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第132話 沈黙のA決勝


 マルテ王子は、双子の妹であるクロエ王女と比べて、出来が良いという話は聞かない。


 王宮では、幼少期から姉と比べられて色々と言われてきたそうだが、その割には素直で真っ直ぐな人柄という話だ。


 まあでも、それは噂の域を出ない物であり、あくまで広まっているのは、王子が凡才という話だけである。


 だから、マルテが次期国王という現状に不満を抱く者は多い。


 この隙に乗じてクーデターを企てる者、国を攻め落とそうと思索する者はいるだろう。


 だからマルテはアピールをしたのだ。

 ランドルフと結託し、アインを陥れた。


 リディ曰く、見るものが見れば、先刻の出来事は茶番だとわかる。

 しかし今回、この会場に訪れていた他国の要人、権力者達はそれが嘘か否かなどはどうでも良いのだそうだ。


 肝心なのは、凡才と言われるマルテ王子がどのように、どんな人を使い、どういったパフォーマンスを行ったかだ。

 そしてそのショーに、どれほどの正当性、整合性があったかだ。


 マルテがアピールしたのは、己の清廉さではなく、脚本家としての実力である。


 奴らはアインを利用した。

 成績優秀で、教師からの評判も良かったアインを、態々地に落とすことで未来の造反者に警告したのだ。

 見せしめと言ってもいいのかもな。


 そりゃあ俺だって、アインの性格に思うところはある。

 いくらボインで美人で、俺の好みのルックスだとしても、好きか嫌いかと聞かれれば、ちょっと嫌いと答えるだろう。


 だけど、俺は彼女を尊敬している。


 自分の才能にあぐらをかかず。

 自分より優れた人間は素直に認め。

 直向きに努力を重ねる彼女を。


 どれも、前世のプライドの高い嫌味な俺にはなし得なかったことだ。

 俺が転生して目指した人格は、限りなく彼女に近いんだ。


 それだって、女でありながら周囲に認められようと、頑張って彼女が作り上げた人間像だ。

 それを易々と踏み躙るのは、見ていて気分が悪い。


 なにより、俺は王子が嫌いだ。

 面と向かって話したことなんてないが、俺はアイツのせいで大変な目にあった。


 ちょっとぐらい、あいつの顔に泥を……いや、犬の糞でも塗りたくってやろう。


 会場の歓声を一手に浴びながらリングに足をかけた時、そう決意した。



[とうとうやって参りました! Aブロック決勝戦!!!]


 司会の言葉に呼応して、大気を揺らす程の大歓声が会場を埋め尽くす。


[それでは選手入場です! 相対した敵を全て一撃で行動不能に陥らせ、リングの整備係を何度も泣かせたこの魔術師!

 今のは嫌味じゃありませんよ? グリム•バルジーナぁぁぁぁぁ!!!]


 大歓声を一手に引き受けながら、一人の銀髪の少年がリングに立つ。


[そんな男と矛を交えるはこの方! 同じく敵を一撃で葬り続けた、鎧砕きの貴公子!

 リングはできるだけ壊さないでいただきたいです! ランドルフ•ガル•ヴェイリルぅぅぅぅ!!!]


 ディンが現れた反対方向の入場口から、金色に輝く奇形の斧を掲げて、白髪のダークエルフが大衆にその姿を晒す。


 そこで湧き上がるは、黄色い歓声。

 美男子同士の対決というだけあって、女性からの注目度がこれまでの比ではないのだ。


 そんな声援を堪能しているかのように、王子はゆっくりとリングに上がった。


 その間ディンは、露骨に顔を顰めて貧乏ゆすりをしながら、彼を待っていた。


「やあやあ、待たせてすまないね。僕の顔なんて何度も見ているだろうに……」


《アインにフラれたからって、王子に泣きついた奴がどの面下げてスカしてんだ?》


「なっ!? お前今なんとッ!?」


 王子は突然、悠々としていた表情を険しい物に変えて、まだ〝一言も発していない〟ディンに怒鳴りつけた。


「はい? どうかしたのですか王子?」


 対するディンは何食わぬ顔で、己の頬をかいた。


《みっともねえって言ったんだよ、マルテの腰巾着がよ》


「!?!?」


 ランドルフの顔に困惑の色が浮かぶ。

 今、自分とリング上で向かい合っている少年は一切口を動かしていない。

 だが、聞こえてくるのは確かに目の前のディンの声そのものだった。


《お前にはプライドってものがないのか? ああそうか、権力闘争に負けてノコノコ逃げてきた腰抜けだもんなぁ?》


 声の主が不確定でありながらも、今の発言は聞き捨てならぬ暴言。

 鎧砕きの名を背負いながらも、プライドという名の鎧で己を固めてきたランドルフは激怒した。


《おいおい顔が真っ赤だぜ? 玉砕のランド……あ、間違えた。鎧砕きのランドルフぅ〜》


 しかし、この場で最も怒り心頭なのはディンである。


 現に今、ディンは試合なぞどうでもいいとばかりに、己の体に流れている長耳族の血を利用して念話による口撃を行なっている。

 第三者に聞き取られぬよう、念話を使ったのが彼に残った最後の理性だった。


《悔しいなぁ、お前がここで喚いたところで、薬厨だと思われるだけだもんなぁ?

 みんな信じないだろうなぁ、意地汚ねぇ麻薬製造国家の王子様だもんなぁ〜? 

 中毒性たっぷりの母乳吸って育ったんだろ? 俺も飲んでみたいもんだ》


 相手を貶す際に、ディンの語彙力は何倍にも跳ね上がる。

 罵詈雑言が湯水のように溢れ出る。

 本人ですらも、こんなところで役に立つとは思わなかった。


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」


[えっ!? ちょっと!?]


 戦いは、開戦の銅鑼を待たずして始まった。


 陰湿な念話による暴言は、証拠がないため糾弾しようがない。

 しかしランドルフは、それらの怒りを一時でも心に留めることが出来なかった。

 側室であった母への侮辱。それだけは、何を優先してでも粛正せねばならぬものだった。


「おおおおおおおおおおッッッ!!!」


 長斧を肩に担いで走り出すランドルフ。


ーー吹雪ブリザードーー


 一方ディン、待ってましたとばかりに愉悦に歪んだ表情を浮かべて、全力の魔術を放つ。


 作り出した冷気と粒状の氷を竜巻に乗せて、ランドルフにぶつける。


「ッッッ……!!」


 突然ディンを中心に発生した猛吹雪に視界を奪われて、ランドルフは思わずその足を止める。


 先手で大規模な氷結魔術を放つだろうという彼の予想とは、大きく逸れた結果となった。

 

 怒りにより乱れた心と、吹雪による視界不良が生み出す緊張感。

 戦闘パターンを組み立て直ず余裕など、現在のランドルフにはなかった。

 しかし、ランドルフは幼少期から戦士としての心得も教え込まれている。

 故に、吹雪に飲まれてから5秒ほど経って、冷静さを取り戻す。


 そして次手に移るため吹雪を抜けようとするが、足が動かないことに気づく。


「なっ!?」


 足元を見れば、移動補助の魔導具である鉄靴が……いや、周辺一帯の地面が分厚い氷の層に覆われていた。


 慌てて身を屈めて、分厚い氷に手を当てて高周波を送り、それを破壊して拘束を解く。


「くそッ、これじゃあ……」


 猛吹雪の中、ランドルフは舌打ちをした。

 

 ランドルフの特級魔術、振動を操る魔術はこと破壊において非常に優秀であるが、有効範囲が狭い。

 武器を高速振動させる高周波ブレードや、超音波を発する拳による一撃なら、分厚い氷の層など薄氷と大差ない。

 しかし、見渡せる限りの地面を埋め尽くす氷を全て破壊するには、時間がかかり過ぎる。


[おっと!? グリム選手、自ら吹雪を解除した!?]


 ランドルフ、まさに八方塞がりとなった時。

 何故か、ディンは風魔術で己の生み出した吹雪の竜巻を打ち消してしまった。


「!?」


 突然晴れ渡った視界に、目をチカチカとさせるランドルフ。

 彼の視線の先には、右手を地面について何かを唱えているディンの姿があった。


 何をするのかはわからないが、奴の詠唱を完成させてはいけない。

 本能的にそう感じたランドルフ、一目散に走り出す。


「——四天の檻、されど隠さず、阻まず、閉じ込めず、あらゆるえにしを障たげず。『立方結界』!!!」


 しかしランドルフ、氷に覆われた床で足を滑らせ、上手く前に進めない。


 そして、ディンの詠唱が終わる。


「結界!?」


 リング全体に張られたのは透明の結界。

 

 それを認識できたのは、リング上の二人と、観客席に座る一部の強者のみである。


 なぜなら、その結界が発生した際に生じた魔力反応は、極めて微弱であったから。


 ディンの突飛な行動に警戒し、ランドルフはその場で足を止めて、斧を構える。


「頭上注意です」


 ディンがそんなランドルフを見て、ニタリと笑った直後——


[グリム選手、何とここに来て上級魔術を使用した!]


 ランドルフ、己の周囲に突然影が差したことに気づき、慌てて天を仰ぐ。


[グリム選手の魔術によって、上空から巨大な氷柱が降り注ぐぅぅぅぅ!!!]


 ランドルフの視界一面は、自分の背丈よりも大きい氷柱で埋め尽くされていた。


 ディンは土属性以外で上級魔術を使うことはできない。


 しかし、現在ランドルフの頭上に生成された氷柱は、明らかにディンの掌から離れた場所で構築された魔法陣から出たものだった。


 ——それはいつしか、セリやフィノース家との決戦の場となった、巨大迷宮。

 その中で迷い込んだ書庫に置いてあった、四百年前の七英雄が一人、壌土王の日記。

 その魔術は、そこに記されていた彼女と冥助王の手合わせの記録から、着想を得たものであった。


 本来、魔法陣無しでは長文の詠唱を必要とする結界魔術。

 その外観、物理的干渉、魔術的干渉、あらゆる性能を排除することによって、詠唱を極限まで短縮する、『結界足し引きの原理』の極致。

 結界魔術は、外殻を形成する際に空間座標を指定する。

 三次元的空間に仮定されたその座標を基点に、遠隔で魔法陣を構築する。

 簡単に言えば、結界の天井に魔法陣を起動したのだ。

 便利な技にも思えるが、詠唱が必要な上、発動速度は参考元や上級魔術に到底及ばない。

 並の剣士ならば、発動を見てからでも難なく攻撃範囲外に逃げることができるだろう。


 しかし、ディンとランドルフが立っているのはリングの上。

 攻撃範囲外に逃げようとするならば、魔術を放ってくるディンの元へ走るか、場外に出るしかない。


 逃げ場を失ったランドルフ、氷柱を全て打ち砕くことを選び、その場で斧を構えた。


「おおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


[ランドルフ王子、氷柱を全て受け切るつもりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?]


 一心不乱に斧を振り続けるダークエルフの少年と、そこに容赦なく降り注ぐ氷の槍。


 いつしか観客達は静まり返り、氷の砕ける音だけが響き渡っていた。


 そこからしばらく経って、会場は無音となった。


[な、なんと……ランドルフ王子……]


 時が止まったような空間の中で、司会者は口をあんぐりと開いた。


 誰もが目を見開いていた。


[ランドルフ王子、全ての氷を退けたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!]


 リングの上で血を流しながら、肩で息をしている少年に、観客からは歓声ではなく、盛大な拍手が注がれた。


 そしてその時。


ーー火炎波フレイム・オーバーーー


 リング全体を、ディンの生み出した炎が包み。

 氷によって冷え切っていたリング上の空気は膨張し、更なる爆風を産む。


 発生した暴風は、観客達を舐めるようにして、空高く昇っていった。


 拍手の嵐は一瞬で風に攫われて、会場は騒然としていた。


[グ、グリム選手……ランドルフ王子が氷を砕いている間に詠唱を完成させていた!! 今のは火超級魔術か!?]


 黒焦げになって、置物のように倒れる王子を見て、誰もが唖然とした。


 それは最早、蹂躙であった。

 

[しょ、勝者! グリム•バルジーナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!]


 司会が叫ぶも、歓声は湧かなかった。


 ディンの容赦の無さに恐怖を示す者。

 非難の視線を向ける者。

 ディンの次手を読めなかったと悔しがる者。

 あまりの展開の速さに、未だ状況を飲み込めていない者。

 理由は人それぞれだった。


 そんな中、ディンは歓衆などどうでも良いとばかりに、黒焦げの王子が医療班に運ばれていくのをつまらなそうに眺めていた。


 後にこの試合は、『沈黙のA決勝』と呼ばれることとなった。


ーーー

【ディン視点】


 正直、敵討ちはあまり気持ちのいい物ではなかった。

 

 だがやり過ぎたとは思っていない。

 あいつもアインと同じか、それ以上の醜態を晒す必要があったからな。 


 次あんなことやったら、今度こそ骨にしてやる。


「浮かない顔だね」


 隣に座るリディは、そう言って俺の頭を雑に撫でた。


 現在、会場は最後のバトルロイヤル決勝のための準備に入っており、各ブロックの優勝者を招集しているそうだ。


 俺はその間暇なので、また客席に戻ってきたのだ。


「そう見えますか?」


「うん。君は闘いが嫌いだろうけど、勝った時はいつも嬉しそうな顔してるよ」


「そうですか」


 それは知らなかった。

 俺は痛いのも、死ぬのも、死なれるのも基本嫌だからな。

 そんな顔してるとは思わなんだ。


「何か気に食わないことでもあったかい?」


「いえ、別に……」


 強いて言うならば、アインに勝利したことを報告しにいったら、彼女が爆睡していたことだろうか。

 ちょっと寂しかった。

 せめて、窓の外を眺めながら、『ディン……』とか呟いてて欲しかった。

 スヤスヤと眠るアインの顔を見ていたら、あんなにキレてた自分がバカらしくなったよ。

 

「復讐は……するもんじゃありませんね」


「…………そうかもね」


 ぽっと浮かんだ言葉を口に出したら、リディはなにやら含みのある応え方をした。


 なにか、彼にも思うことがあるのだ——


[えー、決勝はバトルロワイヤル形式ですので! 入場前に選手紹介を行わせていただきます!!!]


 リングの清掃が終わったあたりで、司会者の快活な声が流れた。


 いつの間にかお通夜ムードを終えた観衆が、それに応えて拍手を送る。

 全く、その拍手を俺が勝った時にもよこせってんだ。


 まあ良い、とりあえず次の対戦者とやらを聞いてやろうじゃないか。


[まずはEブロック優勝者! 呪詛魔術を巧みに操り、相手を翻弄し続けた無詠唱魔術師!]


「ん?」


 なんだか聞いたことのあるステータスだ。


[呪いの姫君、ラトーナ•ディフォーゼ•リニヤットぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!]


 大歓声の中、俺とリディは互いに目を合わせた。


「「え?」」

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