第九話
第九話 貴族狩り
そこは強者たちの巣窟だった。剣人とリアはガドロに連れて来られアジトに入った。そこで2人を迎えたのは12人の男女だった。それを見てリアは驚愕に目を剥いた。
「ハガルさん!」
これには剣人も驚いた。何故ハガルさんがここに居るのか。ルモワールのBランク冒険者じゃなかったのか。
「お前らもここへ来たか。」
「何知り合い?」
「ハガルが気にかけてる奴2人居たのか?」
他のメンバーも剣人たちに興味を抱く。そこで女がリアに歩み寄る。
「貴女がハガルの弟子ね。まだ子供なのにBランクなんて将来が楽しみだわ。」
そう言ってリアから離れ今度は剣人の所へ行く。
「貴方先から思ってたんだけど、何か違うのよね。普通の魔術師じゃない、気がする。」
「あのそれはどういうことですか。」
「ごめんね、上手く言えないけど。特殊な力を持っている。そんな感じね。」
「特殊な力って何ですか。」
「さあ、そこまでは。」
女の言う特殊な力。それは一体何なのか。剣人はまだ知らない。その力が世界を救う大きなちからであることを。
「さて、自己紹介しろ。」
ガドロが剣人たちに自己紹介するよう促した。
「じゃあ俺から行くよ。俺は剣人。冒険者やってます。まだDランクですけど、宜しくお願いします。」
剣人の自己紹介が終わりリアの番になる。
「リアです。冒険者ランクはBですけど、戦闘の度にまだまだだと実感します。未熟ですが宜しくお願いします。」
2人の自己紹介が終わった。そこでガドロが旭日興国団の活動について2人に説明する。
「ではお前らに我々旭日興国団の活動についてオリエンテーションを行う。まず我々旭日興国団は何て事は無い冒険者の集まりだ。俺もそうだ。バーナムンのギルドのAランク冒険者だ。」
「Aランク!」
「そうだ。我々は高ランク冒険者で構成されている。だから皆普段はそれぞれ冒険者として活動している。そして週に3回こうして集まり、悪徳貴族の動向を探り、粛正に動く。」
「じゃあ俺は場違いなんじゃないですか。」
「ランクだけで言えばな。だがネーラは言った。ケント、お前には特殊な力があると。それはハガルも気付いていてな、ここに誘うよう俺に頼んで来た。」
そうだったのか。それで何かと気にかけていたのか。
「ならハガルさんから言い出せば良かったのでは?」
「あの場でこの事を漏らせるか。」
「なら違う場所で。」
「その権利が俺には無い。」
「何でですか。」
「人事は幹部が賄う事だ。ガドロは興国団の幹部なんだ。」
そういう事か。秘密組織の在り方を知った。俺はこの組織に入った。考え方を変えないと。そう剣人は思った。
「活動方針は分かったな。今日は以上だ。」
そうやってガドロは話を打ち切る。しかし
「待てよガドロ。子供2人にだけ自己紹介させておいて俺らだけ無しか。」
「これからこのメンバーでやってくんだ。こっちも必要だろ。てな訳で俺はジノ。よろしく。」
金髪の男がそう名乗った。これに他のメンバーも続く。
「私はネーラ。これでも幹部やってるわ。よろしくね。」
「僕はラオス。元貴族だ。父の所業が赦せず、家名を捨てた。」
「ちっす。俺はマイル。よろしく頼むぜ。」
「私はクーヤ。よろしく。」
色んな人たちが居る。何か軽い人もやる気の無さそうな気怠い感じの人も居て、何か緊張して損したな。そう思える雰囲気だ。良い組織だ。剣人とリアはそう思うのだった。
「一通り終わったな。今ここに居ない者も居る。リーダーとかな。だから全員ではないが顔を覚えてくれ。」
ガドロがそう締め括った。と、ここでリアから質問。
「あの、私たちは普段は冒険者として活動してていいんですよね。」
「ああ、勿論だ。」
「集まる日はいつなんですか。」
「月曜、木曜、土曜。その3つだ。」
「じゃあ次は土曜日ですね。」
「可能ならで構わん。」
「そこんとこ緩いんですね。」
意外だ。軽いやつとか居るがまさかそこまで緩いとは。剣人は驚き半分、安心半分だ。
「別に緩い訳では無い。現に今リーダーは貴族狩りに出て、ここに居ない。」
「貴族狩りってまさか。」
「粛正だ。サレバの領主の粛正に出ている。」
「サレバの領主様ですか。何で?」
リアが血相を変えてガドロに詰め寄る。
「アルハルド様はとっても領民思いの仁徳者です。なのに何故粛正を。」
何やらその人は良い人らしい。だが興国団は粛正に動いた。
「実はな、奴は女を食い物にしていた。連れ去っては身体を弄り、記憶を抹消して帰す。そういう奴だった。だから動いた。」
「そんな。良い人だと思ってたのに。」
リアがショックを受け沈痛な面持ちでいる。
「まあ、気持ちは分かるが諦めな。そういう世の中だ。帝国は闇だらけ。この腐敗をこれ以上進行させる訳にはいかない。それで立ち上がった者たちの集まりだ。リア、お前も俺たちの仲間だ。だったら染まれ。情けは捨てろ。だが優しさは忘れるな。」
そう言ってハガルはリアを諭す。俺は果たしてこの世界に優しくあれるだろうか。闇を知ってなお世界に貢献出来るだろうか。剣人は自問自答する。女神は剣人に世界を救うよう頼んだ。こんな帝国でもこの世界、カルディアルの一国。滅亡の危機から救って何かが変わるのか。そう思う。だが剣人はガドロの言葉を思い出す。そうだ、変えるのだ。自分の手で憎きミレーナの仇を討ち、皇帝をも打ち倒し帝国の国是を変える。そう思い直した。意志の籠った眼で。こうして剣人とリアは旭日興国団に入団したのだった。
「ここだな。」
旭日興国団のリーダーは貴族狩りでサレバに潜入していた。ターゲットはアルハルド。アルハルド・サレバ・シュマーデン。サレバに邸宅を構える領主。領民に優しく接し、困っていれば寄り添い助ける。そんな素晴らしい領主。領民は皆彼を慕っている。だからサレバはとても雰囲気が良い。そんな領地にも闇はある。女を攫い身体を弄くり回す。その後は女の記憶を抹消し、何事も無かったかのように帰す。そんな人倫に悖る悪魔の所業。それを平然と行うのは他でもない、サレバ領領主アルハルド。シュマーデン家は代々ここサレバを治めてきた歴史ある貴族家だ。民を第一にする。その家訓を胸に刻み、代々善政に努めてきた。が、事ここに来てシュマーデンの名に泥を塗る所業を繰り返し、シュマーデンに終焉を齎す男が現れた。それこそが今代アルハルドなのだ。そう、アルハルドは今宵成敗される。もう領民にはアルハルドの重ねて来た悪行を全て暴露した。死んでも誰も悲しまない。今アルハルドに味方は居ない。そうしてからリーダー、クリストフは始末に掛かる。
「何者だ。」
「フッ。」
一息の下に門番を切り捨てる。見事な剣技。これにもう1人の門番が気づき、魔術を放って来た。だがこれも門番の詠唱が終わると同時、クリストフは門番の後ろに回り込み一刀。
「ぐあっ。」
華麗な所業。切り捨てた門番には一瞥もくれずクリストフはアルハルドの邸内へ入って行く。中に入ると1人の老爺が居た。アルハルドの執事だ。
「どちら様ですか。」
「主人の始末に訪れた。悪く思うなよ。」
それを聞いた執事は
「そうですか。」
そうとだけ言いアルハルド邸を出て行った。彼もアルハルドの所業を知っていた。見て見ぬ振りをするのにはもう限界だった。肩の荷が下りたのかどこか軽い足取りで邸宅を去ったのだった。
「さて。」
邸宅内をアルハルドを探して進むクリストフ。そんな彼の前に10人の護衛が立ちはだかった。
「曲者め。全員掛かれっ!」
一斉に剣を振りかざす。だが全て当たらなかった。何故ならそこに誰も居ないからだ。消えた。
護衛10人の前から一瞬にして姿を消した。10人全てクリストフを見失った。狼狽する10人。すると1人が
「上だ。天井に奴が。」
その声に皆一斉に天井を仰ぎ見る。
「はは、情けねえ。」
そう言うや否やまたもクリストフの姿が掻き消え
ドサドサッ。
3人の首が床に転がった。
「うわっ!」
「いつの間に?」
「くっ、このっ。」
1人がクリストフに飛び掛かる。
「遅い。」
一刀の下に切り伏せる。そして更に
「面倒だ。月光斬。」
その詠唱が終わると同時、残りの首が全て切り飛んだ。
騒ぎを聞きつけ領主アルハルドが部屋から飛び出て来た。
「何事だ。」
「おう、潔く死にに来たか。」
「誰だ貴様。一体何をしている。」
「てめえの始末に来た。」
それを聞いた途端、アルハルドの表情が魔術師のそれになる。
「俺を始末するだと。笑わせるな。俺を誰だと思っている。サレバ領の領主だぞ。領主だと思って甘く見るな。腕には覚えがあるんだ。死ぬのは貴様の方だ。ファイアランス。」
「月光斬。」
至近距離から迫る7本の炎槍を光の刃が斬る。
「魔術剣だとっ!」
「ふん。見蕩れている場合か?」
「なっ!」
アルハルドは急ぎ左に跳ぶ。頭目掛けて飛んで来た光刃がアルハルドの頬を浅く抉る。速い。剣閃が煌めいたと思った瞬間、超高速で光刃が飛来する。魔術剣士。世界で5人しか居ない魔術師。勝てない。アルハルドは確信する。2人には隔絶した実力差があると。
「ストーンウォール。」
壁を生成し逃走を図る。全速力で走り窓を飛び出す。馬に飛び乗り走らせる。追って来ない。逃げ切った。後で戻り財産を持ち出して夜逃げしよう。そんな事を考えていると
「え。」
上空から光の刃がアルハルド目掛けて降ってきた。瞬間、馬から飛び降りる。
「うぎゃー。」
だが足を斬られみっともない声を上げる。何故だ。何故俺を目掛けて魔術が撃たれた。何故。アルハルドは考える。そこへ
「ふはははっ。滑稽だな、アルハルド・サレバ・シュマーデン。」
「何っ。何処だ。何処にいる。」
「貴様の家だよ。ど阿呆。念話だよ。」
「貴様どうやって俺に魔術を撃った。答えろ。」
「簡単だ。お前を見ている。」
「どうやってだ。貴様は俺の屋敷に居るんだろ。無理だ。使い魔の気配は無い。不可能だ。」
「それが出来るんだな、俺は。」
「何だと。」
「俺は光属性の魔術を得意とする。俺の魔術剣―アルテミス―は光を司る魔術剣。ありとあらゆる光から残線を飛ばす。そして我が固有魔術、アイリスリーパー。それでお前を見ている。アイリスリーパーは俺と目を合わせた時に相手の虹彩に魔術光を送り込み視覚を共有する魔術。そこからお前が見えている光を使って刃を飛ばした。絡繰りはそれだ。」
「何だとおおっ!」
「はっ、行くぞ。」
戦慄し竦むアルハルドを鼻で笑い第二波を繰り出す。
「くっ、ロックバレル。」
アルハルドは迎撃するも
「ぎゃああっ!」
左腕を肘から飛ばされた。
「子供みたいに喚くな。恥ずかしくないのか。」
クリストフからの駄目出し。
「う、煩い。」
「そろそろ聞き飽きたな。財も粗方押さえた。終わりだ。」
「やめろー!」
アルハルドの首が落とされた。
剣人とリアは家に戻った。だがいつものミレーナの姿は無い。寂しい。でも現実は変えられない。死んだ人間は帰って来ない。悲しくても何でも明日も冒険者として依頼を熟す。天国の母もリアが元気に生きている姿を見たいだろう。そう思いリアは
「ご飯作るね、ケント。」
「ああ、頼む。」
気丈に夕食の支度に入るのだった。