第111話 夜景と弾丸と
ホールの外に出た。
日はしっかり沈んでしまい、街は既に夜の空気に染まっていた。
周囲からは遊女が通行人を誘う声、呼び込みの声、酒場からは怒鳴り声が聴こえてくる。
ひとまず、ホールの屋根に登る。
ここら一帯では一番背の高い建物だったので、見晴らしは非常に良好。
「……見つけた!」
そんなおかげもあって、俺は逃亡者をすぐに見つけることができた。
確信は持てないが、ホールの方向から逃げるようにして猛ダッシュしている男が、東西南北合わせて四人。格好も似ているし間違いない。
時間はない。見失わない内に、近いやつから片付けていこう……
俺は肩にかけていた鞄から小さな石の板を二枚取り出して、アクセサリーとしてつけていた腕輪に連結させる。
「『奇術師之腕mk2』起動!」
腕輪との連結によって籠手の形を成したその魔道具に、空色の光が灯る。
動作には問題なし、行ける!
ーー錨鎖弾ーー
俺は手前の二階建ての建物の壁に向けて、先端に杭のついた鎖を発射し、ホールの屋根から飛び降りた。
ーーー
「うおおおおおおおお!?」
進行方向の建物に向けて杭を撃ち出し、振り子運動を利用して街の空を駆ける。
魔術を利用した街中での立体起動。実際に使用してみるのは初めてだ。
風魔術の噴射で姿勢制御と加速を行っているわけだが、なんかこう……常に落下しているような感覚があって、胃がムカムカする。
世の調査兵団の方々はこんなので巨人を倒していたのか……そりゃマーレも悪魔と呼びたくなる。
あと、今度からはちゃんとズボンでやろう。ドレスで宙を舞っているせいで、道ゆく人々から歓喜の声援が聴こえるが……すまん、俺はただの女装してる男だ。
「うわぁぁ来るなぁぁぁぁ!!!!」
と、そんなことを考えている内に、あっという間に逃亡者に追いついてしまった。
ーー発岩ーー
逃亡者を追い抜いて、彼の目の前に大岩を落とす。
「あ……あぁ……くそ……」
大岩を前に腰を抜かした男の目の前に立ち、人差し指を向ける。
俺は今から人を殺す。
任務を受けた時点で覚悟はしていた。
でもどこかで、レキウスが殺してくるかもなんて甘い幻想があった。
「はぁ……言い残すことは」
いや、やっぱり聴くのはやめよう。
「ビッ……ビリヘイル万ざ——」
ーー死神之糾弾ーー
男が叫び終えるのを待たずして、眉間に弾丸を撃ち込んだ。
激しい動悸と背中に走る悪寒。こればかりはどうしても慣れないな。
まあ、一撃で殺してあげたんだからあんまり恨まないでくれよ。
「ふぅ……次だ次」
俺は目の前の死体に火を放ち、再び空へと飛び出した。
ーーー
二人目も三人目もあっけなく死んだ。
二人目は恐らく暗殺業を生業にしていた人間だったのだろう。身のこなしが良かった。でもルーデルより全然遅かった。
三人目は魔術師だった。魔術で抵抗してきたが、出力で押し切った。
まあ総じて、三人とも弱かった。
ホールからはだいぶ離れてしまった。ここからじゃ結界を解除できたかわからないので、ひとまず四人目も殺しておこう。
本来、これだけ広大な街で人を探すのは一苦労だが、空中からな一目瞭然な上、格好も何となく覚えている。土地勘だって俺の方があるから、追跡は思いの外スムーズだった。
そして今、俺は四人目の逃亡者の背中を追っている。
先程までの逃亡者とは打って変わり、こいつは俺に目もくれず大通りを駆け抜けていく。
ーー火炎球ーー
周囲の人が邪魔なので、当たらないギリギリところで炎を炸裂させ、人払いをする。
ーー土壁ーー
ーー発氷ーー
俺と相手を岩で取り囲み、足元は氷で塗りつぶす。
相手はレイピアのような細剣を抜いた。
けれど、よっぽどの実力がない限りこの足場じゃまともに戦えないだろう。
ーー死神之糾弾•全掃射ーー
剣を構える男に対して俺は両手を向け、弾丸を高速連射した。
男は依然として構えを解かない。まさか全部弾くつもり——
「!?」
弾丸が目と鼻の先まで迫ったところで男は切先を俺に向けた。
するとなぜか、俺が放った大量の弾丸が男の前でピタリと動きを止めた。
続け様、男が俺に向けていた切先をまるで指揮棒を振るようにして揺らすと、彼の前で空中に静止していた弾丸の向きが変わり、その全てが俺に向いた。
「ッ……!!」
間も無くして彼が細剣を振り下ろすと同時に、その弾丸全てが俺の元へと飛来する。
ーー土壁ーー
慌てて壁を出して弾丸の雨を凌ぐ。
人払いをしておいて良かった。反射された弾丸の流れ弾に合う奴はいな——
「痛ッ!!」
弾丸は全て受け止めたはずだった。
けれどなぜか、一部の弾丸が土壁から回り込むようにして俺の元に届いた。
だが不自然な軌道で飛んできた分、威力は落ちていたので傷は浅い。肩に数発めり込んだ程度だ。
相手の能力は魔術を反射するものだと思っていたが……これは違う。念力だ。
反射程度なら通常の魔道具の可能性があったが、ここまで強力なものとなると……
「また魔剣……か……」
あのレイピアはソロモン魔剣。能力は魔術の乗っ取りか——
「うそうそ……まじかよ!」
土壁に囲まれた狭いリングの中で、相手との間合いを測りながらそうやって思考を回していると、やけに視界が薄暗くなったことに気づき、上を見上げた。
リングの上からは、樽やテーブル、果ては馬車の車輪といった大量のガラクタが俺の元へ降り注いできていた。
確信した。こいつの能力は物質の操作。
発動条件は剣身を指揮棒のように揺らすことだな。
「ッ!」
ーー土塞ーー
ガラクタの雨に打たれまいと、反射的にリング全体をスッポリと岩のドームで覆い、俺の……いや俺達の視界は完全に暗闇に飲まれた。
「ハァッ……ハァッ……」
相手の荒い息遣いが聴こえてくる。
すぐに攻めてこないことも考えて、どうやら今の攻撃で大分消耗したらしい。
燃費が悪いようだから、初代覚醒者ではないな。
「おい! こっちだ!」
暗闇の中、わざと地団駄を踏みながら男がいるはずの方向に魔術で作った砂利を投げる。
これでおそらく、相手の視線は俺の方に向いたはず。あとは賭けだが、効かなかったらまた別の策を練ればいい。
ーー閃光弾ーー
間髪入れず、男がいるはずの方向に向け、魔術を放つ。
周囲を真っ白にするほどの光と、鼓膜を破壊する破裂音。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
それに続いて聴こえてきた男の叫び声。
攻撃は成功したようだ。
俺は目を開けるのと同時に『土塞』を解除して、俺の前で目元を押さえて膝をついている男頭を、弾丸で撃ち抜いた。
「よし……」
男の死体から魔剣を回収し、火を放つ。
なんだか手慣れてきてしまったのが最高に不愉快だ。
でもまあ、ひとまずは全員殺したからホールの結界は解け——
そう思ってホールのあった方角に振り返った瞬間、そこから極光の柱が立つのが目に入った。
【レキウス視点】
「おいおい……なんだよこりゃ……」
結界が消えたことでなんとか転移の魔法陣から足を踏み出した直後、紫の極光がこのホールを包んだ。
そして気づけば、俺の背後にいたはずのパーティー参加者は姿を消しており、代わりに簡素な鎧を見に纏った多くの兵士達がホールに立っていた。
転移が発動しているじゃねえか。ディンがしくじったのか……?
いや、結界が解除されたと言うことは、あいつはあいつの仕事をこなしたんだ。
だとすれば何かを見過ごし——
「お初お目にかかります!」
そんな中、ホールには一人の男の声が響き渡った。