第121話 拮抗
「「「うおおおおおおおおおお」」」
「やっちまえー!」
「俺はレコードホルダーに賭けるぜ! 頼むぞ!」
「俺は元冠位が勝つと思うぜ!!」
学園の第一競技場のコートにて、俺は青髪の剣士を前に剣を構え、周囲からの歓声にさらされている。
始業式から二日が経って、今日から本確的に授業や講義が始まる。
少し学園の話をしよう。
ここ、ミーミル王立学園はその名の通り国王の名の下、王都に広大な敷地を構えて運営されており、世界中から多種多様な種族や人種が集まっている。
別に学園なんてどこの国にもあるのだろうが、規模やレベル的に考えるとハーバードとかマサチューセッツ的なアレだろう。
学園は魔導科、騎士科、商学科、政治学科、史学科、医学科、新設の工学科と文化科に別れており、総勢一万人近くが在籍しているのだそう。
まあ学科という括りはあるものの、基本的には大学と同じでジャンルが近い科の授業や講義は当然受けられるがな。
その中で俺が属している魔導科はさらに二分化しており、騎士か研究を専攻する必要があり、当然俺は騎士科を取っている。
なのでカリキュラムはどちらかといえば騎士科に近いと言える。
専攻自体を移設して騎士科と合併させる案も出ているそうだが、まあどうでもいいな。
そして俺が取ったコースの初日授業は『剣術』。魔導科だから必修ではないのだが、まあ俺も魔剣士として冒険者をやってたわけだから、受けていて損はない。
場所は校舎裏のクソデカグラウンドの中で6番目くらいの大きさの第一競技場。
テニスコート程度の広さの結界が張られたコートが八つ設置されている。とんでもない設備だわこれ。
「初日はお前らの実力を見るから、適当に二組になってくれ」
講師が集まった生徒達にそう伝えた。
そんな講師は『記憶の守り手』騎士団4番隊隊長を務めているそこそこの大物だそう。
肩書きの割にひょろっとしてるし、顔はげっそりと頬骨が突き出ていて生気を感じられないが、確かにただならぬ気配はある。
強い奴ほど強いのを隠すのが上手いというが、それも本当らしい。
「あの、良ければ俺と——」
「ごめん! 別のやつと組むから!」
「あの——」
「すまん、僕には先約が!」
しかしあのヒョロガリ隊長め、なんてことをしてくれたんだ。
全く面識もない奴らのなかで二人組みを作れだと!?
ふざけるな。
ただでさえそんなの陰気な俺にはキツイのに、勇気出して声かけた奴らみんな俺を避けるじゃないか。
いや、というか皆んな俺を避けてるじゃん。
なんか俺の居るところだけ陸の孤島と化してる。
なんで? 俺なんか悪いことした?
「君! 良かったら僕と組まないか!?」
そんな絶望の中で背後から少女の声がした直後、俺の肩に手が置かれた。
満面の笑みで振り返ると、そこには俺と同じくらいの身長の青髪の少女が立っていた。
「!?!?」
キリリとした顔立ちながらも少しやんちゃ小僧感のある表情。
腰辺りまで伸びたポニーテル。
そして何よりも特筆すべきはそのナイスバディ……ボンッッ、キュッ、ボンッである。
あれ、でも胸元のペンダントなんか見覚えがあるな……
「ええ! 是非是非!!」
まあなんにせよ、願ってもない申し出だ。
乗らせてもらうとしよう。このビッグウェーブに。
「そうか! 僕の名前はアイン•エルロード! よろしくね!」
「」
「ん? おーい、急に固まってどうしたんだ?」
「」
「君!!!」
アインに腕をガシっと掴まれて、ようやく我に帰った。
「あ、はい! グリム•バルジーナです! こちらこそよろしく」
「ん〜……?」
アインの手を引き剥がし、強引に握手したら、彼女は口を窄めながら俺に顔を近づけてきた。
「あの……俺の顔が何か?」
「……いや、なんか知り合いの顔に似てるような気がしたから。あと匂いも……」
「ははは、世界中探し回れば同じ顔の人間が二、三人はいるらしいですからね」
「そうか! 勘違いか! ごめんね!」
こいつがバカなのか、俺が成長して顔立ちが変化したせいなのか、カモフラージュのメイクが聞いているのかがイマイチわからない。
——って、いやいやいやいやいや!
ていうかなんでアインがこんな所にいるんだ!?
あ、そうだ。
こいつ学園に入ったんだもんな。結構前にリディが首席だとか言ってたわ。
ん? でも待てよ……?
アインって俺より二歳上だよな。俺が飛び級したとしても、彼女は今三年生のはず。
どうして彼女が二年生の授業を受けて——
「あ、先に確認しておくけど」
「は、はい?」
「僕、三年生に上がれなくてこの授業は二年目なんだ。それでも大丈夫?」
「……構いませんよ、強い人と戦えるなんて願ってもない機会です」
意外、それは留年であった。
何やってるんだこいつ……あんだけ勉強教えてやったのに。
いや、俺が教えたのは一年時に使う基礎科目だけだから、そこは出来てたのか。
でも二年時から先の座学は地頭の悪さでどうにもならなかったと。
「そこ、アイン•エルロードとグリム•バルジーナだな。丁度いい、初戦は君達にやって貰おう」
講師の言葉が響いた直後、周囲がざわつき始めた。
「先に言ってておくがグリム」
「はい?」
「君は魔剣士として名を上げたそうだが、これはあくまで剣術の指導。わかっているかな?」
魔術は使うなと。
「勿論です」
「よろしい、ではこれより模擬試合を始める! 対戦者以外はフィールドの外に出ろ! これより結界を起動する!」
試合が始まるにあたって、講師は覇気のある声を張り上げた。
先程の病弱なイメージの彼はどこにもいない。立ち方から目つきまで、まさに戦士の雰囲気であった。
ーーー
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」
「レコードホルダーと元冠位の試合だってよ!」
剣を構えて向かい合う俺とアイン、そしてそれを覆う結界の外から響いてくる歓声。
どこから広まったのだろう。
スーパールーキーと元武道会優勝者の対決が見られると聞きつけて、辺りは既にお祭り騒ぎであった。
どう見ても、剣の授業に参加してないやつまで観戦に加わっている。
単位落としても俺は知らんからな。
「はは! 凄いな君! 有名人だったんだね!」
止まぬ歓声の中で、アインは爽やかに笑う。
わかっていないようだが、こんな騒ぎになったのはこいつのせいでもあるんだ。
ただ俺がモブと戦うだけならこうはならない。
「どの口が言ってるんですか……」
「ゴホン、騒がしくなってしまったが試合は行わせてもらうよ。両者構えて——」
唯一結界の中に足を踏み入れている講師が手を振り上げると、周囲の歓声がさらに激しさを増した。
そして同時に、俺はひどい悪寒に襲われた。
「ッ……」
否、これは周囲からのプレッシャーによるものじゃない。
ただ一人、目の前で剣を構えているアインから放たれる覇気によるものだ。
殺気とまでは言わずとも、思わず萎縮してしまうようなそのオーラは、彼女が今の俺にとって不足な相手ではないことを何よりも示している。
なぜ忘れていた、認識を変えろ。
そう、アインは強いんだ。
息も忘れて、手元の木刀を強く握りしめる。
「始め!」
講師が挙げた腕を振り下ろすと、場に充満していたアインの気配が収束した。
来る。
そう意識した時には既に、彼女は地面を蹴っていた。
アインはラルドから曲芸じみた軽技が売りの『疾風流』、一撃必殺に長けた対魔物用の『剣聖流』、そしてそれらを良いとこ取りした彼の『死神流』を叩き込まれていた。
彼女と別れてからは三年ほどか? その間にその技に磨きが掛かっているのは当然として、彼女の自己流が開花している可能性もある。
だが、だがそれだとしても、最初に放つ技は大抵決まっている。
剣聖流『空斬り』、そして『居合い』。つまりは飛ぶ斬撃か高速の居合斬り。
このどちらかを初手で使うのは剣聖流を修める者の常識だ。
だから俺はアインが動いてすぐに、そのどちらにも対処できるように、つま先を浮かせて軽くステップを踏む。
結果アインは地面を蹴ったわけだから、先手は彼女の『居合い』。
全剣術最速を誇るこの技だが、大丈夫。
俺はこちらに向かって肉薄してくるアインを目で捉えられている。
龍族は動体視力が高いとラーマ王は言っていたが、それを差し引いてもはっきりと見える。
遅いのだ。不死鳥ルーデルのひと蹴りより、ロジーの磁力による加速より、セコウの『居合い』より、迷宮のスピード自慢の魔物達より。
右足を前に出して体の軸をズラし、ミートを絞る。
『居合い』は助走も威力に乗せるため縦振りの一撃が基本だ。だからあとは全力で左右どちらかにサイドステップを踏めば——
「あれ!?」
右にサイドステップを踏んで『居合い』をかわした時、違和感を感じた。
速度ばかりに気を取られて、目を向けていなかった。〝今の突進には殺気がない〟
曲がりなりにも、最も極限に近い状態で死地を何度か潜ってきた冒険者の俺だ。生き物の殺気にはそれなりに敏感だ。
だからこそ、俺は焦った。
今のは『釣り』だ。
「!?」
慌てて顔だけ無理やり捻って、俺の横を豪速で通り抜けたアインに目をやると、やはりと予感は的中していた。
俺のすぐ背後で彼女は木剣を地面に突き立ててその加速の勢いを殺し、そのまま木剣に体を預けて体を浮かせていた。
利き足を上天に突き上げて、I字バランスを行なっているのだ。
蹴りの構えだ。
「ッッッ!?」
咄嗟に木剣を背後に回して、己の首筋付近で剣を両手でガッチリ固定して彼女の回し蹴りを受け止める。
ガードは間に合った。
けれどサイドステップ直後で踏ん張りが効かなかった俺は、結界の縁ギリギリまで吹っ飛ばされた。
まあ飛行も吹っ飛ばされるのも慣れていたので着地からの建て直しは難なく成功。受け身ついでにバク転なんてしちゃったりして。
返って好都合だったな、アインと距離が取れたのは。
「勘がいいねグリム! 今のには引っかかると思ったのに!」
一撃必殺をわざわざ捨て、相手の動きを見るついでに蹴りで反撃。
仮にも騎士見習いの学生が……いや、並の騎士でもこんな動きはできない。
「小細工をする相手には見えませんでしたので、ヒヤヒヤしましたよ!」
「むっ、駆け引きも立派な技術だぞ!」
挑発にも応じない……か。
ていうかそんなセリフを昔彼女に言った気がするな。
まんま俺からの受け売りじゃねえか。
「じゃあ今度は本気で行くよ!」
そう言ってアインは再び『居合い』の構えを取る。
「来い」
フェイントに警戒しつつも、俺も再び剣を構える。
「ハッ!」
来た。
だが居合は来るとわかっている分には受け止められる。
ーー瞞着流•雫葉ーー
振り下ろされた一撃に剣の腹を添えて、そのまま俺の真横に力を流す……が、軽い。
一撃必殺の『居合い』がこんなに軽いはずがない。
だが殺気はしっかりと込められている。であればこれは『疾風流』の——
アインの剣が俺の左腰の高さまで受け流されたところで、彼女は攻撃を中断し目の前でくるりと軸足回転。
ガラ空きとなった俺の右脇に横薙ぎの一撃を放ってきた。
予定されていたかのように恐ろしく早い一連の挙動。疾風流の連撃剣か。
受け身のために剣を上段に構えた俺にとっては手痛い一撃。
本来ならここでやられていたやもしれん。
だが忘れてはいけない。
瞞着流は敢えて隙を作る騙し討ちが主流だ。
防御なんてそのおまけだ。
「うわぁぁ!?」
アインの剣を受け止める際に前に出していた右足を伸ばす。
そうして、バレリーナの様に軸足回転しながら俺に横薙ぎを放つ彼女の足を、思い切り払う。
しかし油断はしない。
相手は疾風流、体勢を崩して地面の踏ん張りを失ったところで、奴らは必ず打ってくる。
「ふんっ!」
左上段に構えていた剣を、扇形を描くようにしてそのまま右側に振りおろし、真横に迫っていたアインの剣を打ち払う。
可能なら相手の武器も叩き落としたいところだが、そこは流石のアイン。
安定したグリップで剣を手元に維持していた。
地面から足が離れて無防備になったアインに、間髪入れず追撃を試みたが、素早いバックステップで距離を取られてしまった。
しかもご丁寧に、引き下がるタイミングで飛ぶ斬撃の牽制まで挟んで。
「……なんのつもりだよ!」
間合いが振り出しに戻ったところで、アインは眉間に皺を寄せながら俺に剣先を向けた。
「はい?」
「それだけの実力があるのに、どうして反撃して来ないんだ! それとも君は僕を馬鹿にしてるのか?」
「……」
ちくしょおぉぉ! こいつ嫌いだわっ!
反撃しないんじゃなくて、出来ないんだよ!
「試合がすぐに終わってしまってはつまらないでしょう?」
そんな適当なことを言って誤魔化すと、彼女はムッとしながら剣を構え直した。
「……看過できないよ。その姿勢は」
知るかってんだ。
確かに、この数年で剣術の腕は格段に上がった。
魔装だってある程度はできるようになったが、それでも苦手なパワーの項目は本職に圧倒的に劣る。
だから、少ない力で攻撃をいなしたり反撃したりできる瞞着流を使ってるんだ。
真正面から斬ったって、相手の魔装を貫通できるほどのパワーは俺にはないんだよ。
「そうですか。それは残念……ですッ!」
「なっ!?」
会話の中、俺がノーモーションで放った剣聖流『空斬り』。
その迫りくる斬撃にアインは目を見開きつつも、それをいとも容易く打ち払った。
効かないのは当然だ。俺の飛ぶ斬撃は見よう見真似の偽物。
スピードだけで威力なんてこれっぽっちもない、ただの魔力放出だ。
だが見た目は本家のそれと遜色ない分、相手は焦る。
本来は溜めが必要な攻撃を、予備動作抜きに一瞬で放つのだから。
そしてアインもその例に漏れず、予想外の攻撃にリズムを崩され、明らかな隙が生まれた。
とはいってもごく僅か、ほんの数コンマの意識の穴。
だが隙は隙、少し突けばその穴は広がるものだ。
「これは『剣聖流』の技……って、うわっ!?」
斬撃を弾いてすぐさま俺に視線を戻したアインの眼前には、既に俺が全力で投擲した木刀。
慌てて腰を後ろに逸らせて回避を行うアイン。
「隙ありッ!!」
俺はすぐさま氷結魔術で剣を生成して、上半身を起こしたアインにそれを振り下ろ——
「勝負ありッッッ!!!」
もの凄い速さで、俺とアインの間に割り込んできた講師が、そう叫んだ。
講師は二つの剣を素手で受け止めていた。
一つは、俺がアインのつむじに向けて振り下ろしたはずの氷の剣。
そしてもう一つは——
「ッ……」
俺の顎一点を目掛けて足元から振り上げられていたアインの木剣。
さすが疾風流、構えを崩された体勢からでも的確にカウンターを打ってきた。
このまま中断が入っていなければ良くて相打ちか。
「勝者、アイン•エルロード!!!」
講師がラトーナの手を握り持ち上げると、いつの間にか静まっていたギャラリーから大歓声が上がった。
そんな中で、俺は立ち尽くしたまま首を傾けた。
「え、なんで?」




