第143話 刻印魔術
空白の二年のお話です。
時系列としては、古式魔法都市篇と入学篇の間です。
「刻印魔術……ですか?」
一週間後にはいよいよ王都を離れるという時に、ラーマ王に謁見の間に呼び出された。
「そうだ。お前も冒険者を目指すのだったら、それぐらい覚えていけ」
「わかり……ました……」
「なんだ、まさか知らんのか?」
いいや、知っているとも。
刻印魔術。セコウが言うには、古式魔法に該当する魔術形態の一つで、詠唱魔術が生まれるまでは法陣魔術とそれが主流だったらしい。
発動方法は簡単。自分の血液で特定の文字を刻み、それに対応した言葉を一言発するだけのものだ。
「でもそれ、魔力効率悪いんですよね? しかも俺には、リディや陛下ほどの魔力量がありませ——」
そう言いかけた所で、俺の背後から脳を掻き回す様な金属音が鳴り響いた。
「!?」
耳を塞ぎながら何事かと振り向くと、俺の背後の空間には、青白く光る『S』に似た文字が浮かんでいた。
「ふはははッ! リディアンの小僧と違って良い反応だ!」
「なんですか……この文字……」
未だ心臓の動悸が収まらない中で、空中に浮かぶ文字を指で恐る恐る突いた。
感触はなかった。色的には魔力が元になったモノなんだろうから、上級魔術の魔法陣と一緒で、ホログラムに似たナニカという認識でいいのだろうか。
「獣払いの刻印だ。本来は魔獣を驚かせる程度のものだが、魔力の込め方次第では今の様な使い方もある」
「……なるほど、他にはどんなものがあるんですか?」
「探知、治癒、解呪、強化や結界だ」
汎用性の高いものばかりだ。
これをちょっと一文字書いて、一言口にするだけで使えるならば、たしかに魔力効率の悪さは妥当だな。
「どうだ、習っていくか?」
「お願いします」
俺は二つ返事で魔術王の弟子となった。
ーーー
刻印魔術はラーマ王自ら教えてくれるらしく、翌日俺は地下の訓練場に呼び出された。
魔力消費が激しいから出来るだけ万全の状態で俺にやらせたいそうなので、今日はルーデルとの殺し合いはお休みだ。
「では始めるぞ」
「……」
「どうした?」
「いや、なんで俺に態々こんなことをしてくれるのかな……って」
「それは、お前の身体に興味があるからだ」
「いっ……!? 申し訳ありません身に余るご厚意ですが、俺には思い人がいまして陛下の御気持ちにはその——」
「戯け、俺に男色の気は無いわ」
「あれ?」
「俺はヴィヴィアンと似た容姿のお前に興味があると言ったのだ」
「! ……ヴィヴィアン……ですか?」
「その顔を見るに、知っているのか。大方ドリュアスにでも聞いたのだろうがな」
「え、えぇ……そうですね。陛下こそご存じだったんですね」
「中央大戦を共に戦った者達は、殆どが奴を知っていたからな」
「あ、ルーデルさんから聞きました。巨人王とかを倒したっていうやつですよね?」
「そうだ。カーマも、オベロンも、クロユリも、皆口を揃えて奴こそが魔術の王だと言う。全く、不愉快極まりないものよ」
「オベロン……?」
「妖精戦士の王の名だ。奴は特にヴィヴィアンを嫌っていたな」
「初めて聞きました」
「ほう、クロユリの方は知っていたのか」
「壌土王の手記にその名がありました」
「……ふんっ、そうか」
ラーマ王は少し寂しそうに鼻で笑った。
壌土王も、冥助王も、叙事詩では七英雄と呼ばれている。
身近だった人間の結末が破滅となれば、王様にも思うところがあるのだろう。
「七英雄なぞ民草が勝手につけた名だが、今やその生き残りも三人とはな」
「三人? 陛下だけではないのですか?」
「オベロンはどうか知らんが、何事もなければ生きていよう。
カーマも長耳族と魔族の混血だ。老衰ならまだ遠いぞ」
「そうなんですか……ヴィヴィアンやドリュアスさんの他にもそんなにご長寿が……」
「何を驚くか、魔大陸に行けば1000年近く生きている奴らなぞそこら中におるわ」
魔族は寿命が長いっていう、漫画とかでありがちな展開は、こちらにも適応されているらしい。
クロハの寿命も長かったりするのかな。
「——とまあ、お前に期待する理由はその程度のものだ」
「ご期待に添えるかはわかりませんが、全力を尽くします」
「ハッ、可愛げのない小僧よな」
ラーマ王は高笑いしながら、俺の頭を乱暴に撫でた。
絡みにくい王様かと思っていたが、案外気のいい人らしい。
肩叩きしたらお小遣いをくれそうだ。
重力魔術という名のお小遣いを。
「では始めるぞ。まずは基本の炎からだ」
「はい!」
ーーー
稽古は二時間ほど経った所で、俺の魔力が枯渇して終わった。
期待外れだとか、この程度か! とか言われるかと思っていたのだが、逆に褒められた。
発動だけとはいえ、百回近く魔術を使用できる人間は大人でもそういないそうだ。
「カーマには及ばんだろうが、お前もいずれは莫大な魔力の持ち主になるやもしれん」
と言っていた。
歴史に名を残す英雄と同じレベルの魔力量か。
莫大な魔力……うん、かっこいい。
どこぞの『人』が嫌いな魔神しかり、カタブツのアホ毛騎士王しかり、純愛の少年しかり、無尽蔵のMPというステータスはカッコいいものだ。
「早熟なだけで、このまま頭打ちやもしれんがな」
と、内心はしゃいでいたら釘を刺された。
「ひとまずは五つか。まあ上々だな」
今回の稽古で、俺は『火炎』『氷結』『水』『結界』『音波』の刻印を身につけた。
全部俺にとって必要のないものだが、これらが一番簡単なので、基礎練習といったところか。
「覚えれば簡単ですけど……習得が難しいですね……」
「それは弱音か?」
「いえ、ただの感想です。上級魔術に比べれば、易いものです」
「わかっていないようだが、刻印の完成系にはお前の言う上級魔術の技術がいるぞ?」
「いっ……頑張り、ます……」
結局、楽な道は無いらしい。
ーーー
一週間はあっという間に過ぎた。
刻印魔術はそれなりに習得できたし、空き時間に教わった対人古武術の出来もそこそこといったところだ。
「気をつけるんだよディンンンンンンン! 僕は心配でしょうがないよぉ〜」
現在俺は王都の出口で、見送りのルーデルに抱き締められている。
「くっ……くるしい……」
押し当てられた双丘に喜ぶ余裕もなく、その怪力で俺の意識は薄れかける。
「あ、ごめん、つい力んじゃって」
「わかってます、いつものことなので……」
力加減は出来ないが、愛は感じるので許そう。
「何かあったらすぐ帰ってくるといい」
「ありがとうございますセコウさん。ところで、ロジーとトリトンはどこですか?」
「あいつらは賭博場だ」
「やっぱり仲良いんですかね?」
「どうだか、どうせ負けた責任を押し付けあって喧嘩するのは見えている」
「たしかに」
見送りはセコウとルーデルの二人だけと少し淋しいが……なに、誰も来てくれないよりよっぽどいい。
「それじゃあ、そろそろいきます」
俺は地面に置いていた荷物を背負い、二人に頭を下げた。
「「ああ、行ってこい」」
二人の笑顔を背に、俺は冒険者の街へ向かう馬車に乗った。




