第五話
第五話 魔物大量発生
剣人は日の出と共に目を覚ます。カルディアルに来てから規則正しい生活をしていたため(正確にはリアに矯正された)、朝も早く起きれるようになった。そして中庭に出て、魔力運用の修練を始める。日課なのだ。ゲイルに勝ったとはいえ、あれは女神が手を貸してくれたから勝てたのであって、実力ではない。だからこうして毎朝早く起きて修行をしている。目下の目標は魔術の練度を上げること。ゲイルに打ち負かされたファイアアロー。あの域まではすぐには無理だが、出来るだけ強化しておきたい。そうして修練すること1時間ほど。リアが起きて来て、
「早いねぇ。感心感心。真面目な冒険者は伸びるよ。」
そう言ってリアも何やら魔力を練る。
「コールドレイン!」
庭の木に無数の氷針が雨霰と降り注ぐ。
コールドレイン。氷属性上級魔術。氷の針を雨の如く散弾する魔術。その他の氷属性上級魔術と比較すると、威力では最下位だが、密度を増せばより脅威となるし、コールドレインからのコンビネーションに繋げるなど、バリエーション多彩だ。
「すげー、壮観だな。」
「ハガルさんに追いつきたくてね。」
「また何で。同ランクだろ。」
「私ね、氷属性に適性があるの。水属性、風属性、氷属性。」
「なるほど、リアも氷を使うんだな。でもさ、才能は人それぞれ。ハガルさんは氷属性魔術が一番得意だったんだろ。適性もあるだろうし。」
「私一時期ハガルさんに師事してたの。」
「ま、一緒に頑張ろうぜ。」
「うん、そうだね。」
「リア、ケントさん、朝ご飯よ。」
ミレーナの呼び掛けに応じて、剣人とリアは朝食を食べに行ったのだった。
ハガルはある依頼を受けてここルモワールの冒険者ギルドにやって来た。依頼内容は魔物の討伐。何でも見た事ない新手の巨大な魔物が踏み入った人間を捕食しただとか。そんな訳でハガルは例の魔物が棲む場所に赴いた。そこで見た物は、巨大な新手の魔物ではなく、大量の魔物の群れ。フェンウルフ、ゴブリン、オークにオーガ。ハガルは急ぎ引き返す。この事をギルドに伝えるために。
剣人とリアがギルドにやって来ると、何やらギルド内が騒がしかった。
「何かあったんですか。」
リアが問う。これに冒険者たちは
「魔物が大量発生してるんだとよ。」
「大量発生!」
「ハガルさんが知らせてくれたんだ。」
何やら大変な事態になっているらしい。大量発生か。確かに只事じゃないな。
「リア。」
「ケント、貴方はここに居て。」
「リアは?」
「討伐に向かう。」
「なら俺も。」
「緊急事態にはね、Eランク冒険者は参加出来ないの。だから待ってて。」
「そんな… でも、そうだな。仕方ない、か。」
「そうでも無いぞ。」
「ハガルさん!」
リアがハガルさんに駆け寄る。
「リアか。お前は来るだろう。」
「はい、勿論です。」
「少年、いや、ケント、お前はどうする?」
「どうするも何もEランクなので参加できません。」
「ほう、そんなルールもあったな。ケント、お前はどうしたい?」
「参加したいです。魔物との戦闘で経験を積んで強くなりたいです。」
「いい心意気だ。よし、お前は今からDランクだ。」
「…え?」
「ハガルさん、何を?」
俺がたった今、この瞬間からDランク冒険者に昇格だと。何もしてないぞ、俺。
「あの、俺何もしてないんですが。」
「俺の依頼をクリアした。」
「ハガルさんの依頼?」
「お前はゲイルを倒した。そろそろ彼奴を始末しないと、と思っていたところだ。手間が省けた。」
「あの、ハガルさん。依頼ひとつ遂行しただけじゃ昇格にはならないんじゃ。」
「Bランクを倒した。それで十分だろ。」
なんとハガルさんはあの決闘を自分の依頼にして俺を昇格させたいようだ。何で。
「俺はお前が気に入った。強くなれ。リアのようにな。」
そう言ってハガルさんは受付に向かう。
「おい、ケント、来い。」
「じゃあ、ちょっと行ってくる。」
「うん、良かったね。」
俺は受付に来て
「おい、女、こいつが依頼をクリアした。大きいやつだ。」
「は、はあ。で、どの依頼でしょうか。」
「昨日の戦いだ。」
「あれは決闘で。」
「その決闘が俺の依頼だ。内容はゲイルの始末。」
「し、始末!」
「こいつはやり遂げた。EランクながらBランクに下剋上。昇格に足るだろ?」
「で、ですが。」
「まあ、兎に角だ。こいつを魔物討伐に連れて行く。」
「そ、そんな、無茶です。彼は昨日冒険者登録したばかりですよ。」
「その冒険者登録したばかりの奴がBランク冒険者のゲイルを破った。こいつなら行けると思わんか?」
俺は相当ハガルさんに気に入られたらしい。あの手この手で俺を連れて行こうとしている。
「わ、分かりましたよ。貴方がそこまで言うなら。でも確かにEランク冒険者がBランク冒険者に勝つなんて、普通出来ませんね。ケントさん、おめでとうございます。Dランク昇格です。ライセンスを出してください。」
「はい。お願いします。」
俺のライセンスに書いてあったEの文字がDに変わった。昇格だ。これで俺も堂々と討伐作戦に参加出来るって訳だ。リアの元へ戻る。俺はDランクに昇格したことを話す。
「おめでとう。でも、無理はしないでね。魔物との戦闘は初めてでしょ。まあ、1回あったね。でもちゃんと戦うのは初めてだよね。」
「ああ。でも逃げないよ。ちょっとアドバイスくれるか。それで十分だから。」
「アドバイス1つでいいって、駄目よ。ゲイル倒したからって調子に乗って過信するのは駄目よ。」
「分かってる。過信とかじゃなくてさ、直感というか何となく出来そうなんだ。」
「天才の言うことは違うってこと?」
「いや、そんなんじゃなくて。」
「おい、2人とも、行くぞ。」
こうして俺はリアとハガルさんと3人で魔物討伐に向かった。
待機場所にやって来た剣人たちは適当な場所に腰を下ろした。するとハガルは徐ろに集まっているみなの前に立ち
「全員、聴いてくれ。ポイントの状況を説明する。森に入るとすぐ魔物に出会す。数は数十。」
使い魔からの情報を皆と共有させるハガル。
「フェンウルフにゴブリン、オークにオーガ。種はざっとこんなもんだ。」
「ゴブリンは何となく分かるが、オークやオーガはどんな奴だ?」
剣人はリアに敵の概要を尋ねる。
「オークは人型猪みたいなやつでちょっと堅いね。オーガは更に大きいオークみたいなやつ。膂力も半端じゃないよ。」
「まじか。ヤバい奴じゃんか。」
「それが大量発生ってどうなってんだか。」
リアが嘆く。魔物が大量発生するなんてなかなか無い。低ランクの魔物や小型種などは間々あるがオークやオーガとなると珍しい。
「討伐班を2班に分ける。」
ここでハガルから指示が下る。剣人たちもこれに従い一方に就く。準備が整ったところでいよいよ出発だ。
「総員、出発。」
討伐2班は件の森へ突入した。
ハガルを班長とする剣人の班は森へ入ってすぐの分かれ道で右へ進んだ。そしてすぐに魔物の群れに遭遇する。
「ガルウウウ」
フェンウルフだ。因縁の角狼。班員はそれぞれ手近なフェンフルフを屠りに掛かる。手馴れたものだ。流れる様に倒していく。剣人も二度目ながらファイアアロー3発で仕留めた。
「上々だね。」
「一度襲われたからかな、身体が戦い方を示してくれる。」
これが怪我の功名だろうか。楽に倒せた。こうして幾つもの魔物の群れと交戦しながら森林を進んでいく。最終目的地は洞穴らしい。そこに新種の魔物が居るのだとか。
「この音は、オークの群れだ。数は、20。」
20体のオークが剣人たちに迫る。
「いっちょやりますか。」
「肩が温まってきたしな、軽くな。」
流石は先輩方。オークの群れにビクともしない。
「私たちもやるよ。」
「ああ。」
「急な接近に気を付けて。」
「分かった。」
リアのアドバイスを受け剣人は駆け出す。そして
「ストーンボール。」
土属性初級魔術、ストーンボールを放つ。が、オークはこれを軽くいなす。だが、
「グガッ!」
ストーンボールを躱したオークだったが直後落とし穴に落ちる。そこへ
「ファイアアロー。」
ファイアアロー3発。炎の矢が頭部に直撃。脳髄を焼き貫かれオークは絶命した。
「ふうっ。やったぜ。」
勝利の余韻に浸る剣人。そこへ
「ググウウゥゥゥ。」
剣人はぎょっとして後ろを振り向くと、そこには、
涎を垂らし鼻息を荒くした一体のオーガが仁王立ちしていた。
「おわあっ。」
すたとバックステップで距離を取る剣人。リアも剣人の元へ駆け付ける。
「大丈夫?」
「ああ、あれがオーガか?」
「うん、オークとは比べ物にならないくらい強いよ。」
「私が何とかするから下がって。」
「一人でやるのか。」
「だって今戦えるの私だけだから。」
そう言ってリアはオーガに向かって駆け出した。
「はあっ、ファイアアロー。」
5発の炎の矢がオーガを襲う。これをオーガは数発左手で払い落とし、残りは分厚い胸板で受け止める。差した火傷はない。なんという頑丈さ。
「ま、予想通りね。水蛇。」
水属性中級魔術応用型、水蛇。10の水蛇がオーガに迫る。オーガは半数を蹴散らしたが残る半数がオーガの身体に絡み付き、咬み付いた箇所から体内の水分を奪う。
「こういうパワータイプは大体脳筋だから弱らせるに限るわ。」
だが流石はパワータイプ。水蛇を攻略しリアに自慢の剛腕を振るう。
「よっと。」
この一撃をバックステップで躱す。続けて魔術を撃つ。
「ファイアランス。」
炎属性中級魔術、ファイアランス。名前に違わず炎の槍を撃ち出す魔術。これには流石のオーガも剛腕を振るって打ち落とす。しかし1本だけ撃ち落とせず。
「ゴガアアアッ!」
ファイアランスがオーガの胸に刺さる。肉が焼ける。痛みで暴れるオーガ。そこにリアは追撃を掛ける。
「グレイブホール。」
オーガの片足が突如地面に空いた穴に嵌る。そこに
「コールドレイン!」
無数の氷針がオーガに降り注ぐ。オーガは腕を振るい打ち払おうとするが
「グオゥアアアアッ!」
全て払い切れず身体中に氷針が刺さる。
「サンダー!」
留めと言わんばかりのリアのサンダー。雷撃がオーガを打ち付ける。
ドゴーーーン!
全身を焦がしたオーガ。死んだと思いリアはオーガから視線を切った。
それが悪手だった。
「グオオオッ!」
死なば諸共と最後の力を振り絞り渾身の拳打を見舞う。これにリアは対応出来ない。
「っ、リアっ!」
剣人は駆け出す。間に合わないと知りつつも、間に合え、と全力で駆ける。
「っ!」
リアは押し迫る大拳に、この後自分が押し潰される姿を幻視する。死を覚悟し目を瞑る。が、大拳はいつまで経っても来なかった。何故なら
「甘いな、リア。」
ハガルがオーガの大拳を止めていたからだ。
「死に損ないは大人しく死ね。コールドレイン。」
リアのコールドレインを上回る密度で氷針がオーガに降り注ぐ。断末魔の叫びを上げる事無くオーガは絶命した。死体はまるで針山。とんでもない大きさの氷針だ。
「リア、大丈夫か。」
「うん。油断したわ。ごめん。」
「はあ、あれぐらいさっさと倒さんか。まあ、オーガは複数人で倒すのが普通だがな。ケント、何故もっと早く手を貸さない。」
「私が一人でいいって言ったから。」
「ならもっと精進しろ。行くぞ。」
ぶっきらぼうに言って先導を開始するハガル。剣人はハガルの格の違いを実感したのだった。
もう1つの討伐班はハガルの班より交戦が少なく、先に洞穴に到達した。
「アルムさん、ハガルさんの班を待ちますか。それとも先に敵を見ておきますか。」
アルムの班員の1人が尋ねる。アルムは第二討伐班の班長だ。ランクはC。Bランク昇格も近いと謳われる優秀な冒険者だ。班員の質問にアルムは
「ここでハガルさんたちを待とう。独断専行は危険だ。今の所魔物の気配は無いが、警戒を怠るな。」
「了解です。」
アルムの的確な指示をテキパキと熟す班員たち。魔物を警戒しつつも休憩する班員たち。索敵魔術を常時展開し魔物の接近にいち早く対処出来るようにしているアルム。そんな時アルムの索敵魔術が魔物の気配を感知した。
「敵だ。南東から来るぞ。」
その声に皆が臨戦態勢を摂る。そして
「来たぞ。」
それが姿を現した。
「何だこいつは?」
「俺見た事ねーぞ。」
「新種か?」
「それにとんでもなくでかいぞ。」
それぞれの声にアルムは1つの答えに辿り着く。
「こいつはまさか。」
悪食。討伐作戦準備の時に名付けた仮名。人間2人を喰らったことからそう名付けた。この悪食、頭部はジャングルの人喰い花。オマケに身体は筋骨隆々。腕には棘があり、手には凶悪な鉤爪。脚は黒く光る硬質の蜘蛛足。つまるところキメラだ。何がどうなればこんな身体になるのだろう。花と獣と蜘蛛のミックス。考えるだに怖気が走る。アルムは魔力を練り魔術を放つ。
「喰らえ、ファイアランス。」
灼熱の炎の槍が悪食の胸を穿つ。胸を穿たれた悪食は力無く倒れ、身体を焼かれる苦痛に呻き声をあげる。そして程なくして悪食は絶命した。
「やった、やったぞ!」
「討伐完了だ!」
「流石アルムさん、強い。」
「一撃だぞ、一撃。格好良い。」
皆銘々に勝利に歓喜しアルムの雄姿に興奮する。だが1人、この中でたった1人、この状況を喜べない者が居た。それは悪食討伐の張本人、アルムだ。彼はこの結果に違和感を感じていた。いや、違和感しかない。
「おかしい、余りに弱い。」
そう、これがアルムが感じた違和感の正体。弱いのだ。洞穴の主が、あの悪食が、余りにも弱いのだ。アルムが放ったファイアランスは飽くまで牽制のためのもの。決めてでは無い。にも拘らず直に受け、剰え呆気なく絶命。ではあれが悪食では無かったのか。答えは否だ。洞穴の中に魔物の気配を感じなかった。つまり悪食は外に居る。そしてあの身体。キメラが森に何体も棲息しているという事は無い。だからあれは悪食。だからこそ違和感が拭えない。こうしてアルムが悶々としている今、彼の与り知らぬ所で事態は着々と悪化しているのだった。
アルムたちが悪食と交戦する前、近くの湧水池に水を汲みに行った3人の男が居た。彼らは池に辿り着き水を汲んだ。
「水の補給完了っと。」
「じゃあ、戻るか。」
「待て、何かいるぞ。」
彼らは魔物の気配を感じた。大きい。臨戦態勢に入る。敵の登場を待ち身構える3人。
「どっから来る?」
「近いぞ。」
「後ろだ!」
2人も後ろを振り返り、見た。異形の魔物。人喰い花の頭に筋肉質の胴体、棘のある腕、鉤爪、蜘蛛足。討伐対象のキメラ、悪食だ。
「撃て!ファイアアロー!」
「水弾!」
「ストーンボール!」
3人それぞれがそれぞれの魔術を撃つ。全弾命中。しかし悪食はビクともしない。初級魔術が効かないとみるや、3人は魔力を練り
「「「ファイアランス!」」」
一斉に力強い詠唱をし、三本の炎槍を悪食に叩き込む。
「グギャッ。」
悪食が嗤った。そんなの痛くも痒くもないと、それが貴様らの全力か、と嘲笑する。
「くそっ、効いてないぞ。」
「どうする?」
「撤退だ。アルムさんの元へ戻ってこの事を伝えるんだ。」
「よし、分かった。」
3人は逃げの手を打つ。初級魔術を乱射し悪食を足止めする。そして走る。全力で走る。ここを曲がれば皆の居る所に着く。そう思いそこを左に曲がる。果たしてそこには
「なんだよこれ。」
「何でお前。」
共に逃げてきたはずの仲間が1人、首無し死体となって、彼らの行く手を塞ぐようにして張られた蜘蛛の巣の中央に貼り付いていた。
「嘘だろ、なあ。」
「嘘も何もこいつは今ここに。」
居るじゃないか。言うまでもない事だが確認のために2人が顔を横へ向けると
悪食が居た。
「「うわああああっ!!」」
2人は捕食された。