第112話 狂人と狩人
「お初目にかかりますッ! 私の名はカエサル!!! 言語はこれであっていますかなぁ〜?」
ホールを包んだ極光が引くと同時に、レキウスの前に現れた集団の先頭に立つ学者のようなコートを纏っている長耳族の男は、片手を胸に当てながら、もう片手を突き上げて叫んだ。
「ああ、合っているぜ。我が名はレキウス! ムスペル王国憲兵団の見習い騎士だ!!」
武装した集団を前に、ただ一人ホールに残されていたレキウスは身に纏っていたジャケットを脱ぎ捨て、槍を構えた。
「おやおや……見習い不勢がこれはまたご丁寧にどうも」
ディンの予想通り、召喚された軍はカエサルを筆頭に二百人余り。
少数とはいえ、街中の中心で彼等が暴れ出せば壊滅的な被害は免れない。
だが転移が始まるよりも先に結界が解除されたということは、おそらくディンは既にこちらに向かっている。
そんな予想のもと、増援が辿り着くまで彼らを押し留めようと、レキウスは思考を回す。
「全く困ったなぁ。ビリヘイルの連中は人様の家への上がり方も知らねぇのか?」
しかし、機動力が自慢のレキウスにとって、多くの人間で埋め尽くされたこのホールは狭く、加えて他勢に無勢。
この数秒間に圧倒的不利な状況を乗り切る策が浮かばなかった彼は、会話による時間稼ぎを選んだ。
「これは失敬、こちら風に申し上げますとサプライズ……と言ったところでしょうか」
レキウスの皮肉を屈託のない笑みで流しながら、カエサルがパチンと指を鳴らすと、それに合わせて後方に控えていた十二人の部下が彼の前に立った。
「……? 何するつもりだ」
「いやはや、あなたとの談笑も悪くは無いのですが、なにぶんこちらも時間のない身でして!」
カエサルがそう言って、再び指を鳴らすと、彼の前に立っていた十二人の部下達が腰からナイフを取り出して構える。
「部下数人を当てたところで俺を止められると思ってん——」
「はじめ!」
レキウスの言葉を待たずに発せられたカエサルの叫びに合わせて、男達は持っていたナイフを己の胸に突き立てた。
「は!? 何やってんだ!」
冷静さを取り繕っていたレキウスも、思わず声を裏返らせる。
「ご存じですかな? 人間というものは死に際に自身の魔力放出力が大幅に高まるものなのですよ!」
「それがなんだってんだ!」
「わかりませんか!? 己の命を代償に、実力以上の魔術を行使できるのです!」
「!!!」
「これよりお見せするはビリヘイル王国が産んだ大魔術ッ! さあ、魂の躍動をご覧あれッ!!!」
カエサルの声に続いて、後ろに控えていた集団までもが己の胸に刃物を突き立て、血を流しながら別れの詩を叫ぶ。
「「「かけまくもかしこき岩戸の命よ! 魑魅魍魎の北堂よ! 今宵、謹んで君のわらはども借り奉る!!!」」」
軍全体の合唱によって大気が揺らぎ、それに呼応するようにして、男達一人一人の体から魔法陣が展開される。
「ッッッ!!!!」
大量に展開された魔法陣の光が一斉に高まり、ホール全体を再び光の海に沈めた。
そこから数秒が経過したところで、光が収まるタイミングを見かねつつも、レキウスはゆっくりと瞼を開き……
「……!」
そして絶句した。大量の死体によって作られた血の池と、視界一面に群がっている魔物を前にして。
「お楽しみいただけましたな?」
大量の魔物がひしめくホールの中で、カエサルは目を細め、体を快感の海に漬けるようにして笑う。
「ははッ……お前、正気じゃねぇなッ」
「む……? 一体どこが?」
レキウスの吐き捨てた皮肉に、カエサルは目を丸くして首を傾げる。
「そんだけ大掛かりな魔術でやることが、大量の魔物を召喚して自爆ってか」
「ふむ……いささか誤解が生まれているようですが、この魔物達は私の支配下にあるので、暴走などしませんが?」
カエサルはそう言って、彼の首に巻きついていた蛇型魔獣を指で撫でた。
「!!!」
レキウスの背中に悪寒が走る。
目に見える範囲だけでも五百体はいるであろう魔物が、一人の人間に統率されていることに。
ただ自我のままに暴れるだけならば、いくらか対処のしようはあった。
しかし、レキウスは知っている。徒党を組んだ魔物がどれだけ危険なものであるかを。
未開拓地が多いムスペル王国においては、冒険者だけでなく兵士が迷宮攻略に臨むことが珍しくない。
そして、迷宮とあらば当然死者も出る。
その中での死因の大多数を占めているのは、徒党を組んだ小鬼や穴蟻など低級の魔物によるものである。
では、大群となって押し寄せるのが低級の魔物ではなく、本来群れるはずのない上位種の魔物ならばそれは——
「さてさて、魔術王に嗅ぎつけられも困りますし、手早く始めましょう! 百鬼夜行をッッッ!!!」
額を伝う汗を拭い、忘れていた呼吸を取り戻し、腰を落として、レキウスは改めて槍を強く握る。
「このホールから出られると、本当に思ってるのか?」
「おや、邪魔をなさるので? それならばご退場願うまで」
カエサルがレキウスを指差し、それに続くようにして、後方に控えていた大蛇の群れが彼の元へ迫る。
「多いだけで……どうにかなると思うなよ!」
押し寄せた大蛇の波を足捌きで避けながら、変形させた戦斧によってその首を断つ。
「そこそこの手練れでしたか。先ほどの非礼お詫びします。ですが、その蛇は首を取ったくらいで死にませんよ」
カエサルがそう言って指を鳴らすと、レキウスの足元に散らばっている大蛇の死体が痙攣を始める。
「……?」
しかし、それ以上の動きを蛇がすることはなく、その痙攣すらもやがて止まる。
「再生能力持ちの魔物だったのか。まあ、そもそも動けなきゃ意味がねえがな」
「……その変形する武器、毒か何かを塗っていますね?」
「さあな〜」
カエサルの見立て通り、『力天使之狩具』はその能力によって、変形する武器全てに痺れ毒の効果を付与している。
「まあでも、物量で押せば良い話です」
カエサルはそう言って、新たに大羽蟻の群れを放つ。
先ほどよりも数が多く、広範囲からの一斉攻撃。
これに対し、レキウスは棘付きの鞭を振り回すことで撃退を試みる。
「……? 動きが止まらねぇ……」
鞭が一度でも当たれば毒が回り、動きを止めることができる。
しかし、大羽蟻の群れは依然としてその活動を続けており、現にレキウスもその油断から攻撃を受け、頬から血を流している。
「あなた方で言うところの迷宮、その八階層に生息する生き物です。神経毒を胃に持っている洞窟蜘蛛を食べるので、当然毒に耐性がありますよ」
「ッ……」
手詰まりとなったレキウスは、羽蟻飛び交う嵐の中心でため息を漏らす。
「使うか……」
その言葉と共に、レキウスは頬から滴る血を人差し指で掬い取り、己の掌に『K.D』の血文字を描く。
「火炎×魔術強化!!!」
レキウスの叫びに応じて血文字が黄金色の光を帯び、羽蟻の竜巻は一瞬にして炎に飲まれた。
「!?」
かつて羽蟻だった灰が舞い散る中で、カエサルは目を見開き、レキウスは髪をかきあげながら笑う。
「自慢の家来が減っちまったようだが、まだやれるかい?」
「なんと、古き良き刻印魔術の使い手にあられましたか……ええ、であれば私も全力でお相手いたしましょうッ!!!」
「この国は人も増えてきたからな。願ってもない収穫期だ!!!」
久しぶりに質問頂いたので回答コーナー
Q.ディンの異常な毒耐性は何に由来してるんですか?
A.毒殺対策として毒に抗体のあるリニヤット貴族の血と、龍族の持つ代謝能力の高さによるものです。(あともう一つあるけど秘密)
まあ大抵の毒は効かないと思っていてください。
Q.ソロモン魔剣の他にも魔剣はありますか?
A.たくさんあります。ただ炎を出したり、切れ味が良かったりとか、ちょっとした能力を持った魔剣やら魔道具は普通に市場に出回ってます。
使ってる人があまり居ないのは、値段が高いっていうのと、大抵の強者は使うメリットがないってだけです。(セリは結構強いけどガンガン使う)
Q.ソロモン魔剣は初代が覚醒させて以降、その能力は変化しないのですか?
A.レアケースですがします。能力が拡張されたり、全く違うものに変化したりと色々です。基本的に前者の方が多いですかね。『鸛之鉤爪』なんかがそれです。
Q.『錨鎖弾』での立体起動は某巨人漫画のパクリですか?
A.違います。『錨鎖弾』は立体起動装置と違って発射した鎖を巻き取れないので、ターザンスタイルで空中を移動してます。
なのでどちらかといえばスパイダーマンのパクr——
Q.最新話の方に出てきた魔剣、あれなんなんですか?
A.ソロモン魔剣70番『色者』です。
レイピア型の剣で、能力はディンが本編で予想していた通り、剣身を指揮棒のように振って物体を操るポルターガイスト系です。
完全な適合者が居なかったことに加え、ディンがぶっ放した百発近くの弾丸を止めたせいで消耗して負けました。彼が相手じゃなきゃもっと戦えましたね。
以上、質問コーナーでした。何か気になる点あれば感想欄または作者Twitterにてお気軽に〜




