第131話 薄っぺらな嘘
「アイン!!」
コロシアム一階、選手控え室と同じ区画に作られた医務室の扉を、ノックもせずに思いきり開いた。
いきなりデカい声を出したせいで、常駐していた治癒魔術師や看護師に睨み付けられたが、そんなのどうでもいい。
「アインはどこですか? 無事なんですよね?」
看護師が注意しようと近づいてくるのも押しのけて、真っ直ぐ治癒魔術師の小人族のところに詰め寄る。
「ひっ、左から3番目のベッドだよ……」
両手から冷気を撒き散らしながら恫喝したおかげで、小人族の治癒師は大人しく質問に答えてくれた。
人を脅すのには慣れてないが、案外やってみるもんだな。
相手が俺より背が低いのも理由なんだろうけど。
「ありがとうございます」
ひとまず礼をして、アインが寝ていると言うベッドに向かった。
「アイン……大丈夫ですか?」
できるだけ優しい声音を作って、ベッドを仕切るカーテンをそっと捲った。
「……」
カーテンで仕切られた狭い空間の中で、アインは布団にくるまっていた。
「怪我はもう大丈夫ですか?」
「……」
とりあえず、ベッドの脇に土魔術で小さな椅子を作り、そこに座る。
「……ごめん」
しばらく何も言わずにいると、彼女の方から口を開いた。
相変わらず布団にくるまったまま顔は見せてくれないらしいが、大事はない様でよかった。
「何がですか?」
「もしかしたら、君を巻き込んだかもしれない。この後の試合、何かあってからじゃ遅いから、出場をやめて欲しいんだ」
自分より、人の心配か。
「わかりました」
「……殺気が出てるよ。なんで嘘つくんだ」
「ついてないですよ」
「……もういいよ」
「わかってもらえれば結構です」
「「……」」
しばらく沈黙が流れたが、俺は思い出したように再び口を開いた。
「外じゃ今、アインは悪人扱いだろうけど大丈夫。
そっちはきっと、リディ達がなんとかしてくれる」
「……」
「だからここでゆっくり休んでくださいね」
アインの返事を聞かないまま、俺は椅子を立って、カーテンに手をかけた。
「……恥ずかしいね」
俺が去ろうとしたとろこで、アインは声を震わせながらそう呟いた。
俺は何も言わずにカーテンを閉めて椅子に戻り、彼女が続きを喋り出すのを待った。
「勝負にも負けて、何もかも助けてもらって……僕は……」
彼女は嗚咽を抑えきれなくなっていた。
「アインは悪くない。負けてない。
急にリングの足場が陥没したのだって、きっとあいつらの仕込みだ」
アインは何も言わなかった。
体を震わせながら、ただ必死に声を殺して泣いていた。
「じゃあ、俺は行きます」
「……負けないで」
ズルズルと鼻を啜る音の中に、彼女はそんな呟きを混ぜた。
引き止められては面倒だからと吐いていた嘘は、結局バレていた。
ーーー
コロシアム地下、地上のリングの真下にある魔法陣制御室へと繋がる廊下を、一人の少女が走っていた。
しかし、傍から見れば廊下には少女の姿も、それどころか足音すらない。
クロハは現在、レイシアの言葉に従い、最後の敵が残る魔法陣制御室へと急行していた。
先ほどの地響きは絶対に、王子陣営の者の手によって引き起こされた現象だろう。
そう予測して、彼女はリオンに連絡することも忘れてただ走っていたのだ。
そして今、魔法陣室の入り口へと立った。
クロハの視線には、黒いフードを見に纏った剣士が、なにやら天井の魔法陣をいじっている姿が映っていた。
そんな剣士を目にするやいないや、クロハは腕に刻んでおいた血文字に手を当て、魔力を込めることで再度魔術を発動させた。
ーー自己強化×魔術強化ーー
腰の剣を素早く抜き取り、透明化を解かぬまま、剣士に向けて突進する。
魔力消費を度外視した刻印魔術は、種族ゆえに元々高かった身体能力を、さらに何倍にも引き上げた。
しかし勢いに反して足音は、獣族ぐらいにしか察知できないほどに抑えられている。
クロハ自身の身軽さにムスペル王国で習った古武術や、リオンから聞いた狩人の極意などを取り入れた故の絶技だ。
「!?」
それでも、相手の剣士はクロハの気配を察知し、彼女の突進にカウンターを放つかの如く剣を横薙ぎに振るった。
奇襲をする側とはいえ、当然無警戒だったわけではない。
しかし、相手の振り抜いた剣が想像よりも速かったことで、クロハはカウンターをかわしきれず、胸部を切り裂かれてバックステップを踏むこととなった。
「不思議な魔術だ。透明化なんて見たことがない」
剣先についたクロハの血を振り払いながら、剣士は彼女のいる方向に剣を構えた。
フードの影、剣士の額から光が漏れた。
魔力感知に優れた魔大陸南西の部族、ロブハン族の第三の目である。
対するクロハ、魔術を解いてその姿を剣士の前に晒した。
胸部の傷は浅い……が、傷口から血が滴り落ちるせいで、どのみち透明化していても居場所がバレてしまう事を悟り、無駄な魔力の消費を打ち止めた。
クロハはここに至るまでに、潜入のための透明化を二人分、刻印魔術による身体強化を二回、傷を負ったレイシアの回復を一回と、全体の三分の二ほどの魔力を消費してしまっている。
透明化を察知して対処してくる様な手練れを前に、もはや胸の傷口を治療する魔力の余裕はない。
いやそもそも、回復なんてしようとすれば、すぐさま首を飛ばされるだろう。それほど二人の間には、明確な実力差があった。
故に、互いに出方を伺う必要もない。
防御に優れた瞞着流が、わざわざ奇怪な魔術を使う相手に自分から攻める必要は皆無、対してクロハはただがむしゃらに攻めるしか手段が無い。
故にクロハは、一切の躊躇なく飛び出す。
そして先程と同じ様に、突進しながら太腿に仕込んでいたクナイ様な暗器を透明化させて、四つほど投擲する。
対する剣士は落ち着いた表情で、迫り来る暗器を一撃で打ち払った。
「!?」
バラバラに散って飛来する対象を、一つの線で結ぶ様に、タイミングよく一度に打ち払う。
瞞着流超級以上を修める剣士に許された技『縫い払い』である。
クロハは動揺したものの、勿論その程度の飛び道具が通用するとは思っていなかったので、早々に次の手に移る。
相手はまだ得体の知れないクロハの魔術を警戒して、様子見の段階。攻める気配もない。
そんな状況を利用して、クロハは起死回生の賭けに出る。
クロハは右足のショルダーポーチから持てる限りの暗器を素早く取り出して、再び剣士へと投げた。
流れ作業かの様に、剣士はそれを打ち払おうと剣を振る。
「なっ!? ゲホッ!」
しかし、暗器は剣に弾かれることなく、その場で大量の砂埃を散らして霧散した。
「煙玉!?」
そう、クロハが二度目に投げたのは、暗器ではない。
暗器の幻を魔術で投影した、ディンお手製の炭塵、香辛料、小麦粉を混ぜた煙玉である。
そんな煙を吸い込んで咽込む剣士、構えを解いてはいないものの、明らかに隙ができていた。
クロハは急いで己の親指の腹を噛み切って、床に火炎魔術の刻印を刻もうとした。
「あぐっ……!!」
しかし相手は瞞着流の剣士、絡め手や小細工が得意な流派である分、その対応も早い。
煙による撹乱を受けながらも、血文字を刻もうとしたクロハを素早く蹴り飛ばし、壁に叩きつけた。
「ガハッ……うぅっ……」
壁際にぐったりともたれかかるクロハを封殺しようと、フードの剣士はすかさずトドメを刺そうと剣を上段に振り上げる。
そんな男を前に、壁にへたり込んでいるクロハは残る力を振り絞り、腕を前方に突き出した。
「それはッ……!!!」
クロハが突き出した手に乗っていたのは、オレンジ色に輝く、拳ほどの大きさの石。
名を爆魔石。
その名の通り、魔力を込めることで爆発する魔石の一種である。
「ッ!?」
剣士の手が止まる。
部屋に充満する謎の煙幕と、目の前の少女の爆魔石。
石の大きさは大したことはないが、粉塵爆発が起きれば部屋ごと吹き飛ぶ可能性がある。
そうなれば依頼された仕掛けごと粉々……いや、それどころか自分も重傷を負いかねない。
そんな思考が巡ったことで、男の剣に一瞬の迷いが生じた。
「ガァァァァァァッ!!!」
その一瞬の隙を縫う様にして、男の背後から全力の一撃を見舞うレイシア。
「なに!?」
クロハの魔術によって透明化していたレイシア。
本来ならば直ぐにその存在を感知され、不意打ちなど成功しなかったであろう。
しかし、幾つもの修羅場を潜り抜けてきた剣士が恐れるのは手負いの獅子。
とんでもない威力の自爆を行おうとする目の前の少女ばかりに気を取られていたのだ。
そしてその意識が、ほんの一瞬欠けた注意が、勝負の命運を分けた。
鉤爪状に変形させた魔力を手に纏って、剣士の背中を切り裂くレイシア。
相手の魔力の鎧とぶつかり合って、ガキンと金属音の様なものが部屋に響き渡る。
完全な不意打ちとはいえ、所詮は子供の一撃。
超級剣士の魔装を破ることはできない。
が、しかし——
「ぬ!?」
レイシアの一撃によって体勢を崩し、たたらを踏んだ剣士。
そして先に待ち構えるは……
「うっ……!?!?」
突き飛ばされた先にはクロハ……ではなく、空中に生成されたブレード状の結界。
剣士は体勢を崩していた為か踏ん張りが間に合わず、そのまま自ら空中に浮かぶブレードに倒れ込み、その腹を貫かれた。
タイミングよく剣士の前の空間に現れたブレード状の結界障壁。
リディアン•リニヤットの上級魔術、『遠隔障壁』である。
そ明日生じた大きな隙に畳み掛ける様に、レイシアとクロハが全力の連撃を叩き込む。
「「がああああぁぁぁぁぁッ!!!」」
フードの剣士は慌てた防御の姿勢を取るも、致命傷を受けてキレを失ったその剣では、リディアンの遠隔障壁による援護に阻害されて意味をなさない。
碌に防御も出来ぬまま、クロハ達の猛攻を受け続ける剣士。
5分ほど粘るも、出血とダメージの蓄積により意識を消失。
そこからさらに2分後、息を引き取った。
ーーー
二人の少女が、互いの体を支え合いながら、コロシアム地下の廊下を歩いていた。
「それにしても、爆魔石なんてよく持ってたにゃぁ」
息絶え絶えになりながらも、沈黙を嫌うレイシアは口を開く。
「あー、あれ……」
対するクロハ、無駄話を嫌がる余裕も無く素直に言葉を返した。
「あれはただの煙玉。爆魔石の幻を貼り付けただけ」
クロハは、相手の剣士に透明化の魔術しか見せていなかった。
幻を物に貼り付けられるという、クロハ本来の能力を知らなかった剣士は、見事その術中にハマったのだ。
この場にディンがいたのなら、『やっぱり便利♤』などというセリフを吐いて、ニタニタと引き攣った笑みを浮かべるだろう。
「へぇ〜、相変わらず頭いいにゃぁ〜」
「……ありがと」
「にゃ!? どうした、いきなり塩らしくなって……まさか死——」
「最後、レイシアが来てくれなかったら……死んで……た」
クロハは魔力枯渇によって朦朧とする意識の中で、その言葉を絞り出し、そしてレイシアに全体重を預けて眠りに着いた。
レイシアは、本当にクロハが死んだのだと勘違いして、リオン達から連絡が来るまで泣いた。
リオンによってクロハが無事だと知った彼女の顔は、しばらく真っ赤だった。
ーーー
【ディン視点】
ブロック準々決勝、残すは俺を含めて四人。
シードとして合流した俺は、試合が開始すると同時に相手の剣士を最大出力の魔術で氷山の中に閉じ込めてやった。
そうして試合をすぐに片付けた俺は現在、がらんと寂しくなった控え室で、早々に決勝の準備に入っていた。
クロハからの連絡によって、アインがやられたのはやはり何者かの妨害工作であることがわかった。
工作員は始末されたが、まだ何かあるやもしれん。
俺は俺で、何が来ても対策できる様に、想定だけはしておこう。
そこからあまり長くない時間が経って、ランドルフ達の試合が終わったとアナウンスがあったので、俺は案内に従って入場口へと向かう。
もう、躊躇はしない。
決勝戦? 知ったことか。
残りの魔力全部使ってでも、あのダークエルフを殺してやる。
『ちょくちょく本編に出るけど深掘りしてない設定』
四百年前の魔大陸の戦争において、巨人王や魔王を協力して倒した英傑、七英雄。
英雄王 イェン
魔術王 ラーマ
獣王 レオ6世〔本名ヤックル〕
冥助王 クロユリ
寵児 カーマ
壌土王 ???
??? ???




