第139話 決勝の行方
ギーガとジャランダラ達との飲み会を終えて一日、俺は早速お見合い大作戦を開始した。
といっても、ただレイシアにお見合いの話をもちかけるだけなのだがな。
ともあれまずは行動。
朝起きて、いつもの組み手をするタイミングでそれとなく話を振ってみると、即答で拒否された。
まさかの門前払いだとは思わず、俺は必死にギーガの良いところを述べた。
「真面目で良い人だから! な? 一回だけ、先っちょだけでいいからさ!!」
「なんだそのやらしい言い方! あとしつこいにゃ!!!」
しかし一向に食い下がらないレイシア。
次第に言い合いはヒートアップしていき、組み手は殴り合いの喧嘩へと移行した。
もちろん、最初に悪意を込めて殴ったのはレイシアだ。俺は悪くない。
殴られたら殴り返す、これ冒険者界では常識だ。
「大体、あーしがグリムのことを好きなのわかってるくせに!」
レイシアの回し蹴り。
それを躱して、彼女の軸足を払う。
「なのに碌に返事もせずに、他の男を紹介するなんて流石に失礼にゃ!!!」
足払いを食らって、頭から倒れそうになったレイシアだが、そのまま側転して着地し、再び殴りかかってきた。
たしかに、レイシアの言うことはもっともだ。
彼女は口でこそ俺に対する好意を伝えないものの、露骨なスキンシップを度々計ってきていた。
それを俺は、悪い気はしないからと、突き放すでもなく、受け入れるでもなく、有耶無耶にしてきてしまった。
俺は、彼女の気持ちを軽んじていたのかもしれない。だが……
「知らねぇよ! 俺は読心なんかできねぇんだから口でちゃんと言え!」
飛びかかってきた彼女と取っ組み合いになりかけたところで、彼女を投げ飛ばし、互いに距離をとる。
……正直、彼女を受け入れるのはアリだ。
俺としても、こんな美少女が尽くしてくれると言うのは都合が良い。
「あーしはグリムが好きにゃ!!!」
恥ずかしげもなく、レイシアは叫んだ。
どんな理由があれ、そう言ってもらえるのは嬉しいものだ。
けど、俺にも意地というものがある。
ギーガに約束したのもあるし、なし崩しで付き合うなんてあり得ない。
「俺のどこが好きなんだよ!」
なにより、俺にはアインという婚約者と、ラトーナという好きな人がいる。
ジャランダラやギーガは、信仰がないなら妻などいくらでも持てば良いと言っていたが、それはダメだ。
そりゃあ、ハーレムが理想だよ?
でも俺が良くたって、妻同士がそれを良しとするとは限らない。
逆に俺が妻の立場で、夫が妾を迎えたなんて聞いたら、ハンカチーフを噛みながら嫉妬で喚き散らすだろう。
——って、どの立場で語っているんだ俺は。
「……」
どこが好きなのかという問いに、レイシアは即答できず、口をつぐんだ。
「ほら言えないだろ! 恋愛なんて無理やりするもんじゃねぇんだよ!」
互いに肩で息をしながら睨み合う中でそう言い放つと、レイシアは目を伏せながら、力を失ったように構えを解いた。
「……そんなに、あーしじゃ嫌なのか?」
レイシアは少し悲しそうな顔をして、俺に問いかけてきた。
「嫌じゃない。でも、今の諸々の状況じゃお前を受け入れることはできない」
結局は、アインとちゃんと話をしなければならないということなのだ。
「傷つけたのなら謝る。でも、お見合いはして欲しいんだ。彼に貸しを作ることには意義がある」
お互いに少し落ち着いてきたというところで、俺は頭を下げた。
「……任務とか、そういうのはずるいにゃ」
こう言えば、真面目で仕事人間なレイシアは納得せざるを得ないだろうなという打算はあった。
相変わらずクズだなとは思う。
でも、俺がクズで薄情で、意思薄弱なのは今に始まったことじゃない。
ごめんレイシア、俺だって大変なんだよ。
ーーー
あれから一日経った。
とりあえず、昨日のうちにレイシアには納得してもらって、お見合いは受けてもらう運びとなった。
内容としては、俺が予約した店で二人で食事をするだけ。
今頃彼女は席についてギーガの到着を待っている頃だろう。
結果がどうなるかは、俺の知ったことではない。
もしかしたらレイシアがギーガを気にいるかもしれないし、ギーガの方がレイシアに幻滅するかもしれん。
もし……もし仮にレイシアがギーガのものになったら、俺はモヤモヤするのだろうが……
というか講義中である今もモヤモヤしているのだが、仕方ない。
こういうのは早い者勝ちなのだ。
「ディン! 発表されたぞ!」
そして講義終わり、ため息混じりに廊下を歩いていたら、リオンが慌てた様子でやってきた。
「グリムって呼べよ…… で、なんの要?」
「決まったんだよ!」
リオンは俺の手を引いて、どこかへと走り出した。
「おい! どこに連れてくんだよ!」
一体何が決まったのだろうか。
レイシアの交際だろうか。
俺は今ちょっとネガティブモードだから、そういう話を聞いても素直に祝福できない。
そもそも俺の根は、他人の幸せに唾を吐く人間だからな。そりゃあもう、湖ができるかってほどの唾をな。
「ほら! これ!」
リオンが俺を連れてきたかった場所は思いの他近く、それは数秒ほど廊下走った所にあった。
「この張り紙を見てくれ!」
そこは、魔導科職員室の前に設置された掲示板だった。
どうやらリオンは、ここの掲示物を俺に見せたかったらしい。
「再決勝……か」
なんと、デカデカと張り出されていた紙には、俺とラトーナの再試合に関する説明が書かれていた。
ーーー
武闘会決勝は当日のテロによって中断となったため、ラトーナ•D•リニヤット並びにグリム•バルジーナが残っていた状況から再開する。
•開催は一ヶ月後。
•対戦形式は、公平性と大衆へのパフォーマンスを考慮して、五人対五人の団体戦で行う。
•ルールは簡易的な攻城戦。
•チームメイトは両チームのリーダである二人が選定する。
•選手は生徒であるならば誰でも構わない。
•選手同士の殺害行為は認めない。
•詳細は更に追って公表する。
そんな旨が書かれていた。
「団体戦なんてビックリだな」
リオンは腕を組んで頷きながらそう言った。
たしかに驚きだ。
てっきりタイマンでやるのかと思っていたのに……
いや、驚いている暇はない。
「リオン、今回はお前にも戦ってもらう」
リオンの肩に手をかけると、彼は一瞬驚きつつも、顔を綻ばせた。
「おう任せろ! 俺がいればあいつらなんて捻り潰せるさ!」
「ラトーナを捻り潰したら、お前を切り刻むからな」
「ひっ……今のは例えだよ!」
冗談はさておき、対戦形式がはっきりした以上、早急に戦力を集めなければ。
俺を抜いて四人。
リオンを入れたから、残りは三人。
俺が中距離、リオンが遠距離だから、あとは強力な前衛が三人欲しい。
当てはある。
まずはアイツに声をかけてみよう。
ーーー
目当ての人物は、政治学科棟に向かうとすぐに見つかった。
3メートルほどの巨体と、エメラルド色の肌。四本の腕がチャームポイントの魔人さんだ。
残念ながら青色ではないので、三つの願いは叶えてくれないがね。だが最高の友達にはなってくれるかもしれない。
とにかく、まずはこいつから誘ってみよう。
「久しぶりだなグリムよ」
「まだ一緒に飲んでから三日ですが……」
長命の魔族だけあって、時間の感覚が違うのだろうか。
それともただこの人がボケているのか……
いや、そんなことはどうでもいいんだ。
この人を勧誘しないと。
「——というわけなんですが、俺と一緒に戦ってくれませんか?」
「断る」
彼なら協力してくれるだろうという何の根拠もない自信のもと、手短に勧誘してみたのだが、呆気なく即答されてしまった。
本日二度目のお断りだ。ちょっと泣きそう。
「え、なんで……」
俺は軽くパニックになった。
どうして断られたのかわからない。
何か魔族の……彼の教義に反することを言ってしまったろうか。
「其方の頼みとはいえ済まぬな。こればかりは先約があったのだ」
「先約って……え、まさかラトーナから!?」
「うむ、その通りだ。先程吾輩を訪ねてきたぞ」
先を越されていた。
ラトーナは普段、自分の研究室に篭っているという話だったから、まさかこんなに早く動くとは……想定外だ。
「楽しみにしておるぞ、其方やアイン•エルロードと剣を交えるのを!」
ジャランダラは愉快そうに笑った。
嫌味抜きの、純粋な戦士の笑顔だ。
背中に悪寒が走った。
アセリアパイセン曰く、普段こそ温厚な雰囲気だが、二百年前の戦争では純人を蟻のように殺し回った英雄だ。
大量の呪詛による弱体化を受けて、しかも武術のみで闘うという本人の縛りのもとで、ようやくアインが倒せる相手だ。
そんなのが、敵にまわってしまったのだ。
「は、はぃ……た、楽しみ……ですね」
俺は頭が真っ白で、その場ではただ作り笑いをするしかなかった。
ーーー
「えっ、え!? わわ私ですか!?」
アセリアの研究室。
俺は、床に散らばった人形の海にダイブするように土下座をして、体を沈めていた。
「お願いしますッ! この通り!!!」
ジャランダラに断られたことで、チームメイト候補に欠員が出てしまった。
彼のように戦場を支配できる力が欲しいと考えて、俺はアセリアを訪ねた。
「むむむ無理です私なんか!!!」
残像ができるのではというほどに、激しく首を横に振るアセリア。
「そんなことないですよ!」
本人は謙遜しているが。
彼女はジャランダラとまた違った強さを持っている。
「先輩の人形の軍隊を使えば有利なんですよ!!!」
そう、戦場において圧倒的なアドバンテージはやはり数だ。
そりゃあ、ラルドとかリディとかルーデルみたいな一騎当千の化け物がいたら、話は変わるけど、学園にそういった猛者はそう多くない。
だから、リオンの索敵や遠隔会話能力と合わせれば、それはもう脅威だ。
「うっ……」
悩ましそうに唸るアセリア。
よしよし効いている。
やはり、彼女は猛烈な押しに弱い。
「お願いします先輩! 任務のためなんです! なんでも言うこと聞きますから、お願いします!!!」
「なっ、なんでも……ですか?」
顔を上げてみると、パイセンは両指をツンツンと合わせながら、こちらを横目でじっと見つめていた。
「はい、俺に出来る範囲ならなんでも!」
「の、能力的な範囲でなんでもですか? それとも、精神的な範囲でなんでもですか?」
さすがプログラマー、質問が細かいな。
「出来れば精神でお願いします」
全裸で学園内を走り回れと言われたら出来なくはないが、そういうのは勘弁してほしい。
「……」
アセリアは腕を組んで、無言のまま天井を見つめ出した。
「……わかりました」
果たして、彼女は頷いてくれた。
「ありがとうございます! それで、お礼に何をすれば良いですか!?」
「そ、それはまだ考えてませんのでまた後日……」
「わかりました」
俺は深く頭を下げて、研究室をあとにした。
ーーー
とりあえず二人目の戦力は確保出来た。
だがアセリア自身は直接戦闘ができないので、やはり前衛が欲しい。
理想を言えば、ギーガとアインが良い。
ギーガはまだレイシアとお見合い中なので、ラトーナ陣営に取られることもないだろうから後回し。
となればアインだ。
「でも、あの人今どこにいるかわからないんだろ?」
アインの部屋へと続く廊下を共に歩くリオンが、眉を八の字にして尋ねてきた。
「いや、二日に一回程度、寮の部屋に戻ってきてるっぽい」
「へぇ〜」
最近、あまりにアインの様子がおかしいので、二日前にクロハの協力を得て、夜な夜な彼女の部屋に忍び込んだのだ。
するとアインの部屋には、脱ぎ捨てられた下着や服が大量に散乱していた。
そのどれもが、血がついたり泥まみれだったりで、激しい修行の痕が窺えた。
講義にも碌に出ないで、彼女は学園外のどこかで丸一日修行しているのだ。
やはり、武闘会での敗北が効いているのだろうか。
リディ達の働きによって、アインが小細工をしていたという容疑も晴れ、彼女を蔑む声を消えた。
けれど、彼女が大衆の前でゲロ吐きながら惨敗したという事実は消えていない。
人間関係はともかく、戦いにおいては今まで挫折をしてこなかった彼女は、どれほどのダメージを受けたのだろう。
せめて、武闘会が終わってすぐに俺が声をかけていれば良かったのかもしれない。
「リオン、お前はギーガの勧誘に行ってくれ。店の前で待ってれば出てくるはずだ」
「え、グリムはどうするんだ?」
「俺はこのまま、アインの部屋で本人を待つ」
アインが寮で目撃されたのは一昨日だ。
周期的に考えれば、今日の深夜ごろにでも部屋に戻って来るはずだ。
「一人で大丈夫なのか?」
正直、自信がない。
俺は今、アインに対する気持ちを上手く整理できていない。
「誰の心配してんだ。お前こそちゃんとギーガを引き入れろよ」
だが、遅かれ早かれ彼女には向き合う必要があるんだ。
きっと、今がいい機会。そう思うことにしよう。
「わかった。じゃあギーガの方は任せとけ!」
ドンと胸を叩いて、来た道を折り返していくリオンの背中を見送る。
しばらくしてリオンが視界から消えると、俺は再びアインの部屋へと歩き出した。
彼女の部屋の扉を氷魔術でピッキングして、中に入る。
時刻は夕方。彼女が現れる深夜まではまだ時間がある。
手持ち無沙汰になった俺は、大人しく部屋の椅子に座って待つことにした。
しかしなんと、俺の予測は外れて、彼女はそれから程なくして現れた。




