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第144話 楽しき旅路


 ムスペル王国は、400年程前の中央大戦の爪痕が今なお残る大地。

 英雄カーマや魔術王みたいな、地形を丸ごと変えてしまうような連中のせいで、この国の領土の半分以上が奇妙な地形をしており、異常気象地帯である。


 そのため、ラーマ王は他国よりも大きめの王都を築き上げ、そこに国民の五割近くを集結させている。


 ならば、残りの半数はどこかという話だな。

 三割ほどが、海の近くにある大規模な港町を抱えた領。

 そして二割は、迷宮発見数が多いヨトヘイム王国の付近に領を築き上げている。


 で、現在俺が向かっているのは後者の領。

 迷宮の発見が多く、冒険者が集まる街だ。


「お前さん、子供なのに凄いんだな。あんなデカい魔物を一撃かよ……」


「ははは、運が良かったんじゃないですかね」


 ついさっき、馬車がデカい蛇みたいな魔物に襲われたので、即刻焼き殺したわけだが、そしたら乗り合わせていた他の旅人や商人がやけに話しかけてくるようになった。


「うちの護衛になってみないか? いくら欲しい? 会長に掛け合ってみるよ」


「すみません、先約があるので」


 愛想笑いをしながら、適当に流す。

 さっきから皆んな勧誘の話ばっかで鬱陶しい。

 でもまあ、あと一週間くらいはこの馬車で一緒に旅をするわけだから、上手く立ち回らねば。

 

「ところであんた、こっちの地方の人間じゃないな。発音から考えたらヴェイリル王国の出身か?」


 あら凄い、適当な相槌ばかり打っていていたら、早出身地を特定されました。

 明日には俺の家に黒服の怖い人達が取り立てにでも来るのだろうか。

 まあもっとも、そんなことすれば我が家のおとっつぁんの剣の錆になるわけだが。


「発音で出身がわかるんですか?」


「おうよ、ミーミル語は商人や旅人の共通言語だからなぁ、訛りや言い回しで大抵はわかるもんさぁ」


 言われてみれば、馬車の運転手も含めて、現在交わされているのはミーミル語だ。

 ここはムスペル王国のはずだっていうのに。

 

「なるほど、共通言語ですか。有難いものです、ムスペル王国の言語にはまだ慣れてないもので……」


「なら、俺が教えてやってもいいぜ? 冒険者街に行くなら、喋れねぇとな!」


「え、いいんですか!?」


「おーっとっと! 何も無料とは言ってねぇ! 俺は腐っても商人だ。あんちゃんには代価を払ってもらわねぇと!」


 ニヤニヤしながら俺を見つめる商人。

 さて、取引と来たか。

 

「魔術を教えると言うのはどうですか?」


 商人はキョトンとしたあと、他の奴らと一緒に笑いだした。


「おいおい! 魔術なんか、ちょっと金出せば教本で知れるんだぞ? そんなものは代価にならねぇなぁ〜!」


「詠唱の魔術じゃありませんよ?」


「あ?」


 商人が眉を八の字にしたので、目の前で実演することにした。


 ドリュアスに習ったことと、ラーマ王に習ったことを組み合わせるんだ。

 

 指を突き出して、大気中の魔素を指先に収束させる。磁石に砂鉄が吸い付くようなイメージだ。

 魔術が使えない病気(?)にかかったとき、長耳族の人達に教わった大気の魔素使役の技術。


「お、おお?」


 そして指先に魔素を収束させたまま、『K』に似た文字を空中に描くき、続けて一言口にする。


火炎ケン


 するとあら不思議、空中に固定された青白く輝く文字からは、炎が吹き出した。


「「「おー!!!」」」


 馬車の荷台が商人達の拍手で埋め尽くされた。


「刻印魔術というものです。これは長ったらしい詠唱無しで、色々と便利な効果を使えます」


「それを俺に教えてくれるってんのか!?」


 俺の前に座っていた商人は、先程とは打って変わって興味津々と言った所だ。


「いいですよ。ただし!」


 鼻息を荒くして顔を近づけてくる商人の前に、掌を突き出した。


「ただし、なんだよ?」


「刻印魔術は詠唱と違って、実用性が高い分習得が難しいです。誰でも出来るわけじゃないんです」


「おう」


「火炎や水くらいなら誰でも使えますから、それでも良いならですね」


「勿論いいぜ」


 即答か。さすが、頭の切れる奴は話が早い。

 これを習わない理由なんてないもんな。


「では、契約成立ですね」


 俺は商人の男と握手をし、この一週間限定の師弟関係となった。


ーーー


 あれから二日経ち、今度は夜間の移動中にライオンのキメラみたいな魔物の群れが馬車を襲ってきた。

 

 早速俺は馬車から降りて護衛の冒険者に加わり、その魔物共を漏れなく灰燼にしてやろうと意気込んだ矢先、乗り合わせた旅人の一人から待ったがかかった。


「消し炭にしなきゃいいんですね?」


「ああ、二頭だけ普通に殺してくれ」


「残りは燃やしていいと?」


「ああ」


 ということで、キメラの群れから適当に二頭が護衛の冒険者によって仕留められ、倒れたその二頭を俺が土のドームで素早く覆い、残りの魔物を全て焼き殺した。

 味方には退避してもらったし、砂漠地帯なので遠慮は一切無しだ。

 万象一切灰燼と為してもらったぜ。


「流石だな〜 本当にウチに欲しいよ」


「光栄です」


「おー! 上出来だ、ありがとう!」


 ドンと積まれた二頭の魔物を前に、旅人は満面の笑みでナイフを取り出して、その場でキメラを捌き始めた。


「何をしてるんですか?」


「この魔物はマンティコアつってな、肉の味がおもしれぇんだよ。だからみんなにも食ってもらいたくてよ」


「へぇ〜」


「俺の故郷のミガルズ王国の北部にもここみたいな砂漠があってな、昔はよく食べてたもんだなぁ」


 郷土料理ってやつか。なるほど、それは期待してしまうな。

 俺の出身のヴェイリル王国は香辛料と麻薬が特産品だからなぁ……薬膳鍋とかになるのかなぁ。

 食ったら飛びそうだ。色んな意味で。


「よしよし、あとは……」


 魔物の解体を終えた旅人が、馬車に料理道具を取りに戻ろうとしていたので、鍋を土魔術でその場で作り、火も起こしてやった。


「どうぞ」


「お……すげぇな……」


「料理なら手伝いますよ。指示をください」


「あ、ああわかった。じゃあひとまずこれを切り分けて——」


 そんなこんなで、旅人のお料理教室が始まり、30分ほどで魔物のフルコースは完成した。


「この陶器……中々の出来だな……」


 お皿も俺が即席で出したものだ。

 やってるうちに興が乗って、段々と模様とか入れたりもした。

 一番気に入ったのは銀の皿だな。シンプルだが見栄えがいい。

 実にエレガント。どこぞのお爺さんから星のバッジを貰えるかもしれん。


「差し上げますよ」


「え、いいのか!?」


「いくらでも出せるんで」


「おー! そりゃすまねぇな!」


 まあ皿の話なんてさておき、肝心なのは料理のお味だ。


「うっ……」


 うん、不味い。

 肝を煮出したスープの方はまだなんとか食えるが、肉の丸焼きはマジで無理だ。

 脂は無く、硬くて筋が多いため、やけに口に残る。しかもアンモニア臭が特に酷くて、とても食えたもんじゃない。

 お世辞でも、『不味い……もう一杯!』とはならん。


「どうだ、面白え味だろ? これを故郷の酒と合わせたら絶品なんだわ〜」


 子供のように無邪気な目で、肉を齧る俺の顔を覗き込む旅人。

 この曇りなき眼を見てやってくれ。不味いなんて口が裂けても言えない。


「確かにうめぇなぁ〜」


「こりゃアスガルズの酒も合いそうだな!」


 なんで他の連中は普通に食えてるんだろうか。

 それとも、俺がおかしいの?


 その後、商人達が酒を持ち寄り出して、その場で宴会が始まった。

 しかも酒に酔えない俺を除いた全員が泥酔して、俺が一夜中見張をすることになった。


 まあ翌日にお詫びとして砂糖菓子を貰ったので、快く許したがな。

 酒も女も、師匠のパンツもない俺にとっての唯一の救いは甘露なのだ。


ーーー


 移動の旅の一週間はあっという間に過ぎた。

 あと一時間もせずに、この馬車は冒険者街に到着するらしい。


「ムスペル語も様になってきたなぁ、あんちゃん」


「おかげさまで」


 言語の方は上々で、日常生活に必要な会話はほとんどマスターできた。

 

 まあそっちはいいとして、驚くべきは俺に言語を教えてくれた商人の方だ。


「まさか刻印をほとんど覚えてしまうとは……おじさん魔術師になったほうがいいんじゃないですか?」


「バカ言え、俺は戦いなんてごめんだぁ! お前さんこそ、学者にでもなった方が良いんじゃねぇか? あっという間に言語を覚えちまってよ!」


「ははは、それもいいかもしれませんね」


 教え合いの日々は中々面白かった。

 旅人の話、商人の話、どれも聞いていて心躍るものばかりだ。

 近未来魔法都市と呼ばれるミガルズ王都の話なんか凄かった。どうやらあそこにはエレベータみたいな乗り物があるらしい。いつか行ってみたいなぁ。


 そして、そんな楽しい空間もあと数時間でおしまいだ。

 寂しいものだな。


ーーー


「それではみなさん、ありがとうございました」


 『冒険者通り』とデカデカと書かれた看板の下に降り立って、俺は馬車に向き直りながら頭を下げた。


「おう、頑張れよ坊主!」


「達者でなあんちゃん!」


「護衛の仕事、いつでも待ってるからなぁ!」


 過ぎ去っていく馬車の荷台から、みんなが手を振ってくれた。

 中々気のいい連中だった。

 彼らが無事、目的地に辿り着くことを祈っておこう。


「さて、と……」


 再び看板の方に向き直る。

 視界一面を埋め尽くす大通りと、その脇に立ち並ぶ露店の数々。

 奥の方に見えるデカい建物、あれが冒険者ギルドだろうか。


 王様の話じゃ、あそこに行けば良いんだったな。


「よし、行くか」


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