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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第3章 エルフの森篇

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第101話 ありがとう


 あの日からずっと夢を見る。彼が私を連れ出すまでに送っていた日々の夢。


 真っ暗で冷たい牢屋で眠り、朝は鞭の音で目を覚ます。

 たまに村のことを思い出して泣くと、怖い人がやってきて、私に鞭を振り上げる。そしてそれをお母さんが代わりに受ける。

 私はお母さんが鞭で叩かれているのに、何も出来ないんだ。怖くて、震えが止まらなくて、一人牢屋の隅っこで縮こまっていることしかできない。

 時々、朝ではないのに怖い人達がお母さんを連れていってしまうこともある。

 お母さんは朝になると、体中痣と歯形だらけで帰ってくる。向こうで何をされているのかは分からなかったけど、お母さんの疲れ方を見ればきっと酷いことに違いないと思っていた。

 自分もいつかそんなことをされるのかと思うと、どうしようもなく怖いのだ。


 そんな恐怖で満ちた夢の中のお母さんに抱きつく瞬間に、私は今日もベットから飛び起きた。

 

「……?」


 草木で作られた天井から細々と差し込む朝日と、窓から入り込んでくる柔らかくもどこか刺激のある風。

 そうだ。私は今、エルフの村にいるんだ。


 あれ? でもおかしい。

 朝だというなら、ここに来てから毎日私を起こしにくるディンが部屋に居ない。

 いや、それどころか周囲に人気を感じられない。


 一人でいたい。そう思っていたけど、悪夢から目覚めて周りに誰もいない朝は、私には耐えられそうもないほど怖かった。


 だから私は宿舎を飛び出した。



 長耳族の大集落に滞在を始めてはや一週間ほどが経ち、ようやくムスペル王国に向けた出発の準備が整った。


「ようやく様になったではないか」


 今日でこの集落ともお別れなのだ。

 地面をエメラルド色に染めていた不思議な苔、風が吹くと風鈴の様な音を奏でる変わった木の実、創意工夫の限りが尽くされた長耳族の伝統料理。どれも別れるには惜しいものばかりなのだ。


「おい、聞いているのか」


 特に料理だ。あの空蛇の塩漬けは最高の酒のつまみに——


「返事をしたらどうだねディン•オード!」


「痛ぇっ! す、すみません」


 トリトンが俺の額に水鉄砲を撃ってきた。


 あぁ、そうだった。今はトリトンに魔装の練習に付き合ってもらっていたんだった。集落はずれにあるこの広場は修行に最適だからな。


「どうしたというのだ。ここ最近は物思いにふけってばかりではないか」


「え、いや、気のせいですよ。それより、魔装が良くなったって本当ですか?」


 この一週間、魔術の使用は控えて魔装と剣術の練習のみに絞って過ごしてきたが、大した成果は上がらなかった。

 一朝一夕で上達するものではないと皆口を揃えて言うが、そんな時間は俺にない。

 ただでさえ、今までの戦いはギリギリだったのに、魔術が使えなくなった途端これだ。ただの木偶の坊。素人のリオンの方がまだみんなの役に立っていた。

 俺は強くならなきゃいけない。義務とかどうとか以前に、俺自身の為に。


「お世辞にも上手いとは言えんが、学園出身の騎士とはなんとか張り合える程度には上達したと見える」


「おお! それは良かったです!」


 学園出身……エリートが通う王立学園で然るべき訓練を受けて輩出された騎士達か。それなら学園の中ではそれなりにやっていけるかもしれない……あとは実戦経験の差を埋めねば。


「——と言っても、剣術の方がお粗末では意味がないぞ。そちらの方はどうなっているのだ?」


「セリさんが付きっきりで見てくれましたが……なにぶん父親に間違ったことを吹き込まれていたんで、一からやり直してます」


 とりあえず『剣聖流』と『疾風流』の型の基本はおさらいしてもらったが、セリ曰く俺には防御重視の『瞞着流』の方があっているそうなので、またリディに習うしかない。


「ほう……ところで、貴公にベッタリと引っ付いているその獣族はなんなのだ?」


 トリトンが眉を八の字にしながら、俺の隣にいる存在を指差す。


「あー……知りません」


 そう……俺は今、以前クロハが助けた獣族の女の子に頬擦りをされながら、トリトンと会話している。

 彼女が目を覚まして以降、この一週間ベッタリと俺に付き纏ってはこうしてスキンシップを計ってくるのだが……非常に邪魔だ。

 以前と違って風呂に入ったのでもう体臭は気にならないのだが、動きにくいったらありゃしない。加えて、ケモ耳で同い年くらいの美少女にベタベタ触られては俺も色々と我慢しなければならない。


「セリの奴が獣人語を話せるであろう、意思の疎通は計らないのか?」


「『恩人の世話をしたい』だそうです。まあ彼女に敵意はなさそうですし、飽きるまでこうしてもらいますよ」


 流石に、朝起きたときに隣で彼女が素っ裸で寝ていた時はゾッとしたがな。ただ寝相が悪いだけと知るまでは気が気じゃなかった。


「……あ、そういえばこの後エルフさん達に料理教わるんでした。すみません、お先に失礼します」


「……そうか。だが其奴も連れて行くのか?」


「剥がしてもまたくっついてくるので、このまま行きます」


「……苦労が絶えんな」


 明日にはこの集落を出発することになるしな、今のうちに旅の途中でも使えるレシピとかを教わっておかねば。


ーーー


 遂に……出発の時が来た。

 集落の出口に立つ俺達の周りには、沢山のエルフ達が見送りに来てくれていた。

 最初は俺の見た目のこともあって、なんだかぎこちない雰囲気であったが、今となっては良好な関係を築けたと言えよう。


「色々ありがとうございました」


 そんな見送りの人々の先頭に立つ村長——ドリュアスに頭を下げる。

 彼女にも色々と世話になった。上級魔術のコツを教えて貰ったり、旅支度を整えて貰ったり……あ、あとこの前一緒にお茶したな。最初に殺されかけた仲とは思えない。


「いえいえ、我々も久しぶりのお客様と関わることができて、刺激的でしたよ。また是非いらして下さい」


 爽やかな笑顔と共に、ドリュアスはそう言った。相変わらず綺麗な顔だ。また拝みに来よう。


「はい、また来ます……リオンもまたな」


 そんなドリュアスの隣で膨れているリオンに、握手を求める。


「……こんど会うときは、お前より強くなってるからな!」


 リオンは俺達の旅には同行せず、この集落に残ることとなった。

 まあ当然だな。リオンが帰るべき故郷は俺達が進む方角と真反対だし、というか彼の妹を長旅に連れて行くのは現実的じゃない。

 リオンは妹を故郷に返し次第俺達に合流したいと言っているが、戦力的にも厳しいのでどうなることやら。


「はい、ムスペル王国で待っていますよ」


 正直再会はあり得ないと思っているが、別れ際なんだし何言ったって問題ないだろう。


「でも良いのかよ、ディン」


 馬車に荷物を積み込んでいたロジーが、俺の背中をつつく。

 

「何がですか?」


「何って、クロハのことだよ。置いて行くんだろ? ここに……」


 そう、クロハはここに置いてく。

 前にドリュアスから提案を受けたのだ『この先もこの子は差別に晒されることがあるでしょう。私達には彼女を受け入れる用意があります』とな。

 

「ええ、もう決めたことですから」


 一週間という猶予の中で、最後の最後まで迷った。彼女を勝手に救い出しといて、ここに来て捨てるのかと。

 けれど、俺達なんかといては、彼女はまた色んな危険に晒されることになる。弱い俺では彼女を守り切る自信がない。その点で言えば、この集落は安全だし差別もない。

 それに、クロハは俺のこと嫌いだろうし、きっとこうして別れるのが正解なんだ。

 獣族の女の子——レイシアも同様に置いて行くつもりだったが、重度のストーカーである彼女を巻くことが出来なかったせいで、こうして今も俺の横に居るがな。


「腹決めたわりにゃあ、随分しけたツラしてんじゃねぇか」


「……」


「……ところでよ? セリのおっさんはどこ行ったんだ? もう出発の時間だぜ?」


「奴はもう来ない。夜明けよりも早くに、クロハが作った金貨の殆どを盗んで消えていった」


「はぁ!? んだよあのおっさん!!」


 トリトンが言った通り、セリもこの先の旅には加わらない。

 書いてあったのだ。朝起きたらいつの間にか『鸛之鉤爪』と共に、俺の宿舎の机に置いてあった手紙にな。


『よう兄ちゃん、あんたとは色々あったが、楽しい一ヶ月だったぜ。(省略)

 ——俺にも俺でやるべき仕事があるからな、しばしここでお別れだ。金貨は魔剣を差し出す対価として貰っていくぜ〜』


 彼らしいと言えば彼らしいが、しばらく寝食を共にした仲なんだから、最後の挨拶くらいしてくれても良かったのにな……

 ——まあそれは良いとして、気になるのは最後の文章だ。


『追伸 あの嘘つき(リディアン)には気をつけな』


 リディに気をつけろ……ね。単なる恨み言とも取れるが、セリの性格を考慮するとそうとも言えない。

 まあたしかに秘密の多い人だが、俺に害を及ぼす存在には見えないし、様子見でいいか。


 それになにより、わざわざ忠告してくるあたり、リディが生きているという事実の裏付けにもなっているしな。セリ本人は知らないの一点張りだが、きっと心中でリディは生きていると確信しているに違いない。

 ずっと不安だったが、きっと王女やセコウも彼と一緒にいるのだろう。いや、そう思うことにしておこう。


「……じゃあ、出発しましょうか」


 大きく息を吸い込んで、出口の方に向き直る。

 長い時間ここにいたせいで、なんだか情が移ってしまった。こうして一歩踏み出すにも一苦ろ——


「やだあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」


 見送りの暖かい言葉で溢れるこの場所に、空気を裂くような叫び声が響いた。


「まって! まってぇぇぇぇぇぇえ!!!」

 

 思わず村人達の方に振り向く。

 集まった民衆の奥の方で、何かを避ける様にして人の頭が動いているのが見えた。

 動く頭が段々とこちら側に近い人のになっている。誰かがこちらに向かってきているのがわかる。


「クロハか……」


 人々を掻き分けるようにして俺の前に飛び出してきたのは、ボサボサの黒髪を持った少女——クロハだった。


「はぁ、はぁ……まって、まって……」


 息絶え絶えになって膝をついた彼女は、それでもなお、俺の足元を目指して這いずりながら近づいてくる。狂気的なほどに見開いたその目で、俺を捉えながら。

 周囲に突然訪れた静寂と、彼女の眼光に当てられて、俺は金縛りにあったような感覚に陥っていた。


「なんで……ゲホッ、ゴホッ…………ハァ、はぁ……なんでおいて、いくの……」


 遂には俺の足を掴んだ彼女が、掠れた声で問いかけてきた。

 以前よりもミーミル語が流暢になっている。この調子ならどこでもやっていけるな。


「……クロハはな、ここにいた方が幸せなんだよ」


 そう伝えると、クロハは今までよりも強い力で俺の足を握った。

 下を向いていて顔が見えない。彼女は今どんな表情だ? 怒っているか、悲しいのか?


「……」


 嵐のようにやってきたかと思うと、今度はピタリと固まって黙り込んでしまった。


「お、おいクロハ……?」


「……ディン殿と考えたのですよ、あなたはこの集落で暮らした方が良いと」


 停滞してしまった場の雰囲気を動かそうとやってきたドリュアスが、クロハの肩に手をかけた。 

 

「そうそう! ロジーさんにはまた会えるから、クロハはここで楽しく暮らして——」


「ご、ごめん……なさい……」


 呆然とした。先程から俺の足を握っていた強さとは打って変わって、弱々しく震えていた彼女の手に、その声に。

 

「うぅ……こ゛め゛ん、なさい……なおす、なおすから……すてないで……」


 集落の地をエメラルド色に彩る苔の上に、クロハの瞳から溢れ出た大きな水滴が一滴、二滴と落ちていく。


「すてないで、すてないで……おねっ、おねがいし゛ま゛ず……うぅ……おねがっ——」


 嗚咽するクロハをそっと抱きしめた。

 

「ごめん、ごめんな。俺が悪かった……」


 こんな……こんなはずじゃなかった。クロハは自分の母親を見殺しにした俺を……危険な旅に連れ回した俺を憎んでいて、出来ることなら旅から離れたいのだと思っていた。

 

「そうだよな、みんなとは離れたくな——」


「いっ、いなく……ならないでディン……」


「!?」


「すてないでディン……うっ、うぅ……」


「へ、良かったなディン! お前と一緒にいたいんだってさ!」


 ロジーが満面の笑みで、硬直していた俺の肩を叩いた。

 

「ここまでされては、私も無理に引き留めるわけにはいきませんね……」


 ロジーに続いて、ドリュアスは小さく笑いながら、クロハの肩に置いていた手をどけた。


「でも、クロハは俺が嫌いなんじゃ……」


「そう思うなら、ちゃんとクロハの目を見て聞いたらどうだ? なぁクロハ?」


 ロジーに言われて、俺は恐る恐る俺の胸の中で啜り泣くクロハに目を向けた。


「ずっと言いたかったことがあんだよな? 散々俺相手に練習したやつがよ!」


「練習……? なんのことで——」


「あり、がとう……」


 クロハが俺の襟を引っ張りながら、震える声で言った。

 

「……へ?」


 目を……耳を疑った。これまで無表情を貫いて、声にも抑揚がなかった彼女は今……

 涙でぐしょぐしょになった顔で、不器用に笑っていた。


「たすっ、たすけてくれて……ありがとう……!」


「!!!」


 海に落ちたかのように視界が歪んで、何も見えなくなった。

 今日、俺はこの世界に来て初めて、本当の意味で泣いたのだろう。

 彼女に許されたとは思っていないし、許されたいとも思っていない。

 けれど、涙は止まらなかった。


 俺はずっと……ずっと君からのその言葉を求めていたのかもしれない。

 こっちこそ、嫌わないでくれてありがとう。

 

第3章ーエルフの森篇ー 終幕


第4章ー古式魔法都市篇ーへ

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