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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第5章 入学篇

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第123話 幼馴染の涙


 尻餅をついた俺に四つん這いで跨って、じっと眼を覗き込んでくるアイン。


「あの……」


 顔が近い。ちょっと顔を前に出せば、俺はこの美少女とキス出来てしまう。


 一体これはどういう状況なのだろうか。

 アインはさっきから何も喋らないし、危害を加えてくる様子もない。


 ひょっとして、これは夜這いというやつなのか? 

 いや、まだ日も落ちてないし、それどころかここはベッドの上ですらないのにそんな……

 

「うぇ!? ちょっと!?」


 しばらく俺の顔を凝視した後、彼女は俺の制服の胸元のボタンを外し始めた。

 

 冗談のつもりだったが、本当に襲われているのかもしれない。

 美少女とそういうことが出来るのは悪くないが、こんな……こういう形では望んでいない。


「やっ、やめてくだ——」


「やっぱり君か……!」


 アインは俺のシャツを鎖骨が見える程度まで開いたところで、息を荒くして目を見開きながら口角を上げた。


 というか『やっぱり君』ってどういう意味だ?


 こいつ、まさか王子のスパイか何かで、俺がリディの部下だと知って接触してきたのか? 

 武道会優勝者は王子との関係を作りやすいと聞くし、その可能性は大いにあるな。


 なんにせよ、早くこいつを引き剥がさないと。

 取っ組み合いになると勝てないから魔術を使うことになるな。

 でも、寮内での魔術の使用は厳禁だから絶対トラブルになる。

 

 そうなると俺の評価が落ちて後の任務に響くかな……くそ、背に腹は変えられないか。


 意を決して、掌に魔力を込める。


「君、ディンだろう?」


「!?」


 アインの発した予想外の言葉に、思わず俺は掌に集めていた魔力を霧散させてしまった。


「え、いや、その……」


 なぜ今になって、こいつは俺のことに気づいた?

 最初は人違いだと認めたし、実際俺の顔つきは彼女の知る頃とは結構違うし、メイクとかで誤魔化したりもしてるんだ。

 いやまあ、知人が見たら普通にバレるレベルなのはそうだけど。


 だが問題なのは、今になって俺に問い詰めてきたことだ。しかもわざわざ密室で。


 しかし、まだアインが黒か白かは決まってない。最後まで話を聞こう。


「食堂の時、おかしいと思ったんだよ。君が何気なく言った言葉」


 覚えはない。

 俺がそんなところでボロを出すはずがない。


「ほら、昼間食堂で『その野菜苦手だろうから食べてあげる』って言ってくれただろう?」


「言いましたね……あっ」


「僕がその野菜を嫌いなことを知っているのは親とディンしかいないんだ」


 しまった。

 どぎつい雰囲気を変えようとしたらボロが出てしまっていたか。


「鎖骨のホクロの位置も同じだしね」


 そう言って彼女は、俺の鎖骨を指でそっとなぞった。

 わざとやっているのだろうか。相手が相手なら今の仕草は誘っている様にしか受け取られないが。


「ディン……」


 何をどう話すべきか迷っていたら、四つん這いで俺に覆い被さっていた彼女が体重を預けて抱きしめてきた。

 硬い床とアインのサンドイッチだ。


「!?!?」


「良かった……また君に会えて……」


 俺に重なっていた彼女の体は震えていた。

 耳元では彼女が鼻を啜る音が聞こえる。


「どうして……泣いてるんですか?」


「うっ……きっ、君がアスガルズでっ、トラブルに巻き込まれたって聞いてぇ……」


 彼女はそう語るうちに、段々と息を殺しきれなくなって泣き出してしまった。


「もぉぉぉぉぉディンの馬鹿ぁぁ……! 僕がっ……僕がどれだけ心配したと思ってるんだよぉぉ……!!!」


「痛い痛い痛いッッッ!!!」


 背中に手を回されて、胸に思い切り頭を擦り付けられた。


 俺の肋骨がボロ家の床の様にギシギシと軋む音が聞こえる。

 思わず、どこかの高校生の様に『このパワーッ!?』と叫び出したくなる。


「あ、ごめん。ちょっとやり過ぎた……」


 慌てて彼女は体を起こし、俺の前で正座した。


「まったく……いつの間にそんなゴリラになって……」


 腹部に残る彼女の胸の感触を噛み締めながら、俺も体を起こす。


「なっ、女の子に対してそれはどうなんだ!」


ーーー


「ヘぇ〜! 学園の外ってこんな感じなんだ〜!!」


 ランプの光と夕日が混じり合うなんともノスタルジックな街道の景色に、アインがスキップしながら映り込んだ。


 飾りげも何もない白色の長袖長ズボンに黒いラインの入った服、まあ詰まるところジャージである。

 さっき女の子がどうとか文句言ってたやつの服装とは思えない。

 それでも顔とスタイルが良いせいで様になってしまう。『青春の一コマ』みたいな?


 現在、俺達は学園から少し離れた城下町まで足を運んでいる。


 せっかくの再会だというのに、あんな薄暗い部屋で駄弁るのもという理由で俺が提案したのだ。

 まあ学園の中で俺の素性の話をしたくないというのが本心だが。


「凄いなぁ! どの建物も背が高いよ!」


 聳え立つ建物を仰ぎながら、アインはその場でクルクルと回った。


 なんでも、学園に来てからは一度も敷地外に出ていないそうだ。

 まあたしかに、あれほどデカい施設となると、ほとんどの事があの中で済んでしまうからな。


「ほら、さっさと行きますよ」


 明らかに田舎者だとわかる様な挙動のアインに周囲の視線が集まってきて、見ているこっちも恥ずかしくなってきたので彼女の手を握り、強引に引っ張る。


「え、どこ行くの!?」


「まあすぐ付きますよ」


ーーー


「二名なんですけど、個室って空いてますか?」


 訪れたのは王都でも有名な食事処。

 客層も階級の高い人間が多く、席は全て個室。裏には元騎士や冒険者が控えているのでセキリュティも安心。

 そのためお値段の方が少々張るのだが……なに、俺だってソロでAランクの冒険者だったんだ。金ならある。


 それに、俺の素性に関する話をする以上、どこで誰が聞き耳を立てているかわからない屋外より、こういう場所の方が安心できるからな。背に腹は変えられんのだ。


「……」


 個室に案内されてから口を閉ざしてロボット様に固まっているアイン。

 流石の彼女も、こういった場所は緊張するようだ。

 いや、鈍感に見えて案外アインは過敏な方か。


「ご注文いかがなさいます?」


 そんなアインの様子とジャージ姿を見て『田舎者か』と目を細める美人の店員さん。

 その冷ややかな目つきとメイド服の組み合わせは癖になります。


「アインはお酒どうします?」


「あ、よ、よくわからないから……お任せで」


 目を抽選中のスロットの様に泳がせながら、アインは歯切れ悪くそう言った。


「じゃあ二人とも『黒狼』コースで」


「かしこまりました」


 黒狼コース。酒と肉をメインに組まれたガッツリ系ディナーだ。

 リディ曰く、女の人とこの店に来た際はもっと軽めの『朱雀』コースの方が良いらしいが、まあ相手はアインなので問題ないだろう。


「「……」」


 店員が出ていったことで、個室は無音の世界になった。

 

 さて、何から話すべきか。

 俺としてはあまりボロを出したくない以上、アインの質問に答えていくというのが理想だが……


「ディ、ディンはさ……」


「はい」


 よしよし、アインから喋り出してくれたな。


「こういうお店慣れてるの……?」


「まあ何回か行きましたね」


 アスガルズでリディに、ムスペル王都でシータ姫に、あと冒険者時代に二、三回だな。

 そう考えると、俺って結構シティーボーイだ。


「……」


 アインがじとっと俺を睨んでいる。


「……なんですか?」


「こういう所に来るって知ってたなら、もっとちゃんとした格好してきたのに……ディンだけオシャレしちゃってさ」


 彼女は頬を膨らませながらジャージの太ももあたりを引っ張った。


「ドレスなんて持ってないでしょう?」


「持ってないけどさ……ほら、制服とかさ」


 美人が男物の制服着てたら目立つだろうからと、ラフな格好にしろと言ったが……返ってジャージで目立ってしまったからな。

 たしかにその方が良かったかも。


 でも普通さ、デートにジャージ着てくるやつがあるか? 

 いやまあ、デートなんて一言も言ってないし、思ってないけどさ。側から見ればそうじゃん。


「失礼します、お酒をお持ち致しました」


 メイドが再び部屋に入ってくると、アインは石像の様に硬直した。

 肩肘張るとはまさにこのことだな。


「じゃあ乾杯しましょうか」


「あ、うん」


 メイドが出ていったところで杯を持ち上げてアインに突き出す。


「二人の再会に乾杯〜!」


 乾杯の音頭と共に、杯を勢いよくあおる。

 アインもそんな俺の真似をして、酒を口に流し込む。


 頼んだ酒は肉に合うように醸造されたかなり度数の高い酒だ。

 酒……毒の類があまり効かない俺はほぼシラフのままだが、イッキ飲みしたアインはただでは済まないだろう。


 これであわよくば、アインに王子と繋がりがあるか引き出せれば良いのだが。


「ぷはーっ! ディンはさぁ、今までどこで何やってたの?」


 少し饒舌になったが、まだ酒は効いていないだろう。

 雰囲気が彼女を喋らせているんだ。


「ムスペル王国で冒険者ですよ」


「なんで?」


「まあ例のトラブルで逃げたあと、成り行きでなんとなく」


「ふーん。その時に剣も習ったの? 凄く強くなってたもんね」


「まあそうですね。アインには勝てませんけど」


「ディンはもともと魔術師じゃないかぁ〜 それで剣もあんなに強いとなると、僕の立つ背がないよぉぉ〜」


 アインは半べそになりながら机に突っ伏した。

 少し顔が赤い。

 酒が回ったらしいが、やけに早いな。

 ひょっとしてこいつ下戸なのか?


「そういうアインこそ、今まで何やってたんですか?」


「……僕は学園に入って、ディンが勉強教えてくれたおかげで進級できて、二年時は武道会で優勝したんだ」


「凄いじゃないですか」


「たしかに頑張ったけど、運が良かっただけさ。強敵同士で潰しあったりしてたし」


「それで、優勝してどうしたんですか?」


「なんだか冠位って称号を貰って、制服も特別なやつになって、一年生の王子の護衛っていう仕事を任されたんだ」


「おお! 良いじゃないですか!」


「良いわけあるもんか! 僕は新しい剣が欲しかったのに、名誉とか言って仕事をさせられてさ! 僕頭悪いから人より勉強しなきゃいけないのに、全然時間取れなくてぇー!」


「それで三年生になれなかったと?」


「それは単に僕の努力不足だから、人のせいにするつもりはないけどさ……留年した途端、メンツが潰れるとか言われて冠位を剥奪されて、こんなのあんまりじゃないかぁ!」


「じゃあ今は王子とは何の関わりもないと」


「そうだよお〜 出来るならもう顔も見たくないね! ばーか!」


 道場でのイジメにも静かに耐えていたアインがここまで怒気を露わにするとはな。

 余程不遇な扱いを受けていたのだろう。


 となると、アインは白か。

 そして今の話を聞く限りだと、王子は優等生ぶってるだけで腹黒い奴ってことだな。

 人格に関してはあくまで俺と彼女の主観なので確定情報とは言えないのが残念だが。


 さて、重要なことは聞き出せたし、普通に会話を楽し——


「うヘェ〜い! ディン、お酒おかわり!」


 こりゃダメそうだな。


ーーー


「ねぇ〜まだ飲みたいぃぃぃい!」


 譫言を叫んでいるアインの肩を担いで、なんとか学園付近まで戻ってくる事ができた。


 酒による尋問は失策だった。

 初級の解毒魔術でなんとか酔いを飛ばせると思ったが思いの外、酒の方が強過ぎて上手くいかなかった。

 もっと何か別のを考えるべきだったよ。


「なんだよもぉ、少し会わないうちにこんなカッコよくなっちゃってさー! あんな良いお店まで行って、たくさん女遊びしたんだろこの浮気者ぉ〜!」


 酒臭いし、煩いし、俺に体重かけてきて歩きにくいしでもう散々だ。

 今度からこいつと飲むのはやめよう。


「もうすぐ学園内入るので静かにしてくださいよ」


「わーてっる、わかってるよぉ! えへへへへ!」


「はぁ……」


ーーー


 ようやくアインの部屋まで着いた。

 

「ぐーっ……」


 敷地に入って少ししたらアインが爆睡してくれたので、予定よりスムーズに連れて来れた。

 道中アインが寝言で騒いだりして見回りに注意されたが、まあ問題はなかったと言えよう。一つ貸しだな。


「部屋に着きましたよアイン」


「んー……」


 鍵を開けてくれる様子もないので、氷魔術でピッキングして扉を開けた。


 アインの部屋は私物が殆どなかった。

 せいぜい置いてあるのは剣やら鎧やら、剣術の指南書程度。

 とても乙女の部屋とは思えないが、申し訳程度に香ってくる香水の匂いにアインらしさを感じた。

 まるで『一応女子っぽいこともしますよ』と必死にアピールしている様だ。


 ひとまず背負っていたアインをベッドに投げ捨て、布団をかけてやる。


「じゃあ僕はこれで帰りますね」


 伝わっていないだろうが、一応そう言って彼女に背を向けた時。


「うーん行かないで〜……」


 彼女に手を握られて引き留められた。


「うわっと!?」


 それどころか、さらに強い力で腕を引かれ、俺はアインのベットに引き摺り込まれた。


 腰に腕を回されて抜け出せない。

 視界一面には紅潮した彼女の顔。


 彼女がゆっくりと顔を近づけてきて——


「!?」


 頬と頬を重ねる様に顔を押し付けてきた。

 一瞬キスされるのかと思ったが、どうやら違う様だ。


「もう……どこにも行かないでくれ。君だけなんだ、僕を認めてくれるのは……」


 彼女は声を震わせながら、絞り出すように呟いた。


 アインの噂は今日の夕方頃にクロハから聞いた。

 新人を狩るためにわざと留年した性悪とか、審判を誘惑して武道会に優勝したとか、どれも酷いものばかりだった。


 ミーミル王国にも女騎士はいる。ルーデルだってその最たる例だ。

 女騎士が法的に認められるようになったのは、それほど最近というわけでもない。結構前から認められてはいた。

 だというのに、女性騎士を冷遇したり軽視する風潮は一向に薄れる気配を感じさせない。


 この世界より進んでいた俺の世界でさえ、そういう風潮はあったんだ。改善なんて何十年、何百年と先だろう。


 アインもそれを理解してか、世界が変わるのをただ待つことはせず、少しでも誰かに認めてもらうために、模範的な行動を心がけていた。

 きっと、俺の別れてからの数年も同じだろう。

 彼女自身、真面目すぎるので結果的に周囲の顰蹙を買ってはいるが、それでも手段としては正しい。


 そう、どれだけ辛い立ち位置だとしても、彼女は直向きに努力しているのだ。 

 こうして泥酔でもしなければ、弱音の一つも溢さないほどに。


「……」


 俺は開けっ放しだった部屋の扉を風魔術でそっと閉めて、彼女を抱き返して目を閉じた。


 


 俺は俺なりに彼女を慰めた……というか肯定したつもりだったのが、翌日朝には悲鳴と共に強烈なビンタを喰らい、変態クズ野郎の烙印を押されることになった。

 現実は何とも非常だ。

学園潜入チーム お互いの印象(ディン編)


ディン→クロハ

やっと仲良くなれたと思ったら、最近冷たいので早く打ち解けたい。

あんまり危ないことはして欲しくない。

美人だから、誰かちょっかい出す男が出てきたら切り刻んでマリネにして、リオンの夕飯にしてやる。


ディン→リオン

顔の凛々しさに対して中身が追いついてない。ムードメーカーてしてはまあそれなりに役に立つ筋肉。

精霊を利用した遠隔会話が羨ましい。そのうち応用して携帯とか作ってみたい。


ディン→レイシア

雑用もテキパキこなすし、要領も良いので評価高め。露骨に誘惑するようなスキンシップを図ってくるのがちょっと嫌だけど、獣族の文化なのかもしれないのであまり強く注意できない。


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