 一瞬で煙を無効化した俺に驚きつつも、ボールはすぐさま切り替えて、馬車の周辺を見張って居たカールに尋ねた。

 さすがリーダー、状況判断が早い。


『積荷をいくつか取られちまった!』


『貴方達が見張っていたんじゃないの!?』


『奴ら俺達を囲むように屋根の上に現れて……叫んだ頃には煙玉がもう……』


 カールは面目なさそうに、共に見張りに着いていたリリーやドルムルと揃って首を落とした。


『どっちに逃げたの?』


『煙が晴れる直前に少しだけケツが見えたが、北じゃな』


『なるほどね。アサシンギルド……いや、誰かの私兵かしら……』


 ボールはすぐさま行動を起こす……というわけでもなく、自慢のケツアゴを撫でながらブツブツと何やら一人ごとを言っている。


 さて、俺が取るべき行動は——


ーー氷槍アイスランサーーー


 足場から迫り出す氷の柱を利用して、近くの建物の屋根に飛び乗った。


『グリムちゃん! 何を——』


『北ですよね? 追います!』


『ダメよ! 待ちなさ——』


 ボールの制止も耳に留めず、俺は瓦を蹴って走り出した。


ーーー


 魔導具による補助がない俺にとって、屋根伝いに町を駆け巡るなんて芸当は本来厳しいわけなのだが、この国の建築様式では家屋の間隔が狭いので案外やれてしまう。


 屋根を飛び飛びに街を北上しながら、ナイフで切っておいた親指で腕に血文字を描く。


ーー自己強化×魔術強化ーー


 散々練習した刻印魔術。

 これにより俺は、身体能力を上級剣士並みに跳ね上げられるのだ。

 上級というと伝わりにくいが、一般的な騎士の中では、上級はそれなりにエリート扱いだ。

 まあそうは言っても、所詮はガキの体なので本物と比べられちゃ劣るんだろうな。

 

「思ったより減りが早いな……」


 身体から着実に魔力が減っていく感覚がある。

 実戦で使うのは初めてだったがこれ程とは……俺の魔力量なら保って精々三、四分だろうか。


「見つけた!」


 だが、それなりに魔力を使ってスピードを上げた甲斐あって、俺は襲撃者に追いつくことができた。


 敵と思しき奴らは五人。

 服装はバラバラなので下手したらわからなかったが、ご丁寧に盗んだ木箱を全員で抱えて路地裏を全力失踪しているのだ。

 きっとあの木箱の中には獅子神様の頭でも入っているのだろう。早くダイダラボッチに返さなくては。


『待てい!!!』


 ほんの少し、上から先回りして奴らの前に飛び降りた。

 この路地裏を抜けると大通り。そこまで行かれると魔術とかが使いにくくなってしまう。


『うわっ、何だお前!』

『ガキじゃねぇか! 無視しろ!』


 何だお前と聞かれたら、答えてあげるが世の情けだが……


ーー氷層アイスコートーー


 問答無用で地面を凍らせ、敵五人の足を奪った。

 こいつらには白い明日は待っていないのだ。


『氷だと!? テメェ何を——』


 慌てふためく一人の顔面に、氷塊を射出して気絶させる。

 誰だか知らんが、うちのパーティのキャリアに傷をつける奴は許さん。

 何てったって、この二週間近くの長旅がタダ働きに終わってしまうかもしれないんだからな。


『大人しく投降して下さい。暴れたり騒げば殺しますよ』


 いや、なんなら四人は殺して一人残すぐらいがちょうど良いのかもしれない。

 今までの経験からすると、誰かを捕縛した時の俺はいつも致命的な失敗をするからな。

 ……なに、どうせ俺はもう二桁近く殺してるんだ。今更チンピラの一人や二人殺したって変わらんだろうさ。

 

『くそガキめ……』


 結局、男達は俺の要求を呑んで、神妙にお縄に付いた。

 現在男達は俺お手製の手枷をつけて、鎖でぐるぐる巻きに縛り上げてある。


「さてさて、木箱の中身は何か……」


 男五人がかりで運ぶような荷物だ。

 俺一人じゃ運べるはずもないので、ひとまず蓋を開けて中を確認す——


「ガァァァァァァァァッッ!!!」


「おあぁぁぁ!?」


 蓋を開けた瞬間、中の暗闇から銀色の獅子が飛び出してきた。


「あっ! そっちは……!」

 

 飛び出た銀獅子が俺を飛び越えて大通りへと走っていく。


 しくじった。

 何の動きもないもんだから、まさか積荷に魔物が入っているなんて思わなかった。


「ッ!」


 慌てて銀獅子の後を追って走り出す。

 そっちはまずい。

 その方向は大通りだ。民衆に危害が及ぶ。


「クソッ! 速すぎんだろ!」


 こっちには刻印の身体能力ブーストがかかっているというのに……流石は四足獣、全力で追いかけても全く追いつくけない。


 とうとう魔物が大通りに出てしまった。

 

「あの人は……!」


 突然の路地裏から飛び出してきた魔物に、路上の人々が歓喜や恐怖の悲鳴を上げて逃げ惑う中、魔物は一番近くで逃げずに突っ立っていた茶色のローブを纏った男に標的を絞った。


 あのローブの男は見覚えがある。

 さっき俺にぶつかってきた奴だ。

 あいつ、明らかに魔物を視認しているのに逃げる気配がない。腰が抜けたのか?

 


「逃げろ!!!」


 獅子を追いつつ、ミーミル語でローブの男に叫ぶ。

 しかし男は微動だにせず、迫り来る獅子をじっと見ていた。


 そして獅子が男に踊りかかったその時だ。

 男の足元から出現した炎の槍が中空の獅子の腹を貫いた。


「ギギャァァァァァァッッッ!?」


 内臓を焼かれ、大気を裂くような断末魔を上げて男の前に崩れ落ちた獅子。

 

 そんな光景に、誰もが呆気に取られていた。


「今のは……」


 今のは火中級の『火槍フレイムランサー』だ。

 あれは『火矢フレイムアロー』と違って質量を帯びるものじゃないから、普通はあんな風に生き物の腹を貫くなんて出来ないはず……

 ということは、あのローブの男は魔術の熱のみで、槍のような殺傷力を再現したことになる。


 無駄がなく繊細、そして明らかに詠唱を介した発動速度ではなかった。

 何者だ……?


『こ、殺したぞ……銀獅子を……』

『余所者が殺した……』

『衛士を呼ばなきゃ!』


 おっとまずい。

 男が魔物の危機から民衆を救ったというのに、周囲には不穏な空気が漂い始めている。

 崇拝対象の魔物を殺されたとなれば、騒ぎになるというわけか。


 これはボーッとしてる場合じゃないな。


ーー濃霧ーー


 すぐさま周囲一体を霧で埋め尽くし、ローブの男の元へと走ってその手を引く。


「おや、君は……」


「話は後です! 逃げますよ!」


 周囲が混乱で満ちている隙をついて、俺は男を先程の路地裏に引っ張った。


ーーー


「はぁ……はぁ……ひとまず、ここまで逃げれば大丈夫ですかね……」


 しばらく路地裏を走って、民衆の騒ぎが耳に届かない距離まで来たところで足を止めた。


「ありがとうございます、心優しい少年よ」


「いえいえ、見たところこの国の人ではないようでしたので」


「いやはや、お恥ずかしいことに記憶もなにも無い状態でして……」


「そうでしたか……」


 記憶がないという自称する割に、先ほど見せた火魔術のキレは一級品だったがな。


「でしたら、僕達のところに来てはどうでしょうか」


 得体の知れない男だが、これだけの実力を持っているのだ。勧誘するに越したことはない。

 まあ、本当のところを言えば、積荷の魔物を死なせてしまった証言をして貰いたいだけだが……


「僕達のところ……とは?」


「僕が在籍している冒険者パーティです。みんな気の良い人達なので、あなたの力になれるかもしれません」


「……」


 男は首を傾けたまま、硬直してしまった。

 全身を布で隠しているせいで、もはや見た目は現代アートだ。


「あの……」


「お気持ちは嬉しいが、もう少し自分で何とかしてみようと思います」


 突然時が戻ったかのように男は動き出し、俺に頭を下げたのち、踵を返して歩き出してしまった。

 だいぶ考えていたようだが……説得は失敗か。


「あ、この国では公の場で魔物とかを攻撃しちゃダメですからね!」


「わかりました、ありがとうございます。この御恩は近いうちに返させていただきます」


 男は俺に背を向けたままそう言ってあと、足を止めてこちらに振り返った。


「良ければ、貴方の名をお聞きしたい」


「グリム。グリム•バルジーナです」


「グリムですか、いい名です。あなたに魔導の加護があらんことを」


 男はそう口にして、スタスタと再び大通りの方に向けて歩き出した。


 不思議な人だったな。

 まだ騒ぎは収まってないだろうに、戻って平気なのだろうか。

 まあ、止めても無駄だか。

 それに、あの人とはまた会えそうな予感がする。

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