第四話
第四話 冒険者ケント
剣人は冒険者登録すべくリアと冒険者ギルドにやって来た。早速魔力値測定を受けた剣人。果たして結果は18万。剣人は知らない。この数値が如何に桁外れであると。故に
「18万か。リア、これってどうなんだ。」
これを聞いたリアは信じられないとばかりに瞠目し
「ケント、今何て?私の聞き間違いかな、18万って聞こえたんだけど。」
「いやだからそう言ってるだろ。俺が訊きたいのはこの結果が良いのか悪いのかって事なんだ。」
リアは限界まで開いた瞳孔を更にこれでもかと開こうとする。今夜充血するぞ。でもって更に数歩後退る。これじゃまるで俺がヤバい奴みたいじゃないか。まあ、実際剣人はヤバい結果を叩き出したんだが。
「ねえ、この機械壊れてんじゃないの?」
遂にそんなことを言い出したリア。これに受付の女性も
「そう、かもしれませんね!」
何だその言い方は。希望が見えた、的な言い方じゃないか。女性は新たな魔力値測定器を持って来て
「ケントさん、すみませんが、もう一度お願いします。」
「はあ。」
二度目の測定。結果は。
「…18万。」
ギルド内が大騒ぎになる。
俺に向いていた様々な視線が畏怖と羨望、恐怖、やっぱり何故だか嫉妬、に変わる。嫉妬の視線は変わっていないが。
「ケント、貴方何者?」
「何者も何もその…人間。」
小学生みたいなこと言ったが仕様がないだろ。まさかここで異世界人であることをばらす訳にも行かないし。するとリアが諦めた様に言った。
「ホント何も知らないんだね。特別レッスン。冒険者になれる魔力値下限は1000。最低でも1000はないと戦闘は無理。冒険者は自己責任で戦うからね。でね、ケントの魔力値は信じられないけど、18万。これは相当、いやウルトラ凄い値だよ。何せSランク冒険者でも最高で7万、だとか。分かったでしょ。ケントがどれだけ異常か。」
受付の女性もギルド内の冒険者たちも皆うんうんと頷く。俺異常なのか。
「でもそれは凄いってことだろ。だったら。」
「そう、凄い、凄すぎるんだよ、ケント。だから帝国はケントを放っとかない。その才能は多分世界一。すぐさま宮廷魔導師の内定が決まるよ。エリートコースだね。」
嬉しいような寂しいような表情を浮かべるリア。
「うーん。官僚か。憧れはするけど、別にいいかな。俺は冒険者やるよ。」
「へえ、宝の持ち腐れっていうか、欲が無いっていうか。まあ、分かった。ケントが冒険者でいるって言うなら、私はそれでもいいと思う。」
「ありがとう、リア。」
「あの、ではそろそろ次の検査をしたいのですが。」
「そうでした。すみません、長々と。」
「いえ、天才が生まれたみたいで良かったです。」
「そんな、勿体無いです。」
次の検査は適性検査だ。因みに俺の適性は炎属性、土属性、雷属性、そして何故だか不明、だ。
「えっと、不明って何ですか?」
剣人は疑問を口にする。最後の不明って表示が謎だ。気になるのは当然だ。
「私にもよく分かりませんが、属性が体系化されていないもの、といったところでしょうか。」
「私も同感かな。」
「リアもか。まあ、俺異常みたいだし、驚かないけどさ。不明なんて言われたら気になるだろ。」
「それより雷属性に適性がある方が凄いよ。」
「ああ、レアとか言ってたな。」
「適性が無くても魔術は使えるけど、適性があった方が使いやすいの。修得もしやすいしね。」
「そうなのか。じゃあ俺も風属性の魔術は使えるんだな。」
「適性がある属性の魔術の方が上達しやすいけど、修練を重ねれば超級魔術も体得出来るはず。それだけ魔力値があるからね。」
「超級魔術って凄い魔術なんだよな。」
「個人で扱える最高位の魔術。他にも戦略級魔術とか儀式魔術もあるね。それらは10人以上で行う魔術。威力や効果が桁違いな分、個人じゃとても無理。」
「奥深いな。」
戦略級魔術は戦争などで使用するんだろう。儀式魔術はまあ、多分召喚の類だろう。そんなことを話しているうちに検査結果の受理が終わったようだ。
「検査は以上になります。ではライセンスを発行します。ライセンスに魔力を通して下さい。」
「はい。」
剣人はライセンスに魔力を通す。
「魔力は各々波長が異なるの。だからこれがなりすまし等の犯罪の防止に繋がるの。」
「よく出来てんな。」
「これで登録完了です。おめでとうございます。」
「はい。どうもありがとうございました。」
「ランクはEランクからになります。依頼を熟して行けばランクアップ出来ます。ランクによって受けられる依頼が決まっていますので、ご注意を。」
「はい。色々とありがとうございました。」
これで俺は晴れて冒険者の身だ。ずっとリアの家にお世話になってたから、これで出ていけるな。ちょっと寂しくもあるけど。
「じゃあ、一旦家に戻ろう。」
「そうだな。」
剣人はリアの提案に乗りリアの家に戻ることにした。2人がギルドを出ようとした時ギルドに居た1人の冒険者が2人にいや、剣人に絡んで来た。
「おい、そこのケント?とか言う奴。」
「…何ですか?」
「天才だか何だか知らねーが、調子乗んなよ。」
すごい言い掛かりだ。別に調子になんか乗ってないんだが。やっかみか。
「いや、何も調子に乗ってなんか。」
「ケント、無視して行こう。」
「てめぇ、もう仲良くなりやがって。許さねー。俺と勝負しろ。」
なるほど、そういうことか。確かにリアは可愛い。前から狙ってたって訳だ。やっかみじゃねーか。
「いや、でも俺もう帰りたいんで。」
「逃げるのか?おい、リア。そんな腰抜けの新米なんかよりよ、同じBランクの俺の方が隣に居るべきだろ。なあ、そう思うだろ。」
「確かに貴方の方がケントより強いでしょう、今は。」
「そいつが、俺より強くなるってんのか?魔力値18万だか何だか、そんなのは関係ねー。素質なんだよ、肝は。見るからに軟弱そうだぜ。現に逃げ腰だしよ。」
男は相当に俺を馬鹿にする。俺そんなに軟弱に見えるか。これでも剣道全国レベルだぞ。
「私が貴方を頼りに出来ないのは強さではありません。」
「ほう、じゃ何だって言うんだ。ああん?」
「自覚してないんですか?まあ、自覚してたらそこまで酷くはなりませんね。」
この男、一体何したんだ?周囲の感じから見るに、相当な嫌われ者らしいぞ。
「貴方の冒険者としての立ち居振る舞いが横暴も甚だしいからです。」
リアは毅然と言ってのけた。男の行いが悪かったようだ。相当に。
「冒険者ならどんな事でもしていい訳ではありません。」
「良いんだよ、俺はBランクだぞ。ランクが、強さが、それが冒険者の全てだろうが!」
男は吠えまくる。大声でがなり立てる。品性の無さが窺えるな。その癖、憖実力があるもんだから質が悪い。
「ケント、こんな奴相手にする必要ないよ。どうしても事を構える気なら、代わりに私が戦います。」
「おい、ケント、逃げるのか?逃げるんだな。腰抜けが。そりゃ宮廷魔導師蹴るぐらいだもんなあ。天は間違えたな。才能を与える奴を。てめぇは器じゃねえ。だがまあいい。見逃してやる。代わりに、その女の秘密をここで暴露するけどな。」
「…っ。」
リアの表情が強ばる。握り締めた拳が震えている。気にしていることがあるらしい。何て奴だ。俺は覚悟を決め
「分かった。その勝負受けて立つ。」
「いいねえ。それでこそ男ってもんだ。」
「ちょっ、馬鹿っ。」
「リアを苦しませる訳にはいかない。かなり格上みたいだがまあ、何とかしてみせる。」
「ケント、…ごめんね。」
涙声で謝るリア。それを見て、俺の中で何かが切れた。
「覚悟しろ!リアを泣かせたお前は絶対に許さねー!」
「そういや名乗ってなかったな。俺はゲイル。」
「行くぞゲイル。表へ出ろ。」
こうして剣人とゲイルの決闘が始まった。
「くそっ、強い。」
「フハッ、その程度か?やっぱ弱ええ。」
試合は一方的だった。開始すぐはゲイルは剣人に魔術を撃たせてくれていた。だがついぞ当たることは無く。ちゃんと身体強化をしているが数度掠っただけ。そして開始から5分が過ぎた頃、ゲイルの動きが変わった。そこからはもう、ワンサイドゲームだ。
「があっ。」
「はっ、ちゃんと避けろよ。焼け死ぬぞ。」
ゲイルの炎属性魔術が剣人の左腕を直撃。上腕部が爛れて引き攣る。痛い。尋常じゃなく痛い。
「もういい。もういいよ、ケント。お願いだから降参して。」
リアの悲痛な叫びが剣人の耳朶を打つ。でも
「出来るかよ、んな事。俺が負けたらばらされちまうんだろ?だったら答えはただ一つ。勝つことだ。」
そう言って軋む身体を奮い立たせる剣人。立ち上がりゲイルに向き直る。
「なあ、もう諦めろ。この結果は当然だろ。誰も文句は言わねー。じゃなきゃ死ぬぞ。」
言葉とは裏腹に剣人の身を全然案じていないことを証明するように攻撃の手を緩めないゲイル。
「ファイアアロー。」
「っ、ファイアアロー。」
同じ魔術で相殺を図る。しかし
「何っ。くっ。」
負けた。練度の違いと言うやつだ。剣人は右に跳んでこれを躱す。Bランク冒険者ともなると初級魔術でも威力が高い。言動は悪いが実力は本物だ。強い。だから他の誰も口を挟めないのだろう。前にリアから聞いた話によると、ここのギルドに居るBランク冒険者は3人だけだということだ。リアにゲイル。そしてもう1人。なるほど、驕慢さが輪をかけて酷くなったのも頷ける。
「俺の魔術じゃ倒せねー。どうしたら。」
「ははっ、死ねや!サンダー!」
「サンダーですって!駄目、ケント逃げて。」
雷属性中級魔術、サンダー。致死性のある強力な魔術。強力な電撃が剣人に肉薄する。これは拙い。当たったら死ぬ。だが躱すことが出来ない。防ぐしかない。その時、ふと声がした。
「鏡をイメージして下さい。」
「鏡をイメージ?ってかその声。」
どこかで聞いたことある。剣人の耳に残っていた声。女の声。
「まさか女神か!」
「はい、女神です。そんなことより早く鏡のイメージを。」
「鏡、反射か!」
剣人は鏡を脳内に浮かべ、それが明確に像を結び、叫んだ。
「リフレクション!」
サンダーの電撃が剣人に迫る。ゲイルは勝利を確信しほくそ笑む。リアは剣人の死を幻視し悲鳴を上げる。だが次の瞬間、何方の想像も裏切られる。
サンダーが剣人に直撃するかという時、剣人の前に鏡が出現した。
「何っ!」
ゲイルが驚異の目を見張る。
「嘘っ。」
リアは驚き半分、嬉しさ半分といった表情。他のギャラリーも剣人の起死回生に大騒ぎだ。それもそのはず。あの状況から、Eランク冒険者に向けて撃ってはいけないサンダーが放たれたあの状況から、Eランク冒険者に使えないはずの土属性光属性複合魔術、リフレクションを発動し、死の危機から脱したのだから。
「ケント、凄い!凄いよ。リフレクションなんて普通Eランクじゃ使えないよ。確かに魔力値は18万もあって適性属性も沢山あった。でもその中に光属性は無かった。なのにどうして。」
そう、そうなのだ。剣人の持つ適性は炎属性、土属性、雷属性、不明、だ。光属性は含まれていない。にも拘らず土属性光属性複合魔術、リフレクションを使ってのけた。これには剣人もびっくりだ。だが何となく、いやちゃんと分かっている。女神が手を貸した。答えはそれだ。適性が無くとも魔術は使える、そういうことだろう。
「あ、有り得ない。こんな事が、こんな事があって堪るかあああっ!」
ゲイルがキレた。再びサンダーを放って来る。
「何か今ので要領得たぞ。リフレクション。」
またも跳ね返す。ゲイル渾身のサンダーを。
「ふうううっ。ああ、前言を撤回するぜ。強いな、てめぇ。強い。だが、それだけだ。リフレクションが使える。ただそれだけ。問題ねー。俺の勝利は揺るがねー。喰らえ、プラズマレイ!」
それを聞いた瞬間、リアが、ギャラリーが、皆騒然とする。雷属性上級魔術、プラズマレイ。サンダーとは比べ物にならないほど強力な高熱の雷光線。ゲイルの全力。持てる限りの魔力を捻出し撃ち出した全身全霊の一撃。直撃すれば死は必至。そんな雷光線を剣人は
「リフレクション。」
不敵に、堂々と詠唱する。そしてプラズマレイがリフレクションに激突。拮抗すること10秒。そして、
「なっ、な、な何、ぐあああああっ!」
ズゴオオオオオンッ!
剣人のリフレクションがゲイルのプラズマレイを反射。跳ね返ったプラズマレイがゲイルに直撃。ゲイルは叫びを上げ 、
跡形もなく消し飛んだ。
「はあ、やったか。」
ぎゅっ。
「おわっ。」
「ケント、ケント、やったね。ホント凄い!ぐすっ、凄いよ。」
剣人に抱き着き泣きながら剣人の勝利を喜ぶリア。
「ああ、勝ったよ。逃げられたけど。」
「違うな、少年。ゲイルは死んだ。消し飛んだ。」
男の声が割り込み、剣人の見解を否定する。
「誰だ、あんた。」
「俺はハガル。ここの最後のBランクだ。」
3人目のBランク冒険者。これでBランク揃い踏みだ。
「おいおい、あれ。」
「ああ、冬将軍だな。」
「まじか、本物だ。」
「俺初めて見るぞ。」
ギャラリーから今俺の聞き間違いじゃなきゃ冬将軍って聞こえたぞ。
「リア、冬将軍って?」
「ハガルさんの二つ名のことだよ。」
「二つ名?二つ名って凄い人に付く異名だよな?彼そんな凄い冒険者なのか?」
「坊や、冬将軍知らないのか?有名だぞ。」
「氷属性のエキスパートだ。ハガルさんが通ると、真夏でも気温が氷点下にまで振り切れるとか何とか。そんな訳で冬将軍と呼ばれたんだ。」
まじか、真夏でも氷点下って何の冗談だ。そんな事より
「あの、えっと、ハガル、さん。」
「なんだい。」
「ゲイルさんが死んだって、確かなんですか?」
「俺の目を疑うのか?俺はあいつとは違い、Eランクに咬まれることは無いぞ。」
「いや、そのそれじゃあ俺は…」
「人殺しになった。そう言いたいんだな?」
「…」
「何、気にする事じゃねー。」
「でも。」
「冒険者は常に命懸け。生きるも死ぬも自己責任。自分から決闘仕掛けておいて、結局自分が死んだ。これを自己責任と呼ばねばなんと呼ぶ。違うか?」
「まあ、そうですが、でも殺した事に変わりありません。だからっ。」
「綺麗だな。昔の俺を思い出すぜ。あの頃は綺麗だった。汚れを知らない心は冒険者をやっていく上で精進の邪魔になる。さっさと捨てな。悪い事じゃねー。」
そう言い残して冬将軍ことハガルはギルド内に入って行った。
「ハガルさんの言う通りだよ。冒険者は命のやり取りをする。魔物相手にも人間相手にも。そこで一々殺生を後悔してたら身が持たないよ。だから何も気にしないで。安心して。誰もケントを責めないから。」
「ううっ。ありがとう、リア。」
リアが慰めてくれる。味方でいてくれる。それがこの上なく嬉しくて、俺は衆目も気にせず泣いた。リアの胸で泣いた。それをギャラリーは誰も剣人を素見すことなく暖かい目で見ていた。こうして剣人はEランクながらBランク冒険者を屠るという偉業を引っ提げ、冒険者に電撃でビューをしたのだった。