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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第4章 潜入任務篇

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第116話 マイヒーロー


 黄金都市の中央通り、今日は年に一度の戦死者を悼む祭りがあるらしく、いつにも増して賑わっている。


「あれたべたい」


 俺の手を引きながら雑踏の中を進んでいくクロハが、たまたま通りかかった出店を指差した。


「あ、うん……すみません、それ一つ下さい」


 店員にそう伝えると、クロハが俺の腕を思い切り引っ張った。


「ちがう、ディンもたべるの」


 いつも通りの仏頂面。しかし、その瞳には強い意志を感じる。

 王女から借りた服もよく似合っていて、キリッとした顔がすごく日本人好みの美人って感じだ。


「……すみません、じゃあ二つで」


「あいよ!」


 店員が渡してきたのは、焦茶色のせんべい……なのか? 匂いが麦っぽいけど多分そうだよな。


 恐る恐る齧ってみると、見かけに反して口の中でほろっと溶けて、予想通りの味がした。

 うん、まさに食べる麦茶って感じだ。


「クロハはこういうのが好きなの?」


「おうさまがいつもくれるの」


「え? ラーマ王のこと?」


「そう」


 え、なんで王様とクロハに接点あるの?

 ていうかあの人そういうキャラだっけ。


「へ、へぇ〜可愛がってもらえて良かったね」


「いつもはまじゅつうってくるよ」


 リスの様な顔で麦煎餅を頬張りながら、クロハはそう語る。


「は!?」


 どういう状況? DV? あとでルーデルあたりに聞かないと……


「つぎ、あのおみせ見たい」


「あ、あぁ……」


 ——でもまあ、改めて今の状況も中々に奇妙だがな。俺とクロハがデートねぇ……


 けど、クロハはデートの意味わかって使ってるのかな。デートってもっとゆったりしたイメージあるけど、今のところ中々のハイペースで店を回っている気がする。

 だって祭りに会場に着いたのはさっきなのに、次の店でもう八軒目だ。


 レイシアもいたら振り回されていたのだろうか。少し可哀想だったが、付いてこようとした彼女を取り押さえてくれたセコウとロジーに感謝だな。


『ねぇ……あの人だよね……』


『ああ、噂だとな……』


 ずけずけと人混みを進んでいくと、道ゆく人々に視線を向けられていることに気がついた。


 ムスペル語はちょっとしかわからないから数人のそれしか聞き取れなかったが、それでも俺の……いや、俺が行った任務の話をしている事はわかる。

 俺がレキウスと共に戦っていたという機密事項が漏れたのはルーデルから聞いていたが……


 やがて周囲が俺を避け始めることで、人々でごった返していた中央通りには俺達しか立っていない一本道ができた。


「痛ッ」


 周囲から向けられる視線も増え、それに耐えられなった俺は俯いたままクロハに手を引かれていると、突然顔に石を投げられた。


 反射的に顔を上げ、視界の両脇にある人々の壁に目をやる。


 いた。俺の真横だ。俺を睨みながら、人混みからはみ出して突っ立っている二人の子供だ。


「おまえがレキウスにいちゃんを死なせたんだ!」


「や、やめてよマルク!」


 俺に敵意をむき出しにする弟と、それに焦る姉といったところか。歳は上が八歳、下が五歳くらいかな。


「レキウスにいちゃんはな! すごく強いんだぞ! お前がにいちゃんのじゃまをしたんだろ!」


 目元に大粒の涙を浮かべながら唾を飛ばす子供と、それを涙を拭いながら止める姉。

 そしてそれを止めず、やるせなさそうに俺から目を逸らす公衆。


 そうか、レキウスは街じゃ人気者だったんだな。

 彼を邪険にしていたせいで知らなかった。


 少年に殺気を飛ばすクロハを制止して、投げられた石を拾って彼の前にしゃがむ。


「そうだね……俺が弱いから、兄ちゃん死なせちゃったんだ」


 少年の手を取り、投げられた石を再び握らせる。


「……ごめんな」


 精一杯の気持ちを乗せて謝った。

 俺はスピーキングが下手くそなので、ちゃんとムスペル語が伝わったのかわからない。


「あ、あぁ……ぁぁぁぁぁ……」


 少年は握っていた石を手から零して、声を上げて泣き出した。


 賑わっていた祭り会場は、いつの間にか静まり返っていて、少年少女の泣き声と、そこかしこから誰かが啜り泣いているの声がした。


「——あ、ちょっ、放してクロハ!!」


 泣きじゃくる少年を座ったまま見つめていると、クロハに無理やり手を引かれて、その場を跡にした。


 クロハは、とても怒っている様に見えた。


ーーー


 祭りの屋台が立ち並ぶエリアからは少し外れた、噴水広場に連れてこられた。

 周囲は背の高い建物に覆われているというのに、陽当たりと風通しはよく、程よく静かで心地よい。


 こんな場所があったんだな。ムスペルでの土地勘はいつの間にかクロハの方が持つようになっていた。


「ここ、すわって」


 クロハに促されて、噴水の前にしゃがんだ。

 デートの雰囲気をぶち壊した罰として、俺は今からここに突き飛ばされるのだろうか。


 しかし、クロハはそんなことをする様子もなく、どこからか取り出したハンカチを噴水の水に浸して、俺の顎を引き寄せた。


「冷たっ」


 顎をガッチリと掴まれて、ハンカチを額に押し当てられた。


 そうか、そういえば石を投げられたんだったな。血が出てなさそうだったから放置してたけど、腫れてたのかな。


「ありがとね、クロハ」


 そう言ってクロハの頭を撫でるが、彼女は依然、眉間に皺を寄せたままだった。


「ごめんな、面倒かけて」


 正直、レキウスとの付き合いは浅かったし、大して好きなわけでもなかったから、彼の死にはそこまでショックを感じていない。


 けれど、彼の死を悼む人間達から向けられる視線にはどうも耐えられそうにない。

 

 墓地であったあの女の人も、街の大人達も、みんなの目に敵意や憎しみ、憎悪といったものは宿っていない。

 ただ無言で語りかけてくるんだ。『もっとなんとかならなかったのか?』って。


 なったよ。なんとかなったんだよ。

 俺が調子に乗って油断しなければさ。

 でも仕方ないじゃないか、調子の一つも乗るよ。一週間もきつい稽古に耐えて、やっと成果が出て来たっていうんだ。


 あの時だって、無制限に魔物を操る敵だったから、即座に仕留めるべきだと思ったんだ。その判断自体は、なにも間違っていなかったと思う。


 その後だよ、レキウスを助けようと焦って、後手に回ったからだ。落ち着いてればあんなやつすぐ殺せた。


 結局のところ、俺は人を殺すだけで、人を助けることなんかできないんだよ。

 

 くそ……いっそのこと、あの子供みたいに石でも投げて、怒鳴りつけてくれれば良いんだ。

 大人の対応なんて、残酷なだけだ。


 まあ、仲間死なせといて自分のことばっかな俺が、一番クズで残酷なんだろうな。


「ディンは……わたしにいじわるする人きらい?」


 ハンカチを絞ってポケットにしまったクロハが、俺を睨んだまま突然口を開いた。


「え……嫌いだけど。アスガルズの連中とか死ねば良いと思う」


「わたしも……わたしの大事な人、大事にしない人きらい」


 そう言って、クロハはポフっと俺の頭に手をかけた。


「そうか」


「……だから、いまのディンきら——」


「ひったくりだァァァ!!」


 突然そんな声が噴水広場に響き渡った直後、見つめ合う俺達二人の真横を一人の男が駆け抜けた。


「……珍しいな」


 この国は基本、入国の際にシータの『未来視』による検疫を受けるわけだから、移民であろうと難民だろうと犯罪者予備軍ならば問答無用で弾かれる。


 だからこの国は治安が良い。はずだったが……

 俺のせいで『未来視』の精度が下がっているらしいからな。こういうこともあるのだろう。


「ッ……!?」


 遠ざかっていくひったくりを追いかけようと立ち上がって駆け出すも、足に激痛が走った。

 リハビリが終わって日は浅いからか、これじゃ逃げ切られて——


「クロハ!?」


 片膝を付いて動けずにいた俺の真横を、今度はクロハが猛スピードで通過していった。


 路地裏へと逃げ込むひったくりを追って、クロハも建物の隙間へと消えていく。


「ちょっと! 一人じゃ危ないぞ!」


 慌てて俺も、激痛に蝕まれる足を引きずりながら二人の後を追う。

 路地裏は細い直線一本道、視認さえすれば魔術でなんとかなるはずだ。


 路地裏の入り口に着くと、そこはクロハが壁の側面を蹴ってひったくりの正面に回り込んだ瞬間だった。


「チッ……どけッ!!」


 立ち塞がったクロハにも構わず、男は走行を続ける。


「クロハ! 俺がやるから下が——」


「うぐあぁっ!?」


 俺の声に被さるようにして、ひったくりの叫びが路地裏に響いた。


 それは一瞬の出来事。

 突進してくる男に対し、クロハはごくシンプルな行動をとった。


「ひっ膝が……俺の膝がぁぁぁぁぁ!」


 男は膝を抱えながら、泣き叫んでその場に倒れた。


 そう、クロハが放ったのはシンプルな飛び蹴り。

 身長差とタイミングを考慮して、彼女は迫り来る男の膝を的確に蹴り抜いたのだ。


 起きた事は理解できるが、しかし……


「どんなパワーで蹴ったらこんなに……」


 なんとか二人のところまで追いついて、倒れている男の足を見ると、それが反対方向に折れ曲がっていた。


 魔族であるクロハの身体能力が高い事はリディから聞いていたが、魔装の身体強化込みでも流石にこんなことになるかな……


「クロハ……どうやってこんなことしたんだ?」


「ん」


 そう尋ねると、クロハは俺に掌を突き出して来た。


「これは……」


 彼女の掌には、黄金色に輝く文字が血で刻まれていた。


「刻印魔術……! どこでこれを……」


 しかも刻まれているのは『U(ウル)』の文字。たしか効果は自己強化だったはず。


「おうさまがおしえてくれた」


 なるほど……通りで年齢に見合わないパワーとスピードが出たわけだ。


「——って、なんで急にあんなことしたんだ! 危ないだろ!」


「ディンのまね」


「……!」


「かっこよかったでしょ」


 男が奪ったものを剥ぎ取りながら、クロハは不恰好に笑った。


 初めて、この子の笑顔を見た気がした。


「……ああ、かっこよかったよ」


「じゃあ肉たべたい」


「そうか、じゃあ屋台に戻ろう」


 今度は俺が彼女の手を引いて、祭りの会場へと歩き出した。

 もちろん、ひったくりを引きずりながら。


ーーー


「おーいディン、開けてくれ〜」


 廊下から聞こえて来たセコウの声に応じて、自室の戸を開く。


「おはようございますディン殿、ご機嫌いかがですか?」


 セコウの後ろに立っていたクロエ王女が、爽やかに笑いなが、ひらひらと手を振った。


「おはようございますクロエ王女。ささ、二人とも入ってください」


 そう言ってドアを全開にし、二人を室内に招く。


「昨日までと比べて、随分と顔色が良くなったな。ルーデルさんから憔悴していると聞いていたが……」


「はは……まあ色々と割り切ったんです」


 どうせ俺は直接人を救えない。

 だから、自分にできることだけしていこうと思う。

クロハがそれをカッコいいと言ってくれたのだからな。

 それを割り切りと言えるかはわからないが、気持ちは入れ替えたつもりだ。


「あ、あと魔道具職人ドアンさんももうすぐ着くはずなのでお茶でもいかがですか?」


 土魔術で適当な椅子とテーブルを作り出して、部屋の端の戸棚からポッドを探す。


「随分散らかってるな……これは魔法陣か?」


 セコウが床に散らばっていた紙の一枚を拾い上げて、目を細める。


「ええ、まさにその件でお呼びしました。すみません、メイドさん伝いに呼び出しちゃって」


「その件とは『奇術師之腕マジックハンド』のことですか?」


「はい。改良しようと思いまして」


「この前やったばかりじゃないか?」


「しましたけど……まだ課題は残ってます。連射時の弾丸サイズ調整機能とか、発動速度のさらなる底上げとか、近接戦闘装備の実装とか、小型化とか」


「何もそんなに焦らなくても、時間はあるのではないですか?」


「いえ、これからしばらく王都から離れるので、今のうちにできるだけ性能を上げておきたいんです」


「離れるって、どこにだ?」


「それは——」

「珍しいな、貴様の方から俺の元に来るなんて」


 玉座の肘掛けに頬杖をつきながら、山積みの書類を睨んでいる王は、ため息混じりに口を開いた。


「何の用だ。見ての通り俺は忙しい」


「……どうすれば、強くなれますか」


 静けさが漂う黄金の間に、俺の声が響き渡った。


「愚問だな。それは知識だ」


「……? 勉強なら普段からしてますが……」


「違う。なにも小手先の技術を知ることや、詠唱を覚えることだけが知識ではない」


「じゃあ……経験とかですか?」


 そう尋ねると、王は愉快そうに口角を釣り上げた。


「フン……少しはわかるようになったではないか。そう、今を生きる豪傑強者共は皆、想像もつかぬ修羅場を潜って来た」


「じゃあ、それはどこで積めるんですか? ルーデルさんと死闘を繰り広げることと何が違うんですか?」


「少しは自分でモノを考えたらどうだ。貴様の頭は飾りか何かか?」


 そう言われて、俺は顎を撫でながら目を閉じる。


 俺に足りないのは修羅場……けれど、ルーデルとの殺し合いにも似た稽古は違う。

 ならばその違いはなんだ……? 


「……緊張感」


 ボソッと呟いたその言葉に、王は手を叩いた。


「フッ、合格だ。そう、貴様に足りぬのは戦場における極度の緊張だ。本気で命を取りに来る人間共との戦いは、稽古のそれとはまるで別物だ」


「でも、戦場なんてどこにも……」


たわけが、何も戦場に限った話ではない。貴様に問題だ。戦場で役に立つのは騎士か冒険者、どちらだと思う」


「騎士です」


「違う。常に精神と肉体の限界と隣り合わせの戦場において、最も己の真価を引き出すのは冒険者だ」


「……!」


「文字も知らぬ、作法も知らぬ、洗練された武術も知らぬ。だが彼奴きゃつらは飢えを知り、孤独を知り、恐怖を知っている。故に強いのだ」


「……じゃあ俺は——」


「わかったのならさっさと行け、冒険者ギルドへの登録は俺から手を回してやる」


 面倒そうに俺を手で払いながら、王は欠伸をした。


「あ、ありがとうございます!!!」


 王に深く頭を下げ、俺は謁見の間を勢いよく飛び出した。


 王立学園の入学まで一年と半年。それまでにやる事は山積みだ。

 けれど稽古も、勉強も、冒険も、全てこなして俺のものにする。


 ありがとうレキウス。あんたのおかげで、俺はまだ強くなれるよ。


ーーー


ーー古式魔法都市篇ーー 完


次章準備のため一旦終了

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