第133話 バトルロワイヤル
コロシアム地下。
工作員の撃退を終え、地上へと向かうレイシアとクロハ。
傷は回復魔術があるので元より、少しの休息を取ったことで、クロハも自力で歩くほどに回復していた。
そんな二人の空気は、最悪であった。
「「……」」
疲労で気を失ったクロハを、死んだと勘違いして大泣きしたレイシア。
羞恥で胸を埋め尽くされ、平常心を保つので精一杯だった。
方やクロハ、おしゃべりなレイシアが急に黙り込んだことで、自分が気絶している間に、地上で何か悪いことがあったのではと不安に埋め尽くされていた。
そんな中、廊下のT字路に差し掛かったところで、レイシアは足を止め、隣を歩くクロハの手を引いた。
「透明化にゃ」
「ん」
必要最低のコミュニケーションを介して、二人は透明化する。
そしてその直後、目の前の十字路の右側から数人の男が飛び出してきて、そのまま左へと抜けていった。
先程の工作員達とは違い、鎧も纏っていなければ、戦士のような風格もない。
大会スタッフでもない。そうだとするなら、庶民服なんて着ていない。
「クロハ、魔力の残りは?」
「あんまりない」
レイシア、迷う。
透明化無しでは警備を突破するのは難しいコロシアム地下。
そこに一般市民の集団が紛れ込んでいるのだ。
明らかに異常事態だ。
跡をつけるべきなのだろう。
しかし、市民相手とは言え、何があるかはわからない。
現在の二人の魔力残量で挑むには、少々不安が残る。
「どうするの?」
「うーん……」
先程からリオンとの通信は途絶えている。
話では、別任務にあたっているロジー達に通信枠を割いているよう。
そして迷った末に、レイシアは退却を選ぶ。
「それでいいの?」
「死んだら元も子もないからにゃ」
二人が地上に戻った頃、ちょうどバトルロイヤル決勝のアナウンスが流れ出していた。
それと同時に、二人は地下への入り口を警備していた兵が姿を消していることも確認した。
【ディン視点】
バトルロワイヤルの準備が終わり、俺は改修された五角形のリングの一角に立っていた。
五角形の頂点には、各ブロックの優勝者が、湧き上がる歓声にものともせず、堂々たる姿勢で立っている。
だが、そんな奴らなんてどうでもいい。
たった一人の例外を除いてな。
俺の視界の端に映る少女。
艶のある金髪を靡かせながら、凛々しい表情で、頂点の一角に立つ少女。
以前のような幼さが抜けて、キリリとした顔つきが目立つようになった。
若干眠そうな垂れ目は変わっていない。
なによりそこが良い。
そんな俺に取って理想の美少女の名は、ラトーナ•ディフォーゼ•リニヤット。
Eブロック優勝者だそうだ。
うん、なんで?
なんでなんでなんで?
どういうこと?
アインはまだわかる。
でもなんで、ラトーナが学園にいるの?
しかもブロック優勝者?
はあ?
[それでは、各々構えて!]
司会の合図によって、リング上が凄まじい殺気で満たされた。
さすがは、トーナメントを越えてきた強者達。
俺もその殺気に当てられて、少しだけ冷静さを取り戻すことができた。
そしてようやく、他のメンツも認識できた。
視界左端、長耳族の剣士。
盾を持ってるから停進流か。
リオンほどムキムキじゃない、というかヒョロイ。
左奥、マイスイート……じゃなくてラトーナ。
ローブと杖だけで、武装はしてないから、魔術師だよな?
呪詛の無詠唱とはいえ、弓とかも使わずにどうやって戦うんだ?
右奥の奴は……素手の獣人だな。
獣王流か、狼型だから余計に強そうだな。
あと、なんで俺ばっか睨むんだろ。
男に睨まれても、唆られないんだが。
そして最後に右端。
真紅の短剣を構える純人族の少女。
多分あの剣、魔剣だ。
刀身の色的に炎属性か。面倒だなぁ……
[始め!!]
長いようで一瞬の睨み合いを終えて、開戦の銅鑼と共に、全員が動い——
ーー氷場ーー
[グリム選手! 開始早々容赦無し! 全員の足場を潰した!!]
否、動かさせない。
リングの足場を氷の層で覆い、全員の足を奪う。
本当なら、全員丸ごと氷漬けにしたかった。
でも、あの馬鹿なダークエルフとの闘いで魔力を結構食ってしまったので、節約だ。
そして当然ながら、殴るなり、強引に足を引き抜くなりで、全員素早く足の拘束を解いてきた。
「!?」
いや、違う。
一人だけ、氷に引っかかってない人間がいる。
[なんとラトーナ選手! 素早い跳躍で、これまで誰もかわせなかったグリム選手の魔術を回避した! ]
ラトーナだけは誰よりも早く反応し、人一人は飛び越せるくらいの跳躍をして見せた。
確信した。
やっぱり、目の前の美少女はラトーナだ。
彼女なら、俺がまず最初に足場を狙うのは良く知っているはずだからな。
ひとまずそれはさておき、状況は振り出しに戻った。
変わったことといえば……
[おおっと! 流石とというべきか、全員の狙いがグリム選手へと向いた!!]
示し合わせたわけでもなく、一切の躊躇なく、一斉に俺に向かって走り出す選手達。
まあ、そうだよね。
範囲技連発してくる俺を狙うよね。
様子見は失敗だったかも。
ーー吹雪嵐ーー
[グリム選手、最早お馴染みの吹雪でリングを覆い尽くす! 何も見えない! 実況泣かせも良いところです!!!]
吹雪を発生させがてら、人差し指を氷のナイフで軽く切って、そのまま頰に血文字を刻む。
ーー自己強化×魔術強化ーー
全員にロックオンされたとなると、おそらく俺の身体能力じゃ逃げきれない。
実況の人には悪いが、俺は刻印魔術は集中しないと使えないので、こうして吹雪で全員の足を止める必要があった。
しかし、視界を塞ぐほどまでに出力を上げた吹雪と、燃費の悪い刻印魔術か。
あーあ、魔力がどんどん減っていく。
もう半分は余裕で切ってるよ。
くそ、『濃霧』ならもっと魔力消費を抑えられたのに……
「ガァァァァァァッ!!!」
——っと、そんな愚痴を垂れていたら、吹雪の中からお客の狼さんだ。
獣人は鼻が効く奴多いからな、視界が悪くても、真っ直ぐ俺のところに来れたのだろう。
ほぼ賭けだったが、想定通りだ。
「はやっ!」
俺の数は前まで迫った獣人の、自然かつ無駄のない飛び蹴りへの移行。
速い。
ブロック優勝者なだけあって、アインとかと比べても遜色ない動きだ。
だが、反応は出来る。
左半身を後ろに引いて、飛び蹴りをかわす。
「!?」
避けられたことに驚いたのか、獣人は目を見開きながら、俺の目の前を通過していく。
こっちは結構な魔力犠牲にして体を強化したんだ。
それぐらいできなきゃむしろ困る。
そしてそのままどっかに飛んでってくれれば楽なのだが、やはりそうもいかない。
獣人は素早く空中で体勢を変え、足を地面に突き刺すようにしてブレーキをかけた。
足の魔力を鉤爪状に変形させたのか、とんでもない踏ん張りだよ。
俺の真後ろに着地した獣人が、素早く振り返って、俺へと爪を振り下ろす。
その爪が完全に振り下ろされる前に、俺は何とか獣人の腕を両手で掴む。
「痛ッ」
ちょっと反応が遅れて、魔力の爪が腕に食い込んだが、気にしてる暇はない。
手を振り解かれる前に、獣人を掴んだまま魔術を発動する。
ーー氷結ーー
「ギッ!? アアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
掴んだ獣人の腕に、最大出力の冷気をゼロ距離で当てる。
低音やけどどころではない。ダイアーさんもびっくりの冷凍法だ。
バカめ、そんな半ズボン一丁で闘うからそうなるんだ。
ランドルフみたいにガチガチのフル装備だったら、こんなこともできなかったろうに。
「芯まで凍ってるから、動かさない方がいいですよ」
紫色に変色した腕を抱えて、膝をつく獣人の腹を蹴り飛ばす。
これで一人は退場だ。
残り3人は……
ーー風破ーー
ひとまず、出しっぱなしにしていた吹雪を解除して、風魔術で一掃する。
これ以上出したところで、敵も見つけらんないし、魔力が減るだけだ。
[おお! ようやく吹雪が解けました! 状況はえっと……]
視界が晴れ渡った時、リングに立っていたのは俺を含め3人だった。
[なんと!? 吹雪の中で二名の選手がダウンしていたー!!]
残るは俺、ラトーナ、火炎魔剣士の3人。
いつの間にか停進流の長耳族が、顔を青くして地面に倒れ縮こまっているが……
ラトーナも剣士にも目立った傷や汚れはない。
一体あの長耳族は誰が倒したんだ?
[さてさて! 三者の睨み合いが続いていますが、一体どう動くのか!?
右腕に傷を負ったグリム選手、これまで大技ばかり連発してきましたが、魔力はどれほど残っているのでしょうか!!!]
クソ司会者め、余計なことを言うな。
それとも、吹雪で実況妨害した腹いせ——
「「!」」
[おっとここで動いたサラ選手! 凄まじい速さでグリム選手に距離を詰める]
魔剣持ちの少女、なんと剣聖流『居合い』の型で俺との距離を詰めてきた。
ーー氷槍ーー
当然、こちらに来るのは予測できていた。
炎の魔剣だとするならば、氷使いの俺を狙うだろうしね。
[グリム選手、生み出した氷の柱に乗って空へと逃亡を試みるが……!?]
くそ、間に合わなかった。
氷の柱が伸び切る前に、速い段階で両断されてしまった。
だってわかんねーよ、魔剣使いの流派なんて。
アインほど速くないにしても、急にやられたら回避できるような技じゃないんだよ。
[足場を崩されたグリム選手! 半端な体勢から落下する先には、サラ選手が魔剣を構えている!!]
司会の声に重なるように彼女は剣を振り、そこから生まれた炎が俺へと迫った。
だが、その動きは読めている。
ーー氷水球ーー
落下しながら溶けかけの氷魔術を放ち、相手の炎を打ち消す。
水程度で打ち消せるあたり、魔剣の威力は中級程度だな。
[流石のグリム選手、炎を相殺! しかしサラ選手、負けじと炎を放ち続ける!!]
相手の炎を俺が最小限で打ち消す。
そんなやり取りをしばらく続けたのち、俺は無事に着地して、状況は振り出しに戻った。
かに見えた。
[おや? サラ選手、突然膝をついたぞ!?]
片膝をつきながら、苦しそうにこちらを睨む少女。
その足元には、紫色の魔法陣。
「これは……」
[ラトーナ選手の上級魔術だぁぁぁ! サラ選手、隙をつかれて一歩も動けない!]
呪詛上級、『鈍化の呪詛』だ。
ラトーナめ、いつの間にか上級魔術まで習得していたとは……
とはいえ、ありがたいサポートが入った。
ーー氷柱弾ーー
すかざす、氷の杭を動けなくなった少女に向けて放つ。
[サラ選手、グリム選手の一撃を顔面に受けリタイア!]
許せ、屈んだ体勢だから顔が一番狙いやすかったんだ。
まあ、俺は男女平等主義者なので、そうでなくとも平気で顔を狙うがな。
何はともあれ三人目。
これであとは……
[なななんと! 異例の事態です! 決勝バトルロイヤル最後の二人は魔術師だ!!!]
広くなったリングの上で、ラトーナと俺の視線が絡む。
彼女は依然として無表情のまま。
全く思考が読めない。
話しかけたいところだが、彼女に心を読まれるわけにはいかない。
それはともかく、俺はこれから彼女と闘い、そして倒さねばならないのだ。
残り魔力は二割程度。
相手は未知数。
勝てるだろうか。
いや、勝たなければ。
そう決意を固めて、俺はラトーナに掌を向け、構えた。
いつの間にかやられていた長耳族の剣士は、吹雪の中で、ラトーナの上級魔術『耐火の呪詛×強化の加護』を喰らって、体温を急激に下げられたことで低体温症になりました。
以前も解説しましたが、『耐火の呪詛』の本質は熱を奪うことなので、上手くいじれば術をかけられた人の体温も奪うことができます。
下手したら死んでましたね。
ラトーナ容赦無しです。ストレイツォもびっくりです。