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瀬戸暁斗の短編集

人生の探し物

作者: 瀬戸 暁斗

 彼は何かを探していた。

 彼自身それが何なのかは知らず、そして何故探しているのかもわからない。

 きっとそれを見つけたとしても、再び探し始めるだろう。彼にはそれがわからないのだから。

 だがいずれは見つけることになる。それは誰もが知っていることなのだから。見えているのに、見えないフリをしているだけなのだから。



 そんな彼が生まれ、はじめに暮らしていた家には、家族が彼の他に三人いた。父親に母親、そして妹が一人。決して裕福な家庭ではなかったが、それほど貧乏なわけでもなく、至って平凡な暮らしができていた。

 ただ、彼を悩ませるようになったのは父親からの躾と称した暴力だった。

 彼の父親は真面目な人だっだ。しかし、突然変わってしまった。その原因が何なのかは、当時の幼い彼にはわかるはずもない。

 父親が飲む酒の量は日に日に増え、感情の荒ぶりも増していった。

 ついには彼の体に青痣が絶えずつけられ、痛みに耐える日々が続いた。時には雪の降る真夜中に外に出され、極寒の風の中震えながら夜を過ごしたこともあった。

 酒に溺れた父親の暴力に怯えた母親は頼りなく、幼く弱い彼を守ることは出来なかった。

 彼の味方は、彼によく懐いていた妹だけだった。その妹を守るため、彼はただ一人で苦しみに耐え忍んだ。

 彼が倒れてしまえば、妹を守る者はいなくなる。次の標的にされてしまう。

 壊れかけていた心を支えてていたのは、妹への愛情ただ一つだったのだ。


 悲劇の日々にも、やがて終わりが訪れる。彼と妹は祖父母に引き取られることになった。

 暴力を振るう父親に、自分達を守ろうとしない母親。そんな両親との別れを悲しんだりすることもなく、かと言って嬉しがるわけでもなく彼はその出来事を受け入れていた。

 祖父母の家で初めて触れる家族の暖かさは、両親との別れで何の思いも湧かないほどボロボロになった彼の心を癒していった。

 祖父母は彼と妹に、いろいろなことを教えてくれた。一生懸命に頑張る素晴らしさ、困難を乗り越えた時の達成感、そして叱られた後の優しさ。そこには今まで見たことのない優しい世界があった。


 しかし、狭く優しい世界からやがては出なければならない。彼は祖父母の手を離れ、学校という新たな枠組みへ身を投じることになった。

 新しい世界、新しい人間関係の中で彼は周りから向けられる奇異の視線に気がついた。


『何であの子にはお父さんとお母さんがいないの?』


 彼は自分が他とは少し異なることを理解していた。そして、祖父母から他の生徒が両親から受けている愛情以上に自分を愛してくれているのも理解していた。

 しかし、それを他人はわかってはくれなかった。

 自分達と違う人間は排除すべきだと判断されたのだ。

 その結果始まったのが、多数対一の『いじめ』だった。

 彼は祖父母に心配をかけたくはなかった。そのため他人に相談することもなく、耐え続けた。

 大人の暴力に耐えていた彼にとって、子供の『いじめ』など痛くも痒くもなかったが、そんな彼の様子を見てさらに『いじめ』はヒートアップしていった。


 彼は賢い子供だった。それに加え、努力のできる子供だった。両親との日々に終わりがきたように、低劣な『いじめ』の日々にも終わりがあると知っていた。

 だから彼は努力した。誰よりも勉強し、誰一人として知り合いのいない難関高校へと進学したのだ。

 これでまた優しい世界に戻れる。彼はそう思った。


 だが運命とは残酷だ。

 彼と彼の妹に精一杯の愛情を注ぎ込んでくれていた祖父母が息を引き取ったのだ。

 その事は、彼を深く失意のどん底へと叩き落とした。彼もまた、味方であった祖父母を愛していたのだ。


 最愛の家族を亡くした彼ら兄妹にとって必要だったのはお金だった。

 彼は高校を卒業した後、すぐに社会に出た。彼にとって妹を養うために働くのは、自分が進学する事よりも優先すべきものだった。

 真面目で成績優秀、それが学生としての彼の評価だった。そう、優秀すぎたのだ。

 優秀すぎる部下の上司が必ずしも優秀、または人間ができているとは限らない。

 彼の上司となった人物、それはお世辞にも良い人柄だとは到底言えないような人物だった。

 理不尽な叱責、手柄の横取り、パワハラなど横暴が過ぎる上司の行動に彼は心身共にすり減っていった。


 彼には気の許せる同僚が一人いた。

 同期で入社した彼らは共に支え合い、絆を深め合ってきた。

 同僚はとても明るく、優しい人物だった。誰かを怒るわけでもなく、人のミスを笑って庇うことを、さも当たり前かのようにするのだ。

 そんな同僚だったから、最悪な上司にも反抗する事はなかった。ただただ耐え、そして同じように上司の行動に悩まされる彼や、他の同僚たちを庇ったのだ。

 その事を彼は知らなかった。いや、知っていたとしても彼がその行為をやめさせる事はできなかっただろう。

 きっと同僚はこう言うのだ。


「大丈夫。心配するなよ」


 笑顔で、何もないフリをして。


 それからどれだけ日々を送っただろうか。その知らせは突然彼の元へと届いてきた。



 ()()()()()()



 過労から鬱を発症し、自殺したのだ。

 彼はまた、身近な人間を失った。今度は避けられたはずの死を、受け入れなければならない。

 何故同僚は死ななければならなかったのか、何故止められなかったのか、何故何故何故何故……。


 そして彼は気づいた。自分が何を探していたのかを。

 それは彼が今まで経験してきた人生において、何度も見てきたものだった。気づかないように過ごしていたのだ。


 彼が探していたのは、人間の本質。


 人間の本質とは闇であり、悪そのものなのだ。

こういう話も書いてみたかった。

ラノベ風以外にも、暗い話とかは好きなので。

他のジャンルにもチャレンジしてみようとは思ってますが……

モチベーションと要相談です。

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