第十五話
第十五話 霊剣士
剣人が土石流に呑まれた。その事実が信じられなくて、どうしても信じたくなくて、リアは茫然としてその場に立ち尽くした。剣人と過ごした日々が走馬灯の様に蘇る。魔物に襲われた剣人を助けた時の出会いから共に戦い抜いて来た今日までの日々。剣人の成長は凄まじいものだった。最初は
魔術一つ碌に扱えなかったのに、段々天才的な成長を見せ始め、今では逆に自分の方が助けられている。あの時感じた胸の内が温かくなったような気持ちは多分、恋、なのだろうか。涙が溢れて止まない。リアは地面にへたり込み、剣人の名前を力無く呼ぶ。
「ううっ、ケント。」
その時だった。心胆を寒からしめる超絶の力を感じたのは。すると土砂の下から何か叫び声の様なものが聞こえた。それは雄叫びだったのかもしれない。その声がした刹那、リアの目の前で土砂が噴き上がった。
「ひゃあっ!」
思わず素っ頓狂な声を上げてリアはその場から飛び退った。
「な、何?」
そこから現れたのは
「よっ、リア。」
「ケント?」
剣人だった。死んだはずの剣人が生きていた。しかも、何故か新たな力を引っ提げて帰って来た。嬉しかった。嬉しくてリアは剣人に抱き着いた。
「ケント、良かった。良かったよ。」
「俺は大丈夫だから、泣くな。」
その言葉に胸がジーンとなる。リアは剣人の胸に顔を埋め、力を感じた。あの超絶した力を。リアはばっと顔を上げ剣人に問うた。
「ねえ、ケント。」
「何だ、リア。」
「先から物凄い力を感じるんだけど。ケント、中で何があったの?」
真剣な表情で剣人の顔を見つめ、凄まじい不思議な力の正体を問うリア。これに剣人は口の端を吊り上げこう話した。
「実は俺霊剣士になった。」
「霊剣士?」
魔術剣士なら知っているが、霊剣士とは初耳だ。確かに前にガドロからトートル山には霊剣が眠っていると聞いたが、まさか剣人がそれを物にしたというのか。ガドロ曰く、霊剣とは特別な魔術剣のことらしい。魔術剣との違いは単純な力の差だけでは無く、霊剣が主人を選ぶということだ。魔術剣は魔術師個人が己の願いをどうしても叶えたいが故の無上のエゴイズムが生む想いの剣。想いが形になった剣。これに対し霊剣はそれ自体は既に存在していて世界の何処かに眠っている。更に霊剣には創造主の魂が宿っている。その魂が持つ想いと魔術師の想いが一致し、創造主がその魔術師が霊剣を託すに足る者であると見込んで、そしてその魔術師が霊剣と契約を交わして初めて霊剣士が誕生する。実は霊剣は昔の魔術剣士の魔術剣だ。魔術剣士が死ねば魔術剣は消滅する。しかし魔術剣士の想いが強過ぎて死んでも尚、魂を魔術剣に宿し、この世界に残留した。そして自分の想いを後世の魔術師に託した。そうして世界に遺った剣。それが霊剣なのだ。だから剣人は創造主の想いを受け継いだ二代目という訳だ。霊剣は魂の力が為す剣なので、リアが見たことの無い不思議な力だと形容するのは正しい。魔術では無いのだ。ちなみにこの力は霊力と言うのだが、今の剣人たちは知る由もない。その力の事を知るのはまだまだ先の話である。
剣人は土砂の下での出来事をリアに話した。
「なるほどね。ってまだ中々納得行かないけど、何か凄いね?」
「何だよその言い方。」
「だって実感湧かないんだもん。剣人がそんな凄い人になったなんて。」
「俺は自身でもそうだよ。特に変わった事は無いし、力があるだけ。凄い力なのは解るけど、どれだけ違うのかは分からないな。」
「まあ、実戦あるのみっていうことね。でもあの土砂崩れでタイタンベアは逃げちゃったし。今日は帰ろう。」
「そうだな。何か疲れたし。」
「じゃあ行こっ。」
剣人たちがトートル山を後にしようとしたその時、凄まじい咆哮が轟き、強力な魔物が近づいていることが分かった。
「あの咆哮はまさか!」
「まさかってタイタンベアか。」
そのまさかだった。逃げ出したはずのタイタンベアが何故か咆哮を上げ、剣人たちの方へ向かって来る。
「まじかよ。逃げたのに何でだ?」
「分からないけどごめん。私多少の援護ぐらいしか出来ない。」
「大丈夫だ。この霊剣で何とかしてみせる。霊剣士としての初陣だ。」
不敵に笑って剣人はタイタンベアを見据える。剣人の鋭い眼差しにタイタンベアも炯々たる眼光で剣人を睥睨する。互いに10数秒睨み合って
「来い、魂滅剣!」
剣人が裂帛の声音で魂滅剣を顕現させた。それを皮切りにタイタンベアが凶爪を振りかぶった。戦闘が幕を開けた。
タイタンベアの爪撃を身体強化魔術を施し、剣人は魂滅剣でがっちり受け止める。
「ははっ、すげーな。」
剣人自身も苦笑い。凄まじいパワーだ。これが霊剣の力だというのか。行ける。これならタイタンベアを倒せる。剣人は歯を剥いて挑戦的に笑う。掛かって来いと。タイタンベアは剣人のこの挑発に乗り、鋭利な凶爪に魔力を纏わせ、瞬間、タイタンベアの凶爪が鋼鉄化し、猛烈な風きり音を伴い剣人に振り下ろされる。剣人はこれを再度霊剣で受け止めるが、
「重いっ。」
ずんずん後ろへ押し戻される。身体強化を施しているが、駄目だ。霊剣の力と合わせてもこれだ。強い。これが討伐ランクAの魔物。そこへ容赦無く振り下ろされる凶爪に剣人は休む暇も無く剣を捌く。
「はあっ!」
気合いの一声で遂にタイタンベアの爪撃を打ち返した。大きく仰け反るタイタンベアに剣人は隙ありと懐へ飛び込み
「喰らえっ!」
一閃。タイタンベアを斬った。腹から血を噴き出し呻き苦しむタイタンベア。勝負は決したと思い剣人はタイタンベアから視線を切った。それが悪手だった。
「ケント、後ろ!」
「うん?」
タイタンベアは既に立ち上がっていて、鋼鉄の爪撃を繰り出していた。完全には躱せない。剣人は魂滅剣を爪撃に合わせるようにして盾にし、直撃を防いだ。しかしその威力は猛烈。剣人は勢い強く吹っ飛ばされた。樹木を何本か倒しながら飛び漸く止まった。
「がはっ。ぐっ。」
盛大に吐血する剣人。身体強化を施したとはいえあれだけの勢いで吹っ飛んだのだ。妥当だろう。
「くそー。いてて。腹斬ったのに死なないのかよ。堅いな。」
呼吸を整えて戦線復帰しようとタイタンベアが居る方を見据えたその時、
「リアっ!」
リアがタイタンベアに襲われている所を目撃した。身体中傷だらけで何とか致命傷だけは防いで耐えている。いつ致命傷を受けてもおかしくない状況。そんなリアを見て剣人は走り出した。これまでで最速の走り。魂に力が巡る。助けたい。その想い一つ。剣人は走りながら魂滅剣を振った。刀身に炎を纏わせて。
「霊炎斬!」
魂の力が灼熱の炎刃を生成し、タイタンベアに向かって放たれる。その時タイタンベアはリアに留めを刺さんと鋼鉄の爪を振り下ろし、動きを停めた。剣人の霊炎斬が飛んで来たからだ。透かさず爪に魔力を流し鋼鉄化していた爪を岩石化させ、飛来する炎刃を掻き消した。片腕を犠牲にして。
霊炎斬の炎は炎に強い状態にしたタイタンベアの爪を容易く燃やした。全力で魔力を流し何とかダメージを片腕だけに留めた。タイタンベアは怒り狂い剣人目掛けて走り出した。剣人は向かって来るタイタンベアを怒りの眼で睨みつけ
「覚悟しろ。」
そのまま勢いよくタイタンベアの懐に飛び込み、タイタンベアの土手っ腹に魂滅剣を突き刺した。そして土属性魔術を放った。
「ゴギャアアアーッ!」
タイタンベアの体内から岩の杭が突き出し、あまりの苦痛に悶絶し絶命した。これが剣人の霊剣士としての初勝利である。
「リア。」
「ケント。」
剣人はリアに急いで駆け寄る。怪我が酷い。致命傷は無いが、全身から出血している。
「ごめん。俺が気を抜いたからこんな事に。本当ごめん。」
「謝らないでよ。ケントの所為じゃ無いから。」
リアの怪我を自分の所為だと責める剣人にリアは気にしないでと言う。
「それでもあの時俺がタイタンベアに追撃を掛けていればこうはならなかった。俺が甘かった。」
苦々しく言う剣人。これを受けてリアはそっと剣人を抱き締める。
「優しいんだね、ケントは。」
リアのこの言動に剣人は目を見開く。
「リア?」
「あんまり自分を責めちゃダメだよ。私は大丈夫だから。」
「ありがとう、リア。」
剣人はそっと涙を零したのだった。
帝都ウェネーシアでは民衆派と皇帝派の抗争が激化していた。相手を貶めようと互いに足を引っ張り合い、遂に民衆派から皇帝を抹殺しようと考え出す者も出て来た。皇帝の平民蔑視は日に日にエスカレートしていき、最近では殺処分された者も居た。その上晒し首で。これに民衆派は遂に堪忍袋の緒が切れて、本格的に皇帝打倒の計画を立て始めた。だがそれには立場上無理がある。諦めるしかない。そんな時、ナバル侯爵からこんな事を聞いた。帝国兵のナバル領侵攻を阻止した魔術師集団が居ると。彼らはそれだけではなく、その他の悪事を働く貴族たちを成敗して回っているとか。民衆派はこれを利用しない手は無いと、その集団について調べた。そして遂に正体を掴んだ。旭日興国団という名の反逆団であることを。そういう訳で民衆派王侯貴族筆頭のアルヴィン・ウェネーシア・レーアムン侯爵は旭日興国団のアジトを訪れていた。
「これはこれは、民衆派王侯貴族であるレーアムン侯爵が何故ここに?」
「我々民衆派は皇帝を打倒する計画を立てたのです。しかしそれには無理がありました。そんな時でした。貴方たちのことを耳にしたのは。何でも貴方たちは帝国兵のナバル侯爵領侵攻を阻止したとか。しかも容易く。そればかりか、悪徳貴族たちを排して回っているとか。」
「よく調べていらっしゃる。それで要件は?」
「単刀直入に言います。私たちと皇帝を打倒しましょう。」
レーアムン侯爵はそう宣った。
「言われずとも初めからそのつもりだ。その為に我々は存在する。帝国を是正する為に立ち上がった。共闘ぐらい構いませんよ。むしろ歓迎しますよ。」
「本当か。」
「決まりだな。」
「何と心強い。では私たちは貴方たちに皇帝派の不穏な動きがあれば報告します。それに我々の方でも極力皇帝派の悪逆行為を止めます。それで宜しいかと。」
「十分。頼りにしてますぜ。」
こうして民衆派王侯貴族と旭日興国団の共闘協定がここに成された。