第104話 お前を殺す
閑散とした黄金製の大通りの上で、ディンと緑髪の槍兵は向かい合う。
「……お前、住民をわざと退けたのか?」
ジリジリと間合いを互いに測り合う中で、槍兵は口を開く。
「え、喋れるのか……!?」
突然自分と同じ言語で語りかけてきた敵に、ディンは思わず同様の声を漏らす。
「いいから質問に答えな」
ディンの問いに構わず、槍兵は話を続けた。
「……無関係な奴を巻き込むつもりはない。これは俺の問題だ」
「ははぁん! その心意気、気に入ったぜ!」
ディンの言葉を受けて、槍兵は爽快に笑いながら剣を構えた。
「我が名はレキウス! ムスペル王国憲兵団の見習い騎士だ! 俺はお前のことが好きになってきたぜ!」
「へぇ……僕はあなたとのこと嫌いです」
そっけない言葉の裏に隠しきれない動揺が、ディンにはあった。
ディンは目の前に立つレキウスが、実力から見て隊長……もしくは何らかの役職持ちであると予想した。
しかし、レキウスが名乗ったのは『見習い』。その言葉に、ディンはただならぬ焦りを覚えていた。
「ははっ、そりゃ残念だ。んじゃとっととお前を捕まえるか……な!」
言い終えると同時に飛び出したレキウスを前に、ディンはあらかじめ発動準備をしていた魔術をぶつける。
ーー波氷ーー
出力増しの前方広範囲に及ぶ氷の展開、広い地形を存分に生かした命中重視の拘束技である。
「遅ぇッ! それはさっき見た!」
しかし、それはレキウスにも予想できていた。
彼は持っていた剣を即座に槍に変え、棒高跳びのようにして向かう先から押し寄せてくる氷の波を躱した。
(さっきより!?)
当然、ディンは槍を使って高所に逃げる可能性を考慮していた。
だが、レキウスが出した槍は先程ディンに見せたものよりも、長いものだったのだ。
ーー火炎帯ーー
「熱ッッッ!!」
しかし、動揺してもディンが止まることはない。槍を利用して小さな氷山を飛び越えたレキウスに、すかさずディンは炎熱を浴びせた。
氷を完全に回避されるとは思っていなかったが、回避行動自体は予想していたので、すぐに追い討ちの魔術を放つ用意をしていたのだ。
空中で回避行動を取る間も無く迫り来る炎に、レキウスは一つの選択肢を取らざるを得ない。
盾を展開すること。
身動きが取れない状況で、視界を大きく塞ぐ盾を使用するのは、相応のリスクがある。しかし、大火傷を負うのと、それを使用するリスクは天秤にかけるまでもなかった。
彼は炎を前に盾を展開した。
ーー岩砲弾ーー
待ってましたとばかりに、ディンの掌の中で高速回転していたバランスボール程の大きさの岩石が、レキウスに向けて放たれる。
回避不可能な状況を作り出し、無理やり相手に『防御』という選択肢を取らせる。
そうすることによって、ディンはある程度本気出力の攻撃を放つことができるのだ。
「おぁぁぁぁぁっ!?」
ゴインッ! と鈍い音を立てながら、レキウスの盾へ衝突するディンの岩砲弾。
空中で踏ん張ることは出来ないため、レキウスは成す術もなく、砲弾に巻き込まれて遥か上空へと放り出された。
ディンの視点から見れば、既にレキウスは上空で豆粒ほどの大きさになっていた。
レキウスの所持している武器は、ソロモン七十二柱魔剣の一振り『力天使之狩具』。
有する権能は、使い手が知りうる武器その全てに姿を変えることができ、そこに五つの加護が付与されるというもの。
加護の内容はあくまで戦闘向きのモノばかりであり、今のレキウスに上空からの落下を回避する手段はない。
風魔術を使えばレキウスを救出可能であるディンが生殺与奪の権を握り、その勝利が確定する。
「降伏するなら助けま——」
確定したはずだった。
第三者の介入という可能性を除けば。
ディンが片手を口元に添えて、落下してくるレキウスに声をあげようとした時、どこからともなく凄まじい速度で空中を移動して来た何かが、上空でレキウスを攫った。
赤い炎を纏って空を駆けるそれは、まさに流れ落ちる彗星そのもの。
そしてその彗星は、彼を受け止めてすぐ、ディンの元へ急降下してきた。
「ぐッッッ……!」
轟音と共にディン目の前に降って来たソレは、立ち込める粉塵の中からじんわりと姿を現した。
(女の人……)
彗星の正体、それはオレンジと黄色が入り混じった髪を持つ、ノースリーブの服を着こなす長身の女性だった。
「……」
その女性を前に、ディンは息を呑んだ。彼女が着地の際地面に作り出したクレーターを見ながら。
引き締まった肉体でありながら、決して筋肉ダルマという程ではない体格。そんな彼女が黄金製の道路に大きな窪みを作っている。
信じられたほどのパワー。現に今も、気絶したレキウスを片手で軽々と抱えている。
女はレキウスを丁寧に地面に寝かせ、再度ディンの方に向き直る。
「……」
「……」
そして訪れた静寂の時。互いに構えることもなく、ただ見つめ合う時間。それが一分近く続く。
「……ッ!」
ーー土槍ーー
緊張に耐えかねて、先に動いたのはディンの方であった。
即座に魔術を展開、地面から勢い良く飛び出す岩の柱に乗って、その場を離脱した。
城の方向に飛んでいく最中、離脱の際に女から妨害を受けなかったことを不可解に思ったディンが、地面の方に目をやったその時。
振り返ったその目と鼻の先には、赤く輝く魔法陣が浮いていた。空中を駆けるディンの、すぐ足元にだ。
「!? 上級魔じ——」
ディンが回避を諦めるのよりも速く、魔法陣から溢れ出した火炎の奔流が、彼の体をすっぽりと飲み込んだ。
ーーー
【ディン視点】
気がついたら、果てしなく長い廊下の先にある、大きな扉の前に立っていた。
見上げるほどの大きさもそうだが、何よりも目につくのはその外見。
全てが金で出来ていて、そこに豪華な装飾が彫り込まれている。しかも、その掘り込まれた溝のほとんどが発光していて、一目で魔力が流し込まれていることがわかる。
きっと、ただの扉ではないのだろう。
足元には高そうな赤い絨毯。周囲を見回せば、右側には均等に並ぶ窓。左側には高そうな絵画の数々。両隣には全身を鎧で覆っている大男。
ここは城かなにかで、俺はそこに連行されたのだろうか……
注意が足りてなかった。あのインコの様な髪色の女……奴のパワーとスピードばかりを警戒して、魔術の方は頭からすっぽりと抜けていたんだ。
いやまあそもそも、仮に相手が上級魔術を使えることを知っていたとしても、逃げ切れるかと聞かれれば多分無理だったがな。
どのみちあそこで死んでいた。
「ッ……」
しかし……改めてこの威圧感のある扉を前にしてみると、動悸が止まらない。おかしな汗も出てきた。
そもそも、俺はなぜ生かされているんだ。火傷どころか、右脚の大怪我まで治ってるし……
拷問する気か? そんなことしたって何も出ないのに……
「-・・・ ・- --- !!!」
漠然とした不安に駆られている中、両隣の男が声を上げた。
するとその直後、男の声に呼応する様にして、黄金の巨大扉がひとりでに開き出した。
ゆっくりと内側に開いていく扉の隙間から、徐々に向こうの景色が見えてくる。
扉の先には赤い絨毯が地続きになっていて、その終着点には黄金の玉座と、ソレを中心として広大な空間が広がっていた。
これが謁見の間というやつだろうか。
男二人に連れられて、玉座に向けて歩いた。
奥にはやはり人が座っている。念のため視線を落としておこう。
「-・-・- ・-・・ ・・ --- 」
玉座の手前で連れて来られた所で、そこに座っていた男が口を開き、男二人が去っていっていった。
随分と透き通っていて落ち着いた声音だ。ジジイって感じじゃなさそうだな。
「・-・・・ ・- 」
恐らく王……であろう人物がまた一言発した。
『表を上げろ』的なことを言っているのだろうか。
くそ、言葉がわからないせいで、どうすれば良いのかわからない。
まずい、不安で脂汗が出てきた。
「---- --- ・-・-- ・・ -・・・ ・・-・・ ・・ ・・- -・ ・・ !」
さっきより口調が強い。
やばいやばいやばい……なんか失礼なことしちゃったのかな。
どうしよう、不敬とかで殺されるのかな。
「伝わっているか?」
「!?」
突然聞こえたミーミル語に、反射的に顔を上げた。
「やっと顔を上げたな」
目の前の玉座の上では、体のそこかしこに黄金の飾り物を召した黒髪褐色肌の青年が笑っていた。
「ん……? 貴様ラルドはではないか! 久しいな、何年ぶりだ!?」
俺を数秒ほど見つめたあと、王は玉座から身を乗り出して声を上げた。
「え? あ、いや——」
「レキウスが賊にやられたと聞いて何事かと思えば、なんだ貴様であったか!」
王が玉座の肘掛けをバシバシと叩きながら、豪快に笑う。
「あの、ちがっ——」
「それにしても貴様、しばらく見ないうちに随分と可愛らしい顔になっ——」
「あの!!!! 息子です!!!!」
言葉を遮り思い切って声を上げると、王はピタリと固まってしまった。
まずい、いくら誤解を解きたかったとはいえ不敬だったろうか。
今になって焦りが勝ってきた……
「……は?」
王はポカンと口を開けて、先ほどまでの威厳を全く感じさせない程間抜けな顔をした。
「息子です……僕、ラルドの……」
「息子とは、つまり倅のことか?」
「そうです」
「…………」
俺がそう言うと、王は顎に手を当てて黙り込んでしまった。謁見の間は急に静かになった。
「……ぷっ、あっはっはっはっは!!!!」
かと思えば、今度は黄金の間に高らかな笑い声が響き渡った。
「——ははは! いやはや、今のは中々であったぞ道化めが! いつの間に冗談を覚えたのだ!?」
「……」
「……まさか、本当なのか?」
俺は黙って首を縦に振った。なんだかどこかであった流れだ。
「あのクソガキが子供をこさえただと……? 人生何があるか分かったものではないな……」
王はすごく驚いた顔をして、当たり前のことを言った。
「——となると貴様、名はなんというのだ」
「あ、はい。ディン、ディン•オードです」
「なるほど、では手短に言うぞ。貴様を殺す」




