第十六話
第十六話 ウェネーシア西部大暴動
剣人とリアは依頼を完遂し冒険者ギルドに戻って来た。2人で受付に行き依頼完遂の報告をした。2人の報告に受付嬢は目を剥いた。
「ケ、ケントさんが一人でタイタンベアを撃破したですって!」
「声が大きいですよ。」
受付嬢が上げた素っ頓狂な声にギルドに居た冒険者たちの視線が一気に剣人に集まった。
「えっと、これは。」
「うん。面倒臭いやつだね。」
参ったな。こうなると注目されちゃうじゃないか。Dランク冒険者が一人でタイタンベアを倒したなんて大ニュース間違い無しだ。後が煩いだろうな。剣人が今後のことを憂えていると、受付嬢がライセンスを渡すよう言ってきた。
「すみません、ライセンスをお貸し下さい。」
「はい、分かりましたけど、何で?」
「ケントさんのランクアップです。」
「俺のランクアップですか。」
恐らくタイタンベアの単独撃破の事でだろう。ランクアップか。これでCランクだ。後一つランクアップすればBランク。リアに追いつくことが出来る。
「はい、これで完了です。おめでとうございます。ケントさんはCランク冒険者になりました。Cランク冒険者からは魔物の討伐の依頼がメインになります。他の街のギルドにも呼ばれることがあるので、今までよりかなり大変になります。人手が足りない時などにある事です。なのでご注意を。」
「分かりました。ありがとうございました。」
「Cランク昇格おめでとう。」
「ありがとう、リア。もう後一つでリアと同じBランクだ。」
「Bランク昇格はそんなに甘くないよ。随分無茶してゲットしたランクだから、別に私が天才だからって訳じゃないの。」
「それでも凄いじゃんか。」
「そうかな。私はケントの方が凄いと思うけどな。」
「俺は俺のことを天才だと思ったことは無いよ。魔術使えるようになったのもリアのレッスンのお陰だし。」
剣人とリアがそんな事を言い合っていると、1人の冒険者が剣人に声を掛けてきた。
「おい、ケント、俺と勝負しろ!」
デジャヴ。何かこんな様な事が冒険者登録した日にもあった気がする。あの時は断れない状況だったが今は違う。剣人は彼の挑戦を断ることにした。
「あの、今急いでるんでその挑戦はお断りします。すみません。」
剣人の丁寧な断りに
「てめえいい気になりやがって。」
その冒険者は逆上した。
「勝負を断るだと。舐めやがって。許さねー。」
「いや、何も舐めてなんか。」
「ケント、やれば。」
「でもリア。俺霊剣士だぞ。ここでバレたらまずい。でも魔術だけじゃそんな強くないぞ。」
「十分Cランクの実力持ってるよ、ケントは。」
「何コソコソ喋ってんだ。早くしろ!」
夕方にぎゃあぎゃあ騒ぐなんて礼儀がなっていない冒険者だ。そう思いつつ
「分かった。表へ出ろ。その挑戦受けて立つ。」
こうして剣人は二度目の決闘をすることになった。
「俺は剣人。お前は?」
ふてぶてしく名乗り問う。少しは強者の風格ってもんが出ただろうか。そんな事を考えて発言した。
「俺はトーガ。てめえと同じCランク冒険者だ。クソが。俺はCランクに上がるまでどんだけ掛かったと思ってやがんだ。」
理由までデジャヴ。まあ、大体察しは着いていたが。嫉妬なのだ。俺に嫉妬する要素が何処にあるんだ?魔力値か?魔術か?
「始めるぞ。」
冒険者、トーガがそう言うや否や、魔力を練り駆け出した。
「先手必勝。ファイアランス。」
3本のファイアランスが剣人に迫る。
「大分戦い慣れしたな。」
剣人は軽々避ける。避け様に剣人も同じくファイアランスを放つ。3本のファイアランスが同じ様にトーガに迫る。これをトーガは同じ様に軽々避ける。が、トーガが剣人のファイアランスを全て回避した直後、もう一本ファイアランスが飛んできた。これが剣人とトーガの実力差。トーガはただ3本のファイアランスを放っただけ。それに比べて剣人は3本のファイアランスを放ったコンマ1秒後、遅れてもう一本放っていた。遅延発動というスキルだ。本当は4本放っていたのだ。それを1本わざと遅らせることでタイミングをずらすことが出来る。しかも先に放ったファイアランスの死角になるように遅延発動したので、トーガは直接これを見ることが出来ない。よって回避は不可能。トーガは防御魔術を行使しこれを防いだ。そこへ追撃のサンダー。トーガは魔力運用で足を集中的に強化。何とかサンダーを躱してみせた。
「クソっ。こんなガキに。俺が弄ばれるなんて。」
息を切らし悪態を着くトーガ。
「結構やるじゃん。でももう終わりにしない?このまま続けてもトーガさんに勝ち目は無いよ。」
剣人のこの言葉にトーガは憤怒した。
「てめえなんかに俺の何が解る。舐めやがって。どこまでも舐め腐りやがって。殺してやる。殺してやるっ!」
そう喚き散らしてトーガは懐から何やら魔道具を取り出した。手榴弾みたいな物だな。剣人が呑気に見掛けからその魔道具を分析していると、リアや周りのギャラリーたちが騒がしくなった。
「どうした、リア?」
「どうしたもこうしたもその魔道具は危険よ。帝国の許可無しに使えないわ。って言うか持ってる事自体問題よ。」
「止めるぞ。」
「そうだな。」
ギャラリーたちが止めに入ろうとすると
「近寄るな!これを投げ付けられたいか!」
魔道具を武器にギャラリーにまで脅し付けたトーガ。リアやギャラリーの反応からあの魔道具のやばさがありありと伝わって来る。剣人は迷わず霊剣を顕現させ剣技を放った。
「霊炎斬。」
物凄いスピードで灼熱の刃を飛ばし
「おのれーっ!」
トーガは魔道具を剣人に向かって投げ付ける、ことが出来なかった。
「あぎゃー!」
トーガは自分の右手が斬り落とされたことに漸く気付いた。痛みに悶絶するトーガ。そんな彼をギャラリーたちは容赦無く取り押さえた。
「霊剣使っちゃったね。」
「ああ。」
剣人とリアは呑気にそんな感想を漏らしたのだった。ちなみにトーガは冒険者登録剥奪との処分が為された。あの魔道具は帝国軍が使用する魔道具で、一介の冒険者が手に入れられる物では無い。帝国に無断で所持していた場合、厳しい沙汰が下る。この決闘で剣人が見せた剣については奇跡的に不問となった。が、益々注目されるようには当然なったのだった。
帝都ウェネーシアでは近頃民衆派と皇帝派の対立が激しくなり、度々抗争が起こっている。民衆派は皇帝の平民を蔑み虐げる覇道政治を止めるべく粉骨砕身して来たが、皇帝派の皇帝支持により阻まれて来た。だが民衆派筆頭のレーアムン侯爵は皇帝に反旗を翻した旭日興国団と共闘協定を締結した。これによって民衆派は大いに勢いづき出した。旭日興国団という心強い用心棒を持ったのだからまあ、そうなるだろう。そんな中、その事を知った皇帝派の1人が皇帝にその事を報告しに帝城へ向かった。だが民衆派はこれを阻止するために刺客を差し向け、彼を暗殺した。この事件に皇帝派が憤怒。皇帝に報告するも証拠を掴めず不問に終わった。これに我慢出来なくなった皇帝派が遂に暴挙に出た。ウェネーシア西部チョーキ領領主、フルトン・ウェネーシア・チョーキ侯爵が
隣のクノ領に攻め入ったのだ。フルトン・ウェネーシア・チョーキ侯爵は先の事件で暗殺された皇帝派、コール・ウェネーシア・チョーキ侯爵の息子である。コールに刺客を差し向けたのはクノ領領主、ナイゼル・ウェネーシア・クノ侯爵だと踏んだフルトンは、クノ侯爵邸を襲撃。しかし、その時偶然侯爵邸に居合わせた旭日興国団のメンバーの援護も相俟って、クノ侯爵はチョーキ侯爵兵の撃退に成功した。クノ侯爵が襲撃された事は瞬く間に領民に伝播した。クノ侯爵は領民に人気のある領主で信頼も厚い。クノ領の領民たちは蜂起しチョーキ領に侵攻。これを受けてチョーキ領領主、フルトンはクノ領民を徹底的に抹殺。これにより帝都民は皇帝派に対する反感を強めた。この事件を皮切りにウェネーシア西部で領民が一斉蜂起。皇帝派王侯貴族の邸宅に攻め入った。皇帝派王侯貴族たちも徹底抗戦に打って出た。こうしてウェネーシア西部大暴動が始まったのだった。
その頃、旭日興国団のアジトでは緊急集会が行われていた。
「リーダー、今日の集会は何だ?」
ハガルの質問にリーダーのクリストフは粛々と答えた。
「ウェネーシア西部で民衆が一斉蜂起を起こし、大暴動が発生した。」
その事態を聞いて、興国団のメンバーは皆息を飲んだ。
「それで街の様子は?」
剣人が街の現状を問う。
「蜂起した民衆は皇帝派の屋敷を襲撃。皇帝派たちは防戦一方。鎮圧にはかなりの時間を要するだろう。」
「だが皇帝は黙っちゃいないだろ。暴動鎮圧に向けて兵を向けるだろう。」
ハガルのもっともな懸念にクリストフは
「問題はそこだ。帝国兵が来る前に作戦を実施する。帝国兵の参戦は面倒なのでな。」
「作戦ですか?」
リアが怪訝そうに問う。
「作戦内容は皇帝派の処分。この機に乗じて一掃する。」
「なるほど。でもそんな事したら皇帝にバレるんじゃないんですか?」
「問題無い。そろそろ皇帝を討ちたいところだ。丁度いい反乱だ。」
剣人の懸念にも問題無いと切り捨てた。
「早速出立だ。皇帝派共を叩き潰しに行くぞ。」
リーダー、クリストフの合図に応じ、威勢のいい声を上げて旭日興国団が動き出した。
チョーキ領領主、フルトン・ウェネーシア・チョーキは、屋敷に向かって攻め立てる領民たちに手をこまねいていた。
「何故だ?何故あんな虫けら共が魔術師なんて抱えてやがる?巫山戯るな!お前ら、あの魔術師を叩きのめせ!」
「承知。」
フルトンは領民の予想外の抵抗力に頭を抱えていた。こちらの兵は戦闘訓練も積んだ高練度の兵たち。向こうは手に武器を持っているだけの雑魚。そのはずなのに、異常に上手いのだ。異常なまでに練度が高い。狡猾な罠の張り方を心得ている。これはバックアップが居る。それは分かっている。分かっているが、一体誰だ。明らかに戦い慣れした軍師。そんな者が何故あんな虫けら共の味方をするのか。魔術師まで。フルトンは発狂しそうになるのを何とか堪え夕焼け空を仰いだ。鮮やかなオレンジ色の空は戦火に赤々と染まっていくのだった。
ケラフ領領主、ゴルノット・ウェネーシア・ケラフは魔術に秀でている。その為優勢であった。
「はっ。ぬるいわ。」
「ぐああっ。」
自ら戦場に立ち魔術戦を繰り広げていた。魔術師を中心とした小隊を編成し、ケラフ領民とクノ領民とトーグ領民の連合兵を圧倒していた。
「向こうにも魔術師がちらほら居るが、はっきり言って私の敵ではない。雑魚だ。ランクはDといったところか。ケラフは勝つ。私の勝利だ。」
相手との圧倒的な戦力差に早くも勝ち誇って声高に勝利宣言をするゴルノット。領民兵たちを次々に屠って行く。領民側の魔術師も1人、2人と落とされていく。
「ははは。勝利!」
ゴルノットが最後の一人に留めの一撃を見舞おうとした時、無数の氷針がゴルノットに降り注いだ。ゴルノットは慌てて防御魔術を展開し何とかこれを防いだ。
「何だ、この高練度の氷魔術は?誰だ?出て来い。」
「言われなくとも出て行きますとも。」
現れたのはハガルだ。
「覚悟しろ。ゲスが。」
そう吐き捨てハガルは氷弾を撃ち出す。
「覚悟するのは貴様の方だ。殺るぞ、お前ら。」
蟀谷に青筋を立て自分の魔術師たちを嗾けるゴルノット。1対5の魔術戦が幕を開けた。
イーダス領領主の屋敷。領主、ヤークトン・ウェネーシア・イーダスは息子のポルトに全てを投げ出し夜逃げした。退路は既に確保されておりそこを馬で駆け抜けるヤークトン。
イーダス領は小さい。その為力が無い。反乱でも起きればすぐさま制圧される。彼は自身が殺されるのを恐れ逃げ出したのだ。家も金も名誉も捨てて逃げ出した。まあ、金品は結構持ち出したが。彼には他の町に別荘があり、そこへ向かっているのだ。
「ふぅっ。ここまで来れば一安心だな。」
そう、息を吐いた束の間。
「逃げられるとでも思ってるのかしら?」
妖艶な女の声がヤークトンの耳朶を打った。
オスティン領は混沌の真っ只中にあった。領主、ムールタート・ウェネーシア・オスティンは屋敷に籠り反乱の鎮圧を待っていた。
「何故こんな事に?私が何をした?」
「ムールタート様、大変です!」
「何事だ?」
「領民兵の鎮圧は完了致しましたが、魔術師が、魔術師たちが攻めて来ました。」
「何だと!数は?」
「3人です。」
「ならば問題無い。こちらの魔術師は6人。倍だ。」
「それが劣勢ですから大変だと。」
「な、何と。」
ムールタートは床にへたり込んだのだった。旭日興国団が帝都に乗り込んだ。