第113話 その少女、強者につき
カエサルとレキウス、お互い間合いを測りながらの睨み合いが続く中、レキウスこっそりと片手を背面に回し、その胴体に新たな血文字を刻む。
「『自己強化×魔術強化』!!!」
レキウスの声に応じて、彼の体に黄金色の光が纏う。
続け様、レキウスは腰を大きく落として、槍を低く構える。
「それはなんの魔術ですか? 見たところ自己の強化に——」
直後、レキウスの姿が消え、激しい風圧だけをその場に残した。
魔力消費を度外視した自己強化による突進である。
「!?」
しかし、カエサルの目の前まで迫ったところで、鈍い音と共にレキウスの槍は押し止められた。
「いやはや危ない危ない……」
彼とカエサルの間には、人一人を丸々覆ってしまえるほどに体積を広げたスライムの壁があった。
「ご存じですかな? これは普通のスライムではなく、硬膜種と名付けられている衝撃を受ける瞬間にだけその硬度を何倍にも高める魔物で——」
悠々と己の知識を語るカエサルに構わず、レキウスは空き手に素早く血文字を刻み、立ち塞がるスライムに掌を向ける。
「『氷』!!!」
瞬間、スライムは一瞬にして氷壁と化し、続け様にレキウスが放った戦鎚による横薙ぎに、文字通り薄氷の如く容易く砕かれた。
「おっとっと、最後まで喋らせて下さらないのですねぇ……」
氷の破片が飛び散る中、カエサルは眉を八の字にしながら、巨大蜘蛛の背に乗って高速で後方に退避する。
「悪ぃな! テメェの話面白くて好きなんだが、俺 同時に二つのことできなくてな!」
戦闘に集中しているため表情は作れなかったが、レキウスは心から己の不器用さを謝罪した。
「ほほう、嬉しいことをおっしゃりますね。どのみち烏合では相手にならないと分かりましたし、私自慢の魔物達で葬って差し上げましょう!」
カエサルがそう言って指を鳴らすと、彼の後方にひしめく魔物の群れの中から、朱色の鳥、青い大蛇、白い狼、瑠璃色の亀と、一際毛色の異なる四体の魔物が姿を現した。
「おお、随分と綺麗な色だな」
その美しさに、レキウスも思わず槍を握るその手を緩めた。
「そうでしょうそうでしょう! これこそ私が誇る十二神将のうちの四体ですッ! ふははははははひひひひひッッッ!」
狂気に満ちた笑いがホールに響き渡る。
「うんうん、なんか神様みてぇだな」
「——ははは…………今なんと?」
「え? 神様みたいって——」
「このド腐れがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「!?」
「お前も……お前も魔物を神と宣うかッ!」
「???」
「魔物は神でも! 岩戸の命の使いなどでもないッッッ! ふざけたことを……これはただの動物、進化の一種ですッッッ!」
「お、おう……すまん……」
カエサルの発狂にも等しい演説に気押されて、レキウスは思わず謝罪を述べる。
「少しは気に入っていたのに……お前も私の研究を邪魔した奴らと同じだ!!!」
カエサルは頭を掻きむしりながら、床に横たわっていた部下の死体を蹴る。
「おい、何やってんだ。お前の為に犠牲になった部下だろ」
「ふぅ……彼らは志願兵です。家族の安泰を国から保障される代わりに、こうして犠牲になることを選んだのですよ」
「……」
「『岩戸ノ命のためならば〜』だそうです。全く、迷宮は神が住まう社だなんて馬鹿馬鹿しい。……でもまあ、『バカと魔道具は使いよう』ってことで——ッ!?」
カエサルの頬を、青白く輝く矢が掠める。
「興味深い武器ですね……槍から斧へ、斧から戦鎚へ、そして今度は弓に形を変えるとは……そちら、ひょっとして噂のソロモン魔剣というやつですか?」
頬から流れ落ちる血を指で掬って舐めながら、カエサルは目を輝かせて笑う。
「俺はバカだからさ、そういうのよくわかんねえ……なッ!!!」
会話でカエサルの気を引きつけ、手元の死角を利用して素早く生成した魔力の矢を弓にかけ放つ。
「二度目は通用しませんよ」
カエサルは読んでいたとばかりに、鳥型魔獣を手掌で操り、レキウスの矢を叩き落とす。
「あんたこそ、そんな正確に魔物を操るなんて……『遺産』か何かかい?」
「はて、なんのことやら。お得意の刻印魔術には【占い】もあるのでしょう? 勝負の行く末のついでに見てみては?」
「嫌だね! 冷めちまうだろ!!!」
「ははっ、生粋の戦闘狂ですね」
ーーー
レキウスとカエサルの会合から30分、ホールには依然として魔獣の鳴き声と金属音、そして一人の男の声が響いていた。
「ははははは! 先程までの威勢はどうしましたっ!?」
人一人を丸呑みするほどの大きさの大蛇による不規則な蛇行を交えた突進、それを躱わすと次にやってくるのは白狼による迅雷攻撃、それを刻印魔術で相殺すれば、その隙に鳥型魔獣の爪による追い討ち。
それを全て回避し切った上で、本体に攻撃を行おうとすれば、亀型魔獣の甲羅がそれを阻む。
各地の魔物生存地域において最上位の存在であったそれらの連携は、『最速の英雄』の子として期待されていたレキウスにでさえ、捌ききれないものだった。
「ハァ……ハァ……」
繰り返される猛攻の中で、レキウスは最早刻印魔術以外の言葉を発する余裕すら失っていた。
出血箇所も多く、燃費の悪い刻印魔術を連発している彼の限界は、すぐ隣まで迫っている。
「攻撃すらしなくなりましたね。大人しく降伏すれば、楽に仕留めて差し上げますが?」
「……」
対するカエサルは無傷。魔物使役の際に要する魔力も、『遺産』自身が負担しているため、実質的に彼は全く消耗していない。
「そっちこそ、俺はまだ生きてるぞ。人形遊びは案外下手なんだな」
「よく喋りますね!」
レキウスの挑発に乗り、カエサルが魔物を四体まとめて彼に仕向ける。
暗闇に差した一筋の巧妙。レキウスは迫り来る魔獣を前に、己の出血量を利用して複数の血文字を槍の持ち手部分に刻み、その槍を床に突き立て、叫ぶ。
「音波信号×獣払い×魔術強化!!!!」
発動した獣避けの超高周波を受けて、四体の上位種はその足を止め、カエサルとレキウスの間に障害物のない一本の道が通る。
「速いッ!」
すかさずレキウスは槍を抜き取って、深く踏み込み、カエサルとの距離を一瞬にして詰める。
いくら燃費度外視の最大出力魔術を放とうが、元々の効果が微々たるものである上、相手は上位種。レキウスの予想では、四体の動きを止めていられるのは5秒程度。
これが事実上、カエサルを仕留める最後の機会であった。
ここで、レキウスはカエサルを確実に仕留めるため、更なる奥の手を引き出す。
「金属器……『怪力夢想』ッッッ!!!」
レキウスの呼び声に応じ、彼の首元にかかっていた黄金の首飾りが発光する。
『怪力夢想』、魔道具生産が世界一であるムスペル王国を治める魔術王が直々に作った魔道具。
有する能力は、使用者に対して簡易的な重力魔術を貸与するもの。
これを利用して、レキウスは本来ならば自らの腕力で扱いきれぬほどの鋸型大剣を握る。
「あがぁッッッ!? 痛いぃ!?」
限りなく重力がゼロになった大剣は雷の如き速さで振り下ろされ、カエサルが咄嗟に纏ったスケルトンアーマーをごと胴体を大きく抉る。
「うっ……」
ここでレキウスは体力、魔力共々完全に使い果たし、カエサルと向かい合うようにして互いに膝をついた。
「「ハァ……ハァ……」」
互いに立つことができぬ中、肩で呼吸をしながらの睨み合いが続く。
しかし、そんな中でカエサルは胸元から流れ落ちる大量の血も気に留めず笑う。
「私の……勝ちですね……」
そう、カエサルの言う通り、レキウスの後ろには既に動きを取り戻した四体の大型魔物が立っていた。
しかし、レキウスはそんな彼の反応に対し、更なる笑みで返す。
「はっ! 俺は元から勝つつもりなんかなかったさ!」
「負け惜しみですか……? 見損ない——」
「『力天使之狩具』はなぁ、持ち主の耳を良くしてくれるんだ」
二人の間に静寂が走る。
「はい……?」
「聞こえないか? この足音が……お前を迎えに来た死神の足音がよぉ!!!」
ーー錨鎖弾ーー
レキウスの叫びに被さるように、彼を取り囲んでいた魔物の一体、大蛇の背面に一本の杭が突き刺さる。
「?」
振り向いた大蛇の目と鼻の先には、鎖を手繰り寄せて肉薄してきた銀髪の少女が一人。
ーー凍結暴走ーー
直後、額を少女に触れられた大蛇が一瞬で凍結し、残りの三体が少女の存在に気づく。
ーー閃光弾ーー
そんな少女は、凍らせた蛇を踏み台にし、三体の魔物の前に飛び降り、彼らの視界を極光で塗りつぶす。
ーー死神之糾弾•全掃射ーー
ーー炸裂岩砲弾ーー
続けざま、レキウスを庇うようにして魔物三体の前に立った少女は、視界を奪われて地に落ちた鳥魔獣と仁王立ちとなった白狼に弾丸の雨を。
亀魔獣には炸裂する砲弾を撃ち込んだ。
「なっ……」
その少女、わずか6秒の間に上位種魔獣四体を討伐。
「遅いぞディン!」
「すみません!!」
動きにくいとばかりに破ったドレスを靡かせながら、ディンはカエサルの前に立った。
「この人誰?」
「敵だ」
「そうですか」
ディンはズレた眼鏡も直さず呆然と座り込んでいるカエサルに指先を向け、魔術を放つ。
ーー死神之糾弾ーー
刻印魔術補足
作中で言われている古式魔術の一つに該当するものです。
己の血で文字を書き、血液内で魔術回路を構築し、そこから簡易的な魔術を使うというものです。あまりに効果がシンプルすぎるので複数組み合わせて使用されることが多いです。
まあ燃費が悪いので、最近は一部を除けば魔道具製作にしか使われてないですね。
全部で27種類程あります。




