第十一話
第十一話 血染めの宴
剣人とリアは馬車に乗っている。帝都に行くためだ。リアに殺害予告が送り付けられた。来週の火曜日にリアを殺すと言われた。殺されないためにはリアの元父親であるダリス・ウェネーシア・ファーブルのアーティファクトを犯人に渡さなければならない。更に犯人によるとリアの母ミレーナを殺害した犯人はダリスだと言う。事の真偽を確かめるために剣人とリアは帝都へ向かっているのだ。
「ケント、見えたわ。あれが帝都ウェネーシアよ。」
「おお、でかいな。遠くからでも全容が見渡せないな。」
帝都ウェネーシア。ギルファンゼールス帝国の帝都だ。話には聞いていたが相当な広大さだ。当然人口が多い。貴族も沢山居を構えていて、貴族街という区画に住んでいる。東には王城が存在していてそこに皇帝陛下がいらっしゃる。市場はルモワールとは比べ物にならないほど大きく様々な商品が並んでいる。西には海があってそこで採れた海産物を食べられる店が多い。
「到着致しましたよ。」
帝都に着いたようだ。剣人とリアは馬車を走らせた御者に一言礼を言い、帝都ウェネーシアに入って行った。
「ホント綺麗な街並みだな。流石都会。スケールが違うな。」
「これを見ちゃったらルモワールが田舎に見えるかもしれないけど、あそこも街よ。ギルファンゼールス帝国の中都市って言われるし。」
「腹減ったな。何か軽食でも食うか。」
「お昼が早かったからね。そうね。ドーナット何でどう?」
「ドーナット?何か聞いたことあるような。」
「丸いお菓子よ。真ん中に穴が空いてるの。色んな味があって。」
「ああ、ドーナツか。」
剣人は合点する。カルディアルには地球と似通っている点が多い。食文化とか。これは剣人にとって大変喜ばしい事だ。食べ物が合わないなんて事になったら大変だ。生きて行けなくなる。そんな事を考えていると
「行こっか。」
リアに促されドーナットを買いに行く。2人はいちごチョコのドーナットを買って食べた。甘くて美味しかった。地球のドーナツと何ら変わりは無かった。これは良いな。また食べたいな。そんな事を思う剣人だった。
剣人とリアは帝都を南に進む。ファーブル邸は帝都の南方に建っている。代々ファーブル家は帝都ウェネーシアの南方を治めてきた、王家に仕える由緒正しき家系だ。
「もうちょっとで着くからね。」
「結構遠いんだな。」
「南だからね。」
2人は結構歩いた。もうすぐ1時間が経過する頃だろうか。ファーブル邸に着く頃は恐らくクタクタになっているだろう。剣人は切実にそう思う。そしてそれから10分ぐらい経った頃。何やら立派な門を構えた豪奢な屋敷が剣人の目に入った。
「着いたわ。ここがファーブル邸よ。」
その言葉に安堵する剣人。これで違うと言われたらもう歩けないところだった。足を鍛えておくべきだな。するとリアが門番に近寄って行き何か話している。
「OK。入れるよ。」
リアがそう言うや否や門番が門を開けてくれた。精緻な技巧を凝らした芸術的な門扉が開き、ファーブル邸の広大な庭園が明らかになる。
「顔パスか。」
「そうじゃないよ。家紋の入ったバッジを付けてるから事前のアポ無しでも許可されたの。」
「そんなバッジがあったのか。娘なのに面倒なことさせるんだな。」
剣人は率直な感想を口にする。縁を切ったとは言え実の娘だ。許可証みたいな物を持たせるなんてこれではまるで他人じゃないか。そう心の中で独りごちていると
「行くよ。」
リアが先を促した。
「広い庭だな。噴水とかあるし。綺麗な庭だ。」
「そりゃちゃんと手入れされてるわよ。貴族なんだから。庭が汚いと馬鹿にされて見下されちゃうの。特に王家に仕える王侯貴族だしね。」
「これだけ広いと大変だろうな。」
「だから庭係には感謝してたわ。私の好きな花とかは優先して植えてくれてたし。」
「使用人からも愛されてたんだな。」
そう言って剣人が微笑むとリアが照れ臭そうにそっぽを向いた。そんなこんなで玄関まで向かった。すると玄関のドアが開き、中からパリパリのスーツを着こなし、髭を蓄えた初老の男性が姿を現した。
「リア様、そして。」
「剣人です。」
「これは失礼致しました。リア様、ケント様、ようこそおいでなさいました。私ビルスと申します。以後お見知り置きを。歓迎致します。どうぞこちらへ。」
丁寧な物腰で接待するビルスと名乗った男性。恐らくは執事だろう。ビルスに案内されファーブル邸に剣人とリアは入った。邸宅内は豪華絢爛。天井にあるシャンデリアが廊下を照らしている。床には赤いカーペットが敷かれていて、如何にも豪邸って感じだ。壁には立派な絵画が飾られている。廊下を歩いていると既視感を覚える絵画に剣人は目を留めた。
「この絵何処かで見たことある様な。」
「どうかしたの。」
「いやさ、この絵なんだけど、地球の歴史的絵画みたいなんだよね。」
あれは確かナポレオンの戴冠式だったか。この絵も王様の戴冠式を描いた絵だ。
「こちらの絵画は先代の皇帝陛下の戴冠式を描いた作品です。現当主ダリス様が現皇帝陛下から譲り受けられた物です。」
「皇帝陛下から譲られたなんて、ダリスさんって偉い人なんですか?」
「いえいえ。ここウェネーシアに領地を持つ貴族の方々は皆、代々王家に仕えてきた由緒正しい王侯貴族なのですよ。」
なるほど、王侯貴族か。王侯貴族ともなると、娘を冒険者にさせるなんて事とても出来ないな。だからって離婚は無いと思うが。そんなこんなで廊下を更に進む。すると右手に二つドアが見えた。ビルスが歩みを止めて言った。
「これから囁かな食事の宴が用意されてございます。宴の席でダリス様が既にお待ちです。そのままの格好というのも私は別に宜しいのですが、何分ダリス様が高貴な体験をさせてあげたいという訳でして。お召替えを。」
着替えだ。宴で着る服だ。上品な物が用意されてるんだろうな。何だか緊張する。
「ケント、リラックス。じゃあ後でね。」
「ああ、後で。」
リアが心中を察しリラックスするよう言って着替えに行った。剣人もそれに倣い着替え部屋に入った。
剣人は割とすんなり着替え終わった。部屋を出るとビルスが1人佇んでいた。リアはまだ着替え中のようだ。ただずっと黙っているのも気まずいので、ビルスと何か話をしようと話しかけようとした時、丁度ビルスが剣人に話し掛けてきた。
「ケント様はリア様と大変仲が宜しい様で。」
「はい、ルモワールに来てからずっと良くして貰ってたので、仲は良くなりました。」
「ケント様と一緒に居る時のリア様はとても幸せそうです。ここにいらっしゃった時にはあそこまでの顔は見られませんでした。」
そうなのか。なんか嬉しいな。剣人が照れ臭そうに下を向いたそんな時、リアの着替え部屋のドアが開き、薄いピンクのドレス姿のリアが姿を見せた。
「綺麗だ。」
素直な感想が口を突いて出た。これにリアも
「中々似合ってるよ。ちょっと格好良いかも。」
と言って剣人のスーツ姿を褒める。
女の子に褒められるって嬉しいものだな。この微笑ましい2人の会話を聞いて嬉しそうに微笑みかけるビルス。そして
「ケント様。リア様をどうかよろしくお願いします。」
そんなことを言った。
「はっ、え、ちょ。」
「ちょっとビルス、何言ってるのよ!」
急にそんなことを言われ困惑した剣人。リアは顔を真っ赤にしてビルスの胸をポカポカ叩いている。何を言うんだこの執事は。それは普通父親が言うセリフだ。
「では参りましょう。」
自分が作ったこのムードにもどこ吹く風で会場を案内し出すビルス。全く堂々とした執事だ事。実直にそう思う剣人だった。
「こちらになります。」
ビルスが歩を止めて素晴らしい装飾が施されたドアを開ける。
「おおっ。すっげー。」
会場内は豪華絢爛。幾つものシャンデリアが煌々と場内を照らし出している。赤と金を基調としているためか、より煌びやかに見受けられる。
中央に長大なテーブルが設えられていて、奥の席に豪奢な服装の男性が座っている。恐らく彼がリアの元父親であるダリス・ウェネーシア・ファーブルだろう。2人を認めるとダリスは席に座るよう手招きして来た。
「座ろっか。」
「そうだな。」
2人は宴の席に着いた。リアと対面する形だ。
「ようこそ2人とも。私はダリス・ウェネーシア・ファーブル。帝都ウェネーシア南方を治める八代目ファーブル家当主だ。今宵はこの宴を是非楽しんでくれ。」
ダリスの言葉に宴が幕を開けた。
剣人は食事をガッツリ楽しんでいた。高級料理は初めてなので、テンションは爆上がりだ。上品な美味さに舌鼓を打つ。
「うんめー。あっ…すみません。」
ついはしたなく叫んでしまった。気を悪くさせたか。
「はは、元気でいいなあ。男の子なんだからもっとはしゃぐと思っていたが、割と大人しいな。それも良い事だ。」
上機嫌なダリス。一方リアは
「お久し振りです。ファーブル様。」
「もう昔の様にお父様とは呼んではくれぬか。」
どこか余所余所しい態度のリア。まあ、そうなるわな。
「それも当然。私が悪いのだ。リアが冒険者になると言った時、私は断固反対した。ミレーナも反対すると思っていたから、賛成した時には驚いた。同時に怒りが込み上げて来た。そして口論になり果てに離婚した。何と愚かだった事か。後になって後悔した。だがそれももう遅い。ミレーナは死んだ。」
昔を懐かしむ様な表情を浮かべたダリス。ミレーナとリアの居た頃を思い出しているのだろうか。そんな時剣人にふと疑問が湧いた。何故ダリスは今日2人が来ることを知っていたかのように食事の宴を開いたのか。リアによると事前連絡は無かったはずだ。一体何故?剣人は訊いてみることにした。
「すみません。つかぬ事をお聞きしますが、俺たちが今日ここに来ることを知っていたのですか?」
剣人の質問にリアははっとして目を剥いた。失念していた様だ。これにダリスは
「目の付け所が良い男だな。気に入ったよ。2人が今日ここに来ることは知っていた。」
「何故ですか。」
「昼間に報せが届いてな。リアが少年を連れてここを訪れると書いてあった。」
「その手紙は誰からの物ですか。」
「門番が言うには黒いフードを目深に被った男だったそうだ。」
やっぱりあいつか。
「実は私その男から殺害予告を送り付けられました。」
「何と!」
ダリスが驚愕に目を剥く。
「殺されたくなければファーブル様のアーティファクトを渡せとも言われました。」
「なるほど、それでここを訪れたのだな。随分急な来訪だと思ったが、そんな事が。リア、暫くここに居ないか。ここなら守ってあげられる。」
「いえ、私なら大丈夫です。これでもBランク冒険者なので。」
「Bランクとはまた。はは、逞しくなったものだな。」
それには同感だな。確かにリアは逞しい。と、ここでリアが本題を切り出す。
「あの、ファーブル様。」
「何だい、リア。」
「お母様の殺害事件の犯人。それが貴方だと黒のフードの男が言っていましたが、それは本当なのですか?」
半ば震える声で尋ねるリア。ダリスは少しの逡巡の後、質問に答えた。
「ミレーナを殺したのは私ではない。」
それを聞いてほっと安堵した。リアは目尻に涙を浮かべていた。そんな時、
「白を切るのか、このクソ領主が。」
男の声がした。あの声、まさか。そしてドアを突き破り現れたのは
「お前は!」
そのまさかだった。声の主はリアに殺害予告を送り付けた黒のフードの男だ。乗り込んで来るとは思わなかった。俺たちが来ること無かったじゃんか。
「いきなり乗り込んで来るとは無礼な男だ。」
ダリスは立ち上がり戦闘の構えを取る。
「アーティファクトは使わんのか。言っておくが、俺は強いぞ。」
「傲慢極まりないな。ではさぞかし大した実力なのだろうな。水弾。」
ダリスが先制する。撃ったのは水属性初級魔術、水弾。俺には水属性に対する適性が無いから練習してないが、リアはよく使うらしい。対して向こうは
「はっ、初級魔術の単射とは芸が無いな。」
軽々と水弾を躱す男。
「ダリスさんよぉ、魔術あんま使えない癖に意地張んなよ。戦いは自分の得意な戦法で戦うもんだ。実は俺闇属性魔術しか使えねーんだ。だから、闇夜球。」
男が初めて魔術を撃った。だが初めて聞く魔術だ。闇属性自体使い手が少ない属性だ。リアも知らないようだ。
「くっ。護れ。」
ダリスは魔術障壁を張った。迫り来る3つの闇の球に堪らず防御魔術による防御を選択。あの球かなりの練度だ。やはり強い。
「おのれ、護衛は何をやっている。」
主人のピンチに駆けつけて来ない護衛兵に苛立ちを見せたダリス。
「はあ、あんた独りで戦えないのか。」
呆れた様に言う男。
「護衛なら死んだぞ。全員な。」
護衛を全員やっただと。まじかこの男。
「信じられんな。全員殺したにしては静か過ぎる。」
「はっ、何も分かっちゃいねーな。リアは気付いたみたいだな。」
「ええ、闇属性の使い手なら可能でしょう。隠密性、静謐性に優れている属性よ、闇属性は。それに相当な手練よ。大勢相手でも暗殺出来るわ。」
「そうなのか。」
「おのれ、貴様っ!ビルス、颱風杖を。」
「ここに。」
ダリスは颱風杖をビルスから受け取る。あれがアーティファクトだろうか。
「遂にお出ましだな。」
「目に物見せてくれる。」
「闇夜球。」
「穿て。」
同時に技を放つ。男は魔術を撃つと共に居た場所を動いた。するとそこの空気が球状に抉れた。
「「なっ!」」
剣人とリアが同時に驚愕する。速い。発動が速過ぎる。あれは恐らく座標指定魔術。座標指定魔術はまず脳内で着弾点の座標を指定する。それから演算がなされ発動に至る。そこまでのプロセスが異常に速い。リアは畏怖を覚えた。どれだけ熟練の魔術師でもあそこまでの速さで座標指定魔術は撃てない。そのため一対一での対人戦で使用することは中々無いぐらいだ。これが古代魔術。魔法だ。だがもっと驚くべきは男の方だ。幾ら読んでいたにしろ、この速さの発動に反応出来るだろうか。恐らく出来ない。反語。事前情報でもあったのだろうか。きっとそうだ。そうに違いない。そうであって欲しい。実直にそう思ってしまう2人。それほどに剣人とリアは颱風杖の魔法の超速発動に驚嘆した。
「何という反応速度だ。驚嘆したよ。」
「死体の状態から考察した迄だ。だがこれ程までに速いとは古代人には驚かされるな。」
「はは、同感だよ。私も初めて使用した時は目を疑ったものだ。」
「良いねえ、これならどうだ。」
10を超える闇夜球がダリス目掛け放たれた。
「ならば、全て穿ち尽くせ。」
そう言うや否や迫り来る闇の球全てを空間ごと抉り取った。
「この穴はお母さんの胸に開いていたのと同じだわ。」
「気付いたか。ダリスさん、言い逃れはもう出来ないぜ。」
「戯言を。」
「おらおら、まだまだ行くぜ。」
男は次々闇夜球を撃ち出す。ダリスはこれを尽く穿ち落とす。拮抗している。力は互角。膠着状態のまま20分ぐらい経った頃、遂に均衡が破れた。
「ぬっ。」
闇夜球を1つ落とせなかった。落とし損ねた一球を横に跳んで躱す。
「そろそろか。」
闇夜球を更に10球。今度は半分しか相殺出来ない。
「魔力が足りないわ。もう発動出来ない。」
「速過ぎないか?」
「ファーブル様は魔術は嗜む程度しか使えない。戦闘には向かないの。」
「何だって。じゃあ援護するか。」
「待って。ファーブル様。母を殺したのは、…貴方ですね。」
リアは目に涙を溜め、震える声で半ば確信したように再度尋ねた。これにダリスは逡巡し
「もう宜しいのでは。」
ビルスが口を挟んだ。
「いつまでも隠しておくことは適いません。」
ビルスがそう告げた。肯定したも同義。俺は拳を強く握り締めた。リアは目に溜めていた涙を流し、
「そんな、信じたくなかったのに。やっぱり。」
そう言って泣き崩れた。
「見苦しいねえ。娘さんが可哀想だと思わんかね。」
「そう言う貴様も殺害予告を送り付けたのだろう。同じだよ。」
「まあ、確かにな。同じ穴の狢かもな。だがそれは本気ならな。本気でリアを殺すつもりならな。」
「どういう事だ?」
「君はケント君だね。話は聞いてるよ。何でも特殊な力があるとか。」
「何故それを知っている?」
「決まってるだろ、俺が旭日興国団の一員だからによ。」
「何だって!」
それを聞いて剣人は驚いた。しかし同時に納得もした。ミレーナ殺害の犯人を興国団は追っていた。だがいきなりダリスが犯人だと言って殺してもリアは納得しないだろう。むしろ憤慨して退団するかもしれない。
だがこうして事件を起こし身の危険を感じさせ、ファーブル邸に赴かせる。そんな時に真実を告げ、疑念を抱かせる。そして俺たちがここへやって来たところで騒動を起こし、証拠を俺たちに見せつける。完璧な炙り出しだ。名演技。巧みなシナリオにすっかり騙された。リアも殺害予告が嘘だと知らされきょとんとしている。
「ふん。バレては仕方が無いな。そうとも、私がミレーナを殺した。」
「何で?」
リアが理由を問う。怒りと悲しみが綯い交ぜになった眼で。
「こいつは領民から法外な額の税金を徴収していた。でもってその何割かを癒着していた訳だ。」
「そうだ。その事をミレーナは知っていた。離婚したのもそういう理由だ。リアが冒険者になると言った事は実はあまり関係無い。」
「そんな事で、そんな貴方の悪事を隠すためだけに母の命を奪ったって言うの。最低!この悪魔!貴方なんか、死ねばいい。」
「確かにな。あんたのした事は決して許される事じゃない。でも俺は死ぬより生きて償った方が良いと思う。俺の居た国がそうだったから。」
「私に生きろと言うか。甘いな。また同じ事を続けるぞ。どうする?」
開き直り挑戦的に問うて来るダリス。
「今後も続ける、か。無理だ。この事は当然然るべき機関に報告する。罰せられるのは自明の理だ。少なくとも今までの様な暮らしは出来なくなるだろうな。」
「はは、出来るさ。」
「何故?」
「簡単なことさ。私が君たち全員を殺すからだ。」
そんなとんでもない事を言ってのけた。これに男が
「まあ、待て。それこそ無理だ。そこの2人は殺せても、俺は殺せない。俺を殺せないならあんたは死ぬ。俺はそういう仕事柄なんでね。」
ダリスはもう詰んでいるのだ。魔力はもうあの魔法を使えるだけ残っていない。それで3人を相手取るのは不可能だ。
「降参して。一応これでも、私の父親なんだから。これ以上がっかりさせないでよ。」
リアが金切り声で懇願するように言う。
「ダリス様。私も半分罪を被りますので、どうかご観念を。」
「往生際が悪いぜ。死んだ奥さん泣いてるぞ。」
完全に追い詰めた。もう逃げ場は無い。だが
「はは、はははは、いいや、勝つのは私だ。逆に追い詰められたのは君たちの方だ。」
「何だと。負け惜しみは止すんだな。」
「負け惜しみ等では無い。颱風杖の魔法はあれだけでは無い。」
「魔法が幾らあろうと今の貴方では行使不可能です。諦めて下さい。じゃないと本当に撃ちますよ。」
リアは魔力を練り、コールドレインを発動前段階で維持している。下手をしたら発動してしまう。ダリスは蟀谷に拳銃を突き付けられているような状況だ。最早逆転は不可能。誰もがそう思っていた。が。
「そうだな。今の私の魔力残量では何も出来ないな。今の状態ならな。」
そう言ってダリスは首に提げたペンダントを握り締めた。途端、忽ちペンダントの中に貯蓄されていた潤沢な魔力が、余すことなくダリスに流れ込んで行く。莫大な量の濃密な魔力が部屋を満たす。
「この魔力、やばい。」
「なんて濃度なの。」
「まずいな。俺の全力注いで足りるか、いや足りないな。逃げるぞ。」
「無駄だ。もう遅い。死ね。テンペスト!」
勝ち誇った様に声高に魔法名を叫んだ。その詠唱に共鳴し颱風杖が翡翠色に光り輝き、全てを吹き飛ばす破滅の風が剣人たちを襲う…はずだった。
魔力は充分過ぎるほど流し込んだ。ちゃんと発動前段階まで持っていった。なのに、それなのに、何も起こらなかった。それどころかテンペストに必要な魔力を消費してすらいない。失敗したのでは無い。発動しなかったのだ。魔術や魔法が発動しないことは間々ある。魔術や魔法はイメージだ。まずは魔力を練る準備段階。次に結果をイメージする構築段階。最後に詠唱し(相当な熟練者は詠唱する必要が無いものもある。)明確な魔術を脳内生成する発動前段階。そして発動する。魔術や魔法は発動までにこの三段階のプロセスを踏む。最初の二段階は失敗しても魔力を消費しないが、三段階目では失敗すると魔力を消費してしまう。なのに今回は魔力消費が無かった。有り得ない。ダリスは困惑する。一方剣人たちもこの状況を訝しんでいる。あの魔法が失敗に終わったのは僥倖であるが、謎が生じる。あの不可解な失敗は一体何だ?剣人もリアも男も皆目見当がつかない。4人とも困惑状態で居ると真実が明かされた。それは誰も予想していなかった、否、予測不能な衝撃の真相だった。
「おのれ、何故だっ。何故発動せんのだ。」
「ダリス様、私がお止め致しました。」
「何だって!」
「嘘でしょ!」
「まじかい、あの執事!」
「ばっ、馬鹿なっ!」
四者四様に驚愕の声を出す。無理も無い。だってビルスが魔術を使うところを誰も見たことがないのだから。
「一体どういう事だビルス。」
きつく問い質すダリス。これにビルスは
「アーティファクトに敵う現代魔術は存在しません。残念な事です。魔術は古代と比べて衰退しました。しかしアーティファクトは1つではありません。現在7つのアーティファクトが存在します。その内の1つをダリス様が所有していらした。そして私も1つ所有しております。」
「何だと!何故黙っていた。」
「盛者必衰。この日がやって来ることは必至。ならば、引き際には潔く身を引かれるのが筋というものです。」
「ぐぬう。」
ぐうの音も出ないダリス。これに更にビルスは畳み掛ける。
「しかし貴方様はその、往生際が大変お悪い。ですから私が貴方様の暴走を止められるよう、切り札を隠し持っておりましたのです。」
「小癪な。だが分かったぞ。魔術魔法の完全起動封殺。それがビルスのアーティファクトの能力。しかし残念だったな。お前がどれだけそれを行使しようと、私は魔力を消費しない。最後にはお前の方が魔力切れを起こす。勝ちだ。私の勝ちだ。はははは、はぁーっはっはっはーっ。」
ダリスの声高な哄笑が夜の邸内に響き渡る。
「くそっ、これでも駄目なのか。」
「そんなっ。」
剣人とリアは絶望する。だが男は違った。
「いや、そうでも無いぞ。あの執事のアーティファクトは唯の一時的な起動封殺なんて生優しいもんじゃねえ。」
「あちらの方はお気付きのようですね。私のアーティファクト、栄光の宝珠の能力。優しい世界は対象者の悪意や害意に因る魔術魔法行使を永久に不能にすると言う能力。私が死んでも効果は継続されます。何をしても無駄ですよ。」
その能力を聞いた瞬間、皆硬直した。なんだそれ。チートじゃねーか。永久不滅の魔法とか神だろ。
「おんのおぉれえぇっ。」
「ですが悪意に因るものに限るので、誰かを護る、誰かの為に役立てる、その様な使い方をなされば、しっかり発動するので御安心を。これからは優しく生きて行きましょう。」
優しく微笑みかけるビルス。だがダリスは
「許さん。許さんぞーっ!」
テーブルにあるナイフを手に執り、ダリスはビルスを刺し殺さんと走り出す。
「つくづく、とことんまで救いようの無いやつだ。人間芯まで腐り切るとあそこまで醜くなるものなのか?尊敬するぜ、あんた。いや、ダリス・ウェネーシア・ファーブル。終わりだ。闇夜刀。」
男のその詠唱と共に影の刀剣が何処からとも無く飛び出し、ビルスに向かって疾走中のダリスの心臓に狙い誤たず突き刺さった。
「がはっ。あぁっ。…」
ばたり。ダリスは息絶え床に倒れ伏した。ダリスは幸せ者だと剣人は思う。最期まで終始醜いこんな男でもビルスは最後まで見捨てなかった。殺されようとしていたにも拘わらず、今主人の死に涙を流し悼んでいる。
「リア?」
リアが徐にダリスに近寄って行く。
「さようなら、お父様。」
ダリスの元へ歩み寄り、涙と共にお別れの挨拶をするリア。全く本当に幸せ者だな。
「執事さんよ。」
「何でしょうか?」
「俺はダリスを殺した。感情的にでは無く、飽くまで仕事としてだ。自分でも思う。実にくだらん理由だろう。恨むかい?」
「いいえ。私はダリス様の執事です。ダリス様が小さかった頃からずっと一緒でした。良い事も悪い事も、楽しい事も悲しい事も、共に泣き共に笑い。そんな関係でした。ですが今日までこの事を見過ごして来たのも私の罪。これで良いのです。」
「そうかい。」
そう言い残すと男は剣人の所へ来た。そしてリアとビルスも。
「ケント、リア、すまなかったな。ダリスを円滑に粛正するために芝居を打った。」
「いえ、お気になさらず。」
「もう名乗ってもいい頃合だな。ビルスさん、あんたは信用に値する男だ。名を知られても問題あるまい。」
「恐縮に御座います。」
「俺はジェイ。闇属性の使い手だ。闇しか使えんがな。冒険者ランクはA。興国団の幹部だ。」
幹部だって。ランクもA。強くて偉い。レアな属性を操る魔術師か。凄いな。
「俺は剣人です。恥ずかしながらまだDランクです。」
「私はリアです。えっと、Bランクです。」
「その年でBランクとはな。大したもんだ。でケントはまだDランクか。何恥ずかしがるような事じゃねー。それに特殊な力があるんだとな。目覚めてないらしいが、何か感じることがあるか?」
「いえ、何も。」
「頑張りな。」
にかりと豪快に笑ってジェイは夜闇に紛れるようにして消え去った。
「ビルスさん。その、これからはどうしますか。」
「あの良かったら私の家に来ない?」
「宜しいので?」
「勿論よ。」
「そうですか。そうしましょうか。ですが、その、私ダリス様のお写真や遺品等を持って行きたいのです。しかしお気分を悪くされるのでは?」
リアは少しの逡巡も無く承諾する。
「いいわよ、そんな事。だって一応は父親だし。昔は優しかったし。」
過去を懐かしむリア。
「ではあの頃のお写真を1つ持って行きます。」
こうしてミレーナ殺害事件は解決した。リアの殺害予告の件もまた然り。と言うかあれは芝居だったし。ダリスは死んだ。ダリスの執事だったビルスはリアの家に住むことになった。剣人とリアは今日初めて旭日興国団の悪徳貴族粛正の場面に立ち会った。こうして消されて行くのだ。ダリスは領民に法外な額の税金を掛け、剰えその内の何割かを癒着していた。そしてその事をを知っていた元妻のミレーナを殺した。その様な事が他の貴族家でも行われている。そしてそれを看過している皇帝。剣人たちはそれら数多の者を敵に回しこの国を変えようとしている。これからはもっとハードな毎日が待っているなと、嘆息しつつも希望に燃える剣人であった。