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第118話 顔合わせ


 目の前に聳え立つ黄金の扉が鈍い音を立てながらゆっくりと開き始め、中の風景が次第に明らかになっていく。


「クロハ!」


 謁見の間にはルーデルの言っていた通り三人の人影。

 その中にクロハの姿を見つけて、彼女の元に駆け寄る。


「背が伸びたなぁ、元気だっか?」


 俺との身長差は大して変わっていないが、それは逆に彼女も成長している証。ほんの少しだけ幼さが抜けて、落ち着いた雰囲気を纏っている。


「ディンこそ久しぶり」


 そして驚くべきは彼女の言葉。以前の様な不自然さは無く、流暢にミーミル語を使いこなしている。

 口数の少なさは変わらないらしいが。


 なんだか嬉しくなって彼女頭を撫でたのだが、すぐに払い除けられてしまった。

 あれ、なんだかまた距離ができた? それとも思春期だから?


「俺もいるぞディン!」


 背後から俺を呼ぶ声。

 誰だろう、俺の知り合いにこんな明朗快活な喋り方をする奴がいただろうか。

 

 振り向くと、そこには俺と同じくらいの背丈の長耳族の少年が立っていた。


「……どなた?」


「リオンだよ!! 少しの間一緒に旅をしたろ!!!」


「え、リオン?」


「忘れたのか!?」


 いや、覚えているとも。

 ただ目の前に立つ彼は精悍な顔立ちと鍛えられた体、顔にはいくつか傷跡があって、それは俺の知る幼い印象のリオンとはあまりにもかけ離れた外見をしていたのだ。


「なんか老けたな」


「失礼だな! 同い年だわ!」


 彼と別れてから二年経っているとはいえ、ここまで見た目が変わるだろうか。ドッキリかなんかじゃないの?


「——待って、ひょっとしてお前も学園に行くの?」


「おうよ!」


 どんと胸を叩いてはにかむリオン。自信満々ではないか。


「え、大丈夫なの……?」


「なにがだ?」


「学問とか、特に戦闘力の方とか——」


 突如背後に微力な魔力反応を感じて、咄嗟にその場からサイドステップで退く。


「!?」


 俺がさっきまで立っていた場所には、青白く光る矢が突き刺さっていた。

 記憶に新しい、魔力で形作った矢だ。


「さすがだな! 極力気づかれないように撃ったのに!」


 そう言ってリオンは笑う。

 やはり今のはリオンがやったのか。


 俺の背後で矢を生成、そして発射。それは妖精族が行う大気中の魔素を支配することによつて成せる技だ。

 長耳族の彼がそれをとんでもなく高い精度で使うのか。


 俺がわずかに感じ取ったのは矢を発射する際に弾けた魔力の反応。生成自体には気づきもしなかった。

 下手したら避けられていなかった可能性もある。


「悪かった、訂正するよ。リオンは強い」


 元々精霊魔術適性が高かったりと、幼いながらに何かと優秀だった彼だがなるほど……天才が努力すれば敵無しだ。


最速記録保持者レコードホルダーに褒められたら照れちゃうな——グホォォォッ!?」


 少し顔を赤くしながら頭をポリポリとかいていたリオンが、俺の視界の端から飛来した黒いナニカに追突され、数メートルほど吹っ飛んだ。


「え、クロハ?」


 頬に真っ赤な拳の痕を残して痙攣するリオンと、それの前に立って見下ろすクロハ。

 訳のわからない構図に俺は混乱していた。


「今のがディンに当たったら危ない。なんのつもり」


 仰向けになって倒れているリオンの襟を掴み上げて、クロハは彼の頭を乱暴にゆすった。

 ここでようやく理解した。クロハがリオンを物凄い速度で殴り飛ばしたことに。

 

「うっ……いや、その……すみません!」


「私じゃなくてディンに謝って」


 俺は今恐ろしい光景を見ている。あんなに穏やかで優しかったクロハが、鬼の様な形相で屈強な少年を蹂躙しているのだから。


「やー怖い怖い、オーガが本性出したにゃ〜」


 そんな惨状を前に呆然と立ち尽くしていた俺の背に、一人の獣族が覆い被さってきた。

 

「うわっ!?」


 スタイル抜群の体を背中に押し付けられて、慌てて背中の女性を突き放す。


「相変わらずそっけないにゃ〜」


 つまらなそうに腕を頭の後ろで組みながら、獣人は伸びをする。


 ツンと立った猫耳と、露出の多い服から見えるしなやかな体のライン、ふよふよと不規則に揺れる尻尾。

 スキンシップの激しさから考えて、そんな存在は俺の知り合いに一人しかいない。


「レイシア……だよな?」


 そう、クロハが以前救い出した奴隷の子、レイシアただ一人だ。


「あーしの他に誰がいるのかにゃ!」


 そう言ってレイシアは再び俺に飛びついて体を擦りつけてくる。

 

「ッ……!」


 前から発育の良い子だとは思っていたが、まだ成長の余地を残していたのか……まさに可能性の獣だ。俺のユニコーンがデストロイモードになってしまいそうだ。


「ディンから離れて淫乱猫」


 ありがたいことに、俺のユニコーンが(以下略)ってしまう前にクロハがレイシアを引き剥がしてくれた。


 先程までボコっていたリオンはどうしたのかと彼の方にチラリと目線をやると、倒れたままぴくりとも動かなくなっている彼の姿があったので、俺は何も見なかったことにした。

 リオンなんて最初からいなかったのだろう。あれは俺が見ていた妖精の幻覚だ。


「あー! 邪魔するにゃオーガ!!」


「ディンが困ってるからやめて」


 クロハが両手を広げてレイシアと俺の前に立ち塞がった。

 キャラが変わったのか、それとも喋れなかっただけで元々もこんな感じだったのか、俺は非常に気になっている。


「ははーん、さては嫉妬してるにゃオーガ〜 あーしの魅力的な体にディンが照れてるからって〜」


 レイシアの方は……うん、ベラベラ喋る様になっただけで中身はあんまり変わらないな。


「興味ない。そんなブヨブヨの荷物胸にぶら下げてたら邪魔だし。可愛い服着るとデブみたいだし」


「なっ——ブヨブヨ……デブ……」


 ガクリと首を落とすレイシアを前に、物寂しい胸を張りながらクロハはフンと鼻息を鳴らした。


 いわゆる犬猿の仲と言ったところか。普段からくだらない事で揉めているのだなと今の雰囲気でわかった。そしてレイシアがずっと負けていることも。


「さてさて、みんな揃ったかな」


 顔合わせがひと段落ついたかといったところで広間にリディの声が響き渡り、全員の視線が広間の窓の淵に腰をかけている彼に向いた。


「なんでそんなとこでカッコつけてるの」


「カッコつけてるんじゃなくて、今この窓から入ってきてそのまま座ったんだよ」


 クロハの辛辣なツッコミを鮮やかに交わしながらリディは立ち上がり、俺たちの元へと歩いてきた。


「全員揃ったって、ラーマ王がいませんが?」


 そう、先程からこれほど騒いでもお咎め無しだったのは、一重に玉座に彼の姿がなかったからだ。

 ていうかリオンはいつの間に起きたんだ。


「王様は別件で今城の地下で作業中〜 ディンはこの話が終わったら来いだってさ」


「え、あ、はい」


 ラーマ王が名指しで俺に用事か、なんだか怖いけど……冒険者ギルドの登録をしてもらったお礼もまだできてなかったし、どのみち会いに行かなきゃな。


「よし、じゃあ改めて任務の確認だ」


 リディがパンと手を叩くと、全員の雰囲気が変わり、ひりついた緊張感が漂い始めた。


「これから君達が行うのは、下手をすれば国家転覆に等しい所業だ。無理強いはしない、それでもやるかい?」


 俺を除いた三人が静かに首を縦に振った。

 それを見た俺も続いて首を振る。


「オーケーだ、じゃまずはおさらいから。君達はこれからミーミル王国に向かい、王都の入学試験を受けてもらう」


「え、推薦者も試験受けるんですか?」


「当たり前だろう? じゃなきゃコネだけの無能が入っちゃうじゃないか」


 それもそうか。いやてっきり俺の世界だったら……まあ今はどうでもいいか。


「話を戻すよ。まずリオンとレイシア、君達は魔導科の試験を受けてもらう」


「「はい」」


「そしてディン……いや、グリムとクロハ。君ら二人は魔導科か騎士科、どちらでも好きな方を受けなさい」


「「はい」」


 なんだか色々と引っかかるが、とりあえず今は黙って話を聞くことにしよう。


「各々試験にて飛び級合格を目指し、入学後は武道会での優秀を目指してくれ」


 なるほど、ここまで大体聞いていた通りだな。


「そして誰か……まあグリムだろうけど。とにかく優勝したらその特権で王子に接近し、他はそのサポートに回る。なんとしてでも王子を操る黒幕の尻尾を掴んでくれ」


「「「「はい!!」」」」


「よし、じゃあ説明は終わり。今後の状況に応じた細かい指示は、俺との定期連絡で行う。落ち合う場所とかも向こうに着いたら教えるね。じゃあ解散〜!」


 リディは話を終えるとそそくさと広間の窓に足をかけて飛び降りてしまった。

 雑談も挟まずに作戦説明をするわ、すぐさまどこかに行ってしまうわ、そんなに忙しいのだろうか。


「ディン」

 

 そんなことをぼーっと考えたまま突っ立っていると、クロハに袖を引かれた。


「なに?」


「ラーマ王が呼んでるから早く行こ」


「え、クロハも呼ばれてるの?」


「うん」


「わかった。じゃあ行こうか」




 


 王宮の庭園にて、テーブルを挟んで紅茶を啜るリディアンとルーデル。


「みんなに作戦の説明は終わったのかい?」


「終わったよ」


「どうしたのさ、さっきから浮かない顔だねリディ」


「ちょっとした心配ごとさ」


「へぇ、珍しいね」


「王様がディンとクロハに余計なことをしそうだからさ」


 リディは目を細めながら、足元を、いやその先、そのさらに下にある王宮地下へと続く階段を睨みながら呟いた。

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