第十三話
第十三話 カブリ男爵家成敗
ルモワールの5領の1つにカブリ領というのが存在する。そこは長閑な田園風景が映える田舎の地方。麦畑や野菜農場が多く、そこで採れた作物はルモワールだけでなく帝都ウェネーシアの市場にも並んでいる。そんな町を統治しているのがオセイ・ルモワール・カブリ男爵。カブリ家は男爵位を持つ。ちなみにナバル家は侯爵だ。そんな彼オセイ・ルモワール・カブリ男爵には息子がいる。
名はリオット。次期当主になる日も近いと言われている。魔術の才能にも明るく、実力はBランク冒険者並。そんな稀代の天才との呼び声高く、とても期待されている息子だ。領民からの評判もとても良く、人気もある。どんな人にも闇はある。そんな言葉が存在するが、彼にもそれは当て嵌る。彼の闇。それは人殺し。リオット・ルモワール・カブリは人を殺すことに快楽を覚える。友達と遊んだり、家族と出掛けたり、そんな誰にでもある幸せを彼は持っていない。彼はそれを幸せと感じることは無い。感じられない。人を殺すことにしか、幸福を感じられない。楽しいと思えない。病気だ。異常者だ。だがそんな彼を肯定し、支えた者が居た。他でもない彼の父、オセイ・ルモワール・カブリだ。オセイは殺人癖のある息子でも愛し、肯定し、支え続けた。だからもう止まらない。誰もリオットを止められない。今日もまた一人、領民が死んでいく。
剣人とリアは旭日興国団のアジトに来ていた。今日は木曜日、集会日だ。全員集まったところでリーダーのクリストフが話し出す。
「報告を聴こう。何か情報を掴んだ者は居るか?」
すると珍しくリアが情報を伝えた。
「あの、風の噂程度なんですけど、ルモワールのカブリ領のオセイ・ルモワール・カブリ男爵の息子のリオットという人が大量殺人を行っていると聞きました。」
「そうか。これは黒だな。ありがとう。」
「黒、とは。」
「前々から怪しいと踏んで調査をしていた。だが中々白黒付かなくてな、業を煮やしていたところだ。」
「そうだったんですか。」
「にしてもルモワールで大量殺人があったなんて怖えー。」
剣人の素直な感想。身近な所で殺人事件があったら素直に怖い。誰しもの感情だろう。
「とは言え、まだ確定してはいない。調査を続ける。」
「俺が担当しよう。」
この調査に名乗り出たのはジェイだ。
「他に何も無ければ以上とする。」
「そうそう、帝都南部のナバル領がさ、一部をハイクラッド侯爵に割譲したってさ。」
「南部3領は流石に荷が重いか。妥当だな。」
「ハイクラッド侯爵って誰なんですか?」
「民衆派の一侯爵家だ。ナバル家とハイクラッド家は仲が良くてな、これは民衆派が皇帝派を破ることが出来るかもしれんな。」
「そうなんですね。」
剣人はこの話に少し嬉しく思った。民衆派が優勢になりつつある。喜ばしい事だ。
「これで解散とする。」
今日の集会はこれでお開きとなった。剣人とリアはルモワールに戻った。
夜。カブリ領。領主オセイ・ルモワール・カブリの屋敷にて。
「や、止めてくれ。殺さないでくれ。」
「良いねえ、その顔。その命乞い。ゾクゾクするよ。」
「頼む、命だけは取らないでくれ。」
「…やだ。だってこんなに楽しいんだもん。君もそうだろう?楽しい事は止められないだろう?」
「妻が、子供を産んだんだ。俺が死んだら女手一つで育てていかなきゃならなくなる。分かるだろ。なあっ!」
「ちっ。そういうのは要らないんだ。僕が欲しいのは恐怖に泣き叫ぶ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった、感情剥き出しのあの顔。さあ、早くしないと、痛いよ。」
男、リオット・ルモワール・カブリの狂気の顔が男性を覗く。男性は堪らず叫んだ。
「助けてくれー!」
「ははは、良い!良いよ君!それだよそれ。その顔だーっ!」
リオットはナイフで男性の全身を切り刻む。痛みに泣き叫ぶ男性。それに興奮し更に切り刻んでいく。狂気。悪魔がそこに居た。
「これはこれは。殺り甲斐があるってもんだ。」
闇からこれを覗き見ていたジェイは口の端を釣り上げ再び闇の中へ消えて行った。
翌日剣人は旭日興国団のアジトがあるトートル山を訪れていた。この山には霊剣があるということをガドロから聞いていたためだ。
「そんなこと言ってたけど、一体何処にあるんだよ。」
中々霊剣を見つけられない剣人。山深くまで踏み入ったが、全然霊剣の在処らしい場所は無い。もっと深くまで行かなければならないのか。それを考えると流石にこのままでは不可能だ。トートル山は魔物の巣窟。
山深くになるほど棲息している魔物は強力なものになる。ここまで来るのにも相当苦労したものだ。剣人はまだDランク。Cランク相当の実力が必要とされる魔物ばかりを倒してここまで来た。この先はBランク相当の実力が必要とされる魔物がわんさか居る。このまま無策で踏み入るのは無謀というものだ。
「収穫無しか。」
残念そうに呟いて、剣人は来た道を引き返した。
山道を引き返す剣人。すると行きでは見落としていたのだろうか、初めて見る洞穴を見つけた。
「こんな所に洞穴なんてあったか?」
訝りつつも剣人は足を踏み入れる。中は広かった。天井も高く、壁面には、何やら古代人の伝説を描いた様な壁画が描かれていた。
「何か如何にもって感じだな、ここ。」
半ばワクワクしながら中を進む剣人。3分程歩いただろうか。遂に行き止まりに当たった。ここがこの洞穴の最奥部だろう。果たしてそこには、何も置かれていない台座があった。
「これは!」
途轍もない力を感じる。その台座の周りだけ洞穴とは空間を隔てたかのように、明らかに違う、全くの別世界の雰囲気を醸し出していた。
「まだその時では無い。」
不意に魂に語りかけるような声がした。
「誰だ?」
「待っているぞ。」
まただ。
「だから誰なんだ?」
剣人の問に声の主は答えることは無かった。
夕方、剣人は漸く家に着いた。すると、中から迎え出てきたのはリア、ではなく
「ジェイさん?」
ジェイだった。
ジェイは昨晩、カブリ男爵邸に忍び込んだ。そこで彼はカブリ領領主オセイ・ルモワール・カブリ男爵の息子リオットが男性を猟奇的に殺す所を目撃した。そして今夜粛正に征くつもりだ。ということを剣人は今ジェイから聞いた。
「それで俺たちを連れて行くと。」
「そういうことだ。」
「許せませんね。早く止めないと。」
「今夜出征するぞ。」
「分かりました。奴を止めましょう。」
「今日は殺しても構いませんね。」
「リア、お前そんなキャラだったか?」
リアの野蛮な発言に驚いた剣人はそんな事を訊いた。
「だって人殺しが趣味とか病気じゃん。死んだ方がみんなの為になるよ。」
「いつになくストイックだな。でも分かるけどな。」
「決まりだな。夕方出発だ。」
こうして剣人たち3人はカブリ家を粛正することとなった。
夕方、剣人たち3人が出発した頃、オセイの執務室。
「今日もまたやるのか。」
「当然じゃないか。いい玩具が手に入ったんだ。遊ばないと、ねぇ。」
狂気的な嗤いを浮かべるリオット。
これに父オセイは額に手を当て
「仕方ないな。」
そう言って狂気の表情を浮かべるリオットを愛おしそうに見つめるのだった。
地下室。殺人部屋。
「やめて。やーだー。」
「良いねえ、それそれ。」
女の子だ。歳はまだ10歳ぐらいの幼い少女。リオットの今日の玩具だ。
「痛い!痛いよ。ママー。」
足を切りつけられた痛みに泣きながら母親の名を叫ぶ。小さい子によくあるあれだ。これにリオットは興奮し、更に更にと女の子を傷つけて行く。
「ははは、もっと叫んでよ。もっと聞きたいんだ。君の泣き叫ぶ声が堪らなく良い!」
これに女の子は声も出なくなった。
「あーあ。ダメじゃないか。黙っちゃ楽しめないだろ。あぁん。」
リオットが機嫌を悪くし、黙ってしまった女の子にがなり立てる。
「オラッ!泣けよ叫べよ、愚図がっ!泣き喚いてりゃそれでいいんだよ君はっ!」
「あうっ。ううっ。」
「そうだ。泣くんだ。さあ、さあ、さあっ!」
リオットが見せた狂気に歪んだ顔。それが決め手となり、遂に女の子が泣いた。
「うあーん、ママー。マーマー。」
「ヒャッハッ。ははっ。はーっはー。最高だーっ!」
リオットのリオットによるリオットの為の嬲り殺しが幕を開けた。
リオットが女の子を嬲り始めた頃、剣人たち3人はカブリ男爵と対峙していた。
「おい、オセイ・ルモワール・カブリ。てめえんとこの息子。確かリオットだったか。そいつを出しな。」
「何をする気だ?」
「はっ、分かり切ったことを。」
「行かせん。息子の所へは行かせんぞ。」
「どうしても邪魔する気だな。仕方ねえ。てめえも死んでもらおうか。」
「貴様らは私が止める。」
「おい、ケント、リア。先に行け。リオットを殺れ。」
「はい。」
「お任せを。」
「くっ、させんっ!水弾!」
水弾が剣人とリア目掛けて飛来する。が、闇の球がこれを打ち消す。
「てめえの相手は俺だ。」
ジェイは更に闇夜球を10個飛ばす。
これを水弾で打ち消す、ことが出来なかった。
「ぐぬう。」
「練度の差ってやつだ。最初のは適当に撃ったからな。」
「うう、小癪な。ファイアランス。」
「良いねえ!先のより幾分かマシだな。」
迫り来る5本の炎槍を10個の闇夜球が叩き落とす。残った球がオセイを襲う。
「がはっ。」
全てを躱すことは出来ず、下腹部を抉られたオセイ。傷は深く内臓の損傷も見受けられる。このままでは間違いなく死ぬ。
「オセイ・ルモワール・カブリ男爵。てめえは息子の悪癖を知って黙認していた。息子の所業に気が触れた奥さんは自殺。てめえは妻を殺した様なもんだ。それだけじゃなえ。息子をサポートしてきたせいで何人もの領民が死んだ。てめえそれでも人の親か!子供が馬鹿やらかしたからには、責任取るのが親の務めだろうが!」
「あんな子でもな、可愛いんだ。私は息子が愛おしいんだ。だから止められなかった。それがリオットの幸せなら、それを支えてやろうと。そう思った。そうすることしか出来なかった。」
苦々しく心中を吐露するオセイ。
「仲良く死にな。闇夜刀。」
オセイの苦しみを鼻で笑って、ジェイは闇の刀剣を抜き放った。ぼとり。オセイの首が斬り落とされた。
「はあ、楽しかったな。今夜もぐっすり眠れそうだよ。」
地下室。リオットは女の子を殺した。身体中を切りつけ、耳、鼻、口と順に削ぎ落とし殺害した。リオットは至福の時間の真っ只中に居た。あの感触を思い出し悦に入る。そんな悪魔の愉悦に水を差す者が2人。
「ぐっすり眠れるですって?それは叶わないわ。」
「何者だ?」
「貴方を成敗しに来た。今までの罪。その命で贖って貰う。」
剣人とリアの声が夜の地下室に響き渡る。
「君たちも殺してあげるよ。へへっ。」
正気の沙汰じゃない。薬物中毒者の様な歪んだ笑みを浮かべ、リオットは剣人とリアに近づく。
「さあ、楽しい時間の幕開けだーっ!」
「そんな時間はもう来ないわ。ファイアランス。」
リアの今までで一度も聞いたことの無い低い声で、ファイアランスが発射された。
「げふっ。」
リオットの極限まで醜く歪んだ顔が
更に歪む。今度は痛みで。
「魔術師だと。ふふっ。ふはははははっ。今夜は本当に最高の夜だよ。こんなに可愛い玩具を壊せるなんて。幸運。幸福。僥倖。言葉じゃ言い尽くせないよ。兎に角、まあ、その、…最っ高だーっ!」
狂人の狂喜乱舞。何をどうすればここまで狂いに狂いまくれるのか?限界まで拗らせた狂気の容貌がリアを捉える。
「キモっ、まじキモイんですけど。眼が腐るからさっさと殺しますね。」
笑顔でそう言い、ファイアランスを立て続けに10、15と射出する。これをリオットは風の刃で迎え撃つ。
「凄い。凄いよ君!こんなに強い人と戦うのは初めてだよ!」
興奮しているのか語調が強い。リオットは更なる魔術を放つ。
「ストームエッジ。」
「タイダルストーム。」
風属性中級応用魔術と水属性上級魔術がぶつかる。凄い迫力だ。余波が剣人を強く煽る。
「くっ。これは強い。リオットは強いぞ。」
「分かってる。でも大丈夫。私が殺る。」
「殺るのは僕の方だよ。アイスバレット。」
「ファイアランス。」
氷の弾丸を炎の槍で消し飛ばす。だが数は向こうの方が多く、全てを消し切れなかった。
「ぐあっ。」
「リアっ!」
「ははあっ!今のグッド。グッドだよー。」
リアに弾丸が命中。腕と腹を抉られたリアは苦しそうに詠唱する。
「はあっ、はあっ、水蛇。」
「終わりだよ。アイスバレット。」
アイスバレットが水蛇を消散させ、リアを襲う。ここでリアは防御魔術を展開。アイスバレットを受け止める。
「もういっちょ!」
今度のは防ぎ切れない。リアは被弾した。
「うああっ。」
氷弾を全身に浴び、赤々とした血がリアの身体を覆い尽くす。
「リアーっ!」
堪らず剣人は駆け出した。
「大丈夫か?おい、大丈夫か?」
「ケント、前。」
リアに駆け寄った剣人に氷弾が集中する。
「今度は君だーっ!」
歪んだ顔が剣人を捉える。眼が血走っている。いよいよ終わりだな。そんな事を考えていられる程に剣人は落ち着いていた。冷静にアイスバレットを分析し回避する。これにリオットは
「何だとっ!僕のアイスバレットを回避しただとっ!」
「もう許さねー。お前はもう許さねーっ!」
剣人の身体から炎が吹き出し、空中高くで渦を巻いた。剣人の怒りが具現化し、火炎旋風となったかのよう。豪炎の竜巻がアイスバレットごとリオットを呑み込む。
「ぐうああぁぁーっ。」
「ケント、凄い。」
愛おしい物を見るようにリアはそう呟いたのだった。
炎が晴れた。果たしてそこには、黒々と焼け焦げた1本の腕と、リオットが着けていた装飾品が、原型を留めてはいないが、辛うじて残っているだけだった。リオットはあの剣人の火炎旋風で焼け死んだのだ。リアは剣人の覚えたての治癒魔術を受け一命を取り留めたが、独りで歩けるまでには回復しておらず、剣人の肩を借り、ジェイと合流した。
「何とか終わりました。」
「すみません、抜かりました。」
「リオット相手によく立ち回った。あいつは性格は最悪だが、魔術の腕は光るものがあった。」
「はい、強かったです。ケントが居てくれて良かった。」
そう言って目を潤ませたリアに、剣人は反射的に彼女の頭を撫でた。
「ケント?」
「リアが無事で良かったよ。もし死なれたらと思ったら、居ても堪らなくなって憤慨した。そしたら。」
「火炎旋風を起こした。ケントってやっぱ天才なのかもね。」
「取り敢えず、怪我の手当だな。ケント、リアをそこへ寝かせろ。」
「あ、はい。」
「治癒魔術ぐらいは使えるぞ。」
「お願いします。」
ジェイがリアの身体に手を当てる。するとみるみるうちに傷が塞がっていく。
「凄い。こんなに早く。」
「戦場では早く治して戦線復帰。鉄則だ。」
「ありがとうございます。すっかり善くなりました。」
「良かった。」
「ケント。」
「さあ、ずらかるぞ。」
こうしてカブリ男爵家は成敗された。剣人たちは何だかすっきりして、意気揚々と帰路へ着いたのだった。