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第13話 初仕事


「おおぉぉ……良い朝だ」


 頬を優しく撫でるかの様に窓から差し込む朝日と、心地よく耳を突く鳥の囀り。


 そして何より、この雲の様に柔らかいベッドだッ!

 家のベッドなんて床で寝てるのと対して変わらなかったからな。ヘイラなんて、このベッドで生まれ育ったわけなのに、よくあの硬さに耐えられたモノだ。


 さて、こうして一日ダラダラするのも魅力的なのだが、仕事があるのでそうもしてられない。

 まさか、前世で仕事に困っていた俺がそんなセリフを言う羽目になるとはな。


 まあなんにせよ、彼女との出会いは最悪だからな。なんとか上手くやっていくためにも、最初が肝心だ。

 顔合わせは南棟でやるらしいし、早めに行って待ってよう。


ーーー


 さて、待ち合わせの場所には着いた。

 ていうか到着してからそれなりの時間は経過した。それだというのに、まだ彼女の姿はない。

 

 まあ、でかい時計がそこかしこに置いてあっても、携帯型時計はまだ普及してないみたいだし? ある程度の遅刻は仕方ないもんな。もう少し待てば来るだろうか。


「……遅いなぁ」


 あれからさらに一時間。

 おかしい。どう考えてもおかしい。これはすっぽかされたと見て良さそうだな。


「あのクソガキゃぁ……」


 扉を乱暴に開き、当てもなく駆け出す。

 目的はただ一つ。

 なんとしてでも見つけ出して昨日受けた罵倒を何倍にもして返してやる。


ーーー


「ラトーナお嬢様の居場所……ですか?」


 屋敷中を駆け回っていたらエルフのメイドさんに遭遇したので、なんとなく尋ねてみた。


「はい……待ち合わせにも全然来なくて……」


「えっと……うーん……」


 眉を八の字にしながら耳をぴくぴくと上下させるメイドさん。整ったを好調させながら、悩ましい声を出す彼女。何か、とてもいけないことをしている気分だ。

 時間が許すのなら、もっとこの子が困っているのを見ていたい。


「何か知っているんですか?」


「いや、その……お嬢様から口止めされ——」


「お願いします! お姉さんしか頼れる人がいないんです……!」


 彼女の裾にしがみつき、声音を高くして上目遣い。 


 そう、どこぞのピエロが自分を最強だと自覚しているように、俺は俺が可愛いことを自覚している。 

 この屋敷に来て初めて鏡を前にしたわけだが、道場でもなんどか女に間違えられるくらいだったしな。そんな気はしていたんだ。


「こっ、困りますぼっちゃま!!」


 よしよし、揺れてるな。さらに揺さぶってやろう。


「アーベス叔父様の言った通りにしないと……僕、また役立たずって……うぅ……」


「わかりました! わかりましたから! お嬢様は普段屋敷の書庫か庭園のどこかに居ます!」


「うぅ……庭園だと広過ぎて……」


「と、特に馬小屋と花壇がお気に入りだそうですよ!」


「そうですか! ありがとうございます! お姉さん大好き!!!」


 とりあえず彼女の足を抱きしめる。我ながらいい歳して何やってんだとは思うが、このお姉さんがチョロいんだから仕方ない。


「もう……今回だけですからね!」


 とりあえず情報は手に入れた。庭園は一人で探すには広過ぎるから、先に書庫に向かうとしよう。


「あ、書庫の場所聞くの忘れた」


ーーー


「おお、スッゲェ〜」


 貴族の館の書庫と聞いていたからある程度想像はしていたが、これほど広大な空間が確保されてるとは思わなんだ。

 下手な街の図書館よりデカいんじゃないのか?

 

「おや、こんなところで何をしているんだい?」


 そんな景色に目を惹かれて、入り口で立ち尽くしていると、本棚の陰から一人の男が姿を現した。


「あ、おはよう御座います。伯父さ……あ、えっと……」


 そういや、俺はアーベスをなんて呼べば良いんだ? 『アーベスさん』だとあまりに他人行儀だし、『伯父さん』だとなんか緩い気がする。かと言って『伯父様』にしてしまうと、大泥棒に心を盗まれたどこぞの姫様みたいじゃないか。


「呼び方なんて好きにして構わないよ。見たところ、ラトーナ探しかな? 残念ながら彼女はここにいないよ」


 まだ何も言ってねぇのに、こっちのことはお見通しってか。


「すみません。すぐに見つけるのでもう少し待っていただけますと——」


「まあまあ、せっかくこうして二人きりなんだ。どうだい? 少し話でも」


 慌てて頭を下げ、すぐさま書庫を後にしようとすると、彼はそう言って俺を呼び止めた。


「お話……ですか?」


「そうさ。立ち話もなんだし、あっちに机があるからそっちへ行こう」


 そう言ってアーベスは、立ち並ぶ本棚の奥を指した。

 どうしよう。緊張して疲れるから正直行きたくない。

 でも断れないから、結局着いて行くんだけどね。


「はい……」


ーーー


 窓から差し込む光が舞い上がる埃を照らす静かな図書室で、アーベスと二人大きな机に向かい合って座る。


「そういえば、アーベスさんはここで何を?」


 自分から呼びつけておいて、俺を見つめたまま何も喋らないアーベスに痺れを切らし、とうとう俺の方から話しかける。


「僕かい? パーティーの準備かな」


「はぇ?」


「うーん……まあ、君は賢そうだし、今後とも一緒に働く仲だから話そうか」


 アーベスは一人で俯いて何やらぶつぶつ呟いたのち、顔を上げた。


「我らリニヤット家はね、年に二回ほど大きな社交会を開くんだよ」


「へぇ、それはまた仲のいい……」


「まさか、こんなの社交会という名の勢力争いさ。君も知ってるだろう? ミーミル王国を支えるリニヤットは、リッシェ、シビル、フィノース、そして我らディフォーゼ家の四派閥に別れていることを」


「はい、それはザモアさんから」


「リニヤットは魔術を競い合う中でもあるが、それだけじゃない。貴族を名乗るからには当然、更なる権力を手に入れようと国中に手を伸ばしているわけだ」


「じゃあ今回の社交会は、このディフォーゼ家の勢力圏を広めるために……」


「そうそう、さすが話が早い。まあ出席してくる人達もそういう魂胆は見抜いているだろうが、まだこちらを品定めしている段階。結局はその場でいかに上手く口説き落とせるかが肝心なのさ」


「そのために図書室へ?」


「そうそう。この書庫は普通書だけでなく、そう言った他家との関係の記録や、暗殺組織の専門リストなども置いてあるんだ」


「え、暗殺……」


「なーに、そんなの日常茶飯事。表立って戦争するよりかマシってものさ」


 待て待て、その社交会、俺も出席するんだよな。

 絶対嫌だからな、そういうの。


「あー勿論安心して、今回は君の父さんも呼んでるし、下手に手は出してこないと思うよ」


「そ、そうですか……」


 気休め程度の補足か。


「——よし、あんまり長く君を拘束するわけにも行かないしね。そろそろ行って良いよ」


「え、あれ? お話があるんじゃ?」


「はは、そんなものないよ。君の人柄が見たかっただけ。本当は私が直接娘に魔術を教えたかったのだが……うん。君なら任せても平気そうだ」


「……教えない理由をお尋ねしても?」


「『魔力障害』という言葉を知っているかい?」


「いえ」


「まあ症状は人によって様々だが、決して低くない割合で生まれてくるんだよ。魔術を使えなかったり、魔力が強過ぎて身体に異常をきたしていたり、そもそも魔力を持っていない人間が」


「……それが——」


「そう、私もその一人。笑ってしまうよね、魔術の名門の本家に生まれながら、ろくに魔術を使えないんだからね」


 どうしよう、俺はなんて返すべきだ? 

 憐れみ……は返って失礼だよな? ならば賞賛か? いや違うな。


「ハハハッ! 君がそんな顔をしてどうする!」


「……そうですね。アーベスさんに変わって、僕が彼女を一人前にします。あ、一人前って言うのは変な意味じゃなくて——あ痛ッ!」


 小粋な冗談を挟むと、軽く頭を小突かれた。


「相変わらず面白い子だ。言われなくともわかっているよ」


 アーベスはそう言って寂しそうに笑いながら、ゲンコツの手を開いて俺の頭をそっと撫でた。


「それじゃあ、うちの娘をよろしくね」


 背後で彼の足音が遠ざかっていく中、俺はなんとなく掌を見つめて、魔力を込めてみた。


「……俺は恵まれてるんだな」


 柄にもなくそんなことを呟いて、俺は書庫を後にした。


ーーー


 そして満を辞して訪れた屋敷の庭園。

 見渡す限りの広大さに、思わず眩暈がする……はずだったが、なんと最初に訪れた西館近くの馬小屋から、少女の声が聞こえるのだ。


 動物達は耳が良い。勘付かれないよう、抜き足差し足で小屋の壁に張り付き、耳を当てる。


「あーもう、こんなに汚して……ちょっと待ってね、今片付けてあげるから」


 薄っぺらい板張りの壁越しに、確かにラトーナの声が聞こえる。

 ビンゴだ。


 逃げられまいと、すぐさま扉に手をかけ、勢いよく開く。


「見つけましたよラトーナ! 神妙にお縄に……あ……」


 予想通り、彼女は確かに小屋の中にいた。

 〝ソレ〟が見えてしまうギリギリアウトなラインまでドレスの裾をたくし上げて腰を曲げたラトーナが、そこには居た。


 彼女の足元は水びたし。なるほど、バケツを溢したから濡れないようにして——


「ぐふっ!?」


 気づけば、俺の目と鼻の先にはブラシが飛んできていた。


「けっ、けだものっっ!」


 顔を真っ赤にして、しかし決してたくし上げた裾を放すことはなく、ラトーナは鬼の様な形相で俺を睨んでいた。

 そしていつの間にか、彼女の手にはアイスピックの様な凶器が握られていた。


「すみませんすみませんすみません!!!」


 慌てて俺は小屋から飛び出して、屋敷の中へと逃げ込んだ。


 結局、この日は自室で大人しくしていた。

 そして必死に忘れようと努力したが、彼女のドレスの下の聖域の光景は、脳裏に焼きついて離れなかった。


「黒かぁ……攻めるなぁ……」

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