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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第6章 学園篇

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第136話 亀裂


「ただいまーっす」


 記憶の守り手騎士団、特設リディアン隊詰め所。

 その扉を勢いよく開きながら、ロジーは欠伸をした。


「早かったな、見回りどうだった?」


 そんな詰め所の一階エントランスにて、事務作業をしていたセコウが、ロジーを迎えた。

 

「うげっ、なんだよこの人形の量っ!」


 ロジーは詰め所に戻ってきて一番に顔を顰めた。

 なぜなら、エントランスが二メートルサイズの人形で埋め尽くされていたのである。


「ああ、なんでもアセリアが工房に発注したやつだそうだ」


「死体の山みたいで気持ち悪いっすよ……よくこんな所で事務作業できるっすね」


「大量の書類を置けるような机は、このエントランスにしかないからなぁ。

 ——それに、今日のうちにこの人形はアセリアが回収しにくるそうだから、少しの我慢だ」


 セコウは苦笑しながら、羽ペンで足元の人形をつついた。


「そうは言っても……うえ、この人形なんかディンそっくりっすよ」


 そう言ってロジーが掴み上げたのは、少年ほどの背丈の銀髪の人形……


「それは本物のディンだ」


「おわぁぁぁぁっっ!?」


 ロジーが叫びながら取り落とし、べちゃりと汚い擬音を出すようにして床に倒れたディン。

 死んだ魚のような目をしながら完全に脱力した姿は、さながら本物の人形のようである。

 今の彼の靴裏には、とある少年の名前が書いてあるのかもしれない。


「あれ、なんでこんな感じなんすか?」


 そんなロジーの問いに対し、セコウはため息を吐いた。


「ディンに直接聞いてみろ。一時間ほど前にフラッとやってきてから、ずっとそんな調子だ」


 セコウにそう言われて、地面に横たわるディンの顔を覗き込むロジー。

 よく見ると、ディンの顔に大粒の涙が流れていることに気づく。


「な、なぁどうしたんだよ。飯でも奢ってやるから元気出せよ!」


 いつもなら、足で小突きながら揶揄うであろうロジー。

 しかし、ディンの以上な凹み様を見て、思わず彼の内なる紳士の部分が出てしまう。


「いらない……です……」


「まだ昼間だし、何があったのか知らねえけどよ? 酒でも飲めば忘れるって!」


「酒に酔えないんですよ……俺は……」


 ディンの涙が滝の様に溢れ出す。

 ディンは体質上、毒の類が効かないため、酒に酔うことができない。そのため、彼は嫌な記憶を酒の力で流すこともできないのだ。


「うっ……うぅ……」


 今まで見たこともなかったディンの哀れな姿を前に、セコウとロジーは眉を八の字にして顔を見合わせた。


「とりあえず話してみたらどうだ? それだけで変わるかもしれないだろ?」


「そ、そうだよ! ほらとっとと話せ!」


 ロジーに頬をつつかれたディン、しばらくしてから上半身を起こし、壁にもたれかかりながら口を開いた。


「あれは……今朝のことです——」


ーーー

【ディン視点】


 王子との邂逅から一日が経った。

 

 今日も今日とて、日の出と共に目を覚ます。

 しかし、何故かアインが鍛錬に誘いにくることはない。


 昨日は講義にも出席していなかったので流石におかしいと思い、放課後に彼女の部屋を訪ねたが留守だった。

 一体どこで何をしているのだろうか。


「おーいグリム〜 いるかにゃ〜」


 しかし、今日は別の迎えが来ているので寂しくはない。


「おはよう、レイシア」


 部屋の扉を開けると、そこには獣族の少女が立っていた。


 ビー玉の様な瞳とツンと立った猫耳が、挑発的な表情をより引き立てている。

 なにより目の毒なのは、その服装である。獣族由来のナイスバディを惜しげもなく晒す、露出の多い服なのだ。

 彼女曰く民族衣装なのだそうだが、俺にはえっちなコスプレ衣装にしか見えない。ていうか、さも当然のように制服を改造するなと言う話だ。


「おはようにゃ。ほらほら、さっさと支度するにゃ」


 今日はレイシアと組み手をする予定なので、彼女の方から迎えに来てくれたのだ。

 俺から行こうかとも提案したのだが、どうやら俺が女子寮に入ると色々問題が起こるらしいので止められた。

 ふふっ、罪な男だよ。俺は。


「そういや、乳八重歯アインは見つかったのかにゃ?」


「いや……全く。何か知らない?」


「知らんにゃ。どうでもいい」


 クロハと全く同じ返答だ。

 相変わらず仲がいいようで。

 そう言うと怒るから口には出さんがね。


ーーー


 朝の組み手を終えて、俺達二人は一限目へと向かうため、魔導科棟の廊下を歩いていた。


「悪いにゃ〜、今日も勝たせてもらって」


「……」


 俺の右腕にベッタリと絡みついてくるレイシアが、ニタニタと俺の頬をつついた。


 魔術や武器なしの純粋な組み手。

 歳が一つ上で、体格も俺の方があるはずなのに、当然のように負ける。

 彼女と同じように、刻印魔術の身体強化を使えば、魔力出力の高い俺が勝つのだろうが、それでは意味がない。


 結局は、時間制限付きの身体能力に過ぎないからな。

 俺が鍛えるべきは、強化の対象となる基礎。ヤ⚪︎チャが界王拳を使ったところで意味がないようにな。


 それはさておき、現在俺は『勝負に負けたら勝った方の言うことを一つ聞く』という約束を守り、こうした彼女の過度なスキンシップを許しているのだ。

 別にそんな約束なくても、頼まれたら断りはしないんだがな。

 我慢するのが辛いだけで、美少女にベタベタされるのが嫌なわけがない。

 

「——っと、あれは……」


「うおっと、急に止まるにゃ!」


 進行先にいた人物に目を奪われて思わず足を止めると、レイシアにポカっと頭を叩かれた。


 俺の視線の先には、大勢の生徒に囲まれている金髪の美少女がいた。

 純人族にしては珍しい紫色の瞳を持った。キリリとした顔立ちの美少女……というかラトーナだ。


「あ」


 しばらく視線を送っていたら、そんな彼女と目が合った。

 彼女はムスッとした表情でこちらを見たのち、すぐにそっぽを向いてしまった。


「ごめん、レイシア」


 レイシアが先程から何かを言っているが、頭に入ってこない。

 それどころではない。


 俺は彼女を引き剥がして、こけそうになりながらも慌ててラトーナの元へ小走りで向かった。


 ラトーナを囲っていた生徒達が、俺を見て散っていき、彼女だけがそこに残ってこちらを見ていた。


 途中で走るのをやめて徐に歩き、彼女の前に立つ。


 同じくらいだった身長も、いつの間にか俺が見下ろすような形になっていた。


 少し見た目が変わっているものの、やはり目の前にいるのはラトーナだ。


 彼女を改めて前にして、俺は色んな気持ちが溢れて泣きそうなった。

 

 ずっと不安だった。

 ラルドの『ラトーナがどうなっても知らないぞ』という言葉。

 ディフォーゼ家と彼女の置かれている難しい状況。

 

「ホルダー様が何の御用かしら? みんなが怖がってるから、早くしてくれない?」


 ツンケンとした態度でそう言われて、俺は周囲を見回した。

 すると、廊下にいた連中がチラチラと俺を見ていたり、物陰から魔物でも見るかのような目でこちらを窺っていることに気づいた。


 しかし、そんなことはどうでもいい。

 俺の頭の中は、彼女を抱きしめたいという気持ちでいっぱいだったから。


「ずっと、会いたかった……」


 そんな思いを抑えきれず、俺は彼女を抱き寄せた。

 周りからは黄色い声援とヤジが飛んできた。

 数年ぶりに触れた彼女の体。

 武闘会で軽快に動き回っていた割には華奢で、けれど出るとこは出ているといった、なんとも完璧な仕上がりに——


「!?!?」


 突然、破裂音と共に視界が揺れて、気づくとラトーナが俺を見下ろしていた。

 いつの間に彼女は巨大かしたのだろうか。

 いや違う、俺が小さくなったんだ。


 遅れて頬にやってきた鋭い痛み。

 口元を伝う赤い液体。

 その血を見て、俺はようやく彼女に平手打ちを喰らったのだと分かった。


 いつのまにか止んでいた声援。

 凍りついた空気の中で、俺は尻餅をついたまま放心していた。

 対するラトーナは、汚物を見るような目で俺を睨んだあと、足早にこの場を去っていった。


 俺は……拒絶されたのか?


ーーー


「それで……気づいたらここに来てました」


 ディンは最後にそう締め括った。

 

「「……」」


「俺……なんか悪いことしましたかね……」


 半泣き状態で自嘲気味に笑うディン。 

 そんな彼を前に、ロジーとセコウは必死にかける言葉を探していた。


 二人とも成人しているとはいえ、所詮は十九歳と二十六歳。

 しかもその半分は決してマトモとは言えない人生なのだ。何より恋愛の話など、適齢期真っ只中でありながら浮いた話のひとつもない彼らにしたところで時間と酸素の無駄であろう。


「別に……無理に慰めようとしなくたって良いですよ……」


 弱った後輩に気を遣われ、苦い顔をする二人。

 それも仕方ない。

 こと人生においては、前世を含めればディンの方が先輩なのだから。


「こっ、こここんにちはっ!」


 地獄の空気と化したそんな詰め所の扉を、一人の少女が叩いた。


「おー! きたかアセリア丁度良かったぞ!」


「ほら早く入れよ!」


 先輩二人、暗闇に差した一筋の光であるアセリアの元に駆け寄った。


「うぇぇぇっ!? はい……???」


ーーー


「な、なるほど……それはっ、ディン君が悪いのでは……?」


「……」


 エントランスの空気、再び凍りつく。

 しかし、アセリアはそれを気にも止めず話を続けた。

 一度スイッチが入れば、臆さず自分の意見を語るのが彼女の長所でもある。そのスイッチが押され得る条件は極めて限定的だと言うことに目を瞑れば。


「ラトーナちゃんと目が合った時、ディン君の隣にはレイシアちゃんがいたんですよね?」


「はい」


「じゃあ聞きますが、もしラトーナちゃんと再会した時、彼女が他の男とベタベタしていたとしたらどうです?」


「死にたくなります。ていうか死にます」


「ラトーナちゃんも、同じ気持ちになっちゃったのではないですか?」


「……そうかも……しれませんね」


「ま、まぁ私は恋愛なんてわかりませんので、あくまで客観的考察に過ぎません」


「……いえ、助かりました。やっぱりアセリア先輩は頼りになります」


「いっ!? いえいえそんな! わ、私なんかでもお役に立てたのなら……」


 立ち上がって苦笑するてディンを見て、ほっと胸を撫で下ろすロジーとセコウ。

 もはや、そこに先輩の威厳はなかった。


「何かお礼をしますよ。何でもいってください!」


「あ、じゃあこの人形を研究室まで運ぶの手伝ってください……」


「え、これ全部……?」


「はい……やっぱり嫌、ですよね……すみません今のは無しで」


「いえ、任せてください!」


 無意識に上目遣いしながら苦笑するアセリア。

 男子とは単純なもので、美少女が胸を強調した体勢で物を頼んでくれば、反射的に受けてしまう物なのだ。たとえ、頼んだ側にそうしたやらしい意図が一切なくとも。


ーーー

【ディン視点】


「ありがとうございました」


「いえいえ、これもトレーニングと考えれば」


 アセリアの人形を全て運び終えた。

 まさか馬車2台を使って一気に学園に運ぶとはな。

 まあ、そのおかげで楽だから良かったのだが、キツいのはここからだ。

 

 学園内に運び込まれた人形を三階の研究室まで一体一体担いで登るのだ。

 彼女の人形は基本的に木製だが、ヨトヘイム王国や魔大陸の樹木を使っているので、かなり丈夫で重めだ。

 重労働も良いところだよ。


「他に何か手伝うことはありますか?」


 運送には随分かかってしまって、もう3時くらいか。

 でも、何か実験をやれなくもない時間だ。


「い、いえ……今日は疲れちゃったので……」


「わかりました」


 それもそうか、冒険者と研究者じゃ体力も違うよな。

 

「あ、でででもちょっとやりたいことがあるので、よろしければ明日にでも……」


 ツンツンと人差し指同士を合わせながら、アセリア先輩は俺に上目を使った。


 研究のこととなると饒舌なのに、普段はどうしてこうも弱気なのだろうか。

 ちゃんとしてれば美人なんだから、堂々としてればいいのに。


「構いませんよ。明日は休日なので」


「あ、ありがとうございますっ!」


「それじゃ、俺はこれで」


 研究室を出て、寮の自室へと歩き出す。


 明日は予定が埋まってしまったから、ラトーナに会いに行くのは明後日か……


 改めて、アセリアの言葉を思い出す。

 そうか、あの時の俺って、浮気者に見えてたのか。

 たしかに、レイシアにベタベタされるのは悪くないと思っていたが……でも、俺が好きなのはラトーナだ。


 ちょっと怖いが、もう一度会いに行って、ちゃんと誤解を解かなきゃな。


 そう決意して、再び俺は歩き出した。


 道中レイシアに出くわして、今朝のことを割と真面目に怒られた。

 『いくら好みの女を見つけたからって、隣の女を振り払ってまで行くのはどうかと思う』だそうだ。


 その好みの女が、前に話した俺の思い人だと説明したが、論点はそこじゃないとばかりに、彼女はさらに機嫌を損ねてしまった。

 『あーいう石鹸臭そうなのがタイプなのかにゃ、へー』と吐き捨て、踵を返してどこかへ行ってしまった。


 確かに、見苦しい言い訳だったなと思う。

 こんど、彼女に何か埋め合わせをしよう。

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