第七話
第七話 悪食VS冬将軍
ハガルはリアの皆で戦おうという提案を却下し1人で悪食の元へ向かった。皆が止めるが無視。
「ハガルさん、どうして。」
剣人が零す。
「ハガルさんなりの考えがあるのよ。…多分。」
ハガルなりに考えあっての事だとリアは思う。多分。言い切ることが出来ないのはハガルは1人で突っ走ることが間々あるからだ。それでもしっかり成果は上げるのだが。
「やっぱり俺たちも行った方が良いんじゃないか?」
「取り敢えず様子を見よう。ハガルさんが危なくなったら、その時は突撃する。」
「ああ、そうしよう。」
剣人もこれに納得しハガルの様子を窺う。戦いは始まろうとしていた。
ハガルは悪食にガン飛ばし
「よう、仲間が世話になったな。」
「キシャアア。」
悪食が歪んだ笑みを浮かべる。それを見てハガルは目を眇める。
「うーん、そこだな、ファイアランス。」
ハガルは徐ろにファイアランスを放つ。それも10発。悪食は鉤爪を駆使し押し迫る炎槍を叩き落とす。落とし切れない分はサイドステップで躱す。身体に似合わない身軽さで躱してみせる悪食。そこへ更にハガルはファイアランスを叩き込む。
「キシャアアアッ!」
超高速で爪を振るい、迫り来る炎槍を捌く悪食。
「はは、どうした悪食。お前の力はそんなもんか?」
「キシャアアアッ!」
悪食は思う。攻撃が弱まらない。おかしい、と。アビスウェブは展開中。効果時間などは無いため、効果が途中で切れることは無い。だがハガルの魔力は弱まっていない。弱まる気配が無い。故に捌き続ける。迫り来る炎槍を捌き続けるしかない。1発喰らえば黄泉の国。先程の相手とは威力が桁違いだ。弱体化しない以上、喰らう訳には行かない。そうしてハガルの炎槍を捌き続けること5分。悪食は気付く。糸が、アビスウェブが凍りついていたことに。
「漸くお気づきかい?そうさ、俺はお前さんの巣を凍らせたのさ。これが俺のオリジナル、エリアフローズンだ。」
エリアフローズン、ハガルの氷属性固有魔術だ。固有魔術とはその人個人が研究し編み出したその人だけの魔術のこと。ハガルは氷属性の魔術を最も得意としている。そこで氷属性の魔術を研究し編み出した。エリアフローズン、効果範囲内の気温を下げていき、終いには絶対零度まで下げる。そうなれば死は確実。何者であれ、絶対零度の世界で生命活動を続けられる生物は居ない。キメラとて例外ではない。これがハガルが冬将軍と呼ばれる所以。ちなみに魔力は凍る。但し魔力によって凍らされた場合のみに限るが。そのためハガルの魔力の弱体化が起こらなかったのだ。
「キシャアア!」
悔しそうに吠える悪食。
「さあ、躍れ。ファイアランス。」
愉しそうにファイアランスを撃ち出すハガル。形勢は完全に逆転。ハガルが悪食という獲物を愉快に狩る。ハガルの炎槍を必死に捌き続ける悪食を嘲笑する様にハガルは口を歪める。そして侮蔑を含んだ眼で悪食を見詰め、
「無様だな。」
一言。只、無様の一言。ハガルはそれ以上悪食に言葉を投げ掛けることは無かった。
「ファイアランス。」
つまらなそうに詠唱する。こんなものかと言わんばかりの事務的で投げやりな詠唱。悪食は身体中を焼かれ満身創痍。足取りも覚束無い様子。それを見て取ってハガルは悪食に死刑宣告をする。
「ストームグレイシア。」
静かにそう言った。氷属性上級魔術、ストームグレイシア。氷の嵐。全てを凍てつかせる氷河期の様な嵐が悪食を襲う。
「キシ。ァァァッ。」
断末魔の叫びも嵐に呑まれ、悪食は忽ち生を終えた。ハガルは終始その場を動くこと無く、戦いを終えた。アルムたちを苦しめ屠った悪食もハガルの前には赤子も同然の完全敗北。何も出来ずハガルに踊らされただけだった。圧倒的に強い。圧巻の一戦だ。剣人たちは見ていた。この戦いの一部始終を。
「まじかよ。楽勝で屠りやがった。」
剣人が驚愕し
「悪食が何も出来なかったなんて。」
リアはこの戦いを噛み締めるように感嘆する。
ハガルが戻って来て
「悪食は死んだ。討伐作戦は終了だ。」
「うおおおおっ!」
ハガルの凱旋に皆が歓喜に湧く。
「すげーぜ、ハガルさん。」
「悪食をフルボッコだ。」
「終わったんだな。」
「うん。」
「俺今回何も出来なかった。」
「そんな事ないよ。ケントは初陣にしていっぱい魔物倒したでしょ。何も出来なかったのは私の方だよ。」
リアは力無く微笑む。
「結局オーガの時ははハガルさんに助けられたし。凄いな、全く。とても追いつけないな。」
「いや、リアなら出来るよ。毎日頑張ってんだろ。だったらいつか絶対ハガルさんと肩を並べられる日が来るさ。」
「ありがとね。元気出たよ。」
リアにいつもの笑顔が戻った。。それに剣人も自然と笑みが毀れる。こうして剣人たちは半数近くの犠牲者を出しながらも悪食討伐に成功したのだった。
悪食討伐作戦の帰り道。剣人たちは行きは急いでいたため寄らなかった町へ寄り、一休みすることにした。町の名物フルーツクレープを頬張る剣人とリア。そこへ
「初の魔物討伐はどうだった、ケント。」
作戦に参加した感想を求めるハガル。
「はい、勉強になりました。」
「そうか。だが俺の戦い方は真似するなよ。」
そう言ってハガルはリアに向き直り
「どうだった、悪食を見た感想は。」
「怖かったです。それにあの巣。不穏な魔力を感じました。」
「そうか。まだまだだな。気圧されるな。何を前にしても常に相手を見ろ。毅然と魔力を練り対峙する。Bランク以上の冒険者の戦闘の鉄則だ。」
「はい。精進します。」
「それでいい。」
そう言ってハガルは去っていった。
「流石だな、ハガルさん。」
「そうだね。私も頑張らなきゃ。」
剣人とリアがそんな会話をしていると、何やら不穏な声が2人の耳朶を打った。
「おい、ばばあ。道を空けろ。御領主様のお通りだぞ。」
「ええ、ですから既に道路脇に寄りましてございますが。」
「愚か者!貴様の様な下賤な民が御領主様が踏む道に足を着けるなと言っているのだ。そこの田に平伏せ。」
「も、申し訳ございません。」
謝り田に平伏すお婆さん。その姿を汚い物でも見ているかの様な眼で睥睨する領主の側仕え。唾を吐き捨て領主を乗せた馬車が通過して行った。
「おい、何だ今のは?」
腹立たしげにリアに問う剣人。
「領主の通行だよ。ああやって平民を侮蔑し罵倒するの。腹が立つのは分かるけど、あれが普通なんだよ。」
あんなのが普通だと。剣人は驚き呆れる。どこの世界も貴族というのは皆ああなのかと嘆く。そんな時ハガルの出発の合図が聞こえ、剣人とリアもそれに倣い出発する。こうして剣人たちはルモワールに帰還し悪食討伐成功の旨をギルドに報告しこの一件は無事落着したのだった。
剣人とリアは家に着いた。リアが玄関のドアを開け
「ただいま。お母さん、帰ったよ。」
返事が無い。いつもは何かしら返事があるのに。不思議に思いつつもリアは上がっていく。後れて剣人もだ。リビングに行ったリアを追い剣人もリビングに向かい、見た。
身体中に空いた穴から止めどなく血を流し倒れているリアの母、ミレーナと、変わり果てたミレーナの姿に眼から大粒の涙を流し、必死に治癒魔術を掛けるリアの姿を。
これを機に剣人とリアは帝国の闇の粛清に身を投じて行くことになる。