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第114話 魔術王


 目の前の男に向け、弾丸を放った瞬間——


「うわっ!?」


 男が口を大きく開き、その中からスライムが飛び出してきた。


 スライムは俺の放った弾丸を受け止めてそのまま俺の顔に張り付いてきた。

 至近距離の一撃、相手は手負いだからと油断していた。


「ディン!!!」


 直後、俺はレキウスに押し飛ばされて、ホールの床に転がった。


 慌てて氷結魔術で顔に引っ付いたスライムを凍らせて剥がし、起き上がって二人のいた方に目をやる。


「レキ……ウス……?」


「全く余計なことを……わざわざ奥手まで出したというのに……」


 男は眉間に皺を寄せながら、コートの袖から姿を見せている触手をレキウスの胸から引き抜き、魂が抜けたように倒れたレキウスを踏みつけて、俺に触手を見せつけた。


「魔大国に生息している槍蛸やりだこの幼体です。名の通り、獲物を触手で貫いて捕まえるため、その先端は並の刃物にも劣りませんよ」


 そう言ってエルフの男は、俺に背を向けて羽織っていたコートを脱いだ。

 たしかに、彼の背中には小さな、しかし体躯に見合わぬ長さの触手を持った蛸が張り付いていた。


「ま、鈍足なので陸では大した使い道はありませんが……備えあればなんとやらですね」


「レキウス!!!」


 男の口上など無視して、二人の元に駆け出す。


ーー死神之糾弾デスバレット全掃射フルオートーー


 男をレキウスから引き剥がそうと、弾幕を浴びせる。


 しかし、放たれた弾丸は彼が懐に忍ばせていたスライムの壁によって吸い込まれた。

 さっき俺を襲ってきたスライムと同じ、緑色のやつだ。


「ッッッ!」


 焦り。そう、俺は明確に焦っていた。

 心臓を貫かれたレキウスを助けるために、全力で思考を回しながら、闇雲に走っていた。


 弾丸を止められようが足を止めず、スライムの目の前まで来た。


ーー氷結フリーズーー


 俺を飲み込もうとしてきたスライムを凍らせて、その先に進む。


「さあ、行きなさい可愛いお前達ッッ!!」


 相手に時間を与えてしまったせいで、ホールの隅で待機していた魔物達が一斉に俺の元へ迫っていた。


ーー火炎放射ファイヤーーー


 一度に凍らせるには、魔物の大群は数が多すぎた。

 だから焦って、魔物の壁の先にいるレキウスのことも、木造の建物のことも考えずに、視界一面を炎で埋めた。


「痛ぁッッ!」


 大半の魔物は焼け死んだ。けれど外骨格を持っていたり、水生の魔物が炎の壁を抜けて俺に噛み付いたり、その鋭利な爪を振り翳してきた。


「あっ」


 押し寄せる魔物に足元を取られて、遂には体勢を崩して地面に背をついた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 俺を取り囲んだ魔物が、俺の手を、足を噛みちぎろうと群がってくる。

 視界がぐるぐると回る。なのに思考は回らない。

 ただ襲いくる痛みと魔物に混乱して、みっともなく暴れる。


凍結ブリザード! 放電ボルト! 火炎フレア! 暴嵐ウィンドストームッ!!!」


 思いつく魔術全てを、最大出力で四方八方に放った。


「ハァ……ハァ……」


 ようやく魔物がはけて、俺は鉛のように重い体をゆっくりと起こした。


「痛ッッ……」


 腕は籠手をつけていたおかげで軽傷だった。けれど……


「脚が……」


 脚その殆どが魔物の歯形に抉れいて、そこから血が滝のように流れ出していて、普通じゃ見えてはいけないような白いものまでが外気に晒されていた。

 

「う……おえぇッッ」


 あまりの惨さに眩暈めまいがして、胃の中のものを全て出した。


 胃酸のせいで喉はひりつくのに、脚には全く痛みがない。そもそも下半身の感覚がない。


「あれだけの魔物をこの数秒で殺してしまいましたか……まあ、それであなたを仕留められるなら安い代価でしたかね?」


 べっとりと己の血が滲んだシャツをハンカチで拭いながら、エルフの男がゆっくりと近づいてきた。


「……」


 声も出せずに、腰も上がらずに、男を見つめたまま、俺は腕だけで重い体を後方に引きずる。


「スライムは良い。こうしてオールバックの少年つけられた重症も止血できてしまいますからね」


 俺を見下すようにして目の前に立った男は

『まあ、どのみち治療なしでは一時間も持ちませんが』と小声で付け足した。


 男の背後には何種もの魔物が控えていて、もはやどんな魔術を撃っても防がれそうな気がした。


「なにか言い残すこと——」


「ッ!!」


ーー火炎球ファイヤーボールーー


 それでも俺は、魔力を込めた掌を天井に突きつけた。


「…………って、一体何の真似ですか? 天井に魔術なんか撃って……」


 天井に空いた大穴を仰ぎながら、男は首を傾げる。


「死にかけて気でも触れまし——」


 男がそう問いかけた瞬間、ホールの壁に並んでいた窓の全てに、金色の光が灯った。

 

 届いた。合図があの人に伝わったんだ。


「!?!?」


 四方八方から差し込む黄金の光に照らされて、男はキョロキョロと辺りを見回し、やがて天井に空いた大穴からこちらを覗く存在に気づき、天を仰いだ。


「随分なやられ様ではないか、ラルドの息子よ」


 そう言って、空飛ぶ黄金の船から見下ろしてくるその人がつまらなそうに笑う。


 声を出す余力もなかった俺は、軽く頭を下げることしかできなかった。


「魔術王……! 先程の魔術は合図だったのか……!!!」


 顔を真っ青にして直立不動となった男の前に、ラーマ王は散った羽毛の様に、船上から俺達の前に優雅に降り立った。


「邂逅を心待ちにしていたぞ? ヨトヘイムの狂学者カエサルよ」


「ははっ……こちらこそ、まさかお目通り叶うとは……」


 ジリジリとたじろぎながら、カエサルと呼ばれる男は引き攣った笑みを浮かべた。


「生け贄を使用した長距離の大量召喚魔術、見事だったぞ?」


 一歩一歩後退するカエサルに合わせて、一歩ずつ前進するラーマ王が彼の肩を叩いた。


「お褒めに預かり光栄……です!!!」


 ここぞとばかりに、コートの下に仕込んでいた蛸の魔物の触手を伸ばし、ラーマ王の心臓を狙う。


 が、しかし……


「!?!?」


 触手を複数展開して至近距離から迫ったカエサルは、王の魔術によってあっという間に地に伏した。


「どうした? 金貨でも落ちていたか?」


 床に展開された紫色の魔法陣に磔となったカエサルの前に、ラーマ王が一枚、二枚と金貨を落とす。


「全く可愛げのない奴め。賛辞を受け取ったのならば、頭を垂れてその誉に酔うものであろう」


「ッッ……まだだ!! やりなさい十二神将!!!」


 高らかに笑う王の足元で、軸を歪める重力に囚われたカエサルはその体勢のまま、己の後方に控えていた魔物達に叫ぶ。


 カエサルの声に応え、五百ばかりの魔物が、十二神将と呼ばれる大きめの魔物を筆頭に、王の元へと傾れ込む。


「フン……烏合だな」


 瞬間、ホールの窓全てから差し込んでいた光の明度が頂点に達し、それが一つ一つ帯となって王の元に収束していく。

 あの帯一つ一つに大海のような圧迫感がある。光源となるほどまでに圧縮された高密度の魔力。

 この都市中の魔力があの人の体に流れ込んでいっているのだろう。


「ラルドの倅! 英級魔術を拝ませてやる。しかとその目に焼き付けろ!」


 迫り来る魔物を前に掌を向けながら、王は俺の方に一瞬顔を向けた。


「告げる、不壊の籠は開き、八頭の龍、宝の灯火によって、我が庭は日輪へと至る」


 紡がれた詩によって、先程まで陽炎を立たせるほどに膨張していた王の魔力がピタリと消える。


ーー今に眠る創世の槍(バベル シューラ)ーー

 

 詠唱が終わった直後、王の前には音もなく、天を突かんばかりの光の柱が立った。


 断末魔は響かず、ただその光に触れたものが蒸発するような音だけが静かにホールの中に響いた。


 光が消えた後には何も残っていなかった。魔物の残骸も、カエサルの遺品さえも。


「……」


 それを見届けると、俺は形容し難い浮遊感に襲われて、徐々に視界が歪んでいった。


 

『今に眠る創世の槍』は定義上は英級魔術に分類されますが、威力だけで言えば準災級魔術です。


 龍脈を生かした都市設計により、王都中に張り巡らされた黄金の街道そのものを魔術回路とし、国中から魔力を集めることで放つことが出来ます。

 今回は範囲と威力を半分以下に絞りましたが、やろうと思えば国一つは吹き飛ばせるでしょう。


 ちなみに、普段この大量の魔力は国を覆う結界のリソースに割かれています。

 なので空中城塞を浮かせている魔力は魔術王の自前です。

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