第145話 出会い
さて、俺は現在西部劇にでも出てきそうな酒場の前に立っている。
だがもちろん、俺は酒に酔える体質ではないので、酒場ではない。
比較的新しいスイングドアを潜って、中へと入る。
部屋の奥には受付カウンターがあり、その後ろには書類がずらっと並んでいた。
おお、これぞまさしく冒険者ギルドって感じだ。
周囲の臭そうなおっさん達の視線を集めながら、受付カウンターへと歩く。
体がガキなせいで、周りのもの全てがデカく見える……わけじゃないな。
多分、扉とか机とか普通のより大きい。魔族とかに配慮したバリアフリー設計なのだろう。進んでるね。
「あの、ギルド登録をしたいんですけど……」
「はい、承ります」
窓口では長耳族のお姉さんが対応してくれた。
年齢はわからないが、若く見えるのでお姉さんと呼ぼう。
「ご年齢をお願いします」
「9歳です」
「成人未満ですと、仮所属となりますね」
基本的に、冒険者ギルドに所属する際の年齢制限はない。
行き場のない子供とか、貧乏家庭の子供が冒険者になることが多いからな。
そして大抵そういう奴らは、報酬の高い討伐依頼などを受けて直ぐに死ぬ。
ギルドは国が運営しているので、正式メンバーにはそれなりの補助が出る。
だが、そんなばんばか死ぬ奴らに補助を出すのも馬鹿らしいということで、成人未満は仮登録なんだそう。
「あ、書状を預かってるんですけど」
「拝見します」
ひとまず、ラーマ王から『年齢確認の際にこれを見せろ』と言われていた紙を受付嬢に渡す。
「……なるほど、失礼いたしました。正式加入の方向で手続きを進めさせていただきます」
どうやら、ラーマ王からの推薦状か何かだったらしい。
それからしばらくは、よくわからな署名や説明が続き、30分ほどで解放された。
これで俺は正式にFラン冒険者だ。
日本人の俺からしたらなんとも不本意な称号だが、どんなに優れた剣士でも魔術師でも、最初はFからのスタートだそう。
うん、これはFirstのFだ。決してborder freeのFではない。
「頑張ってください」
エルフのお姉さんの笑顔に見送られて次に俺が向かうのは、『依頼』が貼り付けられている掲示板だ。
「うーん……」
しかし困ったことに、どの依頼もなんて書いてあるのかさっぱりわからない。
俺はムスペル語を喋れるだけで、読み書きは出来ないんだ。
『すみません、これなんて書いてあるんですか?』
ので、隣に立っていたスキンヘッドのおっちゃんに聞いてみる。
『あ?』
思いっきり睨みつけられた。
何か失礼なことを言っただろうか、言語は間違えていないはずだが……
『お前見ねえ顔だな、新入りか?』
完全に新人いびりの展開だ。
どうしよう、いざとなればぶち殺せば良いが、あんまり浮くようなことはしたくない。
なんとか穏便に済ませたいな。
『は、はい、そうです。色々あって王都の方からやってきました』
『王都? へぇそうかい』
『はい、よろしくお願いします』
『んで、依頼板の話だっけか?』
あれ、特に何もなかったわ。
てっきり、余所者がどうとか言われるのかと思った。
『はい』
『内容は俺だってわかんねえよ』
『え……』
『いいか? 俺らみてーに読み書き出来ねえ奴ぁな、依頼書の上にある記号で内容を判断して、詳しいことは受付嬢に聞くんだよ』
『なるほど』
『たとえばこの目玉みてーなマーク、これは捜索依頼。そんであの剣のマーク、あれが討伐依頼だ』
『はいはい』
『まあそんなとこだ、あとはギルドの説明と同じ。じゃあな』
おっさんはそう言って、そそくさと行ってしまった。
親切なのか素っ気ないのかよくわからない人だったな。
ーーー
さて、Fラン冒険者の『グリム』こと俺は、早速依頼を受けてきた。
依頼主はこの領の西に住む老人で、ヨトヘイム王国
国境の山脈の麓に魔物の群れが住み着いてしまったので、討伐して欲しいとのこと。
捜索願いは地味だし、運搬等の手伝いは複数人じゃないと受けられない。護衛の任務なんて、Bランク以上じゃないと受けられないので、ランクを問わずフリーで受けられるこれを選んだわけだ。
そして無事、依頼は達成した。
『ありがとねぇ……こんなに若いのに、強いんだねぇ』
麓に住んでいた老人の家に報告に行くと、手を握って感謝された。
『巣も潰しておいたんで、当分は平気じゃないですよ』
今回山脈に住み着いていたのは、山魔猪と呼ばれる、高さ2メートルほどの巨大な猪だった。
動きとかも前世の猪の性能を二回りぐらい上げた感じで、特に苦もなく討伐できた。
まあCランクの魔物なので当然か。
これが黒狼みたいなA級の魔物だったら苦労したんだろうな。
多分、氷結魔術の練習をする余裕だってなかったはずだ。
いやそれとも、案外サクッと倒せるのかもしれない。
実際、王女を護衛してる時は弾丸で倒せたしな。
どうにも、昔のトラウマが抜けない。黒狼はめちゃくちゃ頑丈という意識がついて回るのだ。
『じゃあ証明手形を……っと、そうだ、あとこれも持っていきなさい』
老夫婦は手形を俺に渡すと一旦家の中に戻って、小さな風呂敷を差し出してきた。
『これは……』
解いてみると、中身はパンだった。
『お前さん、変わった顔をしてるが魔族の人かい?』
『いえ、違います。龍族とか長耳族の雑種です』
『おーそうかいそうかい。じゃあ、やはりまだ子供だろう。育ち盛りなんだから、帰りにでも食ってくれ』
二人はニコニコしながら、俺の頭を撫でた。
『よろしいんですか?』
『構わん構わん、むしろそんなモノしか出せなくて申し訳ないくらいだわい』
俺はパンを鞄にしまい、お礼として土魔術で皿を作ってプレゼントした。
即興で作ったのでデザインもクソもないが、銀の皿なので売るところに売ればそこそこの金になるだろう。
こうして、俺は老夫婦と別れて帰路に着いた。
ーーー
時刻はもう夜、俺は最寄りの馬車乗り場に向けて、森の中を歩いているところだ。
この森を超えた先で馬車に乗ってギルドに行くから、あっちに着くのは朝ぐらいになるのかなぁ。
虫が出てこないからビクビクしながら森をしばらく進んだところで、周囲の茂みから人が飛び出してきた。
「うわびっくり……ってあれ? あなたは今朝の……」
茂みから姿を現したのは、今朝俺に依頼板の説明をしてくれたスキンヘッドのおっさんと、その他大勢だった。
『こんなところで奇遇ですね、何をしてたんですか?』
『……』
男は答えない。それどころか、周囲のその他大勢はケラケラと笑っていた。
『何か面白いことでもあったんですか?』
そう尋ねると、スキンヘッドのおっさんは面倒くさそうに頬をポリポリとかいた。
『なあ坊主、悪いこたぁしねえからよ、その依頼手形置いてってくんねえか?』
『え』
俺を取り囲む三人ほどの男達が、カチカチと剣を鳴らした。
『なるほど、依頼の横取りですか』
いわゆる新人潰しというやつだろうか。
ご丁寧に待ち伏せまでしちゃってさ。
『そうだよ、仮所属のガキは殺しても有耶無耶に出来るからな』
『残念ですが、僕は仮所属ではありませんよ』
そう言って正式加入の証である手形を見せると、男達は露骨に顔を顰めた。
『マジかよ……だがどのみち、知られたからには黙ってて貰わないとな』
『僕が黙っているとでも?』
勿論、俺はチクリは嫌いだからやらないんだけどね。どうせ言ったって信じてくれないだろうけど。
『思ってねえさ。だがな、痛い目を見れば考えも変わるだろ』
一斉に剣を抜く男達。
一対四だ。
『ウヒャァァァァァァッッッ』
俺の背後に回っていた男が、雄叫びを上げながら剣を振りかぶってきた。
ーー氷結ーー
——ので、問答無用で氷漬けにした。
そしてその流れで他の奴らも攻撃しようとした時、俺とスキンヘッドの男の間に、数本の矢が突き立てられた。
『そこまでよッ!!!』
飛んできた矢に続いて、木陰から一人の男が声を張り上げながら現れた。
第一印象はそうだな……筋肉モリモリマッチョマンの変態だ。
『お前は……』
『ギルドからの指令を受けて、あなた達の行動を監視させてもらったわよ』
サーファーのような褐色肌を持つガチムチのオッサンは、右手に握っていた戦斧を男達に向けた。
なぜだ。なぜ彼は腹チラの服を着ているのだ。
『やはりルーキー狩りをしていたのね、問答無用で拘束させてもらうわ』
『A級だかなんだか知らねぇがよ、素直に俺たちが従うと思ったら大間違いだぜ?』
『やめておきなさい』
マッチョマンが目を細めながら左手を挙げると、周囲の茂みや木陰からゾロゾロと武装した戦士が現れた。
多い。ざっと見ただけで十人以上いる。
『素直に従わなければ危ないのは、あなた達よ』
マッチョマンのその一言を聞いて、スキンヘッド達の男達は降伏した。
ーーー
『いや〜凄いのね坊や! 氷の魔術なんて初めて見たわよ!』
男達の連行が淡々と進められていく中で、呆然と立ち尽くしていた俺に、マッチョマンが話しかけてきた。
『あ、あはは、それはどうも』
『全く、少し到着が遅れていたら危ないところだったわね』
マッチョマンはしゃがみ込んで俺の手を握りながら、ウインクしてきた。
『はは、それはどうでしょうね』
別に、こいつらが来なくても何も問題なかった。
あんなおっさんども氷漬けにしてそのままギルドに持って帰ってやろうと思ってたのに。
『いいえ、危なかったわ。あの男子達がね』
マッチョマンは俺の両手を強く握った。
『坊や、あの男子達を殺すつもりだったでしょう?』
見透かすような強い目線に、俺は思わず目を逸らした。
『人に魔術を撃つときは、大抵みんな躊躇うものよ。でも、坊やは違ったわ』
『……だからなんですか、僕を叱りでもするんですか?』
やや睨むような形でそう尋ねると、マッチョマンは驚いたような表情を見せた。
『あっはっはっは! ええそうね、お説教も必要かもしれないわね』
マッチョマンは快活に笑いながら、握っていた俺の手を離して、今度は片手を差し出してきた。
『気に入った! あなた、ウチのパーティーに来ないかしら?』
『え?』
その日、俺はA級の冒険者パーティーにスカウトされた。




