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第141話 とあるグリムの一方通行


 外道妖精と夜のトークショーを繰り広げていたせいで、目覚めは最悪だった。

 夜更かしトークなら。月曜にデラックスな女装の旦那とやってくれってんだ。


 しかし、寝た気がしないとか甘い事を言ってる暇はない。


「皆さん、集まってもらってありがとうございます」


「いえ、貴方には恩がありますゆえ」


「親友の頼みだからな!」


「けっ、契約ですので……」


「……」


 時刻は昼前。

 俺はギーガ、リオン、アセリア、アインを部屋に呼び込んで、ラトーナ達との闘いにに向けた作戦会議を始めるところだ。


 ジャランダラがラトーナに付いたのは予想外だったが、今回集まってくれたメンバーは概ね理想形と言える。


「まあ、とりあえず座ってください」


 土魔術で椅子と円卓を作り、そう四人に促す。


「では、これより作戦会議を——」


「あ、その前にいいですか……」


 開会の音頭を取ろうとしたたころで、アセリアがおどおどと挙手をした。


「はい、なんでしょうか」


 控えめなアセリアが司会を遮ってまでしたがる発言。

 少し身構えてしまう。


「わっ、私はその……皆さんと違って戦闘に関しては素人でして……」


「そこに関しては問題ないです。考えがあるので」


「考え……ですか」


「はい、順を追って話していきます。まずはギーガさんとアイン、前衛二人に関してです」


ーーー


 ひとまず作戦会議は無事に終わった。


 アセリアには早速作戦で使う人形の調整。

 リオンはアセリアとのコンビネーションを鍛えるために、しばらく彼女の手伝いをしてもらうことに。

 アインとギーガも連携のために一週間ほど組み手を続けるらしい。


 さて、肝心な俺はというと、皆んなが退出したことで広くなった自室の椅子に座り、ぼんやりと空を眺めていた。


 勿論、ただぼーっとしてるわけじゃない。


「ディン、きたよ」


 ノックが聴こえたので扉を開けると、そこには誰もいない。

 

 2秒ほど待って扉を閉めると、部屋の中心の空間が歪み出して、そこに黒髪の少女が現れた。


「情報は手に入った?」


「うん」


 クロハにはラトーナ陣営に誰が付くかを予め調査してもらっていた。

 透明化、変装、偽装、刻印魔術による探知能力、潜伏スキルなど、偵察においては彼女ほど優秀な人材はいない。

 そう、彼女は忍者なのだ。


「……」


 そしてその忍者は今、無言で俺のことを睨んでいる。


「な、なんでしょうか……クロハさん」


 そう尋ねると、彼女はプクッと頰を膨らませた。


「なんで私をチームに入れないの」


「うっ……それはねぇ……」


 彼女を今回のパーティに入れなかった理由は様々だが、俺の中で最も割合を占めているのは『クロハを危険に晒したくない』という感情だ。


 だがクロハとて戦士だ。

 そんなことを口に出すのは、彼女を信用していないと言っているようなものである。

 

「こういう情報収集はクロハが一番得意だからさ」


「ずるい言い方。私じゃ勝てないと思ってるんだ」


「……違うよ」


「そうなんだ。じゃあディンを信じる」


「……」


 そっちこそずるい言い方じゃないか。


「——っとそれよりも、敵のメンバーが知りたいんだけど」


 気まずい空気になったので、慌てて話題を変える。


「相手はラトーナ、ジャランダラ、ランドルフ、サラ、ハイラルだって」


「ランドルフ!?」


 マジか、ラトーナはあのクソエルフを引き入れたのか。

 いや、想定していなかったわけではない。この決勝は王子も注目しているから、あいつが参加するのは何もおかしくない。

 奴が俺に仕返ししたいと思っているなら尚更だ。


「ところで、サラとハイラルって誰……?」


「五人決勝の時にいた人だって」


「あー、あいつらか……」


 なるほど、つまり相手は前々大会優勝者一名、今大会決勝進出者三名、推薦入学の特級魔術師一名の構成か。


 で、対する俺達は前大会優勝者一名、決勝進出者二名、推薦入学の魔術師二名。


「うーん……」


 ぶっちゃけると、戦力差がありすぎる。


 ジャランダラが変な武芸者のプライドを捨てて参戦するのだとしたら、おそらくアインとギーガだけじゃ止められない。

 その場合は作戦全てが瓦解して全滅だ。

 

 幸いなのは、範囲攻撃を使えるのが魔剣士の女しか居ないことかな。

 これならアセリアの人形軍隊が上手く生きる。


 あとはランドルフだな。

 あいつは近接キラーだから、リオンの狙撃で対応するか。


「ラトーナに勝てるの?」


「どうだろうね、彼女めっちゃ強くなってからな〜」


 肝心なのは主将であるラトーナ。

 試合運びがどうなろうと、結局は俺が彼女に勝てるかどうかなのだ。


 リディの見立てでは、彼女はまだ手札をいくつも隠してる可能性があるっぽいし、その切り札抜きでさえあの強さなのだ。


「そうじゃなくて、ディンはあの人を撃てるの?」


「……できるよ」


 当然、俺にだって彼女を倒す術はいくつかある。

 だがそのどれもが、手加減無しに使える代物ではないのだ。

 くそ、相手がランドルフなら躊躇なくぶっ殺してやるのに……


「ふーん、頑張ってね」


 クロハはそう吐き捨てながら、再び透明化して部屋から出て行ってしまった。


 最近、彼女との距離が開くばかりな気がする。 

 思春期なのかな。

 そうじゃないなら単に俺が嫌われてるだけなので、思春期であることを祈ろう。


ーーー


 さて、時刻は夕方ちょっと前。

 手持ち無沙汰となった俺は、魔導科のとある研究室の前に立っている。


 標札にはラトーナの文字。

 アセリアパイセンほどではないが、中々広そうだ。


 しばらくは試合の準備で忙しくなるだろうから、その前にこうして訪れたのだ。

 せめて、レイシアとベタベタしていた件については誤解を解かねばならない。


 しかし、頭ではわかっているがどうにも踏み出せない。

 戸を叩こうとすれば動悸が激しくなって、それを紛らわすためにドアの前を彷徨くのだ。


「何か御用かしら」


「ぴゃあっ!?」


 そんなことを彼これ30分ほど続けていたら、突然部屋の戸が開いてラトーナが現れた。

 驚いて思わず女子みたいな叫び声を上げてしまった。


「ずっと部屋の前で彷徨かれると、気が散るのだけど」


 ラトーナは髪の毛をくるくるといじりながら、目を細めた。

 どうしてドア越しに存在がバレたのだろうか、結界か何かを張ってるのか……?


「す、すみません……」


「謝罪なんていらないわ、次から気をつけなさい」


「はい……」


 ラトーナは一向に俺と目を合わせる気配がない。

 めちゃくちゃ素っ気ない。

 あれはそう、ラトーナの前で巨乳と歳上好きを公言した時の態度に近い。

 当時は二日ほど目を合わせてもらえなかった記憶がある。


「それで、なんの御用かしら」


「あの……少し話をしたくて……」


 彼女の前だと、いつも女を口説く時に使う技の数々が出せない。

 それどころか上手く舌が回らない。


「私は話す事なんてないのだけど」


「お、俺はあるんだ……」


 素っ気ない態度に心を痛めつつも、なんとかその言葉を搾り出す。


「はぁ……わかったわ、じゃあ中に入りなさい。立ち話も難でしょう」


「あ、ありがとう……」


 ため息混じりに、彼女は俺を部屋へと招き入れた。


 ラトーナの研究室はアセリアのものとは打って変わって、こざっぱりしていた。

 だだっ広い部屋の端にはビッシリと敷き詰められた魔導書。

 長机の上には紙に書かれた魔法陣がいくつも散乱していた。


「あまりジロジロ見ないでくれるかしら」


「すみません」


 ラトーナに連れられて、俺は部屋の中央のソファーに腰を掛けた。


「安い紅茶しかないけど、平気かしら」


「ああいえ、平気です。ありがとうございます」


 どこか他人行儀な会話はすぐに途切れ、部屋には紅茶が注がれる音だけが響いていた。


「どうぞ」


「あ、どうも」


 彼女に渡された紅茶を手に取って、少しだけ啜る。


「アスガルズの紅茶ですか」

 

「あら、知っているのね」


「渋みが強いですからね」


「この渋みが良いのよ」


「そうですね」


 そして再び会話は途切れ、俺は気まずさを紛らわすように紅茶を一息で飲み干した。


「この前はその……いきなり抱きついてすみませんでした」


「別に、気にしてないわ。周りの人達に関係を問い詰められて講義に遅れたり、変な噂を耳にしたからと獣人に迫られたりとかしたけど、全然気にしてないわ」


「うっ……」


 しばらく会わないうちに、随分と嫌味な口調になったな。

 前だったらどストレートに苦言を呈していただろうに。


 って違う違う、そんなことはどうでも良い。

 とにかく俺は誤解を解かねばならないんだ。


「あの——」


「この前、私のかけた呪詛を解除したわよね。あれどうやったの?」


「え、あれは……」


 いや待て、ラトーナに手札を晒して良いのか?

 下手に誤魔化せば他の切り札の情報まで引き摺り出されるかもしれない。

 そうなると流石に勝てるかどうか分からなくなってくる。


「……」


 沈黙、それが正しい答えだ。

 悪いなレオリオ、こうするしかないんだ。


「あら、聴こえなかったかしらグリムさん……いや、ここではディンと言うべきかしらね」


 なんてこった。

 今度は脅しか。


「……あれは古式魔法の刻印魔術です。燃費は悪いけど呪詛なんて簡単に祓えます」


「そう、他にも何か凄い技があるの?」


「ッ……」


「冗談よ。その代わり、今までの恩義はチャラよ」


「はい?」


「貴方には色々助けられたわ。だから、今ここで貴方を脅すようなマネはもうしないと言っているの」


「あ、はい……」


「そう、だから私と貴方はもうこれっきり。謝罪の用事も終わったことですし、お引き取り願えるかしら」


 彼女はそう言って、席を立って机に向かってしまった。


「……」


 俺は『これっきり』という言葉に酷くショックを受けて、頭が真っ白になった。

 

 出ていけと言われたので、とりあえず動揺を隠しながら立ち上がり、部屋の扉に手をかけた。


「失礼しました」


 気の利いた言葉の一つも言えずに、俺は廊下に出た。


 拒絶された。

 そしてフラれた。


 その事実だけが俺の頭を支配した。


 帰りがけ、ランドルフと再会して宣戦布告らしきものをされたが、全然頭には残らなかった。

 終始笑顔で対応したつもりだが、すごく気持ち悪がられた気がする。


ーーー


 一日が過ぎた。

 時刻は日の出過ぎ。

 アインはギーガとの修行があるので起こしには来ない。

 

 俺は赤く爛れて重くなった瞼を無理やり開き、身支度を始める。


「おはようにゃ」


 一時間ほどの身支度を終えて、訓練場に向かうと、レイシアがストレッチをしながら待っていた。


「お待たせ……」


「別に待ってないにゃ」


 大して多くの言葉を交わさずに、朝の組み手が始まる。

 『朝』なんて付いているが、夜の組み手は存在しない。

 いや、きっとそんなものは俺の人生のイベントリストに存在しない。

 赤ちゃんはコウノトリが運んでくるのだ。

 だからサンタもいるし、ラ○ュタもある。父さんは嘘つきじゃなかったのだ。


「そういえば、お見合いどうなったの?」


 組み手の合間の休憩で、そんな話を思い出して彼女に尋ねた。


「あー、ギーガとはお付き合いすることになったにゃ」


「へぇ〜」


 そうか、予想を外れてレイシアはギーガを気に入ったのか。

 じゃあもう、彼氏に心配かけないために組み手もこれっきりだな。


 あ、これっきりといえば……


「最初はセコウみたいなカタブツ野郎かと思っていたけど、話してみると案外面白くてにゃ? それで次第に……ギニャ!?」


 地面に座って大人しく話を聞いていたら、レイシアがおかしな声を上げて俺の顔を覗き込んできた。


「なんで泣いてるのかにゃ……!?」


 レイシアに言われて、俺は目元に触ってみた。

 確かに濡れている。

 俺はいつの間にか、ボロボロと涙を溢して泣いていた。


「さあ、わかんない……」


 最近は人殺しくらいじゃ大して気落ちしなくなったってのに、ラトーナにフラれただけでこれか。

 いや無理もないさ、だって俺フラれるの初めてだもん。

 こんなにキツいのか。


「うっ、嘘だから! ギーガと付き合ったのなんて嘘だから! ちょっと揶揄いたかっただけにゃ!」


 何を勘違いしたのか、レイシアは慌てふためいてベラベラと喋り出した。


 俺が事情を説明すると、彼女はさらに上機嫌になった。

 嫌な猫だ。今度うっかり尻尾を踏んづけてやろう。


ーーー


 日中の講義を終えて自室へ戻ると、部屋の前にアインが立っていた。


 よく見ると傷と泥だらけだ。


「俺に何か御用ですか?」


 少し離れたところから呼びかけると、彼女はビクリと肩を震わせて、こちらに目線を向けてきた。

 声の主が俺だとわかると、彼女はこちらに歩いてきた。


「君に頼みがあるんだ」


 アインから俺に頼み事なんて珍しいな。


「俺にできる範囲なら」


「ボクと、本気で手合わせして欲しい」


 今日はそんな気分じゃないんだが……

 まあ、彼女には色々と後ろめたいことがあるし、これくらい付き合ってやるか。


「わかりました。じゃあ事務に言って訓練場を借り——」


 喋りながら背を向けて、事務室へと歩き出すと、彼女に引き留められた。


「あれ、どうかしましたか?」

 

「そうじゃないんだ。ボクは、君に全てをぶつけて欲しいんだ」


 アインは難しそうに眉を八の字にしてそう言った。

 彼女は口が上手くないから、これでも頑張って絞り出した言葉なのだろう。


「全てですか?」


「そうだ。氷の魔術だけじゃない。火も、風も、土も、剣も、全てをぶつけて欲しいんだ」


 アインは自分で確認するように、頷きながらそう言った。


「でも俺、氷以外は制限してて……」


「わかってる。でも頼む、これはボクにとって大事なことなんだ」


「えぇ……そう言われても……」


「後生だ! なんでも言うことを聞くから!」


 いつもならそんな事言われたら、エロいことの一つでもさせようと画策するが、今日はそんな気も湧かない。

 というか、そもそも要求を飲めない。

 理由はわからないが、リディには学園内では氷しか使うなと言いつけられているからだ。


 あ、でも学園外なら良いのか。


「……わかりましたよ」


「本当か!? ありがとう!!!」


「いつが良いんですか」


「えっと……出来るなら明日がいいかな」


 こいつ急だなぁ……


「じゃあ明日の放課後で」


 とりあえず、クロハとかに話して協力してもらうか。

 はぁ……また嫌な顔をされるんだろうなぁ。


「じゃあ俺は明日の準備があるので」


 明日のことを考えると気怠くなってきたので、俺は早々に部屋の扉へと手を掛けた。


「ディ……グリム」


 部屋に入ろうとした直後、彼女に呼び止められた。


 振り返ると、彼女は何かを言いかけて口をつぐんでいた。


「まだ何か?」


「い、いや……なんでもない。ごめん、ありがとう」


 アインはもう一度俺に頭を下げると、踵を返して足早に去っていった。


 何が言いたかったのだろうか、

 まあ、明日にでも聞けばいいか。

 もう疲れたし、今日はとっとと寝よう。


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