第130話 王子達の策略
第三回戦も目立った問題はなく終わり、ランドルフとアインは第四回戦、ブロック準々決勝に進んだ。
この時点で残りは俺を除いて6人だ。
そしてそんな第四回戦。
ここに来て早くも、因縁のある者同士がぶつかることとなった。
[第四回戦一試合目! ランドルフ•ガル•ヴェイリル対、アイン•エルロードぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!]
ここまで、相対した敵を全て一撃で打倒したランドルフ。
そしてその流れに張り合うことなく、自分のペースで着実に相手を圧倒したアイン。
そんな二人がぶつかる、まさに注目の一試合だった。
会場もいつの間にか静まり返っていて、誰もが固唾を飲んで、その試合の行く末を見届けようとしている。
そんな中、リオンが剣呑な面持ちで言った。
『クロハ達からの連絡が途絶えた』と。
【クロハ視点】
コロシアム地下を一通り周り終えて、魔導具制御室へと戻ってきた。
「!」
入り口を潜ったところで目に入ったのは、部屋の中央、血溜まりの上で倒れている純人族の剣士。
部屋の奥には、傷だらけになって壁にぐったりと凭れ掛かるレイシアと、それを見下ろす獣族の女。
部屋で待機していたレイシアが、二人に襲われたのだと一目で分かった。
相手の獣族がこちらに気づいて目が合った時、私は既に敵に向かって走り出していた。
太ももに忍ばせていた暗器を透明化させて、相手に投げる。
側から見れば、ただ手を横薙ぎに振っただけの私。
普通なら何かを投げたとは思わないだろう。
けれど、相手は犬型の獣族。
鼻が効くのか、暗器の気配を察知して、すぐさま跳躍して天井に張り付いた。
「ガァァァァァ!!!」
そしてそのまま、天井を足場にしてこちらへと飛びかかってきた。
「!?」
取っ組み合いになりかけたが、私は覆い被さってきた女の腹を蹴って、巴投げで相手を引き剥がした。
急接近されてようやく気づいたけれど、あの女はディンが前に酒場に連れ出していた女だ。
つまり、こいつは王子の手先。
王子はクロエお姉ちゃんの敵。
殺さなきゃ。
「「……」」
互いに再び距離が開いたことで、睨み合いが始まった。
相手の出方を見たいところだけれど、そうも言ってられない。
レイシアの怪我の重度がわからない。
早めに治療しないと間に合わないかもしれない。
私は頬から滴る血液を指で掬い取り、胸元を緩めてそこに素早く二つの血文字を刻む。
ーー自己強化×魔術強化ーー
私が使える数少ない刻印魔術。
使って仕舞えば多大な魔力を失うが、今はレイシアの命の方が大事だ。
「なっ!?」
限界まで体を強化して、さらには透明化もして、相手の懐に飛び込む。
避ける暇なんて与えない。
「うぐっっ!」
相手の女のみぞおち目掛けて、全体重を乗せた全力の正拳突きを叩き込む。
「おぇ゛ッ」
吐瀉物を撒き散らしながら、獣族の女は白目を剥いて気絶した。
「はぁ、はぁ……」
勝負が終わるとやってくるのは、刻印魔術で無理やり体を強化した反動。
激しい動機と眩暈。
今の一瞬だけで、魔力も三分の一くらい無くなってしまった。
だけど、それも必要なことだった。
「レイシア! 起きて!」
鉛のように重い体を引きずって、レイシアの頬に手を添える。
「すぅ……すぅ……」
レイシアは弱々しく肩で息をしている。
私は沢山人を殺したから知っている。
これは、放っておいたら危ない状態だ。
急いで彼女の胸に、GとDの血文字を刻む。
いつもは露出が多い彼女の格好が目障りだったけど、こうして服を剥がずにすぐ血文字を刻めたから良かったと思ってしまった。
なんだか複雑だ。
ーー他者回復×魔術強化ーー
彼女に刻んだ血文字に手を重ね、ありったけの魔力を送り込む。
すると、レイシアの体を黄金色の魔力光が包み始めた。
彼女の体中にあった切り傷や痣が、みるみるうちに消えていく。
同時に、私の体からも多くの魔力が引き摺り出されていく。
気を抜いたら意識まで持っていかれそうだ。
「うっ……」
治療が終わると程なくして、レイシアは意識を取り戻し、その瞼を重たげに開いた。
「レイシア、大丈夫? 痛いところは!?」
「……ぁ、ぃ、ぁ」
「聞こえない」
「……敵はもう一人いる……にゃ」
よろよろと立ち上がった彼女がそう口にした直後、激しい揺れと轟音が、地下室中に響き渡った。
いや、今の揺れは地下室だけじゃない。
きっと地上で何かがあったのだ。
「あーしは……こいつら拘束してから……いくにゃ」
頼りない足取りで、彼女は私が気絶させた獣族の元へ歩いた。
「傷が治しきれてなかった? 本当に平気?」
そう尋ねると、レイシアはそっと私のほおに手を伸ばした。
「心配性だにゃ……ニ対一で疲れただけにゃ」
「本当?」
レイシアはたまに虚勢を張る。
私には本当の自分を見せようとしない。
不安だ。
「あーしだって死にたくないから、嘘は言わないにゃ。あと、敵は多分魔法陣制御室の方にゃ」
「なんでわかるの」
「最初あーしは3人と闘ってて、そのうちの一人が途中でそんなこと言って逃げたにゃ」
「どんなやつ?」
「黒いフードの剣士にゃ。あーしはほとんどそいつにやられたにゃ」
「ん」
私はそれだけ聞いて、あとは壁に刺さっていた暗記を回収して部屋を出ようとした。
そこでレイシアに手を掴まれて、引き留められた。
「待つにゃ、リオンに連絡して増援を——」
「それじゃ間に合わない」
私はレイシアの手を振り払い、再び透明化して走り出した。
ーーー
【ディン視点】
アインとランドルフの闘いが始まり、先手はアインが取った。
これまで散々、ランドルフに近づいたやつがカウンターでやらていたせいか、アインも警戒して、剣聖流『空斬り』による斬撃飛ばしで様子見をしている。
対するランドルフは一向に攻める姿勢を見せず、常にカウンターを狙っている様に見える。
場は少々膠着状態となっていた。
[おおっと、ここでエルロード選手が攻めた!]
ランドルフが攻めることはないと諦めたのか、しばらくしてアインが再び動き出した。
まあ、後手に回ると弱い流派だからそうするしかないんだろうがね。
互いに責められない状況を利用して、数秒溜めを作ってからの『空斬り』。
通常よりも大きな斬撃がランドルフに迫る。
[あ、あれ!? 結界が……]
ランドルフ、避けきれずに左手を負傷。
そして体勢を崩したランドルフ。
アインが攻め入るには充分な隙だ。
そう思ったが、アインは動かなかった。
いや、アインだけではない。
会場の誰もが、時が止まった様に硬直したのだ。
上空に映し出されていた結界モニターの消失と、リング場に張られていた結界が破壊されたことによって。
[なんとエルロード選手の斬撃によって、リング障壁が破壊されてしまったぁぁぁぁぁ!]
そう、ランドルフが避けたことによって、場外へと飛ぶはずだった斬撃。
しかし本来、あの程度の斬撃なら結界はビクともしないはずなのだ。
[えー、確認したところ予備の結界がありますのでこのまま続行を!]
司会の言葉で、再び全員の時が動き出す。
モニターがなくなったことで、誰もが席から身を乗り出してリングに視線を送っていた。
結界が解けた原因の究明は出来ていないらしい。
おどおどしていたアインも再びランドルフを見据えて、『居合い』の構えを取る。
そして力一杯、踏み込——
「「「「「あ」」」」」
会場の誰もが、そう漏らした。
『居合い』を行おうと踏み込んだアイン。
けれど踏み込み過ぎたのか、彼女の足場が陥没したことで軸足を床に飲まれ、体勢を崩してしまったのだ。
疾風流はどんな体勢からでも攻撃ができる。
けれど、今アインが使ったのは剣聖流の型だ。
そして一瞬のうちに生まれた隙を、ランドルフは見逃さなかった。
ここにきて初めて、ランドルフの方から攻めたのだ。
まるで、アインの足場が陥没するのを知っていたかの様な判断の速さだった。
その場から動けなくなったアインに対し、接近したランドルフは容赦無くその斧を振り下ろした。
ーー雫葉ーー
振り下ろされた斧に、アインは素早く己の剣の腹を添えて、その一撃を脇に受け流した。
少し前に俺が教えた、瞞着流の基本型だ。
「!?」
急死に一生を得たかに思えた。
ランドルフの攻撃を受け流したアインの剣が砕け散るまでは。
足場が安定していなかったから、型が失敗したのかと思った。
けど違う。あれはランドルフのガードブレイクだ。
そして直後、受け流されたランドルフの一撃が地面へとぶつかった。
[ランドルフ王子の一撃、凄まじいぞ!!]
直前で攻撃を逸らされたのが予想外で力加減を見誤ったのか、ランドルフの斧はリング深くまで食い込み、瓦礫の山に埋まった。
あの様子では引き抜くのに時間がかかる。
互いに武器を失った状況だ。
けれど、アインの片足はリングに埋まってしまっている。
身動きが取れないのだ。
だがそんな状況だろうとお構いなく、ランドルフはアインに向けて拳を放った。
大きく振りかぶった、素人の拳。
当然、アインはそれを左腕で難なくいなした。
「?……」
しかしその直後、異変が起きた。
アインが左耳を抑えながらよろめいたのだ。
結界のモニターがないせいで、遠目だとアインがどんな表情なのかわからない。
遠すぎるのだ。
この三階席からじゃ碌に見えやしない。
見方によっては、アインが攻撃を受けきれなかった様に見える。
[ランドルフ王子! 武器を捨て、拳で肉薄するッ!!]
続け様に打ち込まれたランドルフの右ストレート。
左耳を抑えて悶えていたアインはそれに対処する余裕がなかった様で、それをモロに受けた。
魔装の練度はアインが圧倒的に上だ。
いくら耳のダメージを引きずっていたとしても、咄嗟の防御くらいは——
[エルロード選手たまらず嘔吐!]
「……は?」
混乱した。
俺の予想は大きく外れたのだ。
アインは吐いて、片膝を突いて……
[ランドルフ王子容赦なし……え!?]
そうして俯いたアインの顎をランドルフが蹴り上げて、地に背をつけたアインに馬乗りになって……
[あっ……ストップ! 審判!]
慌てて止めに入った審判が、二人を引き剥がした。
「ッ……!」
「ダメだよディン、こういうのは運営の仕事」
リングに向かおうとした俺を、リディが力強く制止した。
言っていることはわかる。
だがしかし、今のはやり過ぎだ。
なにも蹴る必要は——
「やめたまえ!!!」
そんな中、会場には一人の少年の声が響き渡った。
声の主を探すと、そいつはリング端の観客席で、マイクらしき魔導具を持っていた。
「マルテだ……」
「ここで動くのか?」
静まり返った会場の中で、王子はマイク代わりの獣人と護衛の剣士を引き連れてリングに上がり、ランドルフの前に立った。
「相手はもう戦闘不能だった。どうして余計な一撃を加えたんだい?」
王子は諭す様な口調と声音で、ランドルフに問いかけた。
「ハッ、恐れながらマルテ王子……この者は一度王子の顔に泥を塗っておきながら、図々しくも再び貴方様に取り入ろうとしているのです。
しかも、結界を壊す様な反則までして!」
対するランドルフ、まるで元々台本があったかの様に、毅然とした態度でつらつらと言い訳を述べた。
最後の言葉をやけに強調して。
俺も馬鹿だな。
この状況になってようやく、アインがハメられたのだとわかった。
「なんと、それは大変なことだ。君は僕のために戦ってくれたんだね」
芝居がかった口調で王子はランドルフに笑いかけた。
「だが、なにも暴力では根本的な解決にならない」
「ッ……ですが王子! この者は——」
「これも僕の監督責任だ。彼女にはちゃんと僕の方から話をつけよう。
だからアイン•エルロードを許してやって欲しい」
王子がそう言い放つと、シンとしていた会場が拍手に包まれた。
胸糞なパーフォーマンスだ。
アインが結界を壊せるはずはない。
そんなの誰が考えてもわかるのに、みんな場の雰囲気に飲まれている。
クソ野郎が、そんなに地位が欲しいか。
アインが何したっていうんだ。
「王子とランドルフは組んでたのかぁ」
リディは腕を組んでリングを眺めながら、ボソリとそう言った。
「俺が止めればこんなことにはならなかった」
まるで人ごとの様な態度を取るリディにカチンときて、ついそんなことを口走った。
実際リディに取っては人ごとだ。
俺が動くべきでなかったのもわかってる。
これはただの八つ当たりなんだ。
リディは俺の方をチラリと見てから、ため息を吐いた。
「文句があるなら、ランドルフを叩きのめせばいいだろう。
それに、あーいう突飛な作戦には穴があるものだ。揚げ足取るには絶好の機会なんだよ」
「……」
返す言葉もなく、俺は口をつぐんだ。
その間、リディはセコウやロジーに何かを命じてどこかに行かせていた。
早速、今回の王子の作戦の対応策でも打ったのだろう。
「アインのお見舞い、行かないの?」
俺もリディに言われるがまま、席を立って医務室に走り出した。