第119話 復讐の鬼
クロハの案内に従って、俺は城塞地下の修練の間……よりもさらに下に続く階段を降りていた。
「結構長いな」
「うん」
ミーミル語が流暢になって、しかも久しぶりの再会で二人きりだと言うのに、クロハは何も喋ってくれない。
俺が何か呟いては、クロハがただ相槌を打つだけの寂しい時間だ。
その後も寂しい問答が続き、計10分ほど狭い階段を降りた末に小さな扉を見つけた。
「ここなのか……って、あっ、ちょっと!」
俺の問いにも答えずクロハは扉を開けてズケズケと中に入っていってしまったので、慌てて着いていく。
「え、広い!?」
入り口の小さいドアと、ここに至るまでの狭い階段の一本道からは想像できないほどの広い部屋がそこにはあった。
正面には更なる壁と大きめの扉、左を見れば魔物の遺体を詰めた瓶がズラリと並ぶ棚、右を見ればよくわからない本ばかり。
ここはラーマ王の研究室か何かだろうか。
「来たか、クロハとラルドの倅」
そんな声と共に、正面の両開きのドアから長耳族の男が出てきた。
「ほう、随分と良い顔になったではないか、ラルドの倅」
ズイズイと近寄ってきた男が、己の顎を撫でながら俺の瞳を覗く。
「あ、あの……お会いしたことありましたっけ?」
「何を言うか、誰かお前をギルドに登録してやったと思ってる」
「それは王様が——」
「その王が今、お前の目の前に立っていると言っているのだ」
「は? え、え?」
何言ってんだ? だってラーマ王は褐色肌の黒髪魔族の青年の見た目だったじゃないか。少なくとも長耳族の青年じゃない。
「王様は人間じゃないの」
整理がつかなくて言葉を詰まらせている俺の袖を引いて、クロハがそう言った。
「え、何?」
「お前も冒険者だったのなら知っているだろう。死体に寄生するスライムを」
「は、はい……知ってます」
「俺もその系統だ」
「いや、そんなはず……」
アンデットスライムはたしかに死体に寄生する能力を持っているが、体を乗っ取ったところで犬以下の知能にしかならない。高くたって猟犬程度の知能にしかならないはずなのだ。
「これなら信じるか?」
「ッ!?」
突然体が重くなった。
足元を見れば紫色の魔法陣。
たしかにこれはラーマ王唯一の重力魔術だ。
「世の魔物には時折変異種が産まれるであろう。原理はわからんが、俺の原型となったスライムには、最初に乗っ取った人間の人格と知能が統合されている」
重力魔術を解いた王は、額を指でトントンと叩きながらそう言った。
「なるほど……でもなんで見た目が変わってるんですか?」
「宿主に寄生した時点で肉体は不老となるが、その分肉体の寿命は短くなる」
「以前の肉体に限界が来たから引っ越しを行ったと言うわけですか」
「ようやく話を飲み込めてきたではないか小僧」
「このことは皆さん知ってるんですか?」
「そこのクロハは言わずもがな、リディアンや不死鳥の小娘、ルセウス、あとは副官十名程度しか知らぬであろうな」
「じゃあなんでそんな秘密を俺に?」
「お前と腹を割って話すためだ」
「は、はい?」
「いちいち聞き返さねば気が済まんのかお前は」
「すみません……」
「まあ良い。今はともかく本題だ」
「はい」
「単刀直入に聞くが、お前はリディアンが『遺産』を所持しているという事実は知っているか?」
「いいえ?」
それは驚きだが、だからなんだと言う話だ。状況にもよるが、俺だって身内に隠す可能性はあるしな。
「だからなんだという顔だな」
「はい。発言の意図が読めません」
「リディアンが所持しているのは『未来視』の遺産、シータと同じものだ」
「へぇ、お揃いなんですね」
「これは俺が六百年生きてきた上での予想でしかないが、『遺産』に同じ効果を持つものは無い筈なのだ」
「リディさんが嘘をついてると言いたいんですか?」
「わからん。だが一つ言えるのは『未来視』があるのならば、どうして王女の護衛中にセリなどという賊の罠にかかったのだ?」
「いやそれは直近の未来しか見れないとか……」
「ならばなぜ、彼奴はルーデルやお前の到着の時期を予測できた」
「……それは——」
「加えて奇妙なのは彼奴の魔術だ。魔術のみを弾く結界を、己を中心に常時展開しているのになぜ魔力が尽きない?」
「シータさんが言ってましたけど、『遺産』には魔力の収集機能が——」
「そんなことは知っている。だが彼奴の結界は『引き算の法則』で効果を底上げしているにしても、俺の不意打ちを余裕綽々と防ぐほどの頑丈さだ。加えて本人の話では、『未来視』もほぼ常時発動とのことだ」
「……たしかにそれだと魔力が持たないかもですね」
未来視で強弱を調節して節約……は無理だもんな。結界は一度展開してしまえば、強度は初期の設定のまま変えられない。
となれば未来視の方を節約してるのか? 未来視を常に使っているという話も、嘘ばかりついているせいで信憑性が無い。
「浮かんでくる一つの可能性は、リディアンはルーデル同様、複数の『遺産』を身に宿しているということだ」
「そう……なりますかね」
あまり考えずに頷いてしまったが、ルーデルが『遺産』を複数所持していたという事実は初耳だ。ていうかそもそも複数所持なんて出来たこともな。
「協力者である俺に対してまでなぜ能力を秘匿しているのだ?」
「それは……」
「みなまで言わずとも、情報の漏出を防ぐためというもっともな理由があるのはわかる。だが何にせよ肝心なのは、あの男が確実に嘘をついている。それだけだ」
「つまりは?」
「あの復讐鬼には気をつけろということだ」
あの嘘つきには気をつけろ。セリがそう言っていたのを思い出した。
「……なぜその忠告を俺に?」
「お前とクロハは、他の小僧どもと違ってまだリディアンに染まっていないからだ」
「……? それはいったいどういう——」
「よし、要は済んだから送り返すぞ。あまり長居してはリディアンが勘付くからな」
王様は多くを語らないままその指を鳴らし、気づけば俺達は王宮の地下修練場に転送されていた。
「リディが……ねぇ……」
リディを怪しんだことはなかった。なんなら今まで頼れる相談相手としか見ていなかった。
実際彼は親切だし、万一にも俺達を切り捨てることなんてあるのだろうか。
「クロハはどう思ってるんだ?」
「興味ない。今はどうでも良い」
心底どうでも良さそうに、俺と目線すら合わせずそう吐き捨てたクロハ。
たしかに、今気にしたところでどうにかなる事柄じゃないのはわかってる。
だからと言って、何も考えずにいるのもどうなのだろうか……
「……そうだな。じゃあ戻るか」
そんな不安を飲み込んで、俺はクロハの手を引いて王宮の地上へ続く階段に足をかけた。
ーーー
あれから半年が経ち、俺達一向はようやくミーミル王都に到着した。
行きに一年近くかかったのと比べて、帰りである今回の旅は意外とスムーズだった。
「おぇ〜……俺こういう混み混みしてる場所嫌い……」
「見かけの割に神経は細いんだにゃ〜」
今日は遂に王立学園の入学試験日。
その正門へと続く行列の中で、顔を青くしながらレイシアにおぶられているリオンが愚痴をこぼした。
なんか本人が言うには念話が混線していて気持ち悪いらしい。
まあたしかに凄い人の量だ。国際的な学園というだけあって、世界中から人が集まっているのは、そこかしこから聞こえてくる多種多様な言語を聞けば良く分かる。
「クロハとはこの先で一旦お別れだけど、一人で大丈夫か?」
俺とリオンとレイシアは魔導科、クロハは騎士科を受験するので、この先は別行動となる。
俺はまだしも、なぜリオンとレイシアが魔導科を受けるのか疑問だったが、リオンは風上級の習得と古式魔術に該当する精霊魔術、そして妖精族の魔素使役があるので、長耳族の大集落の長であるドリュアスからの推薦を受けているそうだ。
そんでもってレイシアの方はどうやら刻印魔術の才能があったらしく、ラーマ王から直々に推薦を受けているそう。
クロハや皆んな曰く、レイシアは元々戦闘用の奴隷だったそうで格闘センスも少なくとも俺よりはあるらしい。いや勿論、こんな青二才にワシは負けんよ?
まあそれは良いとして、本当なら俺もクロハと同じ騎士科を受けてツーマンセルで行動したかったが、騎士科となると俺は飛び級できるか不安なので結局魔導科に妥協してしまった。
だってこんな才能ある奴ばっか見てたら自信無くすだろ。今の俺はチキンなのだ。
「うっ……やばい吐きそう」
「ふざけんにゃ! グリムっ! ここでこの筋肉エルフを捨てていくにゃ!」
「たしかに、こうなればやむを得ないな。あとで骨は拾いにきてやる」
「じゃあねリオン」
「みんな酷すぎだろぉぉ……」
ーーー
列が進んで、ようやく正門の前まで来れた。かれこれ一時間近く待ったのではないだろうか。
「じゃあ頑張れよクロハ」
「ん、そっちも」
フランスの凱旋門にさらに絢爛豪華な装飾が施したような建造物を前に俺達は二手に別れた。
門を潜ってからは一気に人が減り、リオンにも元気が戻ってきた。
二十近くの学科が存在しているわけだから、人が分散するのは当然か。
「あれ、試験会場どこだっけ」
「あっちの煉瓦の三階建。あんまり時間ないから走った方がいいにゃ」
ここにきて初めて知ったのだが、レイシアは思ったよりもしっかり者だったということだ。
道案内から試験要項、時間まではっきりと把握していて、ここに至るまでの旅路でも率先して何かしらの仕事を手伝っていた。
『学業面はからきしなギャル』くらいの印象しか抱いてなかったが、これはちょっと見直したかも。
何もしないで馬車酔いでゲーゲー吐いてたリオンにも見習ってほしい。
ーーー
さて、試験場の待機場所であるホールまで着いたは良いものの、先ほどから明らかに空気がおかしい。
俺に視線が集まっている気がする。
「なあ、あいつってやっぱり……」
「そうだよな、銀髪の美形……」
「あのヒュドラ殺しのルーキーのこと?」
ざわざわと騒がしくなった周囲の人々から時折そんな声が耳に入る。
「グリムは有名人だにゃ〜」
そうか、一応俺の噂は広く知られてるのか。その真偽は別として。
「ヒュドラ殺しなんてカッコいい異名だな!」
「……」
リオンはそう言って背中をバンバン叩いてくるが、俺としてはその二つ名は好きじゃ無いのでなんとも反応し難い。
ヒュドラは俺一人の手で殺したわけじゃ無い。
たしかに結果的にそうなったが、その時に臨時で組んだパーティー仲間が身を挺してくれたおかげだ。それを俺一人の手柄にされては、彼らに顔向けできない。
「えー、今を持ちまして受験者の応募を締め切ります。これ以降ホールは封鎖され、試験終了まで外出はできません」
——と、いつの間にか広いホールが閉め切りになっていて、奥に見える壇上には貴族の様な服を身に纏った試験官が立っていた。
「十名ずつ呼びますので、案内に従ってください!」
なるほど、ブロックごとに別れて試験か。面接とかもあるのだろうか。就活のトラウマが蘇ってくる。
「やばい緊張で吐きそう」
「「なんでグリムまで!?」」
ーーー
点呼が始まってから数十分が経った。
「——グリム•バルジーナ! 以上十名は試験官Fへ!」
ようやくお呼びがかかって、試験場に繋がる扉の前に立った。
共に試験を受けるメンバーの顔は皆んなパッとしない。なんとなく服装から金持ちなのは伝わってくるが、貫禄なんか微塵無くてみんな良いとこのお坊ちゃんって感じだ。
「では会場に案内します、私の後に一列になって続いてください」
よし、緊張は止まらないがとりあえずヘマしないように頑張ろう。
魔道具紹介
『奇術師之腕マーク2』
使用者 ディン
初登場 古式魔法都市篇 後半にて登場
解説
『死神之糾弾』という複雑な弾丸生成魔術を、戦闘時に迅速かつ正確に発動させるためにディン、セコウ、クロエ王女の三人によって開発された補助魔道具の改良版。
形状は初代と同じ籠手の形をとっているが、今回は専門の魔道具技師の助力により若干の小型化と耐久力が向上している。
また、特別すべき点は両腕の腕輪に魔石製の板を連結させることで起動することである。これにより通常時はただのアクセサリーとして使用できる。
そして後述する追加機能に伴って、足首にも本体と連動した魔石製の輪をつけており、細かな風魔術の制御プログラムによって戦闘時の機敏な移動を手助けしている。
機能
弾丸生成と発射。
閃光弾。
追加機能
弾丸の高速連射機能。
炸裂弾。
錨鎖弾。
風の移動制御。