第129話 鎧砕きのランドルフ
[先程と状況は変わり、ジャランダラ王子は防戦一本! エルロード選手はそこに容赦なく連撃を叩き込んでいくぅぅぅぅ!!!]
剣術三大流派、疾風流。
その姿勢はまさに『攻撃こそ最大の防御』。
型は小技ばかりで、基本的には相手が死ぬまで連撃を叩き込むという、どこぞのスキンヘッド脱獄囚もびっくりの脳筋戦法だ。
[あー! また一つ、ジャランダラ王子が傷を負った!!]
王子と呼ばれる魔族はアスラ族という不死魔族の血筋らしい。
残念ながら不死の特性は受け継いではないものの、その肉体性能は凄まじく、大木を軽々引き抜く様な怪力と、中級魔術程度ならデコピンで弾く鋼の肉体を持っているのだ。
そこに魔装が加わるのだから、その恐ろしさたるや。
手数ばかりで威力は控えめな疾風流では、すぐに傷を負わせることはできない。
それこそ剣聖流などの重い一撃が必要だ。
けれどアインは他とは違う。
彼女が修めているのは死神流。
疾風と剣聖を掛け合わせたラルド独自の流派だ。
俺は才能がないのでラルドに教えてもらえなかったから、その概要をハッキリ知らない。
だからリディから聞いた話でしかないが、流派の特徴は疾風流と似た高速連撃の中に、必殺の一撃を混ぜ込むスタイルをとるそうだ。
フェイクとなる連撃の殆どは軽いのだが、そのどれかに潜んでいる必殺の一撃はほぼ防御不可。
動きを知っていたとしても、対応するのは非常に難しいだろう。
[ジャランダラ王子、ここでやぶれかぶれの攻勢に転じる!]
攻撃を防げず傷を蓄積した巨漢、身体中から血を流しながら、その場でぐるぐると軸足回転。
突然の悪あがきとも取れるその行動に、アインも思わずバックステップを踏んで距離を取った。
疾風流、及びラルド流には攻撃を受けるという概念はない。避けるだけ。
やぶれかぶれ。
魔術師であり、戦闘の素人である司会はそう言ったが、今の薙ぎ払いはアインを引き剥がすには、最善手ではある。
「勝負ありだね」
リディがそう言った瞬間、青白い三日月型の魔力の塊がリングの床を舐め、回転を終えて再度構えを取ろうとしたジャランダラ王子へと喰らい付いた。
王子の肩から腰にかけてがパックリと開いて、そこから紫色の血が吹き出す。
[勝負ありぃぃぃい! 決まり手、エルロード選手の剣聖流『空斬り』ぃぃぃい!]
響き渡る歓声の中、王子は空を仰ぎながら両膝をついた。
そんな彼の下には、大きな血溜まりが出来ていた。
ジャランダラ王子から距離を取ったアインは、彼が回転を止める前にすかさず構え直して、渾身の一撃を溜めた。
月牙転生……じゃなかった、それはいわゆる斬撃を飛ばす技『空斬り』である。
威力はそこまで高くないので、普段は牽制程度にしか使えないが、2,3秒ほど溜めを作れば有効打になり得る。
回転をやめてよろめいた王子に、アインはそれを放ったのだ。
本来の王子のフィジカルなら、見てからでも回避……はできなくとも、防御くらいならできたと思う。
けれど、それは不可能となった。
下半身、主に足に負った大量の傷によって出来た血溜まりで足のグリップを失い、体勢を崩したのだ。
体格に二メートル以上差がある二人、アインが攻撃を当てる箇所は、基本的に相手の下半身だ。
いくら王子が機敏とはいえ、自分より小柄でスピードタイプのアインにチョロチョロ動かれては、さぞやりにくかっただろう。
後半なんて、防御を捨てて攻撃を当てることに集中していた。
そしてそれが仇となった。
「勝てそうかい、ディン」
ニタニタと俺に流し目を送るリディ。
俺に発破をかけるつもりか。
「使える手は全て使って勝ちますよ」
とりあえずそう言ったが、正直自信はあまりない。
こうしてアインの闘いぶりを見てみると、授業での手合わせは手抜きだったのだわかる。
いや、性格上あいつはそんなことしないから、まあ言うなれば様子見で実力を抑えられていたんだ。
補助魔導具や、氷以外の属性を封じている俺がアインと戦って、勝てる確率はどれくらいだろうか。
奥の手を使えば或いは……
「刻印魔術くらいは使ってもいいんじゃない?」
「え、いいんですか?」
「一応君もラーマ王の師事を受けたって設定があるから、使ってもいいと思うよ」
「はぁ、なるほど」
「君が不安そうな顔してたからね〜」
お見通しだったか、さすがリディ。
面目ない。
どうせなら俺も『別に、あれを倒してしまっても構わんのだろう?』なんて言いたかった。
ーーー
さてさて、その後も試合は順調に進み、第一回戦目は残す所あと1試合となった。
今のところ、王子の陣営が妨害工作をしてくる気配はない。
クロハ達が捉えたという男も、名前も知らん中級貴族の回し者だったと先程連絡が入ったしな。
いったい、奴らはいつ動き出すのだろうか。
ここまで行われてきたのは不戦勝含め49試合。
アインが灯した熱気は既に冷めつつあり、運営の意図を考えればこの試合もなかなか面白くなるはずだ。
というかまあ、ここまできてまだ選出されていない男が一人いるので、そいつのことを考えれば面白いのは当然か。
[さて、第一回戦も最終試合!この試合は必見です! みなさま重荷は既に降ろしてきたでしょうか!?]
最後のはいわゆる、トイレは済ませましたか的な文句だ。
ちなみに俺は、コロシアムのトイレは汚くて使いたくないので結構前から我慢している。
「いよいよだね!」
そんな切羽詰まった俺の隣には、自慢の八重歯を輝かせて、はにかむ青髪の美少女。
先程、ワハハとか笑ってそうな不死魔王もどきを切り伏せた美少女だ。
そして一応は俺の婚約者なわけだ。
「ランドルフの試合、そんな気になる?」
「当然だよ! 彼は正面から僕が倒さなきゃだから!」
そう息巻いているアイン。
大丈夫だろうか、死亡フラグではないだろうか。
[さあさあ、それでは最終試合! 登場するのはこの男!
ヴェイリル王国第四王子、しかしただの王族とはわけが違う! 生まれ持った特異な魔術により着いた名は『鎧砕き』!
ランドルフ•ガル•ヴェイリルぅぅぅぅぅぅ!!!]
完成と共に現れたのは、白髪と褐色肌を持つ長耳族の少年。
目立った防具は身に付けておらず、その代わりに特徴的な武装を持っていた。
「あれは斧……だよね?」
「いや、杖じゃないの?」
俺もアインも、それをなんと呼ぶべきか決めかねた。
宝石、おそらく魔石が埋め込まれた細長い杖に、取ってつけた様な三日月状の刃。
まさに両手斧と杖を融合した様な形状の武装だ。
「へぇ、変わった武器だね」
リディも少し驚いてる様子。
ランドルフの戦闘に関する前情報はなかったもんな。当然か。
[迎え撃つは、昨年度魔導科首席、二属性無詠唱のこの男! ロールズ•シビル•リニヤットぉぉぉぉぉ!]
登場したのは、高そうな茶色のローブに身を包み、片手にはこれまたお高そうな黄色の魔石をはめ込んだ杖を握る、金髪の少年だ。
なんとまあ、リニヤット家ときた。
「リニヤット家って、子供を学園に通わせるんでしたっけ?」
「うーん、基本的に通うのは分家の人間かな。ただ相伝魔術の漏洩を防ぐために、家系の魔術を無詠唱で扱えて、かつ優秀な人間に限ってるかな〜」
リディは渋顔を作って、顎を撫でながらそう言った。
少々予想外の展開だったらしい。
だがまあ、俺としてはさほど焦ることでもない。
シビル•リニヤットは土魔術の家系。
相伝というだけあって、歴史あるリニヤットの魔術は手数に長け、応用が効いて強力だが、トリトンやリディが言うには型通りの動きになり過ぎて読まれやすいとのこと。
つまり、事前にこの目で相手の使う技を見て置けるだけで、勝率は跳ね上がる。
良くて魔術は互角だろう。
相手は見たところ、根っからの魔術師タイプだ。
なら近接がいける俺の方が有利なはず。
[それでは両者構えて……]
コロシアムが静まり返り、緊迫した雰囲気が漂い始める。
やはりビッグネーム同士の対戦は関心度が違うな。
[始め!]
司会の声と共に銅鑼の音が鳴り響いた。
先に動いたのはリニヤットの魔術師。
地面に手をついて発動したのは……
[ロールズ選手! 無詠唱にて『土槍』を発動!]
魔術師が触れた地面からは、無数の鋭利な岩が迫り出し、斧(?)を構えて走り出したランドルフへと迫っていく。
発動速度は結構早い。
土専門の魔術師なだけあって、俺と並ぶレベルか。
それに対しランドルフ、杖の様な斧の柄を地面に突き立て、棒高跳びの様にして土槍の針山を飛び越える。
かなり高い跳躍だ。
それなりの魔装、もしくは風魔術、果ては魔導具の補助もあり得るな。
[土槍を華麗にかわしたランドルフ王子、しかし空中で無防備となった彼に、ロールズの『岩礫』が迫る!]
今の場面、ランドルフを仕留めたいなら超級魔術の『岩砲弾』を使うべきだった。
それを控えたということは、あの魔術師の攻撃力は中級止まり。
火力面では、まず俺の勝利。
[なななんと!? ランドルフ王子防御をしない!?]
飛来した複数の岩礫をその身に受けながら、ランドルフは斧を振り上げたまま相手の魔術師の元へと落下していく。
もちろん、左手に装備していた申し訳ばかりの盾で急所を覆っているが、その程度じゃ被弾は防ぎきれない。
当然、体の節々から流血している。
取り回しの悪い両手斧では、たしかに岩礫を捌ききれないだろうが……ここまで防御を捨てるのか。
[ランドルフ王子、岩礫の嵐を越え、その斧を振り下ろす!
対するロールズ選手、『土壁』にてその一撃を受け止めんとする!]
そして、決着は早々に着いた。
振り下ろされたランドルフの斧が、大気を割く様な金属音を立てながら、分厚い岩の壁をバターの様に切り裂いたのだ。
金属加工所とかで聞こえてくる、電鋸で鉄板を切ったかの様な音だ。
対する魔術師、『土壁』を破られることを想定していなかったのか、次手への反応が遅れてしまい、真っ二つに割れた岩から姿を現したランドルフの、斧による峰打ちを受けた。
[勝負ありぃぃぃい! 勝者、ランドルフ王子!!!]
ーーー
「……あ、挨拶が遅れてすみません!
ディ……グリムの幼馴染のアイン•エルロードです!」
試合が全て終わり、審査員達によるシード決めによってしばらく休憩時間となったところで、アインが立ち上がり、俺の隣に座るリディに頭を下げた。
「あ〜、そんなに畏まらなくていいよ。よろしくね〜」
対するリディは少しそっけない態度で、アインの顔も見ずにヒラヒラと手を振った。
「あの……グリムとはどういう関係で……」
「この人が俺を推薦したんだよ」
なんだ微妙な雰囲気だったので、俺が会話に割り込んだ。
「あ、そういう、へぇ〜」
アインは納得がいったようで、大人しく席に着いた。
「さっきの試合、何やってるか全然わからなかったよ」
しばらくして、アインが再び口を開いた。
随分と悔しそうな表情で、ため息を吐いている。
「そうだね。ていうかてっきり、リニヤットが勝つかと……」
そう、誰もがそう思っていた。
実際試合が終わった直後には、何やら薄っぺらい紙切れを握りしめて頭を抱えている奴もいた。
賭けに負けたのだろう。
シビル•リニヤットの土魔術は魔石を操るため、手数が多い。
実際、盾として出した『土壁』も、普通のと色が違ったし、硬魔石あたりが材料だろう。
しかし、ここは流石というべきか『鎧砕き』のランドルフ。
防御貫通で相手を仕留めるとはな。
「『鎧砕き』の仕組みはわからないけど、彼はそこそこ知恵が回るね」
アインと二人揃って眉を八の字にしていたところで、リディがポツリとそう言った。
「どういうことですか?」
「彼はこの大会の仕組みを利用して、最小限の労力で相手を打倒したんだよ」
「負傷覚悟で突っ込む作戦がですか?」
「選手は試合を終えると治癒魔術をかけてもらえるから、短期決戦を狙うなら傷なんて気にする必要ない。
けどね、疲労の蓄積は英級以上の治癒魔術でしか回復しないから、むしろ気にするべきはそっちさ」
「それであんな無茶を……」
「どのみち近づかなきゃ攻撃出来なかったんだろう。ならギリギリを演出して、相手を同じ土俵に引き寄せるのも手だ」
なるほど、ランドルフに遠距離での攻撃手段がない可能性もあるのか。
だとすると俺が闘う場合は、距離をとって遠くからネチネチ攻撃すればいいんだな?
良し、チキンでいいとも、勝てればな。
俺は芋虫野郎にでもなってやろう。
アッチ側に行くんは俺や!
「凄いや……そういうことか」
アインも目を見開いて頷いている。
勉強は出来ないくせに、今の内容は理解できたらしい。
[ええ、皆様お待たせいたしました! 第二回戦の開始と同時に、シード者を発表させていただきます!]
と、どうやら審議は終わったらしい。
願わくば、ここでシード権を得てブロック決勝まで温存して起きたいものだ。
これを目当てに、わざわざどデカい氷山を作ってアピールしたんだ。
頼む……頼む頼む頼む!
[Aブロックのシード者は、グリム•バルジーナぁぁぁぁぁ!]
「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「くそう……負けたよ、おめでとうディン!」
「ありがとう。ひと足先に決勝で待ってるよ」
ーーー
その後二回戦が始まり、ランドルフもアインも無事に勝ち抜き、三回戦へと至った。
この時点で残る選手は俺を含めて13人。
鎌倉幕府も維持できちゃいそうだ。
浮かれていた。
そう、油断していたのだ。
この時既に、事は動き出していたのだ。
流派まとめ『最新版』
剣聖流
言わずと知れた王道剣術。最も歴史が古く、対魔物に特化しており、何よりも一撃の重さを突き詰める剣術流派。
溜めが長いので、細々としてかつ展開の早い対人戦には向かない。
しかし、高速移動攻撃である『居合い』や、剣士に珍しい遠距離技、斬撃を飛ばす『空斬り』などの型があるので、それなりの強者は齧っている場合が多い。
疾風流
体操選手の様な体捌きや、曲芸じみた剣の持ち替えなどを使い分けて、縦横無尽かつ柔軟に連撃を叩き込む剣術、及び槍術流派。
瞞着流
カウンターや騙し討ち、その他尾行術や近接格闘術など、様々な手段を持って戦う流派。
守りに偏った性質の型が多いが、流派全体として見れば忍者の様なイメージが強いかも。
停進流
作中では使用者がセコウしかおらず、しかも具体的な描写が一つもない流派。
盾を交えた防御寄りの、安定した戦いを求める流派。
人を倒すためというよりも、疾風流と瞞着流に勝つために生み出された流派。
獣王流
魔装の起源である拳法。
四百年前の魔大陸の戦争において、巨人王と魔王を打倒した七英雄の一人、獣王レオが使用していた特殊な闘法を規格化したもの。
手元に集めた魔力を鉤爪状に変化させるなどして闘うのが基本であり、現在の獣族にも受け継がれている。
ダナルガリヤ
ムスペル王国の古武術。
空手と合気を合わせたようなやつ。
瞞着流の近接格闘術の原型である。
本家の方が守りに寄った型が多い。
補足 有名どころはこの程度だが、ダナルガリヤは使い手がめちゃくちゃ少ない。




