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第12話 ディン•オード(の心)は動かない


 部屋を出て、ザモアと共に顔合わせの場に向かう。

 

 壁に等間隔でズラリと並ぶ絵画を、同じく等間隔で配置された窓から差し込む光がスポットライトのように照らすこの廊下は、さながら小さな美術館だな。

 歩いているだけで緊張するよ。

 

「こんなに日光を直当てして、絵の具が傷まないんですか?」


「ほほ、博識ですねぼっちゃま。もちろん大丈夫ですとも、それぞれの額縁には結界の術式が刻まれていて、乾燥や日光を限りなく軽減しているのです」


「へぇ〜」


 そんな魔術の使い方もあるのか。エネルギーは魔石を電池代わりにしてるのかな。


「「……」」


 そして再び訪れる沈黙。

 ザモアは別に話しにくい人じゃないんだが、立場か何かを気にしてか、決して自分から喋り出すことはないので、俺が会話を続けなければこうなってしまう。

 だから俺は必死に話題を探る。


「へ、部屋まではどのくらいですか?」


「そうですね、南棟の二階にありますので、三分もかかりませんな」


「「……」」


 コツコツと、互いの靴の音だけが廊下に響き渡る。


「……そういえばこの屋敷、随分と静かですね」


「ここは客人用の棟ですからな。まあ、北棟も分家の方々が出払ってしまっていて、西棟以外は同じようなモノですが」


「出払い?」


「当主のスペクティア様が王都の会議に出席してらっしゃるので、分家の皆様方はその護衛ですな」


「なるほど……会議なんてあるんですね」


「ミーミル王国四大貴族ともなれば、このようなことは日常茶飯事なのですよ」


「四大貴族なんてあるんですか?」


「おや、ヘイラお嬢様から聞き及んでいるものとばかり」


「母様は肝心なことをいつも言わないので」


「…………まあ、お嬢様は自分の世界をお持ちですからな」


 だいぶ言葉を濁したな。


「そういえば母様と仲が良さそうでしたけど、どういった関係なんですか?」


「私が執事長になるまでは、あの方にお仕えしていたもので」


「あ〜そういう……」


「軽く説明致しますと、四大貴族とはミーミル王国全貴族の頂点に立つ貴族であり、どの家もリニヤットの名を冠しているのです」


「全部の家が同じ名前なんですか?」


「ええ。リッシェ、フィノース、シビル、そしてここディフォーゼ家。それぞれが国の各地を統括しているのです」


「へぇ〜」


 え、俺って結構良い所の血筋ってこと?

 ますますヘイラがなんであんな感じなのか分からなくなってきたわ。


「——と、いつの間にか到着してしまいましたな」


 ザモアはそう言って、豪華な装飾の施された大きなドアの前に立った。

 

 威風堂々たるそのドアを前に、思わず息を呑む。

 

「ディンぼっちゃまが到着致しました!」


 おいディンぼっちゃまはやめろ。


 ザモアに通されたのはかなり広めの客室。

 無機質な白色が壁が一面に広がっていて、そこかしこにまたまた高そうな絵画。

 部屋の中央には背の低い長机が置いてあり、それを仕切りにするかのように椅子が配置されている。


 雑貨の多さとピリついた雰囲気も相まって、さながら大晦日のお仕置き番組の待合室を想起させられた。


「これで揃いましたね。さあ、座りなさい」


 俺から見て一番奥に座っていた老婦人がそう言った。

 座席の位置からして一番地位が高そうだな。俺の祖母かな?


 とりあえず、彼女に促されラルド、ヘイラ、その二人に並んで俺も席に着く。


 向かい合う反対側の席には同じく男女二人と空席が一つか。


「ではまず、私から軽く自己紹介を……」


 そう言って、老婦人はコホンと咳をした。

 なんだろう……貴族というだけあって、仕草一つとっても優雅なのだが、物凄く怖い。


 別に顰めっ面ってわけでもないし、声を荒立てているわけでもないのだが、常に全身に刃物を向けられているような、そんな緊張感を放っている。

 失礼のないようにしないと……


「私はエルズ•ディフォーゼ•リニヤット。現当主スペクティアの妻にして、貴方の祖母に当たるものです。主人が留守の今は私がこの家を預かっています」


「あ、ディン……ディン•オードです。よろしくお願いします、お婆様」


「ええ、よろしく。歳の割にしっかりとした子ですね。全く誰の子なんだか……」


 そう言いながら婆ちゃんが横目でヘイラ達に視線を流すと、ヘイラは顔を赤くして目線を逸らし、対するラルドはボケーっと部屋の隅にある花瓶を眺めてどこ吹く風。


 どうやら俺の両親は婆ちゃんから問題児認定を受けているようだ。まあ、驚きはしない。


「さて、そろそろ本題に入りましょう」


 あ、そうか。そういえばヘイラがなんか頼み事されたとか言ってたな。


「母様、ここからは僕が」


 そう言って立ち上がったのは、ラルドの向かいに座っていた男。

 歳はラルドと同じ二十代後半くらいか、それより少し上か?

 婆ちゃんと同じくあんまりアクセサリーとか着けない着飾らないタイプだな。

 まあ顔がいいからこれ以上盛る必要がないのもわかるが。


「次期当主のアーベスだ。ヘイラの兄で、君の伯父に当たるわけだ。隣は私の妻のシルだ。よろしく頼むよ」


 爽やかな声で、彼は俺に笑いかけた。

 飄々とした身振りがなんだか胡散臭く感じるが、まあ話しにくい堅物とかよりは良いだろう。


「はい、うちの母様がお世話になっております」


「あははは! 聞いたかいヘイラ? なかなか面白い子じゃないか!」


 アーベスの笑い声が静かな部屋に響き渡る中で、ヘイラに肘で肩を小突かれた。


「——それで早速だが、仕事の件は聞いてるね?」


 突然スイッチが切れたかのように真顔に戻ったアーベスが、俺の方に向き直った。

 

「え、知りませんけど。僕に何か関係あるんですか?」


 軽く笑いながらそう返すと、なぜか部屋が静まり返った。


 そしてやけに驚いた表情を見せたアーベスが、ゆっくりとヘイラの所に歩いて行き、俯く彼女の顔を覗き込む様にしてしゃがみ込む。

 

「ヘイラ」


「す、すみませんお兄様ッ!」


 どうやら、またヘイラがやらかしたらしい。

 確かに頼み事を受けに行くとは言われたが、それを受けるのが俺なことも、その内容も聞かされていなかったな。


 ほれみろ、凛としていた婆ちゃんまで顔に手を当てる始末だ。


「はぁ……まあ、この話は後でじっくりするとして、本題に戻ろう」


 アーベスがパンと手を叩くのに合わせて、俺も姿勢を正す。


「それで、僕の仕事とは?」


「この家に滞在している間、私の娘のラトーナに魔術を教えてやって欲しいんだ」


「それはどうしてまた……」


「ん〜平たく言えば、反抗期ってところかな?」


「反抗期?」


「昔は真面目な子だったんでけどね、あの子の愛犬が死んだ時だから……ちょうど二年前くらいかな? 急に私達大人から逃げるようになってしまってね」

 

「なるほど?」


「聞いていると思うが、仮にも魔術の名門リニヤットの、ましてやその本家の長女が魔術もできないなんて知れたら、分家の者どころか他所のリニヤットにも立つ背がないんだよ」


「あーなるほど!」


「同い年で、五属性魔術を無詠唱で行使できるなんて、歴史上見てもあまり例を見ない君だ。なにか彼女の刺激になればと思ってね」


「はいはい!」


 なるほど、やりたくない。

 アインのことで学んだが、人に魔術を教えるのはかなりの難行だ。

 常人ならまだしも、極度の馬鹿か、もしくはなんのやる気もない奴にそれをやるとなると、その労力は計り知れない。


 完璧主義という自覚はないが、今の所順調な人生で、俺が師匠になる以上はそれなりの結果を出して欲しいのだ。


「うーん……」


 だがしかし、俺も中身は日本人。ここで素直に『NO』と言えない。

 適当に首を傾げて、お茶を濁したいと思っている。


「受けてくれたら、将来は僕の元で働いて貰おうと思ったんだけどな〜」


「……それはメリットなんですか?」


「おや、じゃあ君は将来どうやって生計を立てるんだい?」


「え……魔術とか?」


「魔術師として生計を立てたいなら戦場に立つか、もしくはどこかの貴族に媚び売って出資を募って研究をするのどちらかになるよ?」


「……まあ」


「前者は厳しいね。今時フリーで戦場に立つ魔術師はいない。となるとどこかの騎士団に属することになる。君レベルの術師だと優秀すぎて使い潰されるだろうね。出自が地味でバックが弱い君は」


「ッ……」


「となると後者も……おっと、これも厳しい。昨今は王立学園の魔道科が発達してきたから、出資はそっちにしたほうが手堅い。フリーの研究者が掛け合ったところで門前払いだね」


「……」


「聞いたところ、君は剣の腕が立つわけでもないから父上の道場を継ぐことも厳しそうだ。はてさて、君は一体どう——」


「わっ、わかりましたよ! やりますよ!!!」


 くそ、なんて卑怯なやつだ。子供相手に将来の不安を煽るような真似しやがって。

 せっかくの異世界転生の雰囲気ぶち壊しだわ。


「あ、あと1ヶ月後の貴族の交流会に君をラトーナの護衛役として付けようと思うのだが……」


「えぇ……」


 なんで俺がお嬢様のお守りなんか……


「格式高いパーティーでね、良家の娘も多く出席してるから、君のような人間はさぞモテる——」


「良いですねそれ!」


 ハッ……やられた! こいつ俺の性格を知ってふっかけやがったな。


「決まりだね。ラトーナ! 入ってきなさい!」


 そうして間髪入れず、アーベスが声をあげて手を叩くと、応接室の戸が開く。


「あ」


 そしてその扉の前には、磔になった某救世主様のような体勢で、使用人二人に両脇をガッチリ固めて抱え上げられたヒステリックお嬢様の姿があった。


 元が垂れ目だと思えないほどに釣り上がった眉尻と、への字に結ばれた口。

 どっかで無理やり拉致られて来たんだろうなと、一目でわかる。


「ラトーナ。今日から君の先生兼、お付きになるディンだ。挨拶しなさい」


 アーベスがにこやかにそう伝えると、彼女の睨め付けるかの様な視線がこちらに向く。

『どこ中だゴラァ』なんて言って来そうな目だ。これじゃあ『君に夢中さ』なんて返せたもんじゃない。


「どうして、私がこんな子供にモノを教わらなきゃいけないのですか?」


「結界魔術『足し引きの法則』を説いた学者の幼少期は、逆に家庭教師が教えを乞うほどだったと伝わっているよ?」


「……リニヤット家として、外部の講師に頼るなんて恥ずかしくないのですか!?」


「仮に、魔獣の毛の一本程でもそう思うなら、僕の前で魔術を使って見せてくれないかね」


「ッ……そこの銀髪!」


 言い負かされたお嬢様の視線が、再びこちらに戻る。


「「どっちの?」」


「叔父様じゃなくてちっちゃい方のです!!」


 あ、俺か。


「なんですか?」


「お金は出すから、今すぐこの仕事降りてちょうだい!」


「いや、なんの権限があってそんな——」


「私はリニヤット家の長女よ!? お金もある程度持ってるし、悪い話じゃないでしょ!?」


「……辞めれば、お金をくれるんですか?」


「ええ、そうよ!」


「……」


「どうしたの!? ほら、早く!!」


「だが断る」


「何で!!!」


「このディン•オードが最も好きなことの一つは、自分が偉いと思ってる奴にNOと言ってやることだからです」


「ッ……あなたねッ!!!」


 ラトーナが暴れ出す。

 使用人が抑えてなかったら、今頃殴りかかって来ていただろう。

 近づいてくるということは、近距離パワー型だろうか。


「もういい、その子を部屋に戻してくれ」


 ラトーナの俺への罵詈雑言が響く中、アーベスが手を叩くと、使用人達は彼女を連れてそそくさと部屋を出て行ってしまった。


「はぁ……」


 顔に手を当てて座り込むアーベス。

 まずい。

 いくら相手がクソガキとは言え、流石に身分が上の相手にデカい態度を取りすぎたかもしれん。

 なにか弁解を——


「全く、死神の子なだけあって、期待を裏切らないね。明日からよろしく頼むよ」


「あ、はい!」


 ラトーナへの粗相はどうやら見逃された様だ。

 とりあえず話も済んだみたいだし、彼らの気が変わる前にお暇しよう。


ーーー


「ふぅ……緊張しました」


「お疲れ様でしたぼっちゃま」


 帰りの廊下はやけに足が重い。

 緊張が解けてどっと疲れが出た感じだ。


「そういえばアーベスさんが最後に『死神の子』なんて言ってましたけど、あれ何のことですか?」


「おや、ラルド殿から聞いておりませんか」


「父様は自分から喋らないので」


「寡黙なお方ですからな」


「無愛想の間違いでは?」


「ははは、これは手厳しい。さて、死神とは貴方のお父上がヘイラ様と出会う前の通り名ですな」


「通り名?」


「ラルド殿は元々、有名な小規模傭兵団の出だそうで、独立した後に名をあげて今に至るのですぞ」


「へぇ〜」


 まあ、あの人強いもんな。


「ヘイラ様と結婚する時なんて、木刀一本でこの屋敷に乗り込んで来て、当主様以外みな……」


「え、襲撃したんですか!?」


「スペクティア様が結婚に反対したものなので、半ば強奪に近しいモノでしょうな」


 だからあんな辺境の地に住んでたわけか! 

 いや、ていうかラルド。あいつどんな感情でこの家に来てんの?


「——と、いうわけで少々この家の人間はあなた方親子に当たりが強いとは思いますが、何か困ることがあれば何なりとこのザモアめに」


「あ、はい。ありがとうございます」


 こうして、俺のリニヤット家滞在初日は幕を閉じた。

 今思えば、この日が一番楽だったかも知れない。

転生小話

 ラルドは10歳ぐらいから話に出てきた仲間に拾われる形で各国を渡る修行をしていた。

 部隊の名は『トラモーテ』小規模でしたが、実力は各国に知れ渡るほど。

 とある機に解散し、散り散りになった当時のメンバーは各地で名を上げたとか上げてないとか。

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