第107話 ガールフレンド(?)
「一目惚れ……ですか?」
この美女が? 俺に?
「ええ」
「……どうして?」
そう尋ねると、彼女は一変して表情を曇らせた。頬を赤らめるわけでもなく、眉を八の字にしたのだ。
俺は何か失礼なことを——
「知りたいのですか?」
「え、えぇ……まあ……」
そう答えると、彼女は机から身を乗り出して、一歩間違えば口付けするんじゃないかってほどに顔を近づけてきた。
「誰にも言わないと、約束できますの?」
「ちっ……近——」
「約束できますの?」
「は、はい!」
彼女の真剣な表情に気圧されて、思わず首を縦に振ってしまった。
「……わかりました。では語りましょう」
彼女は改めて椅子に腰を下ろし、大きく息を吸ってからそう言った。
俺もそれに釣られて、姿勢を正した。
「先程、あなたは私に『遺産』を所持しているか尋ねましたね?」
「え、あ、はい」
「持ってますの」
「え」
「嘘をついて申し訳ありません。けれどこれは国の重大秘密ですのよ」
「あ、はい……で、『遺産』が何か関係あるんですか? この話——」
「五秒後、ルーデルがこの部屋の戸を叩きます」
話の流れを省みずに、彼女は突然そう口にした。
呆気に取られていると、この部屋の扉を誰かがノックした。
「え? あ、はーい」
いや、まさかな……なんて考えながらひとまず机を離れ、ドアを開けると——
「ルーデルさん!?」
扉の前には、シータ姫の言う通り、ルーデルが立っていた。
「おはようディン! 怪我の調子はど……」
俺を見ていたルーデルの目線が徐々に上がっていき、部屋の方にいる彼女を捉えた。
「これはシータ様、いらしていたのですね。失礼しました。また改めて伺います」
そう言って軽く頭を下げたルーデルは俺にウインクをして、そそくさとどこかに行ってしまった。
「…… なんでルーデルさんが来るってわかったんですか……?」
ドアを閉めながら、彼女の方に顔を向ける。
「ふふ、まずは座っていかがですの?」
俺は急いで席に戻り、再び同じ問いを投げかける。
「今のが『遺産』の力。簡単に申し上げますと、私は未来を見ることが出来ますの」
「未来視ですね!?!? それはアレですか!? 『過程』も含めて視れるんですか!? それとも『結果』だけの一部がみれるんですか!? 見た未来の改変は可能なのか、あとそれは任意で発動できるも——」
「ちょちょちょちょ! ちょっと待ってくださる!?」
「あ、すみません……」
『英雄王の遺産』なんて、リディやトリトンから聞いていただけの眉唾物だったが、こうして改めてホンモノを前にすると……なんとも興奮を抑えられない。
そんなせいか、ついガッついてしまった。
「コホン……順を追ってお答え致しますわ」
「お願いします」
「まず、私の持つ『遺産』の権能は正確には〝未来視〟ではありませんの。本質はあくまで〝予測〟ですわ」
「予測……ですか」
「ええ。私は目視した相手の先の行動を、なんとなく予想できるのですわ。相手がいつ、どこで何をするか。そしてそれは基本的に的中しますわ」
「基本的に?」
「勿論、私がその〝先〟を変えようと思った場合はその限りでわありませんわ」
「変えた場合、予測はどうなるんですか?」
「私が介入した場合のそれが再予測されますわ。的中率が大幅に揺らいでしまいますが」
「なるほど……」
「入国の際、検疫でおかしな鏡の前に立たされたでしょう?」
「え、はい」
「あの鏡は魔道具で、私の仕事部屋にある同じものと映像を共有できますの」
「……あー!」
なるほど! 未来視を利用して入国管理を行なっていたわけか!
「……あれ? じゃあ検疫で引っかかった僕には、何か問題があったんですか?」
そうだよな、魔道具越しに彼女が俺の未来を見たとするなら、そういうことになる。
「ええ、ありましたわ」
「!」
異様な緊張と不安が、俺の中で渦巻いた。
けれどそれらをなんとか抑え、俺は彼女に尋ねる。
「どんな……異常があったんですか……?」
国に弾かれるくらいだ。俺は何かとんでもない犯罪を犯してしまうのだろうか。
それも大勢の人に害を与えるような何かを……
「見えませんの☆」
凍りついた空気の中で、彼女は笑いながらそう言った。
「……は?」
「私の目はあらゆる人の未来を知ることが出来ますの。けれどあなたの未来だけは、欠片の一つも情報を拾えませんでしたわ!」
「……なんで?」
「さあ、わかりませんわ! けれど、これが答えですわ!」
「?」
「私があなたに〝一目惚れ〟した理由ですの!」
「なんで!?」
「私、恋愛に憧れていましたの!」
「なおさら意味が分かりませんが!?」
「私は出会う人全ての〝先〟を知っている。故にそれを捻じ曲げることもできる。でもそれじゃあ、やっていることは作家様となんら変わりませんの」
「は、はぁ……」
「あなたは、自分が書いた作品の登場人物と、胸のときめき止まぬ恋愛ができまして?」
彼女はそう言って、その豊かな胸を揺らした。
「いや……それはちょっと虚しいというか……」
ついついそれに視線を引かれつつも、彼女の言葉に共感する。
要は退屈したくないということだろう。
「ですから、私とお付き合いしてくださる?」
「それは……恋愛的な意味で?」
「もちろん!」
即答かよ。
「……でも僕、まだ九歳ですよ」
「私は(二百と)十四歳ですわ! 誤差の様なモノですわ!」
そう言って、彼女は目を輝かせながら俺の手を強く握った。
どうしよう。正直俺にとっては悪い提案ではない。
けれど……けれどやっぱり、俺は彼女の気持ちを受け止めるわけにはいかない。
ラルドに向かってラトーナ一筋と啖呵を切った手前、いやそれ以前に今まで頑張ってきた俺の為に、ここで首を縦に振るわけにはいかない。
だが上手い言い訳は思いつかない。
いったい俺はど——
「……そうですよね。困らせてしまって申し訳ありませんわ」
必死に言い訳を探していた俺の手を、彼女は突然そう言って放した。
「あ、いや……その……」
寂しそうに俯く彼女を前に、俺は必死にかける言葉を探す。
自分から黙りこくっておいて、我ながら俺は卑怯だなと思いながら。
「まずは貴方に好きになって貰うことから始めますわ!」
「え!?」
ーーー
「あははは! そりゃ面白いね!」
空中城塞の中にある大きな庭園、その中心に位置する丸テーブルの上で、リディは額に手を当てて笑った。
辺り一面カラフルな花に彩られたこの空間が、地上から離れた場所にあると思うと、なんとも不思議な気分だ。
「何も面白くないですよ。こっちはやっと解放してもらえたんですから……」
シータ姫に訳の分からない提案をされた挙句、それを飲むまで転移魔術で付き纏われるなんて……トイレの前でずっと俺を待ってた時には卒倒しかけたよ。
午前中を丸々潰した上に、うまく断ることもできずに彼女ペースに流されてしまった。
また一つ、解決すべき問題が増えた。
「ところで、どうしてこんな庭園に呼び出したんですか? 別にリディさんの部屋でも良かったじゃないですか」
「良いじゃないか、綺麗だろう?」
「リディは王宮に部屋がないのさ。何度も女性トラブルを起こしているからね〜」
同じテーブルで、静かに紅茶を啜っていたルーデルが、にやけながらそう挟んだ。
「あ、なるほど……出禁ってやつですか」
「いや少しくらい擁護してよ。『あの紳士なリディがそんなことするはずない!』みたいなさ」
「そうして欲しいなら、もっと普段の発言に気をつけたらどうですか」
「…………よし、本題に移ろうか」
あ、話逸らしやがった。
「みんなには午前中に話したんだけど、今後の動きについてだ」
しかもこの流れでめちゃくちゃ真面目な話か……
「差し当たっては、まず君に武闘会で優勝を目指して貰うよ」
「武闘会?」
「ミーミル王立学園において開催される、生徒同士のバトル試合だよ」
「優勝するとなんか良いことがあるんですか?」
じゃないと、オラワクワクできねぇぞ。
「優勝者は基本的に『冠位』の称号を受け取ることができて、学園で色んな特権を扱える」
「へぇ〜」
なんか凄いのか凄くないのかわかんないやつだわ。
「まあそれはおまけとして、肝心なのは『冠位』を受け取った生徒は在学中の王族の護衛の任が与えられるんだ」
「!」
なるほど、怪しまれずに王子に接近する手段に使うわけか。
「あと出場は二年生からだから、君は入学試験で飛び級もして貰うよ」
「うっ……そんなこと出来るんですか?」
「出来る出来ないじゃなくて、やるの。戦闘の方は、明日からルーデルに見てもらってね。座学関連はセコウとトリトンに任せてあるから」
「リディさんは何もしないんですか?」
「僕は前に話した通り、一旦ミーミル王国に戻らなきゃなんだ。セリのせいで合流が遅れた分、仕事もたっぷり溜まってるしね」
「そうですか……」
別に寂しいとかではないが、剣術とかはリディに見て欲しかったんだよなぁ。
「まっ、明日までは滞在する予定だから、少しは見てあげられるかなぁ」
「! 本当ですか!?」
「なんだよディン〜! 僕との稽古じゃ不安なのかい〜?」
「あ痛ッ!」
机から立ち上がる程露骨に喜んだせいか、ルーデルに笑いながらデコピンされた。
少し彼女に失礼だったか、気をつけよう。
「それじゃ今日の話はお終〜い。シータ姫のとこに戻っていいよ〜」
「言われなくても、迎えに来ましたわ!」
リディが会話の締めの合図に手を叩くのとほぼ同時に、俺の真隣にシータが転移してきた。
「わァァ出たァァッ!?」
「人をアンデットの様に言わないでくださる!?」
ーーー
一日が経ち、ルーデルとの初稽古が始まった。
場所はラーマ王から貸し与えられた、空中城塞の地下(?)にある広大な空間だ。
この空間も例に漏れず、壁、床、天井一面がびっしりと純金で覆われており、朝日の一つ差さない密室だ。
建材に黄金ばかり使うものだから、王は派手好きなのかと思っていたが、リディ曰く金は魔力伝導率が高い鉱石らしく、城を浮かせるための回路や、魔力攻撃を受け流すためにこうして修練場の素材にしているらしい。
まあ後者に至っては、リディが修練場に結界を張ったので出番はなさそうだが。
「準備できたよー!!」
と、ちょうど結界を張り終えたリディが、広間の隅っこから手を振ってきた。
今回はスペースを多く取ったそうで、結界の外にいるリディは、俺の立つ位置からだと拳程度の大きさに見える。
密室だからギリギリ声が届くレベルだ。
「いつでも大丈夫でーす!」
「こっちも平気さ〜!!!」
向かい合うルーデルと二人揃って、リディに手を振る。
準備が整ったので、あとはスタートのタイミングをルーデルと決めるだけだ。
「良いのかい? こんな近くで始めちゃって」
俺の数歩前に立つルーデルが、心配そうに首を傾げる。
「はい。万全のスタートに慣れちゃうと碌に闘えないと思うので」
今までの実戦稽古は、十分な距離を取った上でのスタートが多かったが、今回ムスペル王国での戦闘を経て、それではダメだと思った。
やはり、どんな距離、どんなタイミングにも対応できるようになっておくべきだと。
「ん〜……よし決めた! じゃあ、最初の一発だけ君に譲るよ」
何やら少し考え込んだあと、ルーデルはそう言って指を鳴らした。
「はい?」
「一発だけ受けてあげるよ! ほら、ガツンと本気のやつをさ!」
「それじゃ鍛錬にならな——」
「何言ってるんだ! 不意打ちして一撃で仕留めるのも大事だろ!」
ぐうの音も出ない正論だ。反論の余地がない。
それに多分、この人はリディと同じで反論しても聞く耳を持たないだろう。
「……わかりました、じゃあいきますよ」
目の前のルーデルに素早く掌を向ける。
リディも止めないあたり、この人には本気で挑んでも平気なようだ。
どうせなら『死神之糾弾《デス=バレット》』を撃ちたかったが、まだ補助魔道具の修理ができていないので諦める。
ーー岩砲弾ーー
日に日に威力と速度に磨きがかかっていたその魔術は、これを受けたルーデルの体を……
「は……?」
抉った。
放った大岩は、彼女の上半身を巻き込んで、大広間の端に激突した。
そう、俺の目の前にはルーデルの下半身しか残っていない。
一瞬で体中から嫌な汗が吹き出した。
俺は……俺はルーデルを殺してしまった。