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第102話 黄金都市ガネルーシャ


 カラカラと音を立てて走る馬車の窓から、のんびりと外の平野を眺める。

 錆びれた農村で溢れかえっていたアスガルズ郊外と比べ、ムスペル王国領土は一部を除いて豊かな自然が魅力的だ。

 ドリュアスの話では、ムスペル王国は特殊で、国民の殆どを王都に集約させ、大規模都市として栄えさせているそうだ。


 そして、彼女の計らいによって、集落の出口をムスペル王都近郊に繋げて貰ったので、目的地の王都まで一週間……まあ既に出発してから六日経っているので、あと半日も経たずに到着するとのことだ。

 全く、あの巨大な森林と集落を世間から隠すシステムには開いた口が塞がらない。転移の応用である置換魔術と、結界がなんとかかんとかーって……原理を聞いた時はなるほどと思ったが、同時に『そんなことができるのかよ』という驚きの方が大きかった。


「それにしても……暇ですね」


 客車の窓に乗り出しながら、そんな言葉を漏らす。


「あー、セリのおっさんがいねえから静かだもんな」


 ロジーが言ったように、以前の旅ではセリが何かしら話題を振って、それなりに場を和ませていたが、その彼が居ない今の俺達に会話は無く、ただ時間が流れて行くのを待つばかりだ。

 別にセリがいなきゃ話せないというわけじゃないが、六日も話し続ければ話題も尽きるというもの。

 それに馬車も馬車だ。王女を護衛してた時に使っていた馬車を引いていたのは、牛型の特別な魔獣だったが、今回の馬車を引いているのは普通の馬! 大した速度は出ない上に、休憩もこまめに必要。無償で貰っておいてケチつけたくはないが、ここまで性能に差があると文句の一つは言いたいものだったね。

 まあそれもこれも、もうすぐ到着するからそれによって解放されるがね。


「そういえばディン、お前もう魔術使えるんだよな」


「はい、おかげさまでこの通り」


 そう言って、掌の上に少量の氷を作ってロジーに見せる。

 

「あ! あ!」


 氷を生成したのを隣で座って見ていた獣族の子——レイシアが、声を上げながら俺の肩を揺する。


「あーはいはい。これね、どうぞ」


 獣人語はわからないが、この子が氷を欲しがっているのは態度でなんとなくわかったので、ひょいと渡した。

 すると、氷を受け取った彼女はそれを美味しそうにバリバリと食べてしまった。

 

「うー!」


 やけに満足そうな笑顔だ。まあ、この子が良いならそれで良いか。今度から定期的にあげよう。


「……わたしもほしい」


 満面の笑みで氷を頬張るレイシアを見て、今度は俺のもう片隣に座っていたクロハが、物欲しそうに俺の袖を引いた。


「え……別に美味しくないぞ?」


「ほしい」


「……はい、どうぞ」


 断る理由もない上、あまりにクロハの圧が強かったので、再度氷を生成して彼女に渡す。

 目を輝かせながらそれを口にするクロハ。しかし想像していた味と違っていたようで、すぐにいつもの仏頂面に戻ってしまった。まあ、ただの氷だしね。仕方ない。


「っかぁー! 両手に花じゃねぇかよ〜羨ましいな〜!!」


 ロジーはそういって顔に両手を当てた。

 彼は昨日まで手綱を引いていたから、俺の苦労を知らないんだ。

 発育のいい体でベタベタ纏わりついてくるレイシアに堪えるのも、鉄仮面であるクロハの気分を伺うのも疲れる。

 特にクロハだ。出発の日にクロハとの距離を縮めて以来、彼女は劇的……とまでは言わないが、とても変わったのだ。まず、口数が増えたし、やけに俺にくっついてくるようになった。

 そんなせいか、俺も少し面食らってしまっていて、この六日間は彼女との距離を測りかねているわけだ。


「城壁が見えてきた。そろそろ到着であるぞ」


 客車の外から、手綱を引くトリトンの声が聞こえてきた。

 色々と課題は多いが、ひとまずはリディ達との合流。気を引き締めていこう。


ーーー


 城壁まで辿り着いた。

 俺は今、馬車を引くトリトンとロジーと共に、検疫を受けるために城門前の列に並んでいる。


「すごいですね、全く見たこともない人種がいます……あ、ほらあのパーマで青い肌の人とか」

 

「あれは魔族だ。魔大国連盟北東部の狩猟民族……たしかカラド族だな」


「博識ですね、トリトンさんは」


「我々フィノース•リニヤットは、魔大国と隣接しているミーミル西部を領地としているのだ。当然の知識だ」


 そう言って謙遜しつつも、鼻を高くしてトリトンは胸を張った。


「……それにしても、ボロいですね」


 改めて目の前に反り立つ十五メートルばかりの城壁を眺めながら、そう口にする。

 『国民の殆どを王都に集結させている』という話や『魔術王の治める国』という話があったから、もっとこう……威厳のある立派な城壁なのかと思っていたが、実際は簡素なものだ。目立った装飾もない、所々に苔とヒビがある、シンプルで古風な城壁だ。


「そうか? なんか渋くて俺は好きだなぁ」


 『俺、芸術のこたぁよくわかんね』という理念のもと、基本的になんでも肯定するロジーの意見は適当に流しておこう。


「う……うむ。私もムスペル王国に関する知識は持ち合わせていないからな……ここを越えた先に新しい城壁があるやもしれん」


 ロジーとは打って変わり、流石のトリトンはこの簡素な城壁を前に苦い笑みを浮かべている。

 よかった、俺の感覚がおかしいというわけではなかったようだ。


「次〜! こちらで手形を確認します!」


 雑談を交えながら待つこと数十分、門番がこちらを向いて声を上げた。

 ようやく俺達の番が来たようだ。


ーーー


 城壁の外見は簡素な割に、門を潜る際に通過する城壁内部の検疫施設に置かれている警備は、非常に厳重だった。

 辺りを見回すだけでも十……いや二十人の完全武装した兵士。加えて鏡と水晶の形をしたおかしな魔道具まで。それとやけに静かだ。城門の外と内側からの音を結界で遮断しているのか……?


「手形の提出を願います」


 そんな中、一人の兵士がおかしな型版を片手に俺の前に立った。

 きっとあの板は手形を認証する為に使うのだろう。


「あ、手形ではありませんがこれを……」


 門番にドリュアスの紹介状を渡す。


「なるほど……承りました。しばらくお待ちください」


 紹介状を受け取った兵士は城門内部の施設に消えていき、数分程経つと戻ってきた。


「確認が取れました。続いてこちらへお願いします」


 今度は鏡の魔道具の前に一人ずつ並ばされた。

 とりあえず第一関門は突破できたが……なんなんだこのデカい鏡は。

 魔道具であるのは確かだが、どういう能力を持っているのだろうか。

 検疫に使用するくらいだから、変装を見破るとか……もしくは顔をデータ登録するセキュリティとか……


 わけもわからぬまま検査は始まり、まずはロジーが鏡の前に立たされた。


「……よし、次!」


 十秒ほど鏡の前に立たされ、ロジーの検査は終了し、次にトリトン、クロハ、レイシアと順に呼ばれていった。


 そして訪れた俺の番。検査が済んだみんなは城門を越えて先に行ってしまった。

 別に置いていかれるなんてことはないだろうが、こういう厳粛な場は緊張するので、早く済ませて合流したい。


「次!」


「あ、はい」


 検査官に促され、鏡の前に立つ。

 俺が前に立っても、鏡の魔道具に外見状の変化はない。マジでただのデカい鏡だ。

 これは本当に動作しているのだろうか……


「…………」


 あれ……なんか俺だけやけに検査長いな。機材トラブルかなんか——


「包囲!!!」


 突如検査官がそう叫び、周囲で待機していた兵士達が俺を取り囲んだ。


「は? え?」


 わけもわからぬままたじろぐ俺に、検査官は告げる。


「申し訳ないが、貴方にここを通過させるわけにはいきません。我々と共にご同行願います」


「え、いやちょっ! 放して! 俺が何したんですか!」


 必死に対話を試みるも、問答無用で大勢に掴みかかられ、手枷をかけられてしまった。

 

「ロジー!!! セコウ!!! ここです!!! 捕まりました!!!」


 力一杯叫ぶが、誰も駆けつけてはくれない。

 そうだ、この城門には防音の結界か何かが張られているんだった……


ーーー


 兵士達に無理やり連行されてからそろそろ十分、城壁内部の廊下をひたすらに進まされている。

 窓は外側のみに開けられていて、壁の内側——つまり国内の様子は一切わからない。だからどこへ連れられているのかも全くわからない。


「どこへ連れて行くつもりですか」


「……」


 当然、兵士達は俺の問いに応えない。


 不安だ。『昨今のムスペルは警備が厳重で過敏になっている』とドリュアスから聞いていたから、下手に逃げて即射殺……なんて展開を避ける為に、ここまで無抵抗で連行されてきたがそろそろ我慢の限界だ。

 何をされるかもわからんのに、このままついて行くわけにはいかない。

 ……仕方ない。腹を決めるか。


ーー濃霧ディープミストーー


 足元から発生させた霧で、廊下全体を埋め尽くす。


「なんだこれ!?」


「それは後! まずは目標の確保だ!」


 そう、この霧でパニックになる兵士もいるが、当然冷静な奴は居る。そしてそいつは第一に俺の存在を確認したがる。


 ……だから、それをさせない。


ーー発水ウォーターーー

ーー発冷ブリザードーー


「あっ、足が!!」


「動きません兵士長!!!」


 すぐさま魔術を発動して廊下を水浸しにし、続けざまに空気を急速冷凍して兵士達の足元ごと凍らせて固定する。

 霧も氷も、どちらも水と炎による混合魔術で生み出しているから、コツを掴めば高速で切り替えて発動することも可能だ。


ーー岩砲弾ストーンキャノンーー


 もたもたしている時間はない。岩魔術で廊下の天井をぶち抜いて、すぐさま外に飛び出す。


「うわ! ずげぇ……!!!」


 城壁の上に立つと、そこには見たこともない景色が広がっていた。


「浮いてる……浮いてるよ!」


 城壁の先にひしめく街々、黄金の街道、それらはとても目を引くものだが……

 何より気になるのは、その大都市の中心で浮遊している黄金の城だ!


『-・ ・・ --・-・ ・--・ -・-- ・- -・・ ・・- !!!』


 景色に見惚れていられたのも束の間、すぐさま警報らしきものが周囲に爆音で鳴り響いた。

 内容はわからんが、タイミング的に俺が逃げた旨を伝えるものだろう。

 くそ、魔人語ばかりでムスペル語はやってなかったのが仇になったか……


 とりあえず、追っ手が来るだろうし逃げよう。

転移魔術の応用『置換の原理』


転移魔術には単なるワープ魔術だけではなく、設置した二つの魔法陣内にあるものを入れ替えるのという魔術がある。

 そしてそれは、見た目や素性が限りなく同じものであるほど、それらを入れ替える際の魔力消費が少ない。

A地点からB地点にリンゴを送る。

それに対して、B地点もA地点にリンゴを送る。


片方がリンゴではなくゴリラだった場合、入れ替えに要する魔力消費は2倍程に増加してしまうのだ。


ドリュアスはムスペルとアスガルズ国中に、集落と似たような森林を作り上げ、それらをランダム且つ頻繁に入れ替えることによって、本来の集落を隠している。

これらは高度な結界と呪詛魔術が組み込まれているので、ドリュアスだけではなく、彼女を基盤にした千を超える精霊達によって術式が維持されている。

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