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第126話 王子の尻尾

「失礼致します!」


 ミーミル王立学園学生寮、その中のとある部屋の扉を、ダークエルフの少年が快活な声と共に開いた。


「やあ、君がランドルフ君だね。俺になにか御用かな?」


 ダークエルフの少年——ランドルフが入った部屋の奥、そこには彼に背を向けながら、窓の外の中庭を眺めている金髪の少年の姿があった。

 彼の名はマルテ•フラン•ミーミル。ミーミル国王の長男にして、次期国王とも名高い人物である。


「貴重なお時間をいただき感謝致します。改めまして、僕はヴェイリル王国第四王子、ランドルフ•ガル•ヴェイリルにございます」


「うん、知っているよ」


 ランドルフは片膝を突いて頭を下げた。

 そんな彼の流麗な作法を前に、マルテは砕けた口調と極めてフランクな態度で対応した。

 ヴェイリル王国はミーミル王国の植民地であるため、形式上マルテが彼と同格とされるような作法をとることは許されないからである。


「それでわざわざなんの御用かな、君のような優秀な人間が」


「ええ、本日は不遜ながらも、王子にご提案をさせていただきたく」


「へぇ、聞かせておくれよ」


 王子は部屋の椅子に肘で頬杖をついたまま、あたかも王のような姿勢で会話に臨んだ。


「はい。実は僕、王子の力をより盤石とするための策をお持ちしまして」


「へぇ? 続けてくれ」


 マルテは目を細めて、口角を釣り上げた。


「はい、まずはアイン•エルロードを利用しまして——」


 朝起きてアインと共に剣を振り、そのあとはレイシアと格闘技の組み手をして、学園の周りをジョギングする。

 朝食を食べて、アインやレイシア達と講義に出席する。


 最近はそんな一日を繰り返しているが、今までと変わったことが一つ。


「君、良かったら俺とディナーでもどう?」


 たまたま教室で見かけた獣族の女の子に近づいて、爽やかに笑いかける。


「は、はい……」


 一瞬戸惑いつつも、相手は赤面しながら了承。

 ちょろいものだ。


 そう、俺はここ最近になってナンパをするようになった。

 というのも、あくまで王子に関する情報を集めるためだがな。


 クロハやレイシアが情報を頑張って集めている中、俺だけ何もしないというのは良くないからな。

 自分の顔面と、生前漫画で学んだ歯の浮くようなくっさい台詞を利用して、巧みに例の食事処へと誘導し、酒で吐かせる。

 そんなことを、アインの目を盗んで何度も繰り返している。


 当然おかしな噂は立つ。

 生娘ばかりねらうから『純潔狩り』とか、種族構わず声をかけまくっているせいで『雑食』とか、まあ色々な。


 誓って言うが、俺は標的にした女性の誰とも肉体関係を結んでいない。

 学園にいるのは少なからず地位のある人間の子供。安易にそんなのとヤッたらまず間違いなくトラブルになる。

 そもそも、そんなことしようにもラトーナとアインの顔がチラついて行為に集中できそうもないしな。


 だから飲ませるだけ飲ませて潰したら、金だけ払って俺はその子を店に置いていくようにしている。

 何とも紳士的じゃないか。

 中には強引に俺に襲われたことにしようとする者もいたが、こちらにはちゃんとアリバイがあったので問題にはならなかった。


 そして此度もまた、一人の女性を店に連れ込んだ。


「好きなの頼んで良いよ、金はあるから」


 冒険者時代の金もあったが、リディに相談したところそこらへんの費用は出してくれるとのことなので、積極的に利用している。


「……」


 努めて明朗快活に振る舞っていたはずだが、相手の女性はモジモジと黙り込んだまま。

 様子がおかしい。ひょっとしてお手洗いに行きたいのだろうか。


「どうかした?」


「あの……実は私、あなたの噂を聞いて……」


 獣族の彼女は、極めて流暢なミーミル語でそう話し始めた。

 獣族はヨトヘイムやムスペル王国に集落の大半が集合している。そのため俺は、最初はムスペル語で話しかけていたのだが……


 学園自体も、別にミーミル語が喋れないと入れないなんてルールはないが、やはり学園に通うだけの才能はあるということか。

 そして優秀であればあるほど、王子と何かしらの関係を持っていることが多い。

 今回は当たりか?


「噂……?」


 あらかた、先程挙げた俺のヤリチン伝説だろう。

 別にどれも噂でしかないのだから、こちらは毅然とした態度を保っていれば良いだけだが。


「はい、騎士科のアイン•エルロードと婚約しているって」

 

「ブフッッ……!!!」


 予想の斜め上を行った回答に、思わず酒を吹き出しかけた。


「だ、誰から聞いたのかな?」


 クロハやレイシア達には、予め事情を話して納得してもらっている。

 だから、この作戦の障害となるような情報を流すことはないだろう。

 リオンにも一応説明したが、あいつ口軽いからな……犯人候補一号だ。


「えっと……ヴェイリル王国第四王子の方だった気がします」


 すまんリオン。

 だがな、普段から疑われるような行動をとるのが悪いのだぞ。


「あー、あの人かー……」


 ランドルフだっけか、彼と話したのは一度だけだが、彼に勧誘された際にアインが過剰反応して俺を庇ったからそう思われたのだろうか。

 奴が人様の事情をベラベラと話すような人間には思えないのだが……


「否定なさらないんですか?」


「その前に、どうして俺に敬語を使うの? 俺が歳下のはずだけど」


「私はあなたの剣術授業での闘いぶりを見ていた人間の一人です。強い者には敬意を払う。それが獣人のルールです」


「へぇ」


「それで、婚約の方はどうなんですか?」


 いつの間にか立場が逆転して、俺が問い詰められる形となっていた。


「えっと、その……」


 ヘイラの勘違いによってアインに婚約のペンダントを渡してしまったわけだが、俺は未だにそのことについて思い悩んでいる。


 一週間前ほどに、アセリア先輩にもその件について相談した。

 ルーデルは今任務で別の国にいるらしいし、クロハやレイシアはアインが嫌いなのでマトモな回答をしてくれないだろうと踏み、消去法でアセリアとなった。


 恋愛経験が全くないからと彼女には相談を拒まれたが、俺が知りたかったのは女子の思考だったので何とか了承してもらった。


 その気がない女性に、勘違いとはいえプロポーズ紛いのことをしてしまったらどうしたら良いか。

 結論として、アセリア先輩はちゃんと相手に打ち明けるべきだと言っていた。


 もちろん、アインに全く興味がないわけではない。

 スタイルが良いし、顔が良いし。

 けれどやはり、それらは性的な魅力であって、俺が真に彼女を好きなのかと言われたら疑問が残る。

 もしかすると、俺が彼女に向けている感情は姉弟愛的なものなのかもしれない。

 そしてやはりというか、どうしてもラトーナの存在が脳裏にチラついて思考にブレーキがかかるのだ。


 拗れているなとは自分でも思う。

 分かっている。ラトーナはもう何処かの誰かに嫁いでる可能性が高く、二度と会うことはないのだと。

 でも……でも、やはり心残りなのだ。

 せっかく彼女と一緒になろうと決意したところで離れ離れになってさ。

 こんなのあんまりじゃないか。


「ちょっとね……まあ色々と誤解がね。大したことはないんだ」


 色んな感情が渦巻いていて、いまだに整理がつかなくて、俺はそう答えるしかなかった。

 

 経緯は何であれ、俺から婚約を持ちかけておいて、正当な理由もなくそれを解消しようとするのはさすがに憚られる。

 『元カノが忘れらんないから、やっぱ無しで』なんて言ってるようなもんじゃないか。


 ちゃんと話さなきゃいけない事はわかってる。わかっちゃいるけど、どうにも勇気は出ない。


「へぇ……」


「逆に聞くけど、なんで君は俺の誘いを受けたの? 俺の噂知ってるでしょ?」


「はい。でも強者の誘いは断れないので」


 彼女はさも当然のように語る。

 レイシアはそんなしきたりがあるとは言っていなかったが、これは集落によって違うものなのだろうか。

 それとも、俺が単にレイシアに舐められているだけか。


「共に一夜を過ごす覚悟もしてはいますが、なにぶん経験がないので優しくしていただけると……」


「いや一夜って、そんなことしないよ……」


 そう言うと、彼女はビー玉のような目を見開いて首を傾げた。


「ではなぜ、私を誘ったのですか?」


「俺は美人と食事をするのが好きだからさ」


 王子のことを嗅ぎ回っているなんて言えるはずもないので、リディ風なことを言って適当に誤魔化す。


「なるほど」


 目を細めて、芝犬の様な耳をツンと立てながら彼女はそう言った。

 納得していないのだろうが、追及してこないあたりは獣族のマナーなのだろうか。


「まあまあ、とりあえず飲んで飲んで」


 空気が微妙なものになりかけたところで、慌てて俺自ら彼女の杯にトクトクと酒を注いだ。


ーーー


「なにが掟ですかぁぁぁぁぁ! 族長の娘ってったて、パパは私のことを道具としか思ってらいんれすよぉぉぉぉぉ!」


 顔をゆでだこのように真っ赤に染めながら、獣族の少女は杯の底を卓に叩きつけた。

 獣族は酒に強いのか知らんが、酔わせるまで少し時間がかかってしまった。


「これならマルテ王子の方がましれすぅぅ!」


 そしてようやくと言ったところか、彼女が気になるワードを吐いた。


「へぇ、どういうところがマシなの?」


「人に仕事やらせる時は笑顔れ丁寧に頼んでくれまふし〜……えへへ、かっこよかったらぁ、マルテ王子」


 ビンゴだ。

 やはりこいつはマルテと何かしらの繋がりがあった。


「仕事を頼まれたんだ、凄いね」


「らんかぁ〜 武闘会で王子が勝たへたい人を優勝させるらめに、裏で動けってぇ〜」


「!!!」


 そうくるか。


 これはとんでもない収穫だ。

 マルテ王子の普段の行動や性格を知れれば良いなくらいの心持ちでやっていたが、まさかここにきて王子の尻尾を掴むことが出来るとは……!


 いやしかし、武闘会に妨害工作が仕込まれるのか。

 となると、俺が優勝するためには裏で動く奴を狩りながら闘う必要があるのか……早めに知れて良かった。


「ねぇ! 例えばどんな仕事——」


「すぴー……」


 もう少し情報を引き出したかったが、ここら辺が潮時か。

 早く帰ってみんなに知らせよう。


 そう思って、俺は急いでいたので、適当に金貨を五枚ほど卓に置いて店を後にした。

 明らかに払い過ぎだろうけど、去り際に店員に『釣りは要らねぇ』って言えたので満足だ。

 

ーーー


 王子の情報を得た翌日、三人を俺の部屋に集めて最後の会議を開いた。

 

「なるほどにゃあ……」


「……」


 一連の俺の話を聞いて、難しい顔で天井を眺めるクロハとレイシア。

 二人の動きがシンクロしているあたり、普段は歪みあっていても仲がいいんだなと微笑ましくなる。

 クロハに友達がいてよかった。


「まあそういうわけで、武闘会では本戦に出るチームと妨害を阻止するチームに別れようと思うんだが」


 険しい表情の二人だったが、案外俺の提案には素直に賛成してくれた。


「悔しいけど、アイン•エルロードが出るならあーしは勝てないにゃ」


 クロハは元々隠密向きの能力なのでわかるが、まさかレイシアがそんな理由で降りるとは……


「随分素直だね」


「あーしだって出たかったけど、勝てない試合をやるより、ディンを勝たせるために動いた方が良いと思ったにゃ」


 なんと殊勝な心がけだ。

 キャリアウーマンだ。


「じゃあ俺は二人のサポートだなぁ。多分観客席にリディ達が来るから、連絡係やるよ」


「ん」


「わかったにゃ」


 精霊魔術で遠隔通話ができるリオン、納得の提案だ。


「となると、試合に出るのは俺一人か」


 こうなることは考えてはいたが、やはり不安だ。

 まあ言ってたってしょうがないし、総合的に見たら俺が一番強いのが現状だから、本番までにできる限りのベストを尽くすしかない。


「レイシア、あとで組み手の相手頼むわ」


「もちろんにゃ」


ーーー


 そして遂に、その日はやってきた。


 早朝、巨大な円形闘技場に響き渡る万人の歓声、打ち上がる花火、実況解説の音漏れを聴こうとコロシアム周辺にごった返す人々。


 まさにお祭り騒ぎだ。


 ミーミル王立学園において行われる武闘会、これは世間的に見ればかなり大きなイベントだ。

 もちろん催しとして世界中見ても、これほど大規模なものがないという意味でもあるが、そんなのはオマケだ。


 世界中から生徒の集まる学園、当然観客も世界中から集まるので、世間的注目度が非常に高い。

 そんな武闘会で優勝するという事は、非常に意味がある。

 貴族の子であれ、王族の子であれ、一端の剣士であれ、魔術師であれ、奴隷であれ誰であれ、とにかくその肩書きは地位の躍進に一役も二役も買ってくれるわけだ。


「まさか同じブロックになるとはね〜」


 そんなコロシアムの控え室で、俺は今アインと共に装備の点検をしている。

 

 この武闘会は実力はどうであれ500人近くの出場者がいるので、各五つのブロックにそれぞれ分けてトーナメント式の試合が行われ、最終的に残った五人で決勝が行われる。


 俺が配分されたのはAブロック。

 そしてアインも同様だ。


「まさかこんなにも早く対決が叶うとは! 僕は嬉しくてたまらないよ!」


 大人しく控え室の隅っこで装備点検をしていた俺達に、一人のダークエルフが声を高らかに上げながら近づいてきた。


「ランドルフ王子……」

 

 そう、ランドルフだ。

 妙な因縁をふっかけてきた、ヴェイリル王国第四王子だ。


「しばらくだったね、グリム•バルジーナ」


「ぼ、僕もいます!」


 立ち上がって向かい合っていた俺とランドルフの間に、慌ててアインが割り込んだ。


「見えているとも鬱陶しい。それともなにかい? 君は僕の目が悪いと言いたいのかい? この、王子の僕の、目がッ!」


 試合直前だからか、ランドルフはピリピリしていて、アインへの当たりがいつもより強い。

 ナルシスト口調で嫌味なのは緊張してても変わらないあたり、そういうやつなんだな。


「ッ……そういうわけじゃ」


「まあまあ、そういうのは試合の時に白黒つければいいじゃないですか」


「む、たしかにそれもそうだったな。ではグリム、決勝で会おう」


「ははは、俺がそこまで行ければですがね〜」


 右手を突き上げながら、まさに出陣といった姿勢で控え室を後にするランドルフを、ヘラヘラとあしらって見送る。


 そんな俺の背中を、アインの拳が小突いた。


「ん? 何?」


 振り返ると、アインは強張った表情で俺を見つめていた。


「王子にはもう関わりたくない。僕はあの人嫌いだ」


 アインはハッキリとそう言うと、今度は俺の前に回り込んで手を握ってきた。


「でも、この大会には優勝するよ。君に……勝ちたいから」


 アインは強い眼差しで、俺の手を強く握り直した。


 俺はその手を振り解き、彼女の肩に両手をかけた。


「望むところだ」


 

入学篇ーー終幕ーー


次章 武闘会篇へ続く



大量の誤字報告ありがとうございました。

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