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第117話 冒険者グリム

 


「そういやよ、今月の成績ってもう出たっけか?」


 ムスペル王国王都南端に位置する酒場にて、一人の男が卓上に向かい合う仲間達に問いかけた。

 露出した上半身を逞しく見せる隆起した筋肉と、泥だけのズボンや剣。彼らは冒険者と言う名に恥じぬ、貫禄のある出立ちの男であった。


「あ〜出てたぜ。俺ぁ字ぃ読めねぇからわかんねぇけど、どうせ二位はあいつだろ?」


 問いに答えた男はつまらなそうに卓に頬杖をついて、酒が波々注がれた杯を煽った。

 その反応に続き、他の屈強な男達も『またか』とばかりに肩を落としてため息を吐く。


 『冒険者』と呼ばれる仕事はその過酷さ故から底辺職とされ、業務内容は主に三つに分かれている。


 一つ目は魔物の駆除。騎士団の手が届かない辺境地や、臨時で騎士団の増援として派遣されることが多い。


 二つ目は洞窟や迷宮の開拓。大陸各地に残る神代からの迷宮は、各国でも未だその数を把握しきれておらず、その調査の殆どを冒険者ギルドに委託している。

 また、この業務はさらに内容が分割されており、魔物の掃討、マッピング、素材の回収、作業現場の作成と多岐に分かれている。


 三つ目は従軍。報酬は比較的高いが、国からの要請がない限りは行うことができない。

 そのため、彼等の主な収入源は上記の二つとなる。


 そしてこれらの仕事の業績によって各冒険者にはランク付けがされており、上に上がるほど報酬や仕事の斡旋、ギルドからの支援などを受けられるようになる。

 

 卓上で通夜の様な雰囲気を漂わせているこの男達も例に漏れず、彼等は上から二番目のAランクを維持している冒険者パーティー『マスクルズ』である。


 Aランクはギルドに登録されている冒険者の上位一割以上の成績を出した者に与えられる称号であり、規格外のSランクを除けば、彼ら『マスクルズ』は駆け出し冒険者が目指すべき存在と言える。

 

 そんな彼らが肩を落とす原因はたった一つ、成績の低下にある。

 武闘派である『マスクルズ』は魔物討伐業績において長らくSランクパーティーに続く二位の成績を維持してきた。

 しかしここ数ヶ月の彼等は三位、報酬的には長年の信頼があるので変化はないが、彼等のプライド的に問題があった。


「噂をすれば来たぜ」


 一人の男が酒場の入り口を睨みながらそう口にするの皮切りに客全員の視線が、たった今店に足を踏み入れた銀髪の少年に向いた。


「おいグリム! 酒場なんて珍しいな、失恋でもしたかぁ?」


 店にピリついた雰囲気が漂う中、『マスクルズ』のリーダーは、席を探している少年に手を振った。


「どうもバートンさん。今日は待ち合わせしてるんですよ」


 リーダーに気づいて近寄ってきた少年が爽やかに笑う。

 彼の名は『グリム』。一年ほど前突如として冒険者ギルドに現れ、半年間魔物討伐成績二位を単独で維持しているルーキーであり、その噂は国外にまで広まる程である。


「待ち合わせ? どんな男を引っ掛けたんだ?」


 リーダーの冗談に続いて他の男達がゲラゲラと笑い出す。


 『マスクルズ』に取って少年グリムはランキングを維持する上で目の上のたんこぶとも言える存在であり、初期の関係は決して良いものとは言えなかった。

 しかし、何度か共に仕事をこなしたり、彼自身の腰の低い態度や人間性もあって、今では良好な関係を築いているのだ。


「はい? 『引っ掛ける』ってなんですか」


「知らねえのか? お前女絡みの話が無さすぎて新人の間だと『男装した女』とか『冒険者狙いの同性愛者』って言われてんだぞ?」


 前者の説に至っては、少年の容姿が優れていることも相まって一部で熱烈に支持されていた。


「聞き捨てならない噂ですね。早急に晴らしたいわけですが……それも無理か」


「なんでだよ」


「そのことで皆さんには挨拶しようと思ってました。僕、今日で冒険者やめるんです」


「「「「はぁぁっ!?!?!?」」」」


『マスクルズ』だけでなく、近くの卓に座っていた者達までもが声を上げた。


「や、やめるって……なんで!?」


「うーん……まあ王宮絡みの仕事ですかね」


「「王宮!? てめぇが!?」」


「まあそうです。そんなわけで、皆さん一年間お世話になりました。『マスクルズ』は強いんで余計なお世話かもしれませんが、病気とかには気をつけてください」


 一同騒然としている中、少年は深々と頭を下げて、さっさとカウンターの方に歩いて座ってしまった。


ーーー

【グリム()視点】


 とりあえず『マスクルズ』の皆んなに挨拶も出来たので、カウンターでジュースでも飲むことにした。

 ムスペル王国は成人にならないと酒が飲めないから残念だ。まあ、こんな朝から酒飲む気もないけどさ。人を待ってるわけだし。


「今日は奢りです」


 マスターはそう言ってジュースを出してくれた。

 図体がデカくて寡黙だから怖がられがちまが、駆け出しだった俺に色々教えてくれたりと、とでも優しい人だ。

 そんな彼の出す毎日の様に飲んでいたこの一杯も今日で終わり。


「ありがとうございます。本当に」


 ラーマ王の助言で冒険者として過ごした一年間は、思ったよりも速く過ぎ去ってしまった。

 たまに笑ったり泣いたり、死にかけたり。とても刺激的な一年だったと言えよう。


 迷宮や洞窟の魔物は変温動物。王立学院入学に向けて氷結魔術だけを使用する様にしていた俺に取っては、とても都合が良かった。

 もちろん高位の魔物にそんなものは効かなかったので苦労したが、それでも俺が出した撃破記録の半分はただの雑魚処理に過ぎなかった。


 俺は本当に強くなれたのだろうか。それだけが不安で——


「久しぶりだね、最速記録保持者のグリム君」


 誰かが俺の肩を叩いた。

 懐かしい声だ。


 振り向けばそこには、リディが立っていた。


「リディさん……お久しぶりです」


ーーー

【グリム(ディン)視点】


「いやぁ〜しばらく見ないうちに逞しくなったねぇ。マスターこの子とおなじのちょーだい〜」


 ヘラヘラと笑いながらリディが俺の隣に座る。

 一年以上会ってなかったが、のらりくらりとした態度は変わっていないようだ。


「こっちの国にも届いてたよ、スーパールーキーの噂」


「へぇ、どんなのですか」


「ソロの美少女だとか、氷の女王だとか。龍族の美女とか」


「女じゃないんですけど」


「まあ噂なんて遠くに行けば行くほど変化するものさ」


「グリムの名前で入学する以上、女だと誤解さてると困るんですが」


 そう、俺は王立学院に入学する際、本名ではなく『グリム•バルジーナ』という名前を使う。

 『ディン』の方の名前はディフォーゼ家やリディとの繋がりを疑われる可能性があるためだ。

 設定では俺はムスペル王国バルジーナ商会当主の養子で、その優秀さを王宮に買われて推薦者として受験に臨むとのことだ。


「平気だよそんな些細なこと。重要なのは、君が飛び級で二年生になることだよ」


 俺が王立学院に行くのは、あくまでリディとの契約を果たすため。

 次の国王候補であるマルテ王子の懐に潜り込み、彼のありとあらゆる全てを暴くこと。それを行うには、今年で二年生になるマルテ王子と同じ学年にならなくては始まらないというわけだ。


「なんか不安になってきました……」


 王立学院はエリートの集う大規模教育機関。入試時に好成績を残して飛び級するという行為のハードルの高さたるや。


「ま、君がしくってもクロハとかがいるし」


「そこは激励の言葉を送るとこでしょ」

 

 ため息混じりにそう言うと、リディの頬が吊り上がる。


「それで自信が出るの?」


「うーん……出ません」


「じゃあ無駄じゃん〜 でもまあ大丈夫だと思うよ。冒険者の質が高いムスペル王国でのギルド最速記録と氷の特級魔術。加えて教養もあるんだから。どう、気休めになった?」


「まあ少しは」


「なら良し。んで話は変わるけどさ」


 リディ突然真剣そうな顔をして姿勢を正した。

 ただならぬ気配。なにか悪いニュースでもあるだろうか。


「……はい、なんでしょう」


「冒険者やってる間随分モテたでしょ、何人抱いたの?」


ーーー


 リディに連れられて、王宮の前までやってきた。


「じゃあまた数分後に」


 これから王様と他の協力者と顔合わせをするらしいが、リディは王宮出禁なので裏ルートから謁見の間に向かうそうで、ここで一旦お別れ。ここからの案内は——


「ディン〜!! 久しぶり〜!!!」


「おわっ!?」


 空中城塞に続く転移魔法陣から姿を現したルーデルが、目にも止まらぬ速さで俺の元に飛びついてきた。

 凄い、デカい、胸が、俺の顔に、押し当てられて……


「なんだよディン〜! 少し会わないうちに男前……いや美人になっちゃってさぁ!」


 グリグリと顔を擦りつけてくるルーデル。歓迎してくれるのは嬉しいが痛い痛い痛い。


「ちょっ……ぐるじぃ……」


「あっ、ごめんごめん! ささ、王様が待ってるから行こ行こ!」


 ルーデルは俺に抱きついたままピョンピョンと跳ねた。

 この一年で身長はまあまあ伸びた筈なんだが、それでもまだルーデルの方がデカい。ラルドが190センチくらいあるから、俺もそれぐらい伸びると思うのだが……まだ遠いな。


「あの、抱かれたままだと動けないんですが」


「平気さ、このまま君を抱えて飛ぶから」


「え、今何て——」


 俺が問うのを待たずして、ルーデルは地面にクレーターが出来るほど踏み込み、俺を担ぎ上げたまま空中城塞目掛けて一気に跳躍した。


「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」


「この方が早いだろう!?」


「下ろして下ろして下ろして下ろして下ろして下ろして下ろして下ろして下ろして下ろして下ろして!!!」


 ああ、門番の人があんなに小さい。

 そしてなんだこの浮遊感は、吐きそうだ。


「うっ……!」


「わー! ちょっと! まだ吐かないで我慢して!!!」

 

ーーー


「ごめんよぉ〜高いところ苦手だと知らなくて……」


 謁見の間に続く廊下を俺と並んで歩くルーデルが、両手を合わせながら頭を下げた。


「良いですよ……俺も言ってなかったわけですし……」


 ルーデルがすぐに下ろしてくれたおかげで、リバースゲボリューションは回避できたが、中々に危なかった。


「そうかい? ありがと〜」


「そういえば、僕の他に学園に向かう人もいるんでしたっけ」


「うん、君の他に三人ね」


 クロハがいるのはなんとなくわかるが、残りは誰だ?

 知らないやつなら良いが、レキウスの兄弟とかだったら嫌だな……気まずいし。


 ——と、そんなことを考えているうちにもう扉の前か。相変わらずデカくて金ピカだな。


「準備はいいかい?」


 ゴクリと唾を飲み、口を大きく開けて深呼吸。


「はい!!」

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